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Biology Senior High

問2が分かりません。解説を読んでもよく分かりませんでした߹-߹

近年、海外から輸入されたワタの栽培用種子に, 日本で未承認の(a)遺伝子組換 て害虫抵抗性や除草剤耐性をもち, 日本で飼料や食用としての利用, 輸入,運搬 えワタの種子が混入していることが判明した。 この種子は, 遺伝子組換えによっ などは許可されているが,栽培することは許可されていない。 輸入されたワタの栽培用種子に 日本で未承認の遺伝子組換えワタの種子が混 (b 入しているかを判定するために, PCR法 (ポリメラーゼ連鎖反応法)が利用され ている。図1は、非遺伝子組換えワタ(ワタム)に、ワタムがもたない遺伝子X を導入して, 遺伝子組換えワタを作製する過程を模式的に示したものである。遺 伝子Xが導入される染色体DNA 上の位置の違いによって、日本で未承認の遺伝 子組換えワタ (ワタ B) と日本で承認済みの遺伝子組換えワタ (ワタC)になり、こ れらの違いは種子でも同様である。 非遺伝子組換えワタ (ワタA) MACERY SOO 遺伝子領域 日本で未承認の 遺伝子組換えワタ (ワタB) LO 遺伝子組換え 遺伝子X 図 1 日本で承認済みの 遺伝子組換えワタ (ワタC) M 遺伝子X 問1 下線部(a)についての記述として誤っているものを、次の①~④のうちから 一つ選べ。 5 ① 従来の交配による品種改良にくらべ 短時間で効率よく有用な遺伝子を もつ作物を作製できる。 ② 遺伝子組換えにより農作物に除草剤耐性をもたせることで、農家の省力 化やコスト削減につながる可能性がある。 ③遺伝子組換え作物を食べた生物体内で、 作物に導入された遺伝子が蓄積 して生物濃縮を起こす危険性がある。 ④ ヒトインスリンなど,さまざまな医薬品や食品が遺伝子組換え技術に よってつくられている。 問2 下線部(b)に関連して, この検査では,PCR法によって特定の箇所のDNA 断片が増幅されるかを調べることで、 輸入されたワタの栽培用種子に日本で 未承認の遺伝子組換えワタ (ワタB) の種子が混入しているかを判定している。 図2中の4種類のプライマー (⑩~ⓓ)のうち、2種類のプライマー(プライ マー対) を用いてPCR 法でDNA 断片を増幅する場合,図1のワタ A~C の種子のうちワタBの種子のみでDNA 断片を増幅することができるプラ イマー対の組合せとして最も適当なものを、後の①~④のうちから一つ選べ。 なお, プライマーの矢印は、そのプライマーを用いた場合のDNAの新生鎖 の合成方向を示している。 また、複数の遺伝子領域を含む長いDNA 領域は, 6 PCR 法で増幅されないものとする。 日本で未承認の遺伝子組換えワタ (ワタ B)/ INN ⑩と⑩と① ③と④⑥ と ⓒ 図 2 ② とⓔⓑとⓓ ⑥と⑥と

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Japanese history Senior High

黄色で囲んだ②の文章の意味が分かりません 

政期から荘園が増 や収益の豊かな国を与えられた。 とくに鳥羽上皇の時代になると,院の周辺 る。 に荘園の寄進が集中したばかりでなく, 有力貴族や大寺院への荘園の寄進も ふゆふ にゅう 増加した。また,不輪・不入の権をもつ荘園が一般化し, 不入の権の内 容も警察権の排除にまで拡大されて, 荘園の独立性が強まった。 ちぎょうこく いんぶんこく またこの頃には知行国の制度 ② や,上皇自身が国の収益を握る院分国の こくしゅ 制度が広まって, 公領は上皇や知行国主・国司の私領のようになり,院政を 支える経済的基盤となった。 そうへい 大寺院も多くの荘園を所有し,下級僧侶を憎兵として組織し、国司と争い, しんほく しん よ にょいん 神木や神輿を先頭に立てて朝廷に強訴して要求を通そうとした。 神仏の威 ● 上皇は, 近親の女性を院と同じく待遇 (女院) して大量の荘園を与えたり, 寺院に多くの荘 園を寄進したりした。 たとえば, 鳥羽上皇が皇女八条院に伝えた荘園群 (八条院領)は平安時代 ちょうこうどう だいかくじとう じみょういんとう 末に約100カ所, 後白河上皇が長講堂に寄進した荘園群 (長講堂領)は鎌倉時代初めに約90カ所 という多数にのぼり それぞれ鎌倉時代の末期には大覚寺統 持明院統 (p.120) に継承され, その経済的基盤となった。 ② 上級貴族に知行国主として一国の支配権を与え、その国からの収益を取得させる制度。知 もくだい 行国主は子弟や近親者を国守に任じ、現地には目代を派遣して国の支配をおこなったが,これ ほうろく は貴族の俸禄支給が有名無実化したため、その経済的収益を確保する目的で生み出された。 こうふくじ ③ 興福寺の僧兵は奈良法師と呼ばれ、春日神社の神木の榊をささげて京都に入って強訴し, えんりゃくじ なん やまほうし 延暦寺の僧兵は山法師と呼ばれ, 日吉神社の神輿をかついで強訴した。 興福寺・延暦寺を南 と ほくれい 都・北嶺という。鎮護国家をとなえていた大寺院のこうした行動は、法によらずに実力で争う という院政期の社会の特色をよく表わしている。 1. 院政と平氏の台頭 89

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