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(3)の解き方を教えてくださる方いませんか🙇🙌💭

34 第1章 身のまわりの物理現象 発展問題 ばねを利用したはかりを使って実験を行った。ただし、100gの物体にはたらく重力の大きさを (徳島) INとし, ばねの質量は考えないものとする。 あとの問いに答えなさい。 【実験】 ① 2000g用の台ばかりの側面の部分を開けて調べたところ、内部には、ばねが1本あった。 図1は、台ばかりのようすを模式的に表したもので、ばねの長さは13.5cmであり、針は0g を指していた。 図 1 図2 図3 台 歯車を回転 させる金具 F000000 13.5cm 針 0000000 針 1800g C1600g] 14006 1200g 600g 歯車 歯車 ばねと台をつなぐ金具 ばねと台をつなぐ金具 ②台ばかりの台に 500gのおもりを のせ、このときのばねの長さを調べた ところ, 14.0cm であった。 その後, おもりの質量(g) ばねの長さ(cm) 0 13.5 500 1000 1500 2000 14.0 14.5 15.0 15.5 おもりの質量をかえて,同様の実験を行った。 表は,その結果をまとめたものである。入 ③ ばねを台ばかりからとり外し、ばねに力が加わっていないときのばねの長さを測定したとこ ろ, 12.5cmであった。 実験で使った台ばかりを、 図2は横から,図3は前から見て、そのしくみの一部を模式的に 表したものである。このばねは,上端が固定され、下端は上下に動く金具とつながっている。 このばねがのびると, 図3のように歯車を回転させる金具が下がり, 針が回るようになっている (1) 図2のように,台ばかりの台に何ものせていないときにも、図4 台や金具の重力が, ばねにはたらいている。 台ばかりの台に 何ものせていないとき, ばねにはたらいている力の大きさは 何Nか。 [ ] 14.0 (2)表をもとに,台にのせたおもりの質量と, ばねののびとの 関係を表すグラフを図4にかきなさい。 ただし, ばねののび はばねに力が加わっていないときのばねの長さからののび とする。 ばねののび ば3.0 2.0 [cm] 1.0 0 (3)図5は1000g用の台ばかりの目盛りの一部を示している。 実験で使った台ばかりの目盛りを図5の目盛りにし、さらに ばねをかえて1000g用の台ばかりをつくることにした。その ためには、台に何ものせていないときに針が0g を指し,台 に1000gのおもりをのせたときに針を360°回転させるばね が必要である。このばねに力が加わっていないとき, ばねの長さは何cmか。 ただし、目盛り 0 1kg 100g 900g 0 500 1000 1500 200 台にのせたおもりの質量[g] 図5 ばね以外の条件は変えないものとする。 [

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問2が答えと解説を読んでも なんでそうなるのかも解説が言ってる意味も よく分かりません 問2の答えは「中央の出先機関の立場」だそうです

3 基礎編 1 →解答解説は本冊ムページ 評論①『まちづくりの実践』田村明 課題対比の箇所に注目し、その箇所に傍線を引いて読んでみよう。 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。 にぎ 戦国時代の権力者は、軍事要塞として城を築き、その近くに商人や職人たちを集めて町をつ くった。織田信長の楽市楽座はその典型で、都市を充実した賑わいの場にすることに成功した。 権力者が町をつくり住民を住まわせる城下町が日本の都市の主流になる。明治になってからも、 都市は「お上」がつくり、また「企業」がその城下町をつくってきた。 2 西欧では中世から、商工業者を中心にした市民が、権力者である領主から自立して、自治都 市あるいは自由都市という立場を勝ち取って町をつくることが多かったが、日本にはその例は ほとんどない。だから受動的な「住民」はいても、主体的に都市をつくろうという「市民」は 不在である。つい最近まで、都市や町をつくるのは行政権力や企業権力であり、住民はそこで 暮らすだけで、 自ら「まち」をつくるという意識は希薄なままであった。 一九一九年に制定された都市計画法では、計画は「内閣に諮って主務大臣が決定する」と規 定され、都市は国家という「お上」がつくることになっている。自治体は国家の決めたこと を実施する代官にすぎない。この状態が、戦前ばかりか戦後のごく最近まで続く。自治体は住 民代表の立場ではないから、住民から要望や提案が出ても取り上げられない。だから、できる だけ住民の意見を聞かないで、せいぜい説明だけですませたいという気持ちが強かった。 4 これではおかしい。日本は第二次大戦の敗戦によって民主主義国家に生まれ変わったはずだ。55 「地方分権」を言うまでもなく、自治体の自立性は現行憲法でうたわれている。それなのに固有 の風土と歴史のある地域が、全国画一的に各省庁バラバラな施策で振り回されていては、「よ 「い」「まち」はできない。住民から直接公選された首長たちには、法令はなくても自らの判断で 地域と市民のための施策を行う動きが出てきた。 ⑤ 一九六〇年代初頭から、先進自治体では、独自の方法で乱開発による崖崩れの防止、学校用 20 地の確保、排水の整備、あるいは工場の公害にたいする予防措置などを行い始める。また、民 主主義の実践の場としての市民参加のさまざまな試みを始めた。地域の個性や文化を求める地 域ごとの工夫も始まる。都市という複雑で総合的で個性的な計画をするには、国家という画一 的な「お上」では無理である。ようやく、自治体は国の出先機関ではなく、市民の側に立っ て、独自の立場で個性的な地域づくりを自覚するようになった。 9 一般的な自治体は、事態の変動に鈍感で、相変わらず中央の出先機関の立場に甘んじている ものが多かった。直接に生活を脅かされる住民の方が敏感に反応し、さまざまな反対運動がお きる。そのうちいくつかは、自発的な「まちづくり」運動へと発展していった。 7 一九六〇年代になると市民参加をはっきり打ち出す自治体も現れた。 議会や中央官庁から . 25 5 「企業」がその城下町を くって大企業とその 請けの中小企業が、 自 の主要な産業の中心と てかたまって存在する 比喩的に表現した 画一的個性や特徴 ないこと。 類語に「一様 「均一」がある。 一九六〇年代―一九五 年から一九七三年にかけて 「高度経済成長期」に会 まれる。

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理科 仕事 全部分からないです。 特に(2)が分かりません。 分かりやすくお願いします。 答えは(1)20 (2)0.28(3)イです

( 仕事 教科書 p.53~55 本誌p. 22,24 3 (24点・・・各8点) 仕事に関する実験 1, 2 を行った。 図1 表は,その結果である。 ただし, 動 (1) 滑車と糸の摩擦や, 糸の重さは無視 ばねばかり できるものとする。 また, 糸は伸び 糸 編みしないものとする。 (山形) おもり 実験 図1のように,ゆっくりば ねばかりを真上に引いておもりを表 10cm上昇させ, ばねばかりの 示す値を調べた。 ものさし 糸 動滑車 ばねばかりの示す値 [N] 実験① 1.60 実験 [2] 0.94 (2) (3) 実験② 実験国で用いたおもりと,重さのある動滑車, ばねばかりを用いて, 図2のような装置を組み、ゆっくりばねばかりを真上に引いておもりを 10cm 上昇させ、ばねばかりの示す値を調べた。 [ 実験において、ばねばかりを引いた距離は何 cm か,求めなさい。 実験で用いた動滑車にはたらく重力の大きさは何Nか,求めなさい。 (3)実験国と実験②を比べたとき, ばねばかりが糸を引く力のした仕事につ ↑いて、仕事の大きさの関係を述べた文として適するものを、次のア~ウか ら選びなさい。 STAAM ア. 実験①の方が大きい。 イ. 実験②の方が大きい。 00008 ウ. 実験①と実験②は等しい。 AR M *A*** (0 -3$300.00S 思

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この問題がわかりません ヒントはたくさんあるのですが、 教えてほしいです

ウィンステップノート 1~12 への取り組み ノートを見ずに模試 次の文章を読んで、後の問いに答えよ。(配点 三〇) キー 主語 サイエンスとアート。 相反する点は、いくらでもあげられる。 本文 たとえば、普遍性と偶然性。サイエンスの実験では、条件をそろえれば毎回同じ結果になることが求められる。 データは平均化され、一回きりの出来事は「外れ値」として扱われる。しかしアートでは、偶然性がだいじにされ、 平均値よりも「外れ値」にこそ光があてられるようなことが多い。 ~ たとえば、「わたし」の存在。 サイエンスの論文では、「思う」より「考えられる」という表現が好まれる。だれ が考えてもそう解釈できる無理のない論理だという意味だ。つまりサイエンスは、できる限り「わたし」を排除す る。いっぽうでアートは、むしろわたし」がなければはじまらない。「わたし」がこう思う、「わたし」はこう感 じる。ほかのだれもが気づかなかった「わたし」の「思う」や「感じる」を切り出して表現する。 解釈も鑑賞者に よって異なり、そこに一つの正解があるわけではない。 もはや一八〇度違う部分も多いのだけれど、 サイエンスとアートは対極に位置するわけではない。むしろ、そ 10 の根っこにこそ共通するものがある。 (注)ないとうれい (注) その思いを強くしたきっかけが、芸大に入ったばかりのころ、特別講義でこられた内藤礼さん(現代美術)のお 話だ。 「たとえばいま、木漏れ日からさす光がカーテンにきらきら映し出される感じ。 そんなふだんの生活のなかの一場 面や自然の美しさを、いいなあ、と感じている。ほんとうはそうして自分で感じているだけでいいのだけれど、そ15 の「感じ」をアートのなかに表現したい。別にだれがしなくてもいいのだけれど、やらずにはいられない。わたし は、究極に美しいものをつくりたい」 この言葉が、研究者として自分が目指す姿勢と重なり、サイエンスからアートの分野に足を踏み入れたときの迷 いを吹き飛ばしてくれた。 ふりかえり 5 Keflection 様々

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