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Japanese Junior High

あっているかどうか見てください!間違ってたら答え教えてください!

日本でいちばん高い山は ②きちんと自分の決めた目標を守る。 ③ 新鮮な野菜を使ったサラダを食べる。 をつけなさい。 次の各文から補助の関係になっている連文節を見つけ、 文節と文節の関係・文の成分 並立の関係 並立の関係…二つ以上の文節が対等に並ぶ関係。学校の音 「うさぎと犬を」のように入れ替え ても、意味が変わらない。 犬とうさぎを飼う。 補助の関係…下の文節がすぐ上の文節に補助的な意味を添え る関係。 補助の関係 例雨が降っている。 「~の状態である」という補助的な 意味を、「降って」に添えている。 3文の成分…意味のまとまりてとらえた、文を組み立てている 部分。主語・述語・修飾語・接続語・独立語の五種類がある。 連文節(二つ以上の文節がまとまって、全体で文の成分として 働くもの)からなる場合は、主部・述部修飾部接続部・独 立部とよぶ。 独立語 主部 修飾語 wwwww 述部 例え、白い雲がゆっくり流れていくよ。 修飾・被修飾の関係 3 2 1 5 4 3 2 1 効率的な仕事の進め方を考えてみる。 (2 兄に国語辞典を貸してほしいと頼まれる。 よう。 3 次の線部と、〈 〉内に示した関係にある文節を抜き出し なさい。 〈並立の関係〉 明るくて楽しい音楽をかけて踊ろう。 宿題を済ませてしまうまで、ゲームはしない。 〈補助の関係〉 〈主語述語の関係〉 おなかが減ったので、パンを食べた。 犬を連れて、川のほとりを散歩する。〈修飾・被修飾の関係〉 ②します。 ③減たので 次の -線部は、どのような文の成分になっていますか。 あと から一つずつ選び、記号で答えなさい。 かだん 花壇には、色とりどりの花が咲いている。 まず実行、それが何よりも大切なことだ。 日が暮れると、急に気温が低くなる。 このレストランの料理は、安くておいしい。 ⑤ 役者の熱演に、満員の観客が拍手を送る。 補助の関係 接続部 主語 修飾部 述語 趣味は読書なので、わたしは 編集者を 作家か 並立の関係 志そう。 主語述語の関係 ア主語 イ 述語 ウ 修飾語 エ接続語 次の各文から並立の関係になっている連文節を見つけ、 をつけなさい。 オ独立語 カ主部 キ述部 ク修飾部 ケ接続部 コ独立部 ① 塩やこしょうを入れて、スープの味を調える。 ②自分の考えを、わかりやすくはっきりと説明する。 ③ ⑤ )

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Japanese Junior High

なぜこの答えだとダメなのか教えて欲しいです

「裸足で薊を踏んづける!」 少年時代、よく友達と遊んでいた原っぱの片隅に、美しい紫色の花の一群がありました。かなりの丈がある濃い緑色の 茎の先端に細い筒状の花びらがふわふわと広がっていて、それが春の風に揺れるのです。うまくすると、花の周囲を舞 アゲハチョウを捕まえることもできました。ただ、下手に触れるととげが刺さって、痛い思いをしたものです。 やがて、その花がアザミとよばれていることを私は知りました。漢字で書いたらどうなるのだろう。そう思って、花の 姿や名前の音にふさわしい文字の組み合わせを考えてみたのですが、なかなかうまくいかず、アザミはその後も、頭の中 片仮名の花として咲いていました。 ところが、ある日、それが「薊」という漢字になって、心に刻まれることになったのです。小学校を卒業した直後の春 休みだったでしょうか、町の図書館でたまたま手に取った宮沢賢治の本に、「種山ヶ原」と題された物語が収められてい ました。達二という名の主人公が、逃げ出した牛を山の中まで追っていく場面があって、そこにこんな一節が出てきたの です。 「ところがその道のようなものは、まだ百歩も行かないうちに、オトコエシや、すてきに背高の薊の中で、二つにも三つ にも分かれてしまって、どれがどれやらいっこう分からなくなってしまいました。」 難しい表現は全く使われていません。詩のようにきらびやかな言葉もありません。それなのに、私はこの文章の不思議 な魅力に捕らわれてしまったのです。なぜ心ひかれるのか、最初はよく分かりませんでした。しかし、何度か読み返すう ち、この一文の光が、「すてきに背高の薊」という表現から発せられていることに気づいたのです。 「すてき」も「背高」も、個別には知っていた単語です。けれど、両者を組み合わせて、アザミのような花の上に載せ るなんて、想像したことさえありませんでした。「すばらしく背の高いアザミ」と書いても、意味としては変わらないで しょう。宮沢賢治はそれを短く刈り込んで、言葉に新しい響きを、つまり、これまでにない音楽を生み出してくれたので す。 それから長い時間がたって、高校生になったばかりの頃、私は再び書物の中で、漢字の「薊」に出会うことになりまし た。梶井基次郎の「闇の絵巻」と題された短編を読んだときのことです。真っ暗な闇の中に一歩を踏み出す勇気を、主人 はこんなたとえで表現していました。 私は呆然としました。裸足で薊を踏んづけるほどの勇気とは! 宮沢賢治の作品を通じて、アザミは明るい光の中では っきり目に見える紫色の、「すてきに背高の」、明るい陽のもとで映える花として心に刻まれていました。梶井基次郎は、 そこにもう一つ、まるで正反対の、闇に沈んだ見えない「薊」というイメージを付け加えてくれたのです。その見えない 色の、なんと鮮やかなことでしょう。おまけに、とげを踏み抜いた足の裏の感触まで生々しく伝わってくるようです。 少年の頃に私が見ていた野の花としてのアザミは、優れた二人の書き手の作品のおかげで、明と暗を持つ、言葉として の「薊」になりました。異なる文脈で出会ったことによって、「薊」は私の心の中で、より豊かな花に育っていったので す。 興味深いのは、言葉としての「薊」の色が深まるにつれて、原っぱに咲いている本物の「アザミ」も美しさを増してい ったことです。つまり、二つの「薊」は、世界の見方を変えてくれたのです。本を読み、言葉に触れ、言葉を育てていく 喜びは、こんなふうに、見慣れていた光景に新しい光が当てられる様子を、驚きをもって眺めることにあるのではないで しょうか。(「二つのアザミ」 堀江敏幸)

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Japanese Junior High

なぜこのような答えになるのか教えて欲しいです

丑、次の文章を読 「裸足で薊を踏んづける!」 少年時代、よく友達と遊んでいた原っぱの片隅に、美しい紫色の花の一群がありました。 かなりの丈がある濃い緑色の 茎の先端に、細い筒状の花びらがふわふわと広がっていて、それが春の風に揺れるのです。うまくすると、花の周囲を舞 アゲハチョウを捕まえることもできました。ただ、下手に触れるととげが刺さって、痛い思いをしたものです。 やがて、その花がアザミとよばれていることを私は知りました。漢字で書いたらどうなるのだろう。そう思って、花の 姿や名前の音にふさわしい文字の組み合わせを考えてみたのですが、なかなかうまくいかず、アザミはその後も、頭の中 で片仮名の花として咲いていました。 ところが、ある日、それが「薊」という漢字になって、心に刻まれることになったのです。 小学校を卒業した直後の春 休みだったでしょうか、町の図書館でたまたま手に取った宮沢賢治の本に、「種山ヶ原」と題された物語が収められてい ました。達二という名の主人公が、逃げ出した牛を山の中まで追っていく場面があって、そこにこんな一節が出てきたの です。 「ところがその道のようなものは、まだ百歩も行かないうちに、オトコエシや、すてきに背高の薊の中で、二つにも三つ にも分かれてしまって、どれがどれやらいっこう分からなくなってしまいました。」 難しい表現は全く使われていません。詩のようにきらびやかな言葉もありません。それなのに、私はこの文章の不思議 な魅力に捕らわれてしまったのです。なぜ心ひかれるのか、最初はよく分かりませんでした。しかし、何度か読み返すう ち、この一文の光が、「すてきに背高の薊」という表現から発せられていることに気づいたのです。 「すてき」も「背高」も、個別には知っていた単語です。けれど、両者を組み合わせて、アザミのような花の上に載せ るなんて、想像したことさえありませんでした。「すばらしく背の高いアザミ」と書いても、意味としては変わらないで しょう。宮沢賢治はそれを短く刈り込んで、言葉に新しい響きを、つまり、これまでにない音楽を生み出してくれたので す。 それから長い時間がたって、高校生になったばかりの頃、私は再び書物の中で、漢字の「薊」に出会うことになりまし た。梶井基次郎の「闇の絵巻」と題された短編を読んだときのことです。真っ暗な闇の中に一歩を踏み出す勇気を、主人 訟はこんなたとえで表現していました。 私は呆然としました。裸足で薊を踏んづけるほどの勇気とは! 宮沢賢治の作品を通じて、アザミは明るい光の中では っきり目に見える紫色の、「すてきに背高の」、明るい陽のもとで映える花として心に刻まれていました。梶井基次郎は、 そこにもう一つ、まるで正反対の、闇に沈んだ見えない「薊」というイメージを付け加えてくれたのです。その見えない 色の、なんと鮮やかなことでしょう。おまけに、とげを踏み抜いた足の裏の感触まで生々しく伝わってくるようです。 少年の頃に私が見ていた野の花としてのアザミは、優れた二人の書き手の作品のおかげで、明と暗を持つ、言葉として の「薊」になりました。異なる文脈で出会ったことによって、「薊」は私の心の中で、より豊かな花に育っていったので す。 興味深いのは、言葉としての「薊」の色が深まるにつれて、原っぱに咲いている本物の「アザミ」も美しさを増してい ったことです。つまり、二つの「薊」は、世界の見方を変えてくれたのです。本を読み、言葉に触れ、言葉を育てていく 喜びは、こんなふうに、見慣れていた光景に新しい光が当てられる様子を、驚きをもって眺めることにあるのではないで しょうか。(「二つのアザミ」 堀江敏幸)

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Japanese Junior High

なぜ△なのか理由と正しい回答を教えて欲しいです

「裸足で薊を踏んづける!」 少年時代、よく友達と遊んでいた原っぱの片隅に、美しい紫色の花の一群がありました。 かなりの丈がある濃い緑色の 茎の先端に、細い筒状の花びらがふわふわと広がっていて、それが春の風に揺れるのです。うまくすると、花の周囲を舞 アゲハチョウを捕まえることもできました。ただ、下手に触れるととげが刺さって、痛い思いをしたものです。 やがて、その花がアザミとよばれていることを私は知りました。漢字で書いたらどうなるのだろう。そう思って、 姿や名前の音にふさわしい文字の組み合わせを考えてみたのですが、なかなかうまくいかず、アザミはその後も、頭の中 で片仮名の花として咲いていました。 ところが、ある日、それが「薊」という漢字になって、心に刻まれることになったのです。小学校を卒業した直後の春 休みだったでしょうか、町の図書館でたまたま手に取った宮沢賢治の本に、「種山ヶ原」と題された物語が収められてい ました。達二という名の主人公が、逃げ出した牛を山の中まで追っていく場面があって、そこにこんな一節が出てきたの です。 「ところがその道のようなものは、まだ百歩も行かないうちに、オトコエシや、すてきに背高の薊の中で、二つにも三つ にも分かれてしまって、どれがどれやらいっこう分からなくなってしまいました。」 難しい表現は全く使われていません。詩のようにきらびやかな言葉もありません。それなのに、私はこの文章の不思議 な魅力に捕らわれてしまったのです。なぜ心ひかれるのか、最初はよく分かりませんでした。しかし、何度か読み返すう ち、この一文の光が、「すてきに背高の薊」という表現から発せられていることに気づいたのです。 「すてき」も「背高」も、個別には知っていた単語です。けれど、両者を組み合わせて、アザミのような花の上に載せ るなんて、想像したことさえありませんでした。「すばらしく背の高いアザミ」と書いても、意味としては変わらないで しょう。宮沢賢治はそれを短く刈り込んで、言葉に新しい響きを、つまり、これまでにない音楽を生み出してくれたので す。 それから長い時間がたって、高校生になったばかりの頃、私は再び書物の中で、漢字の「薊」に出会うことになりまし た。梶井基次郎の「闇の絵巻」と題された短編を読んだときのことです。真っ暗な闇の中に一歩を踏み出す勇気を、主人 訟はこんなたとえで表現していました。 私は呆然としました。裸足で薊を踏んづけるほどの勇気とは! 宮沢賢治の作品を通じて、アザミは明るい光の中では っきり目に見える紫色の、「すてきに背高の」、明るい陽のもとで映える花として心に刻まれていました。 梶井基次郎は、 そこにもう一つ、まるで正反対の、闇に沈んだ見えない「薊」というイメージを付け加えてくれたのです。その見えない 色の、なんと鮮やかなことでしょう。おまけに、とげを踏み抜いた足の裏の感触まで生々しく伝わってくるようです。 少年の頃に私が見ていた野の花としてのアザミは、優れた二人の書き手の作品のおかげで、明と暗を持つ、言葉として 「薊」になりました。異なる文脈で出会ったことによって、「薊」は私の心の中で、より豊かな花に育っていったので す。 興味深いのは、言葉としての「薊」の色が深まるにつれて、原っぱに咲いている本物の「アザミ」も美しさを増してい ったことです。つまり、二つの「薊」は、世界の見方を変えてくれたのです。本を読み、言葉に触れ、言葉を育てていく 喜びは、こんなふうに、見慣れていた光景に新しい光が当てられる様子を、驚きをもって眺めることにあるのではないで しょうか。(「二つのアザミ」 堀江敏幸)

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Japanese Junior High

国語です ‼️‼️‼️‼️‼️ 回答お願いします 💞 べすあん 🙆🏻

4 熟語の構成 次の問いに答えなさい。 01 次のような組み立てでできている熟語の例を参考 にして、□に漢字を入れ、熟語を完成させよ。 よ。 ( 220点) 異同(異なる・同じ)のように、対立する意味 の漢字の組み合わせ。 正確(正しい・確か)のように、似た意味の漢字 の組み合わせ。 あらかじ 予告(予め→告げる)のように、上の漢字が下の しゅうしょく 漢字を修飾しているもの。 棄権(権利を棄てる)のように、下の漢字が上の 漢字の目的語(…)になっているもの。 会 (5 不良(良からず)のように、上の漢字が下の漢字 を打ち消しているもの。 完・ 限 を答える。 2 送り仮名はどこから送るか。 2 次の熟語の中で、下に「性」と「的」のどちらをつけ 3 ≡) 。 点) 2 ●漢字の部首 ●漢字を構成している部分で、共通 する部分を部首という。部首は、 およそ次の七種に分けられる。 ⑦構 C00 ●熟語の構成 二字熟語の構造上 通 主述の関係 [例] 地震(地ガ震エリ ②下の字が上の字の目的語に [例] 読書(書ヲ読ム) 3修飾・被修飾の関係 [例] 青空(青イ空) へいりつ ④並立の関係 [例] 歓喜(類義語)、上下 義語)、人々(畳語) 「読み方」は音読みと訓読み じょうご ② 「部首名」は代表的なものを

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Japanese Junior High

問一についてです なんでオロオロ声は間違いなんですか? たしかに急にという意味は含まれてないかもしれませんがそそくさも不安の意味含まれてないですよね?

6 小説文1 だが享二は無言のままひたい! 1 次の文章を読んで、あとの問いに答えよ。 旧暦では七月二十九日。外はたしかに闇だった。 立て、ついでじわり、じわりと頭をもたげる......。 けれど、 に立て切れず、中途でパタリ! 亮太はそれまで雲行きをみるかに勉強部屋にうずくまっていたが、 「おれ、享二ことさがしてくるよ。」と土間に駈け下りた。 「おらも行くよ。」と、きぬも竈から飛び出した。 なみも急に不安にとりつかれ、「それじゃたのむよ。」と、そそくさ 提灯に火を入れた。外出に備えて、提灯はいつも大黒柱の横に用意さ れていたのだ。 なみはおろおろ声に、「享二 ほんとにあんばいでも悪いんじゃねえ のか。さ、早く起きるんだよ。」と享二を抱き起こしにかかる...…..。 享二はその手を払って、「ちがうべな。」そして再び両を立て、頭 をもたげながら、 「牛のころはこうやって、バタン、バタン、三べんこ ろんで、四へんめにうまいこと、立ったんだよ。おれ、ちゃーんと見30 てたんだから….…..。 浅川のじいちゃんもばあちゃんも、 牛のころって だしたもんだ。ああやって、ころんでもころんでも、ひとりで立つだ から….…..って言ったど。」 かれ ところがその時、“夕やけこやけで······〟と享二の歌声が聞こえて きた。 走りながら歌っているらしく、声は刻々に近づいて、程なく彼 は戸口に姿を見せた。 「この野郎!」 さては土に腹這ってのしぐさは、他ならぬ仔牛の起ち上がり実演だ ったのかと、 亮太は笑顔で睨みつけた。 なみはまだ四つん這いのままでいる享二を抱き起こして、 享二はきょとんとして、「兄ちゃん、提灯つけて、どこさ行くだか?」 亮太はぶっと提灯の火を消した。 「享二のおかげで、おっ母さん、一つ、利口になったよ。 おっ母さん あとあし 要吉は掬うように享二を抱き上げ、 「こんなに暗くなるまで遊んでては駄目だろが?」 も馬のころは後脚から立つし、牛のころは逆に前脚から立つとハナシ には聞いてたけんど、実際には見たことがないもんで、よくはわから なかったんだよ。」 「うふふ #N 10 」 「だって、浅川のじいちゃんとこで牛のころがうまれたんだもの。お れ、ずーっと見てたんだよ。 牛のころは、うまれてじきに歩くんだぞ。」 そして要吉の腕からすりぬけると、べたり、土間に腹這った。要吉 は驚きあわてて、「どうしたあんばいでも悪いのか。」 享二は満足一杯に笑った。そして、「おっ母さん、ころは立つと、間 なしに歩いたよ。脚、 みな動かして歩いたよ。」 18 なみはなみで、「ほら、そんなことすると、きものがよごれちまう 「脚、みな動かして歩いたか。そら、よかったのう。 もし一本でも動 かねえことには、ころはうめえ具合に歩けないもの、のう。」 51 de 41

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