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Chemistry Senior High

②の文章が間違っていると回答にあったのですがどこが間違っているのか分からないので教えて頂きたいです。よろしくお願いします。

農業的な製造方法に関する記述として, 下線部に誤りを含むものを①~⑥の中 から一つ選びなさい。 12 1 アンモニアは, 触媒を用いて窒素と水素を直接反応させるハーバー ボッシュ法によっ ② て工業的に製造される。 オストワルト法には, アンモニアの空気酸化で得られた一酸化窒素を, 白金を触媒とし て空気中の酸素と約450°Cで反応させ、二酸化窒素を得る工程が含まれている。 ③接触法では,三酸化硫黄を濃硫酸に吸収させて発煙硫酸とし、発煙硫酸を希硫酸濃度 調整して必要な濃度の硫酸を製造している。 T.O ④ 炭酸ナトリウムは, 飽和塩化ナトリウム水溶液にアンモニアを吸収させた後、二酸化炭 素を通じ、析出する炭酸水素ナトリウムの熱分解によって工業的に製造することができ る。 4.0 169 ⑤ 鉄は,鉄鉱石とともにコークスと石灰石を溶鉱炉に入れ、下から熱風を送り,主にコー クスから生じた一酸化炭素によって鉄の酸化物を還元して製造される。 ⑥ 粗銅板を陽極,純銅板を陰極に用いて、 約 0.3~0.4V の低電圧で硫酸銅(II)水溶液を電 気分解すると, 粗銅板に比べて純度の高い銅が陰極に析出する。

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Contemporary writings Senior High

作者の問題提起(今話している日本語がなくなったらどうなるかという問題を考えてみたことがあるでしょうか。)に対応する答えとなる一文はどこですか? また、筆者の主張・意見を簡潔に教えて欲しいです!お願いします🙏

を記 あなたは、今話している日本語がなくなったらどうなるかという問題を考えてみ たことがあるでしょうか? たとえば、英語だけで用をたさなくてはいけない状態 になったとしたら? むろん、権力で強要されれば、長い時間をかけて、英語だけ を話すようになるでしょう。でも、英語という糸で織り成される文化は、日本語 という糸でつむぎ出されていた織物とは全く異なっているのです。 たとえば、日本語には擬音語・擬態語が豊かに存在します。けれども、英語に はあまりありません。すると、こんなことが起こります。 帽子さんは、そんな三好さんをジロリと流し見た。(源氏鶏太『御苦労さん』) これは、日本語の文です。 これを英語で言おうとすると、「ジロリ」という擬態 語がうまく表現できないのです。ある辞典では、この箇所をこう翻訳しています。 Hatoko cast a sharp side-long glance at him. 「鳩子は彼に鋭い横目を向けた。」といった意味の英語になっています。これでは 「ジロリ」の持っている、眼球を左から右へあるいは右から左へ移動する動きが、 失われてしまいます。 「ジロリ」は、単に「鋭い横目」という抽象的な言葉では表 せないような、具体的で感覚的な意味を持つ言葉です。 つまり、日本語で織り成 されていた織物のもっていた独特の風合いがなくなってしまったのです。母国語を 失うということは、物の考え方、感じ方を失うということ。大げさに言えば、具体 的で感覚的な日本文化が消えているのです。もちろんそれでもいいとおっしゃる方 もいらっしゃるかもしれません。 そういう方は、是非とも次の問題も考えてみてください。 世界中の言語がすべ 英語だけに統一されてしまったとします。すると、どの地域からも英語という糸 で織り成される織物しか出来てきません。それぞれの地域のもっていた独特の風合 いが失われ、どの地域に行っても、どこに住んでも、同じ織物しかないのです。と いうことは、異なる織物同士の間で競争したり、刺激しあったりすることがないと いうことです。人は、努力をしなくなります。人類の文化そのものが痩せて廃れて いきます。一元化の恐ろしいところです。 人類の文化が発展するのは、さまざまな素材があり、その素材によって織り成さ れる文化が違うからこそなのです。 違う文化同士が接触し、互いに刺激しあい、総 体として人間の文化が発展するのです。 やまぐちなか み (山口仲美『日本語の歴史』より)

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Japanese Junior High

答えがウになる理由を教えてください。

次の俳句とその鑑賞文を読んで、あとの各問に答えよ。 -5 はきょう 石田波郷 日の出前五月のポスト町に町に このまま見ると妙な句である。 「五月のポスト」がまず妙だ。「五月のポス ト」「六月のポスト」などというものがあるわけではない。「町に町に」も妙 だ。「町ごとにポストがある」という意味ではない。 これらの箇所には作者 の相当なねらいがありそうだ。 まず、「五月のポスト」だが、これは「日の出前 (の)五月のある朝)」 ということだろう。作者はそんな時間に町に出た。「日の出前」といっても 「五月」だ。ほの暗さは残っていても、すでに視界ははっきりしている。作 者の目をとらえたのは「ポスト」。 こんにち町で見かけるような箱型のポス トではない。円筒形の鉄合金で作られたどっしりとしたポストだ。 「町に町 に」とあるように、ポストは一つではない。町角ごとにポストがある。 この旬の味わいについて、最もきわだっているのは、ポストの「赤」の色 が、ほの暗さの残る町に鮮烈な点描となっている点だ。ふだんは気にもとめ ることのなかったポストが、あざやかな色彩で強く作者に意識されたのだ。 わざわざ「 」と表現することで、初夏の町のさわやかな感じ、 を強く表すことに成功している。 この句は字余りだが、 その字余りによる余韻が、日の出前の町をゆっくり 快い気分で歩く作者の姿さえうかがわせるではないか。

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