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Mathematics Senior High

(2)の解答の2行目の最後の(-1)のk+1乗になるのがわかりません。

条件 <r<1) こすると 題 116 考えて 二発散, 二発散。 数列 ■項 B) だが, 厳密 13 1 次の 無限 級数の (ア) √3+3+3√3+・・・ 00 n (2) 無限級数 2 (1/13 ) 'sin n=1 ∞ n=1 4 8 1-(-√3)= 2+√3 nπ 2 指針 無限等比級数 Larl=a+artare+... の収束条件は α = 0 または |r|<1 [1] a=0, [r|<1のとき 収束して、和は [2] a=0のとき 収束して,和は0 (1) 公比r r|<1, r≧1のどちらであるかを,まず確かめる。 CHART 無限等比級数の収束、発散 公比 ±1が分かれ目 0, 発散を調べ, 収束すればその和を求めよ。 (イ) 4-2√3+3・・ 解答 ()()初項は、3,公比r=√3でr>であるから、発散する。 (イ)初項は 4,公比はr=- 2√3 √√3 4 2 の和を求めよ。 11 3 2 n=2kのとき sin 7- =sinkr=0 2 よって,数列{(1/23) 'sin"} は 1/3+1/1/20 9 == 8(2-√3) (2+√3)(2-√3) (2) 自然数とすると n=2k-1のとき sin=sin(kr-)= -coskz=(-1)+1 1 .... 35 0, ....... l-r 3 10 0, で, r<1であるから, 収束する。和は -=8(2-√3) 0<01+01 0000 p.202 基本事項 [1] (3+√√2)+(1-2√√2)+(5-3√2)+... ((2) 愛知工大] (初項) 1- (公比) 3 33 37' n の 3 となる。ゆえに,(1/23 ) 'sin "は初項 1/13,公比1/13 無限等比数列/-/ 32 2 n=1 のとみる。 無限等比級数であり,公比rはr<1であるから収束する。 その和は 1-(-23/12) 3² 練習 (1) 次の無限等比級数の収束、発散を調べ, 収束すればその和を求めよ。 118 0 (1) 2+2√2+4+...... (ア) 1 nπ ■まず sin- がどのような 2 値をとるかを, nが奇数・ 偶数の場合に分けて調べる。 んが整数のとき cos kn= 35⁹ 1 (k が偶数) ( =(-1)* 203 (初) 1- (公比 ) p.216 EX88 4

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Japanese Junior High

1枚目(左)の文章を読んで 2枚目の(右)の問の答えを解いて 答えを教えてください!! 私立の一般入試の問題です。 答えが配られてないのでわかる方教えてください😭

次の文章を読んで、あとの (1) から (六)までの問いに答えなさい。 (文字数の指定がある場合は、句読点も一字に数える) 昔、人々は自分の住んでいる地域内でいっさいの暮らしを立て、村ざかいや それぞれの地 国ざかいを越えて、よその地域に出かけることはなく、 域でそれぞれの地域特有の言葉Ⅰが形成されていきました。 ところが、明治維新になって、東京に明治政府ができ、日本語を統一しよう として、東京の言葉を標準語として、徹底した共通語の普及を強引に行ったこ 戦後、爆発的に膨張したマス・コミュニケー とはよく知られています。 ション、なかんずく放送ジャーナリズムが、その普及に大きく加担しました。 そうしたことのために、一方では、日本中どこへ行っても言葉が通じなくて困 一方では、方言の中の、たく るというようなことはなくなりました。 さんの美しい言葉、 微妙な感情を伝える言い方、力強い表現、 ゆかしい言い回 などを死滅させ、今もさせつつあります。 C ヨーロッパでは、中世封建制が崩れ、近代国家が作り上げられていく過程で、 各地の言葉が混ざり合い、溶け合い、それに芸術家や学者が磨きをかけて、長 い時間をかけて、それぞれの国語が熟成していきました。 日本では、その熟成期間が飛ばされてしまったのだといえるでしょう。 学校で、標準語の普及を図る手段として、方言を口にしたら罰として背中や 胸に「方言札」と書かれた木の札を掛けるということまで行われました。 沖縄県平良市の大神島では、戦後もこの方言札が、小・中学生だけでなく、そ の父兄たちにまで用いられたそうです。 こうした、無理強いの、ゆがんだ経過を経て流通している、いわゆる標準語 は、まだまだインスタントの人工語で、たいそうやせており、 方言の側から輸 1 血しないと、ますます貧血の度が進むというのが、わたしの認識です。 日本の近代化の陰で、標準語という名の消しゴムに消された方言の中から、 輸血するに値する濃度を持った言葉を探し出すことは、地上から消えていくわ らぶき屋根を惜しむといったふうの感傷を超えた、日本語の現場の問題なのだ とわたしは思っています。 ききゅうす それにしても、方言は日々幾何級数的なといえるほどの速度で衰微しつつあ ります。消えてしまったら、それでもう終わりです。 ろんし 世の中の変化とともに、言葉も変わっていくのだから、方言が消えていくの も、自然な推移だ、という論旨があります。言葉とはそういうものだと、わた しもそれに基本的には賛成です。 しかし、同じ一つ屋根の下に住む家族で、おじいさん、おばあさんのしゃべ る言葉が、孫にはもうよく理解できない、それほどの状態を生むような時代の せっかちな流れ方に、その速さに、このまま身を任せてていいのだろうか、と 思うのです。 捨てなくていいものまで、わたしたちは、捨てつつあるのではないか、と危惧 します。共通語自身、例えばニホンかニッポンか、日本の国の名さえどっちつ かずであるほど、まだ しているのです。いい換えれば、日本にはまだ真 の意味での共通語はでき上っていません。そんなとき、日本の各地で、遠い昔 からの人々の生活と結び付いて息づいてきた方言を顧みることなく、点検 もせず、あっさり捨て去っていいはずがありません。 (川崎洋『感じる日本語』による)

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