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Mathematics Senior High

ここの単元がほんとに苦手で、赤ペンで解説を写しましたがよくわかりません。 214も215も半径を1としているのに、上の例では半径が2になるのはなぜでしょう。 また、点Pの座標ってどうやって出しているのでしょうか。根本的にわかっていませんがどうか教えてください🙏

PO ① 57 の三角比の定義 右の図において,∠AOP = 0 のとき sin = cos =* r tan 0=y x (ただし, tan 90° は定義されない) ② 180°-0の三角比(0°0≦180°) sin (180°-0)=sin 0 cos(180°-0)=-cos tan (180°-8)=-tan0 例68鈍角の三角比 150°の正弦, 余弦, 正接の値を求めよ。 ya P(x, y) A -T 0 ▼0°<< 90° のとき, POINT57で定義された三角 比は, p.92 POINT53で定 義した三角比と同じになる。 P(x,y) y 0 8 x y A T x BIS 解答 右の図で,∠AOP=150°とする。 OTI nie () 半円の半径を = 2 にとると, 点Pの座標は(√31) そこでx=-√3, y=1 として おいて P 1 150° sin 150°= = 1 r 2' cos 150°=- =√3 √√3 801 200 -3 O A r 2 2 ESI 200 (S) tan 150°= 1 x √3 √3 は60 2 1 30° √3 基本 第4章 214 180°の正弦,余弦,正接の値を求め よ! 満たすりを 180°のど。 1800 半円の半径をしにとると、 点の皆様は(-10)口 sin 180°= そこでた小4=0として COS(80° Gin: = = 0 r Tan (80 = 1. 2 for 0 0 TG) (S) □215 90°の正弦、 余弦の値を求めよ。 満たすのを求め 400 sin(180-90)=sin90° 109 (180-90%) 上の図でLA0P=90°とする 半円の半径を1にとると 点の座標は(0.1) そこで大20.9=1として、 sin90% 4=1=1 cos 90° = 14: 9:0 COS90% ORI ee 209

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Essay Senior High

ファイルの文章を200字で要約しました。 「著者は最近子どもを見ると、子どもたちの老いた姿まで想像し、ろくなものにはなるまいという思いが浮かぶという。特に小学生の低学年くらいの子どもはあどけなさが薄れ、個人というものが現れてくるため、一番無残に思えると述べている。その... Read More

子供の未来 最近、無残に見えてしまうものがある。 子供たちの未来である。 自分が子供であったころはもちろん、若いころも、子供は好きではなかった。 子供を見るま なざしにも、はたから見れば、ずいぶんと冷ややかなものがあったと思う。 同い年ぐらいの女 の人が華やいだ声をあげ赤ん坊を取り囲むのを見ると、その女の人も不快なら、 それを不快に 思う自分も不快であった。だが、今はちがう。邪魔されない限り、可愛いと思えるようになっ た。赤ん坊から思春期ぐらいまで色気や自意識が春に木の芽が吹くように出てきてしまう まで、みなそれぞれの段階で可愛いと思う。 子供がいるとその姿を目で追い、自然に微笑むよ うになったし、自分でも驚くほど、女らしい、黄色い声をあげたりすることもある。それでい ながら、 どこかでいよいよ子供を見るまなざしが冷たくなってしまったのである。 小学 校の低学年ぐらいの子を前にしての話である。 私の住むマンションから駅まで行く途中に小学校がある。 午後早くに出かけると低学年生の 下校時に通う。女の子はよく二人づつ並んで歩き、細い首をかしげて小声で何やら熱心に話し ている。 手をつないでいるのもいる。男の子はもっと大人数で、声高で、しかも、歩くという よりも、めまぐるしく左右前後に動きながら移動している。私のおぐらいまでの背しかない のに、「おれがよう」「おまえがよう」と生意気な口をきいている。そんな光景に出会うと、知 らず知らずのうちに口元がゆるむ。 実際、栄養が行き渡った親から生まれ、兄弟も少なく大事 にされて育ったせいであろうか、私の小さいころであったら美男美女のたぐいに入る子ばかり がぞろぞろと歩いている。 少子化という日本国家の深刻な問題に思いをめぐらせれば、宝物が 目の前をぞろぞろと歩いているような有難ささえある。それでいて、折にふれては、ふいに、 寒々しい思いに捉えられるのである。 赤ん坊から幼稚園に上がるぐらいまでは、天から与えられた「あどけなさ」というのが、乳 色ののように子供をぼんやりと包み、それが救いとなる。だがやがて、その「あどけなさ」 のは薄れ、個人というものが形を出してくる。 思春期も半ばになれば、それはもう隠しおお せない輪郭をもってごつごつと現れてくる。 私には、小学校の低学年の、ちょうどその個人が おそるおそる形を出してくる時期が、一番無残に思えるのである。 私が教育を受けた時代は、 子供に未来を見いだすのがあたりまえの時代であった。 そして、 未来を見いだすというのは、社会のありかたによって、すべての子供をいくらでも伸ばせると 考えることでもあった。 113 子供の未来

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