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Science Junior High

なんでこれは17.5+5+5ではなく17.5-(5+5)になるんですか?たしたらダメな理由を教えてください

時間と震源からの距離との関係を示したものである。図3は, 地震発生から緊急地震速 図2は,栃木県北部で起こったある地震が発生してからP波およびS波が届くまで。 時間と震源からの距離との関係を示したものである。図3は, 地震発生から緊急地徒油 報が受信されるまでの流れを表している。この地震で,震源からの距離が30km の地占に 設置されている地震計がP波をとらえ,緊急地震震速報が発信されたとき, 震源からの断 離が 60km の地点で, 緊急地震速報を受信してからS波が届くまで何秒かかると考えら れるか,図2,図3をもとに書け、ただし, 震源から 30km の地点の地震計が最初にp 波を観測してから, 震源から 60km の地点で緊急地震速報を受信するまでに5秒かかった ('15群馬県) X スイッチ2 2 Kさんは, 40℃の水100gに 40℃の硝酸カリウム飽和水溶 置したところ, ビーカー内 153.9gであり, 水溶液の温 とちぎ 2分 3 (3分 ムの質量を調べたところ, 結晶の質量について, K (Kさんの考え方) 40℃の水溶液には63! が31.6gとけていること とする。 図2 図3 震源からの距離が 30kmの地点 震源からの距離が 60kmの地点 テレビ·携帯電話 P波 150 |S波 雲120 源 か 90 地震計 しかし,結晶の質量日 結晶の質量は何gか 方や計算過程も書くこ 気象庁 の 60 地震発生 P波をとらえる 緊急地震速報を発信 緊急地震速報を受信 離 30 5秒 km o! (気象庁ホームページにより作成) 0 (5 10 15 20 25 30 35 40 地震発生後,P波, S波が届くまでの時間[秒] ア波5m15 17.5+5+5ニ 275. (00us ) 7St(5+5)= 7.5 難(50) OR 離05

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Science Junior High

(5)(6)の解説をしていただけるとありがたいです🙇

この化学変化を化学反応式で表しなさい。 こなっていく C ご漢字)(e)) 示準化石 8.右の図は、震源から 280 km離れた地点での地 っS0 に-ハス-8<14 震計の記録である。P波の速さは8km/s 、 Cの A 4320分2B 時間は21秒である。次の問いに答えなさい。 ただし、答えが割り切れない場合は、四捨五入し て整数で答えなさい。 てるのを防ぐため (1) Cの時間を何というか。 漢字で答えなさい。 C るのを防ぐため 塩化コバルト紙 (2)(1)の時間に起きたゆれについて、 またCの 21ま 時間と震源から観測地点までの距離との関係について、 あてはまるものを次のア~エから 1つ選び、 記号 で答えなさい。 +CO2 ア P波によっておこり、 Cの時間が長いほど距離は近い。 計10点 イ P波によっておこり、Cの時間が長いほど距離は遠い。 ウ S波によっておこり、 Cの時間が長いほど距離は近い。 主要動(漢字) S波によっておこり、 Cの時間が長いほど距離は遠い。 エ 57KM (3) Bから始まる激しいゆれを何というか。 漢字で答えなさい。 (4) Aの時刻が 14時20分12秒であったとすると、地震が発生した時刻を求めなさい。 2 計11点 (5) この地震のS波の速さはいくつですか。 5km Om (6) Cの時間が 35 秒の地点の、 地震が起こった場所からの距離を求めなさい。 A1km -6点 (7) 次のア~オの文章で、正しいものを選び、 記号で答えなさい。 路仕する

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Japanese Junior High

お話の最後の◻️には何が入りますか?教えてください。

鉄筋コンクリート三階建ての校舎は、そのころモダンで明るく健康的といわれていたが、像にとってはそれは、いつも暗く、重一 苦しく、陰気な感じのする建物であった 僕の行っていた中学校は九段の第国神社の隣にある。 僕は、全くとりえのない生徒であった。成績は悪いが絵や作文にはずば抜けたところがあるとか、模型飛行機や電気機関車の作 り方に長じているとか、ラッパかハーモニカがうまく吹けるとか、そんな特技らしいものは何一つなく、なかでも運動ときたら学 業以上の苦手だった。野球、テニス、水泳、鉄棒、などもだが、マラソンのように不器用でも誠実に頑張りさえすればなんとかな る競技でも、中途で休んで落伍してしまう。体操の時間にバスケットボールの試合でもあると、僕は最初からチームの外の四人の 邪魔にならぬよう、飛んでくる球をよけながら、両手をむやみに振り回して、「ドンマイ、ドンマイ。」などと、訳も分からず叫ん で、どかどかコートの周りを駆け回っていた。おまけに僕は、全く人好きのしないやつであった。地下室の食堂で、全校生徒が黒 い長いテーブルについて食事するとき、僕は独りでだれよりも先に、お汁の実のいちばんいいところをさらってしまう、そんなと きだけはだれよりもすばしこくなる性質だった。そのくせ食べ方は遅くてきたなく、ソースのついたキャベツの切れ端や飯粒など を担任の先生に調べられるのだが、他の連中は、たばこの粉や、喫茶店のマッチや、けんかの武器になる竹刀のつばを削った道具」 や、そんなもののか見つかりはしないかと心配するのに、僕ときたら同じびくびくするのでも、全く種が違うのだ。僕のポケット からは、折れた鉛筆や零点の数学の答案に交じって、チョークのでよごれた古靴下、パンの食いかけ、鼻くそだらけのハンカチ、 そういった種類の思いがけないものばかりが、ひょいひょいととび出して、担任の清川先生や僕自身を驚かせるのだ そんなとき、清川先生はもう怒りもせず、分厚い眼鏡の奥から冷たい目つきでじっと僕の顔を見る。すると僕は、悔しい気持ち にも、 悲しい気持ちにも、なることができず、ただ心の中をからっぽにしたくなって、目をそらせながら、(まあいいや、どうだっ て。)と、つぶやいてみるのである。 教室でも僕は、他の予習をしてこなかった生徒のようにそわそわと不安がりはしなかった。どうせ僕に当てたってできっこない と思っているので、先生は、めったに僕に指名したりはしない。しかし、たまに当てられると僕は必ず立たされた。教室にいては 邪魔だというわけか、しばしば廊下に出されて立たされることもあった。けれども僕は、教室の中にいるよりは、かえってだれも いない廊下に一人で出ているほうが好きだった。たまたまドアの内側で、先生がおもしろい冗談でも言っているのか、級友たちの一 「わっ」という笑い声の上がったりするのが気になることはあったけれど……。そんなとき、僕は窓の外に目をやって、やっぱり、 (まあいいや、どうだって。)と、つぶやいていた。 校庭は、一周四百メートルのトラックでいっぱいになって。樹木は一本も生えていなかったが、「小路」を一つ隔てた靖国神社の一 木立が見えた。朝、遅刻しそうになりながら人通りのないその「小路」を、急ぎ足に横切ろうとすると不意に、冷たい、甘いにお いがして、足下に黄色い粒々のくりの花が散っていた。 春と秋、靖国神社のお祭りがくると、辺りの様子は一変する。どこからともなく丸太の材木が運び込まれて、あちらこちら積み 上げてあるが、それが一日のうちに組み上げられて境内全体が大小さまざまの天幕の布に覆われてしまう。それは僕らにとって「休 み」のやってくる前ぶれだ。やがて、オートパイの曲乗りゃ、楽隊の音や、少女の合唱や、客を呼ぶ声が、参詣人の雑踏に交じっ て毎日、絶え間なく響き、それらの物音が、土ぼこりにまじった食べ物のにおいの漂う風に送られてくると、校庭で叫ぶ教官の号 令の声さえ闘き取れなくなってしまうのだ。そして、教室の校庭に面するすべての窓からは、そうしたテントの街の裏側をすっか り見渡すことができたのである。 いつか僕は、目立って大きいサーカス団のテントの陰に、一匹の赤茶色い馬がつながれているのを目に止めた。それは肋骨が透一 けて見えるほどやせた馬だった。年取っていれらしく、毛並みにもつやがなかった。けれどもその馬の一層大きな特徴は、背骨の一 ちょうどくらの当たる部分がたいそう湾曲してへこんでいることだった。一体、どうしてそんなに背骨がヘこんでしまうことにな ったのか、僕には見当もつかなかったが、それはみるからに、痛々しかった。 自分一人、廊下に立たされている僕に、その馬について、いろいろに考えることが好きになった。彼はたぶん、僕のように怠けて 何もできないものだから、曲馬団の親方にひどく殴られたのだろうか。殴った後で親方はきっと、死にそうになった自分の馬を見一 てびっくりしたに違いない。それで、ああやっと殺しもできないで毎年連れてきては、御客の目につかない裏の方へないでおくの一 0う。……そんなことを考えていると僕は黙ってときどき自分のつながれたくりの木のこずえの葉を、首を上げて食いちぎった」 りしているその馬が、やっぱり、(まあいいや、どうだって。)と、つぶやいているような気がした。 僕はまた、あの不良少年というものでさえなかった。朝礼の後などに、ときどき服装検査というものが行われ、ポケットの中身 が僕の立った跡にはいちばん多く残っていた。

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