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History Junior High

・近代から現代までの歴史・ (3)(5)(6)を教えてください🙇‍♀️

得点 4:近代から現代までの歴史 >解答 p.17 まこめのテスト 8点×6(48点) できごと )が始まり。 リス軍に敗北する こくせん 年 2について、これをキっかけに流戸幕府は異国船 1871 1840 (a 清ガ。 2) bについて, これをきっかナ ランスなどは自国の経済を守。 をとりました。右の図中の の政策に関する語句を書き b岩倉使節団が出発す。 うちはらいれい (ア^ン等) ;日清戦争が始まる 1894 C ア軍厳拡張 1904 d日露戦争が始まる ク 領士拡大 としたこの使節に加わり, その 後,1889年に発布された憲法案 の作成にも携わりました。 この 憲法を何といいますか。 (大日本市国際法) (3)cについて,この前後。日本では個性を重んじる考えか金んになり,与謝。 e大正時代が始まる たずき 1939 f第二次世界大戦が始。 3) Cからdの間に始まった ア 朝鮮戦争 イベ さの ひぐちいちよう かつやく 4) eからfの間に, 日本 かけとなったfにあて、 ちょうせん (4) dについて,次の文はdが始まる背景となった, 日本とロンアの対立につい たものです。文中の( (義風 )にあてはまる語句を書きなさい。 しん ペキン はいじょ 5) gについて, 右の写 の象徴であった壁で ( )事件とよばれる事件が起こった。 かべ しょうちょう (5) eについて,この時代の日本のようすについて正しいものを,次から選びなさい ア 子ども向けの雑誌や大衆雑誌が刊行され,ラジオ放送が始まった。 イ 日刊新聞の発行が始まり, 自由民権運動の広まりに影響をあたえた。 ウ テレビ,洗濯機,冷蔵庫などの電化製品や自動車が普及した。 エ 教育への関心が高まり, 町や農村で多くの寺子屋が開かれた。 (6) fについて, 右の図は日本とアメリカ合 衆国の戦争が始まる直前の国際関係を示し ています。X·Yにあてはまる国の組み合 わせとして正しいものを次から選びなさい。 m じゅうみんけんうんどう えいきょう 次の資料を見て, せんたくき る語句をそれぞれ書 全人口に占める有権者 ふきゅう てらこ や しゅうこく 60%) 50 40 30 20 10 11 がっ ドイツ 国 アメリカ台結 日 本 55 22 1889 1900 1919 X ア X:フランス Y: オランダ ゥ X:イタリア Y:オランダ イギリス は日本が結んだ三国同盟を, 1 ようとしたABCD包開網(ABCD包囲陣)を, *X:フランス Y: ソ連 Y 「衆議院目 (注) -は日本を経済的に対じる それぞれ表している 116 IX:イタリア Y: ソ連 れん 1925年 に選挙法 aから てはまる勝 クシントン会ガが かれ。 めざす機運高まった。 イ 議保護 H 国際協調 かんきょう

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Contemporary writings Senior High

問4と問5の解説お願いします。 答えは④,①です。 わかる問題だけでも構いません。

0コ0コ ロロ同 のようなテーマが彼らにとっては全く「中立」に映らないだろうということです。もし私たちにとっ でその主題が「中立的」に見えるとしたら、それは私たちが「民主主義は当然のこと」という価値観 が普及した地域にいて、他の価値観をさほど想定せずに済んでいるからです。 理系が関わる例でも事情は変わりません。一九七○年代~八○年代の日本では、環境問題を研究テー ーマに選ぶ理系学生は民間企業での就職が大変になるといわれていました。マジョリティが環境問題」 に関心がなかった時代、敢えて環境に関心を持つことは「偏ったこと」とみなされかねなかったので」 す。現代ならこの感覚はむしろ逆でしょう。 「地球環境を気にかけること」も「民主主義を自明視すること」も、それぞれ一つの価値観であり、 政治的信念の一種です。ただ、その価値観がマジョリティにとって一般的になっている時代、地域で一 はそのことが目立たないだけです。 の うん。 もちろん、「テーマの選択が政治性を持つ」ことは仕方ないにしても、それは研究の過程に政治性が一 入り込むこととは違うのではないか、という指摘は可能です。 たとえば、公害問題や、歴史上の虐殺事件といった問題に対し、ある組織や人物にとって不利にな」 る証拠を隠蔽した上で論文を書いたとしたら、それは「政治的」かつ「党派的」なデータの隠蔽です し、研究不正に等しい行いです。 論争になりやすいのは逆のケース、すなわち証拠として用いる材料を広げる場合です。たとえば、 教育を受けた役所の人間が残した文書記録や、定量的に計測可能な証拠といった従来も用いられてい た判断材料だけではなく、知的障害をもつ人の数十年前の記憶や、コンピュータによるシミュレーシ ョンなど、確実さにおいて劣る要素を持ち込む場合、前者は「実証的」だが後者は違うとして、拒否」 されることがあります。そして、そのような不確かなものを研究の材料に使うのは、政治的な意図が あるからだと。キュウダンされたりするのです。 事例ごとに事情は違うので、一般化は困難なのですが、科学史を踏まえて私が思うのは、どちらか といえば、検証する対象を増やす方が、検証の厳密さを求めてそれを避けるよりは実りが多いのでは一 ないかということです。 1101八年現在、日本では過去の優生政策により障害者に対する強制的断種手術が行われたことが 問題視されていますが、これも最初は当事者の証言を真剣に聞き、証拠となる資料を探した歴史家の一 努力がありました。また、地球温暖化問題が前世紀半ば、最初に話題になったときには、それがシミ ユレーションに基づく推論であることが問題視されましたが、現在はそうした手法が科学的推論の一 (ahsg) つとして認知されています。 以上のことを踏まえるならば、むしろ、「複雑な対象を前にして、価値中立を掲げることが持ちうる 政治性」こそが念頭に置かれなければなりません。すなわち、マジョリティの価値観に浸っているた一 めに自らの政治性が自覚できていない状態のことを、「中立」という名で呼び変えていないかどうかを、 改めて問い直す必要があるでしよょう。 それに加えて、人間の理性の限界という問題もあります。実際、本人は真剣に研究をしている場合 でも、無意識のバイアスで、ある証拠を完全に見逃し、自分の論点を支持する証拠ばかり集めるとい うことがありうるからです。一世紀において、女性の知性が男性に劣るとの見解を出したいくつか の研究には、明らかにこのような傾向がみられました。 司寺に言えるのは、「学問は現実の対象に近づくほど不可避の政治性を帯びる」ということを踏まえ vそれでも「学問的方法論に根ざして言葉を紡ぐことの大切さです。物理学のような法則定立的な方一 AuDろ、歴史学のような個性記述的な方法にしろ、定量的な社会学のようにその中間的なものにし Lo、それは世界を認識する異なったやり方として、数世代にわたり様々なテストを生き残り、受け継 がれてきた人類の遺産なのです。

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