Grade

Type of questions

World history Senior High

歴史総合です。この二枚の写真が裏表なのですがどうやって書けばいいかわかりません。もしわかる人がいれば書いてもらえると嬉しいです。

2回生 「歴史総合」 夏休み課題」 1年4組 32番 名前 御手洗彩花 近代化と現代的な諸課題 一学期に扱った範囲(18~19世紀の歴史) では、様々な面で 「近代化」が進んだことを学習しました。 「近 代化」とはどのような変化か、 「近代化」によって社会がどのように変化したのか、理解できたでしょうか。こ の単元の最後のまとめとして、「近代化」 がもたらした現代への影響について考えたいと思います。 問いイギリスが行っていたアヘン密貿易のように、実は相手国に負の影響を与えているにも関わらず、 「通常の貿易」として行っていて、私たちがその負の側面にあまり気づいていない現代の事例はない だろうか? また、その事例とアヘン密貿易を比較すると、 どこが共通し、 どこが異なっているだろ うか? STEP2 歴史と現代をつなげる 実は相手国に負の影響を与えているにも関わらず、「通常の貿易」として行っていて、私たちがその負の側 面にあまり気づいていない現代の事例を調べてまとめてみましょう。 検索キーワードの例: 日本、輸出品、 環境負荷、ごみ STEPI アヘン密貿易の実際について確認する 産業革命後のイギリスは三角貿易を展開し、その中でアヘンの密貿易を行った。 まず、 ①教科書 p35 を 読みましょう。その上で、②資料1 2を読みましょう。 . 資料1 アヘンに対する当時のイギリスの考え 当時のイギリスでは、アヘンの過剰摂取に害があるという認識はありましたが、 それはアルコールなど の場合と同じだと考えられていました。 アヘンの成分であるモルヒネには鎮痛作用があったことから薬と しても使われており、 熱帯の感染症マラリアへの対策に有効であると見なされていました。 生産地インドでは食べることで摂取すれば害は少ないと考えられ、 清の社会では吸引による摂取でした が、その場合でも、長い煙管で良質な精製煙膏から出る煙を吸うことで、 害は少なくなると考えられてい ました。 アヘン禁止の国際規制が本格化するのは、1920年代の国際連盟の活動によってのことです。 (後藤春美 『アヘンとイギリス帝国』) [参考文献] ※ネットを参照した場合、ホームページの名称や記事のタイトルとURLを記入すること Q.この事例とイギリスのアヘン密貿易を比べて、共通点と異なる点はどこだろうか? 共通するところ 異なっているところ 資料2 清でのアヘンの流通 19世紀前半に清の社会で流通していたアヘンは高級品であり、アヘン吸引は、富裕な階級のステータス・ シンボルでもありました。 アヘン中毒者に必要な購入費は末端価格で1日あたり0.1両にものぼり、当時 の緑営の兵士の給与が月額2両であったことと比較しても、アヘンの消費が社会に 「広範に広がっていた (豊岡康史 大橋厚子 『銀の流通と中国・東南アジア』) とは考えにくい」ということになります。 Q.アヘン貿易とは、どのような貿易だろうか? 教科書と資料①・②の内容を踏まえて、自分の言葉で説明し ましょう。 アヘン貿易とは、 STEP3 ふり返る 近代化が進む中で、一方では人権が保障されるなど平等が実現した。 他方、近代化によって格差も生じた。 近代化が生んだ「平等と格差」について STEP 2の内容を踏まえて、あなたが考えたことを述べてください。

Waiting Answers: 1
Japanese history Senior High

5番に何入るかわかる方いませんか?

世界大戦 大正政変 p.266~ たいしょう 1 大正初期の政治運動 さいおんじ きんもち (1) 第2次西園寺公望内閣 (1911~12) a 日露戦争後、 国家財政悪化状況→与党 (政友会)、 積極財政を要求 しだん はち はち * 商工業者は減税、 海軍は八八艦隊建造計画、 陸軍は師団増設を要求 b 明治天皇死去→大正天皇即位 (1912.7):(政内内大臣兼備 じゅうちょう c (2) が 『憲法講話』刊行 ( 3 )説や政党内閣論の提唱で、新時代に 期待する国民の政治的関心が高揚 しんがい ゆうさく d 中国情勢の変化 (辛亥革命) にともない陸軍が ( 4 ) 増設を要求→内閣は 財政上の理由で拒絶 →陸相上原勇作が単独で辞表提出→( 5 )の規定で組 閣できず、 西園寺内閣は総辞職 やまがたありとも Point 山県有朋内閣で導入された 「軍部大臣現役武官制」が内閣組閣に強 い影響をおよぼしている。 かつら ごけん (2) 第3次桂太郎内閣 (1912~13)と第1次護憲運動 げんろう やまがたありとも じじゅうちょう a 元老会議(山県有朋ら) →桂太郎(内大臣兼侍従長) を首相に推薦(非立書 的) b 第1次(6): 立憲政友会の( 7 )、立憲国民党の( 8 )らを中心 とする勢力は「( 9 )打破 ( 10 )」を掲げ、 桂の退 陣を要求 →運動が全国に波及 立憲政友会と立憲国民党→桂内閣不信任案提出→支持の民衆が議会を包囲 →桂内閣は在職53日で退陣 (1913.2) = ( 11 ) *桂は新党結成と元老政治からの脱却を掲げるが、 ( 12 ) の結党は桂の死後

Solved Answers: 1