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English Junior High

"How did you feel”が答えですが "How were you feeing”ではいけない理由を教えてください。

次の英文は、中学生の健(Ken) と ALT(外国語指導助手)のジャック (Jack) の対話です。 これを読み、次の問いに答えなさい。 ('16 和歌山県 ) Jack: Hello, Ken. How are you? Ken: I'm tired. I finished my homework late last night. Jack: What was your homework? Ken: It was an English essay. My English teacher, Mr. Tanaka, told me to write an essay about my winter vacation. It was very hard. I needed some advice to write sentences. Jack: I see. I can give you some advice. Have you ever kept a diary? Ken Yes. I keep a diary in Japanese. Jack: That's good. Then, why don't you keep a diary in English? Your writing skills will become better. Ken : I don't think I can! Keeping a diary in English takes a lot of time. Jack: Really? Then tell me what you did last Sunday. Ken Well.... I went fishing with my father and caught five fish. Jack: ( when you caught them? Ken: I felt very happy. They were big and my mother cooked them at home. Jack: Great! You should write that story in English. You can write about things you did. It's also important to write about your feelings in your diary. It sounds difficult at first, but you can write a few sentences every day. Ken It'll be difficult for me to write English sentences every day. But I'll try. Jack: If you have a problem, I'll help you. du Ken Thank you, Jack. I'll write about my feelings in my diary in English. Jack: Good. I think you can do it! (E) late < essay f E advice sentence keep a diary 日記をつけている kept <keep why don't you ~? ~してはどうですか skill go fishing 魚釣りに行く feeling diary B busigamuti opot caught < catch (つかまえる) の過去形 対話の流れに合うように, 文中の〔 Call und 〕にふさわしい表現を考えて、 英語で書きなさい

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赤本の答えが漢字だったのですが真名はダメですか? なぜですか?仮名文字と対照的に使うなら真名が適切だと思うのですが。

2019年度 国語 87 明治大情報コミュニケーション 同行の人の嘆きの深さに比べれば、私の悲しみなどたいしたことはないと思えてきた。 自然の懐に抱かれて心が癒され、私の悩みなどとるに足らないものだと思えてきた。 都にはいない人々の生活を見ることで新鮮な気持ちになり、自分の悩みを見つめ直した。 涼しい郊外の水辺に行こうと思ったが、なかなか目的地に到着できず不満が残った。 文字も使い 問九 この作品が書かれた時代についての 文を読み、空欄に入れる言葉を漢字で答えなさい。 を使ったが、男女を問わず 平安時代には日本語の表記が大きく変わった。 主に男性は こなせるようになり、表現の幅が大きく広がった。この作品の作者をはじめとして、この時期の文芸を担った人々は和歌 を詠むことから人の心のありように敏感になり、自らの心を見つめる日記文芸も生まれてきた。こうした私的な日記の最 初の作品として があるが、これは図らずも文芸とジェンダーの問題を示唆している。 GY F 仮 de 作日記

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「帰家日記」で、「後の世までのしるしに置きはべるにやと思はる。」のところで結びの省略が発生しているのですが、何が省略されているのか教えてください。 元の形は「にやあらむ」であっていますか?

女房が喜ぶことはこの上ない シク・体 名 格助名 格助 女房→作者 名 断定 格助 カ四・用接助 接助 名 格助 名サ下用補丁ラ変・用完了・体接助 かくかしましき市の中の ながら心よせ はべりつるを思ひのほかなるよすがにつきて、 このようにやかましい街の中での ながらも思いをかけていましたが、 考えてもみなかった夫と連れ添って、 作者が 女房→作者 女房は 名 係助 格助 ハ四巳 接助 名 名 係助 ラ変・未打消・ 断定・用係助ラ変・未打消・用ハ四・用補丁ラ変・体 名 八四終 副助 名 格助 名 係助 住居、本意にもあらず 思ひはべる」など言ふ。「親の里はいづくぞ」と言へば、「三河の と尋ねると、 「女房は「三河の 暮らしは、不本意であると思っています」 「作者が 格助ハ下二終 などと言う。 (私が)「実家はどこか」 女房は 格助 ハ四巳 接助 係り結び・結びの省略 副助 名 名 格助 名 係助 名 格助名係助ラ変・終係助 名 名 格助 名断定用係助 国八橋のあたり」と答ふ。「今も昔の跡はありや」と問へば、「八橋の柱にや、かたばか と答える。 私が) 「(八橋には) 今も昔の跡があるのか」と聞くと、 一国の八橋のあたり 女房は「八橋の柱でしょうか、形だけ 女房→作者 格助名 係助 丁ラ変・体 女房→作者 名 格助 名 格助 女房→作者 補丁ラ変体 格助 ラ四終 名 名 係助 名 格助 「丁八下二・用 格助ラ四巳存続・体格助 業平の塚も侍る」と語る。 業平はそこにて りに残れるを、その跡と申し伝へはべる。 業平の嫁も侍る」と語る 業平はその地で (在原業平の墓もあります」と話す。 が残っているのを、 その跡と申し伝えています。 →業平 作者→業平 打消・体 名 格助 連体 マ下二用 補尊ハ四・用過伝聞・体名 断定 接助 連語 名格助 上二・用 ラ四・用補尊八四・用過去・体格助係助ヤトニ・未 (撥音無表記) 推定・体接助 終りたまひしとも見え ざめるを、さる人の過ぎがてにながめたまひけむ跡なれば、後の 後世 お亡くなりになったとも書物には) 見えないようだが、 そのような人が素通りできずに歌を詠みなさったというゆかりの地なので、 作者→読み手 係り結び・結びの省略 「女房は 岡崎に至る 名 副助 格助 名 格助 カ四用 補丁ラ変体断定・用係助格助 ハ四・未自発・終副 ラ変用接助 ラ四・用完了・終 名 係助 ク用 世までのしるしにし置きはべるにやと思はる。ややありて帰りぬ 名 格助 鶏もほどなく暁を告 までの目印にそのままにしているのでしょうかと思われる。 (房はしばらくして帰った。 鶏も間もなく暁 (夜明け前)を 「作者は 「ひ あちこちで(鳴き) ラ四巳 接助く 力 格助 名 名 格助 ダ下二・終 名 格助 名 接尾 げわたれば起き出でて、十八日、例のあけぼののころほひ、やどりを出づ。よべの女ども 告げるので(私は)起き出して、えて 十八日、 いつものように夜明けごろ、 宿を出る。 昨夜の女たちが 名 マ四巳 存続・終 名 格助 八四体名 格助 名 格助 ラ四用 接助 名 格助 ラ四終 名 格助名 格助 接頭 名 シク用 名残り惜しめ 藤川といふ里の名を聞きわたりて岡崎に至る。 この国の御城うるはし 名残を惜しんでいる。 藤川という里の名を聞いて通り過ぎて岡崎に至る。 この国のお城を壮麗なものと見る。 マ上一終 名 ク用カ四用接助 名 サ四用 存続・体 サ変・体 名 接尾 係助 ハ四・体 名 格助 く見る。 駅亭長く続きて町たてわたしたる、商物する家ども さまざま行きかふ人の 宿屋がずっと続いて町並みを作り上げている所は、 商売をする家々も、 あれこれ行きかう人が 矢矧を過ぎて 名 マ下二終推量・体名 接尾 ラ四用 カ四用 接助 シク用(ウ音) シク・体 名 断定終 名 格助 ガ上二・用接助 名 目とどむべき物どもかざり置きて、いみじうにぎはしきあたりなり。 矢矧を過ぎて、よべ 目をとめそうないろいろなものを陳列してあって、 とてもにぎやかなあたりである。 矢矧を通り過ぎて、 昨夜 ***** M SPAR 1 1244 Tr O 個 US DG201 5

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これ答えないんですけど教えていただきたいです

11 本問題 1 次の文中の傍線部の敬語の種類を答えよ。 (源氏物語・桐壺) 1 かかる人も世にいでおはするものなりけり。 このような方もこの世に生まれておいでになるものなのだなあ。 ②翁のあらむ限りは、かうてもいますかりなむかし。 この翁の生きている間は、このようにしていらっしゃることもできましょうよ。 (竹取物語) (源氏物語・桐壺) ③ 光源氏ヲ) 世の人、光る君と聞こゆ。 光源氏を世の人は、光る君と申し上げる。 (徒然草・一四一) 4人の心劣りとは思ひはべらず。 都の人の心が関東の人に比べて劣っているとは思いません。 2 次の文中の「給へ」について、後の問いに答えよ。 さぞましきやうにおぼしつらむといとほしくて、 さぞかしきれてお思いになっているだろうと気の毒になって、 よる 「夜とともにもの思ふ人は夜とてもうちとけて目のあふ時 「これまでずっと毎晩もの思いをしている私は、夜といってもくつろいだ気持 もなし ちで目を合わせて眠ることなどできません。 めづらかにも思う給へず。」と聞こえつ。 (和泉式部日記) (私にとっては)珍しくも思われません。」と申し上げた。 文法的説明として適切なものを、次から選び記号で答えよ。 ア四段活用の動詞 イ 下二段活用の動詞 ウ四段活用の補助動詞 エ下二段活用の補助動詞 ( 敬語の種類を答えよ。 3 次の文中の傍線部「たてまつる」は、尊敬、謙譲のどちらか。 にほふみや 1 (匂宮ハ)それよりぞ御馬にはたてまつりける。(源氏物語・浮舟) (匂宮は)それからはお馬にお乗りになった。 ② 心づかひして、皇子をば止めたてまつりて、(源氏物語・桐壺) いろいろ気を配って、皇子をお引き止め申し上げて、 ③ きよげなる童などあまた出で来て、御奉り、 小ぎれいな女の子などが大勢出て来て、仏に水をお供え申し上げたり、 (源氏物語若紫) (竹取物語) 4④44 御送りの人々見奉り送りて帰りぬ。 見送りの人々は、(皇子を)お見送り申し上げて帰った。 (源氏物語・桐壺) ⑤ この君にたてまつらむの御心なりけり。 この光源氏の君に (姫君をさし上げようというお気持ちであった。 4 次の文中の傍線部「まゐる」は、尊敬、謙譲のどちらか。 しはす 1 師走になりて、またまゐる。 十二月になって、また参上する。 こけ ②岩がくれの苔の上に並みゐて、かはらけまゐる。 岩かげの苔の上に並んで座って、土器でお酒を召し上がる。 みこ おほみき 3 親王に馬の頭、大御酒参る。 親王に馬の頭が、お酒をさし上げる。 かち 44(聖光源氏ニ)加持などまゐるほど、 (聖光源氏に) 加持などしてさし上げるうち、 5 次の傍線部を口語訳せよ。 り 「いみじき折の言かな。」と上も宮も興ぜさせ給ふ。 「すばらしくこの場にふさわしい朗詠だなあ。」と帝も中宮様も こと とど 。 (更級日記) (源氏物語若紫) (伊勢物語・八二) (源氏物語若紫) (枕草子・二九三) 124

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Law Undergraduate

看聞日記の書き下し文を教えてください。

廿四日、雨降大風吹、人屋破損、法安寺御祈始参勲、読仁王経、抑聞、仙洞此間女房 新参、娘二殿妹、是北山院祗候、女院崩之間仙洞参、室町殿為御媒始御同道、 看聞日記 二 (日野康子) 万疋御宮笥御持参、刷行粧参云々、仙洞時宜快然御賞翫甚云々、二位殿心中者定鬱 憤歟´」 (日野西資国) (吹きて人 破損 安寺御祈始 * 廿六日、晴、瑛侍者参、用健来臨、有盃酌、彼御沙汰也、入風呂如例、 (周乾) (田向経良息) 廿七日、雪降風吹、台所男共・寿蔵主・善基等会合、有酒宴之興、 (栄仁親王王子) 廿八日、晴、雪時々降、連歌会始張行、人数例式也、聊出懸物、一献聊刷之、月次、 予頭始之、 廿九日、雪降、祐誉僧都参賀、一献持参、退出以後指月行、雪眺望有云捨、坊主新 (浄金剛院) 命也、初而正看、小時帰了、椎野殿来臨、御宮笥又有盃酌、終日一献酩酊了、指月 坊主参、只今礼云々、 (栄仁親王王子) 〔閏正月〕 (足利義持) 閏正月一日、晴、夜雪降、抑二月為閏月、先例二月閏月不吉云々、仍暦博士・陰陽道 (日野西資国女) 正月=勘成云々、邂逅之例歟、自公方被触洛中、正月之儀不相替云々、廊局行、 事三位張行責出了、比興事也、 有一献、禅啓有申沙汰之子細、先日禅啓沈酔至極之間、不浄在所”落入云々、其灑 二日、雪降、庭田へ行、女中・三位以下皆参、有一献及酒盛 供の事を 三日、晴、有盃酌、塔頭御寮申沙汰也、三ヶ日不慮酒宴祝着了、 ( 浄金剛院) 六日、晴、重有朝臣出京、帰参語世事、宝幢寺供養事、天下地万事、公武経営此事也、 可有随兵云々、室町殿寺家へ御出、諸家悉可扈従申云々、其行路椎野門前也、得便 (正親町三条公雅) 宜之間推参、見物事椎野申談、不可有子細云々、但三条新大納言宿〃申請云々、然ハ (東坊城) 同宿如何、自他難儀瞰、抑細良卿知行六条郷蟲、日野大納言入道申賜院宣云々、 放云々、殿下渡領也、関白九条 被返付云々、就出仕諸 此事自去年有沙汰、遂以飛行、尤不便事也、但最少所也、少納言長政門一 風呂 連歌会 終日酒宴 二月が聞 なるか 語る BEHARK の地を 投収さる SANES 所価を召し たる (田向 恵方 来十三日可有任大臣節会云々」 小島俊幸 七日、晴、前線宰相参、今春 応永二十七年閏正月 -12-

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