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Japanese Junior High

どうゆうふうに解けばいいですか?

次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 「わたし」(高梨桃)は、中学生になってから、ほかのみん なより子どもっぽいことを気にしていて、早く大人にならな きゃいけないと思っていた。 小学生のころいっしょに図書館に 来ていたみっくんが、 大人向けの文庫本を借りていたのに感心 して、 「わたし」も大人向けの小説を借りるなどしていた。 放課後 わたしは読むのをあきらめた恋愛小説を、図書館に 返しにいった。 返却カウンターで、図書館のお姉さんに本をわたしながら、 わたしは後ろめたい気分でいた。ほんとうに返してしまってい 1.0 いんだろうか。 この本を返しちゃったら、わたしはこれからも ずっと、大人っぽくはなれないんじゃないかな。 そんな不安も 感じていた。 返却が終わったあとも、まっすぐ童話を借りにいく気にはな れなくて、わたしは大人向けの小説の欄のあいだをうろうろし ていた。またべつの小説を借りてみようかな、とも考えたけど、 おもしろそうな本はなかなか見つからなかった。 しばらく迷ったあとで、わたしはためらいがちに、大人の小 説のコーナーを離れた。 そしていつもの童話の棚に向かうと、 そこでわたしは思いがけない相手の姿を見つけた。 そこにいたのは、大人びた顔の背の高い男子。 みっくんだった。 みっくんは棚の前で童話の本を開いて、熱心に立ち読みをして いた。 本の表紙は見えないけど、挿絵でわかる。 この前わたしが返 した、「こだぬきレストランのポックル」の最新刊だ。 F 2 それを読むみっくんの顔には、すごくわくわくした表情が浮 かんでいた。いつもの不機嫌で怖そうな顔とは違う、昔となん にも変わっていない、おもしろい童話を読んでいるときのみっ くんの顔だ。 驚きすぎて声をかけることもできないでいると、みっくんが わたしに気がついた。 みっくんはぎょっとした顔になってから、 すぐにその表情を引っこめて、 「なんだ、 高梨か」とぶっきらぼ うに言った。 そして読んでいた本を棚にもどすと、なにごとも なかったかのように、すたすたとその場を立ち去ってしまう。 呆気に取られてしまってから、わたしはとっさにボックルの 最新刊を棚からぬきだして、みっくんのあとを追いかけた。 「道橋くん、待って!」 わたしが呼びかけても、 みっくんは立ち止まってくれなかっ た。わたしは駆け足でみっくんに追いつくと、服の裾をつかん で言った。 「待ってよ、みっくん!」 13 昔のあだ名をつい使ってしまったら、みっくんが怒った顔で 振りかえった。 鋭い目でにらまれて、わたしはびくっとうつむ いた。 けれどそれからすぐに、大きなため息の音が聞こえた。 わた しがおそるおそる顔を上げると、みっくんは怖い顔をやめて、 あきれたようにわたしのことを見ていた。 「もうその呼びかたはするなよ。 恥ずかしいだろ」 「ごめんなさい。 その、これ、借りようとしてたんじゃないの?」 わたしはおずおずとポックルの本をみっくんに差しだした。 するとみっくんはその本を見もしないでこたえる。 「そういうわけじゃない。 この前高梨が話してたのを思いだし て、ちょっと見てただけだ」 20 13 40 45

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Japanese Junior High

至急お願いします💦 国語の文章問題です 7番の問いの答えがどうしても分かりません… 分かる方、教えてください🙇‍♀️ ※本文中に書き込みをしていて見えづらいかもしれません。すみません。

次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 古典がなぜ何百年、あるいは千年以上もの長い時間生き残ってきたの でしょうか。仮にそれがまるっきりつまらない、そしてなんの志もない ような低俗な作品であったら、おそらくたちまち廃って忘れられた。 ンザイになってしまうにちがいありません。つまり、こんにち「古典」 となって数百年の年月を生き抜いてきたのは、ひとえにそれが「おもし 「ろい」からにちがいありません。 その「おもしろい」というなかには、タンジュンにユーモラスでお もしろいというものもあるし、いろいろ含蓄のフカいことを述べてあ って興趣尽きないというものもありましょう。 あるいは諸国の珍しい世 間話などが集めてあって興味津々という意味のおもしろさもありまし きょうみしんしん ょう。というふうに、そのおもしろさは硬軟さまざまだとしても、必ず や、なんらかの意味でおもしろいと思った読者がたくさんいからこそ、 そしてどの時代にも尽きせず喜ばれ続けたからこそ、古典文学として 残ってきたのです。ここを忘れてはなりません。 ところで、ちょっと考えてみてください。 「古典」として残ってきた 作品が、何百年間も「おもしろい」と思われ続けてきたのはなぜでしょ うか。 すこしでも時代が違えば、考え方も生活環境も、なにもかも違ってい るから、同じ思いを共有することなんかできないのではないか、とそん なふうに思っている人も、もしかしたらたくさんいるかもしれません。 FIN 私は今まで、古典文学をたくさん読んできましたが、そのどれを読ん でも、一行また一行と読み味わっていくにつれて、それらの文学のなか に書かれている世界が、なんだか映画の場面でも見るように、脳裏に思 い浮かんできて、そのなかで主人公たちが、生き生きと動き出すのを感 じました。いや、文字をただ文字として読むのでなくて、そういうふう に、文字で書かれたことを立体的なイメージに変換して思い浮かべな がら読むと、これが偶然おもしろくなってくる、ということなのです。 がぜん はる らじだい たとえば「平家物語』、これは鎌倉時代にできた物語ですから、遥か たいらのむねもり わらのしゅんぜいやしき な昔です。しかし、そこに描かれている、たとえば平宗盛とその息子 たちとの今生の別れの場面など読むと、あまりにかわいそうな親子の情 たいらのただのり だん 愛に、非常に身につまされます。あるいは平忠度が一旦都を落ちかけ て、しかし、ごく僅かの手勢のみをつれて駆け戻ってくる。そうして藤 原俊成の邸に訪ねてきて今生の別れを告げくも もし勅撰集を選ぶと きがあったら、そのなかから一首でも採用していただきたいという願い を込めて、一巻の巻物を優成に託して去る、その潔い別離の場面な ど、非常にすがすがしい文章で、ここも何度読んでも目頭が熱くなりま 場面 す。それはどうしてなのでしょうか。 ちょくせんしゅう 人間の感情というものは、その時々で変化するものと、どう時代が変 わっても決して変わらないものと、両方あります。 a かれあって愛し合う、そういう恋の気持ちなどというものは、昔も今も 男女が魅 「変わらないもの」の代表です。どんな時代でも、やっぱり人を恋しく 思う気持ちには、変わりがありませんね。あるいは、親子が無理やり別 きっと いさぎよ

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