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Japanese Junior High

(2、4)合っていますか? 見づらくてすみません🙇‍♀️

15 こいけ <宮城改〉 15 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 高校一年生の「あたし」(美曲)、樹、菰池は、吹奏楽部に入部し た。コンクールに向けた練習が始まったある日、久樹は、その日の練 習について「新鮮だった」と二人に語った後、黙っていた。 せりふ 久樹さんが視線をバス停に並ぶ列に向けた。それから、科白を手繰り寄 せるようにゆっくりと言った。 これは意味がわからない。今度は、あたしが首を傾げる番だった。 かし 「何か、積み木みたいだったから」 「積み木?」 「ああ、積み木ね。なるほど」 菰池くんが指を鳴らす。バチッと鈍い音しか出ない。 「………どういうこと?」 「だから、積み木なんだよ。各パートが三角とか四角とかの積み木で、そ れが合わさっていろんな形になる。城とか、ロケットとか、ボールとかさ」 積み木でボールは作れないだろうと思ったけど、言い返さなかった。 そ んな些細なことはどうでもいい。 そうか積み木、か。“積み木”の一言が、すとんと胸に落ちた。 パート練習の後、全体での合奏が行われた。普通なら、最初から曲を全 部通すことはありえない。 問題点が出てくるつど中止して、注意を伝える。 指摘された点を該当パートが演奏して、また合奏に戻るというのが、全体 練習の基本だろう。 でも、今日だけはという限定で、顧問の小石先生は曲を止めないで全部、 演奏させた。一年生に聴かせるためだ。 あたしの耳でも、メロディーと伴奏の微妙な、いや、かなりのずれや、 音程のブレからくる「うなり」を聞きとれたぐらいだから、納得にはほど 遠い内容だったろう。 それでも、胸に迫った。 だろうか。 また、そんな暗めの思考に引きずられそうになる。 我ながら、後ろ向きだ。 こらっ、美由。いいかげんにしろ。 自分で自分を叱る。 = 「そっか、そっか、すげえな。さすがだな」 菰池くんは屈託なく、ただただ率直に感心していた。 「おれなんか、譜を追っかけるだけで、いっぱいいっぱいだもんな」 あたしは思わず、菰池くんを見上げていた。 そうなの? ほんとに?あたしと同じ? 菰池くんがあたしを見返した。(あさのあつこ「アレグロ・ラガッツァ」より) 天然=ここでは、意図せずとぼけた言動をすること。 15 まあいさ も破綻もない。でも、あたしのすぐ前から発せられ、あたしを包み、あたし にぶつかり跳ね返る音にあたしは惹き込まれた。これが、生の演奏の迫力な のだ。それは、パート練習の充実感とは違う、大きなうねりの感情だった。 3 「あっ、こんな風に曲が出来上がっていくのかって、新鮮だった。びっく りした」 久樹さんの頬が上気している。それこそ、驚いてしまった。こんな風に昂 ることのできる人だったんだ。久樹さんの高揚が理解できる。それが嬉しい。 「それで、さ」 菰池くんがひょいと前に出る。 「久樹さん、自分がどんな積み木かイメージできた?」 え? 積み木のイメージ? 何のこと? 天然の菰池くんが、また、意味不明のことをしゃべっている。そう思っ たのに、久樹さんははっきり首肯したのだ。 「うん、できたよ」 「そっか、さすがだな」 「自分がどこにいるのか、どんな形なのか色なのか大きさなのか、頭に浮 かんだよ」 「そっか、さすがだな」 とうき 動悸がする。 菰池くんは、まったく同じ科白を同じ息遣いで口にした。 心臓がドクンドクンと大きく鼓動を打つ。 つか 久樹さん、ちゃんと掴んでいるんだ。 全体の演奏の中で、“自分の音〟がどこでどう生きるかを、既に掴んで3 いるんだ。イメージできるんだ。 あたしは、到底できない。 楽譜にそって音を出すのがやっとなのだもの。 全体の中の自分を意識するなんて、無理だ。 久樹さんとあたしは違う。久樹さんには天賦の才とやらがある。生まれ たとき、天からの賜り物を受け取っている。だから比べても仕方ない・・・・・・。 55 わかっているけど、やっぱり焦ってしまう。さっき、久樹さんが理解でき ると一瞬でも喜んだ。それが恥ずかしい。 何て能天気なんだろう、と。 あせ の方達もないあたしは、 また、置いていかれるん ③線③ 「心臓がドクンドクンと大きく鼓動を打つ」とあるが、このと きの「あたし」の様子を説明したものとして最も適当なものを次の中から一 つ選び、記号で答えなさい。 ア 久樹の言葉が意味していることと自分が考えていたことが似通っている ことに気づき、今後への期待が高まっていく様子。 イ 久樹の言葉の勢いや決意の固さが自分の体中に響きわたり、うろたえて しまい、少しずつ物事を考えられなくなっていく様子。 ウ久樹の言葉によって自分が負の感情に入り込んでいることに気づき、久 樹に追いつくために努力をしなければならないと奮い立つ様子。 エ久樹の言葉から自分との才能の差を思い知らされ、里 いた久樹が遠ざかって たか 24

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Japanese Junior High

論説文・説明文の問題です。空白のところを教えて欲しいです。よろしくお願いします

0 -7 国ス 中3 1 第六銀座 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 価値観の相対化した現代社会においても、「一般的に認められるような価 がまったくないわけではないし、価値観や信条の異なる人々が共通して 「価値がある」と認めるような対象や行為はやはり存在する。それは「客観 的に正しい価値」とは言えないが、多様な立場の人々が共通して認める価値 ふへんせい であり、そこに私たちは価値の普遍性を確信することができる。そして、こ5 のような意味での「価値の普遍性」を「一般的他者の視点」から導き出すこ とは、決して不可能な試みとは言えない。 では、価値観や信条、関心の異なる人々が共通して「価値がある」と認め るような対象や行為とは、一体どのようなものであろうか? A 関心や価値観が異なる人間であっても、一生懸命にがんばって10 その道に精進していれば、その「努力」は承認してくれるだろう。陸上部 で毎日練習を積み重ねている人間に対しては、誰もが「陸上に関心はないが、 あの練習量は大したものだ」と思うだろうし、仕事や勉強に励んでいる人間 に対しては、どのような価値観や立場の人であっても、普通はその努力を認 めるはずである。それは、当人が目指していた表現や結果への評価ではない5 が、その人自身のあり方に対する承認という意味で、自己価値の確信に深く 関わっている。 実際、何らかの努力をしている多くの人が、価値観や感性の異なる人々で も、自分の努力は認めてくれるだろう、と心のどこかで思っている。私たち は多くの場面で「一般的他者の視点」を想定し、一般的承認の可能性を暗々20 裏に確信しつつ行動しているのである。「努力」の他にも、「やさしさ」や 「勇気」「忍耐力」「ユーモア」など、関心や価値観が異なっていても共通し て認められる可能性を持つ価値は存在する。そして私たちはこのような価値 に関わる行為をしているとき、普通は誰でもこの「努力」(あるいは「やさし (E) (4) (3)

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Japanese Junior High

この問題の答えを教えて欲しいです。

じゃん (香川・改) (50点=105点×2 120点 他は100点×2) 思考で、「当たらずとも遠からず」の判断になる場合もよくある。(1) の判断はまったく偶然のレベルである。 これら三つの形の「直観」は、 まったく違う種類の思考というよりは、判断の拠り所となる背景の 知識のありかたが違う思考と考えたほうがよい。豊富で精緻な知識 を持っていれば直観の精度は上がり、 「ひらめき」になる。 知識が ないところで直観に頼れば、 「あてずっぽう」 になってしまう。 (今井むつみの文章より) *①~⑨は段落番号を表す。 1 「科学的思考ができるようになる」とあるが、科学的思考とは、 どのようなもののことであり、どうすることを目的としたものだと 筆者はいっているのか。 それを説明した次の文のA・Bに入る 言葉を、第3段落の中からそれぞれ十五字以内で抜き出しなさい。 ・科学的思考とは、Aのことであり、Bことを目的とした もの。 ②「「体で覚える」ことによって初めて体得できるのである」とある が、これは、どのようなものをどうすることによって、批判的思考 を体得できるといっているのか。 「知識」 「経験」という言葉を使っ て、三十字以内で書きなさい。 ただし、文末は「…こと。」 の形で 書くこと。 3 「この「矛盾」」 とあるが、筆者は、どのような点を「矛盾」といっ ているのか。 次の文の 「批判的思考」 「直観力」 に入る言葉を、 という言葉を使って、六十五字以内で書きなさい。 ・学びの達人になるためには、□点。 44 「判断の拠り所となる背景の知識のありかたが違う思考」とあ るが、知識のありかたと直観の精度はどのように関係しているか。 四十五字以内で書きなさい。 国語 文章中の言葉を使って! 記述問題 テーマ別問題 説明的文章の記述問題 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 ① 科学を学習する目的は、発見された「事実」を覚えることでは 3 ない。今日覚えた事実や理論が、 一〇年後には棄却されているか もしれない。 2 科学はデータをもとに論理を組み立て、理論を構築するプロセ スである。 では、「科学を実践する」ために、子どもは何を学ば なければならないのだろうか? 学校で理科の時間などで実験 をし、データをとり、分析する、という学習はしているだろう。 しかし、それらは「科学を行う」ための要素に過ぎない。科学的 思考ができるようになるために必要なのは、むしろ、理論の検討 のしかた、仮説の立て方、仮説の検討のための実験のデザインの しかた、データの解釈の仕方、 結論の導き出し方、 などの論理を 組み立てるスキル(技能や技術)なのである。 3 もちろん、ここでいう「科学」は自然科学に限らない。 心理学 はもちろんのこと経済学、法学のような社会科学も同じだ。 さら に敷衍 (おし広げること)すれば、どのようなことであれ、単な る好き嫌いではなく、理にかなった意思決定をするために、論理 構築スキルに則った思考が必要である。 ④ いま、いたる所で 「批判的思考」ということばを聞く。 しかし、 批判的思考の定義に関して、ほとんどの人はあやふやな考えしか 持っていないようだ。 ⑤ 批判的思考とはつまり、科学的思考と基本的に同じで、ある仮 説、理論、 あるいは言説を、 証拠にもとづいて論理的に積み重ね て構築していく思考のしかたのことを言う。単に「感情にとらわ れず客観的にものごとを考える」とか「多角的に物事を検討する」 ということではないのだ。 ⑥ このような科学的思考、 批判的思考のバックボーン(思想・信 条等を支えるもの)になっている仮説検証のプロセスと理論構築 のプロセスはもちろん、本で読んだだけ、あるいは誰かに説明さ れただけでは理解できない。 知識を構築していく実際の道筋がわ からないと、様々な仮説を適当に立てるだけで終わってしまう。 自分で仮説を考え、実験をデザインし、データを取って分析し、 吟味し、論を構築し、それを評価する。 「批判的思考」はこのよ うなプロセスを何度も繰り返し経験すること、つまり、「体で覚 える」ことによって初めて体得できるのである。 とくちょう 批判的思考は学びの達人になるためにとても大事で、最近は教 育界のキーワードになっている。他方、熟達者の特徴は鋭い直観 力にあることも、誰もが認めるところである。 批判的思考を重要 視するということは直観的思考をどれだけ排除できるか、と考え られるのに、この「矛盾」はどのように考えればよいのだろうか。 ⑧ じつは「直観」ということばは、いくつかの意味合いを持つ。 三つの形を考えてみよう。 (1) ある状況で何がしかの判断をするとき、知識がないときは、 コイントスのように適当にするしかない。 (2) 子どもが単語の意味を考えるとき、「形ルール」 (形から判断 しようとすること)のようなスキーマ (外界を認識するときに 使われる知識の枠組み)に沿って、その場ですぐに初めて聞い た単語の意味を考え、その単語が使える範囲を決めてしまう。 (3) 将棋の達人は、次の一手についてあれこれ可能性を考えなく ても最善の一手が頭に浮かぶ。 いっぱん ⑨ (1)から(3) はすべて一般的には「直観的思考」と考えら れる。 しかし、その判断の精度や質はそれぞれ異なる。(3) は 非常に精度が高い判断。(2) はいわゆる「スキーマ」に頼った

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Japanese Junior High

ここの文章の客の立場にある当事者であって、その場の作用から自由であることは難しいってよく意味がわかんないです!教えてください‼️

04 いご 東京 ほんやりものを考えていて、客観ということ、客観ということばに 疑問をいだくようになった。客観は本当に客観的でありうるのか、 「一般的ないし普遍的なもの」(『大辞林』)ではないような気がするの である。 もともと、主観に対しての客観である。完全に独立して存在するよ うに考えるのがおかしい。 主と客とは、いくら自立しようとしてもな まぬが お、相対的で、互いに交流、影響し合うことを免れない。 囲碁での対局者はともに主、客の立場にある当事者であって、その 場の作用から自由であることは難しい。そばで見ている人間には、対 局者の見えないところが労せずして見えるから、岡目八目というよう なことになる。さほど棋力のない人が高段者の対局の観戦記を書ける わけである。 アメリカの事件のニュースをアメリカのメディアで知るより、イギ リスの報道の方がわかりやすく、正しいことがある。 客観的であるよ り傍観的だからであろう。味方の情報より敵の情報の方が正確だとい う不思議なことがありうるのも、やはりいわゆる客観の限界を暗示す るといってよい。 第三者的立場の傍観が客観よりも客観的であることははっきりして いる。しかし一般には、傍観は客観より信頼できない無責任なものと して軽んじてきたのは、どうして生じたのかわからないが、偏見であ 20 る。 けんか 喧嘩両成敗という。 喧嘩は主観と客観のぶつかり合いで、話し合い で解決するわけがないから、傍観の仲裁、 判定が必要になる。 裁判は原告、被告の当事者から独立した裁判官によって行われる。 普通、それで公正が保たれるが、なお裁判官でさえ当事者に近すぎる 25 PRI N* 10 15

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