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(4)の問題の答えはアとオで合ってますか?? 教えてください🙏教えてくださった方はフォローします!!

1.2 [実験Ⅱ ] 82 2129 3.6 水の入ったメスシリンダーA~E に葉の数や大ききなどの条件をそろえたら本を図2のように用意 した。それらを明るく風通しのよい場所に置き、 数時間経過した後それぞれの水の減少量を測定した。 図2 3.8 1.2 D.2 3 3,636 [実験結果 ] NOO *ワセリンをぬったところでは、ほとん蒸散が行われないものとする。 A: 葉をすべてとり、 全体にワセリンをぬった茎をさしたメスシリンダー B: 葉をすべてとり、 何もぬらない茎だけをさしたメスシリンダー C: 葉の裏側だけにワセリンをぬった枝をさしたメスシリンダー D: 葉の表側だけにワセリンをぬった枝をさしたメスシリンダー E そのままで何もぬらない枝をさしたメスシリンダー . . . 1.6g Bの水の減少量はAの約5倍 Cの水の減少量はBの約5倍 D の水の減少量はBの約13倍 Eの水の減少量はBの約17倍 L 水 すいかんの O DO C C Aig Bsr +2g 5倍 ② ア 葉の表側からの蒸散量は、 茎からの蒸散量の約5倍である。 葉の裏側からの蒸散量は、 茎からの蒸散量の約15倍である。 葉の裏側からの蒸散量は、 葉の表側からの蒸散量の約3倍である。 葉全体の蒸散量は、 茎からの蒸散量の約17倍である。 オ葉全体の蒸散量は、水面からの蒸発量の約80倍である。 カ 葉と茎の蒸散量は、水面からの水の蒸発量の約4倍である。 13 5倍 17 32 (4) 実験の結果から判断して、誤っているものをア~カから2つ記号で選びなさい。 なお、 A で水 減少する理由としては水面から水が蒸発するからである。 85 A B C 図3

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何故問5の回答が間違えなのか分かりません

■ 第三問 100| 11 10 =HE] 〔著 第三問 次の文章を読んで、後の問に答えよ。 たとえば、匂いのユートピアといったものがありうるだろうか。 r そもそも匂いというものがそう簡単に馴致されたり管理されたり、ユートピアのような 理想社会の体系のなかにとじこめられたりするものだろうか。 20 5 自然界のあらゆるものは、多かれ少なかれ匂いをもつ。その自然界を脱し、みずからの 自然をつくりなしてきた人間というものもまた、時々刻々、さまざまな匂いを発している 存在である。人間の社会生活そのものが、多種多様な匂いの発生源である。食品や塵芥や 肥料や家畜や乗物や隣人や、家事や産業やゴラクや宗教やイリョウや美容や風俗や、そ の他あらゆるものやことがらの発散する匂いのなかで、人間は人間であることを実現し実 感しているのだともいえる。匂いとは、人間の個と社会につきまといつづける見えない自 然、生理のようなものであろう。 一 的自然とのあ とすれば、いったいどのようにして、このつきまといはびこる奇妙な生理 いだに、人間は、ユートピア的な防御壁を設けることができるのだろうか。 S ユートピアとは何か。文明が、いやすくなくともヨーロッパの都市文明が、成立このか たエイエイとして追いもとめつづけてきた、ただひとつの完璧な社会制度の夢想であり、 A である。ほとんど強迫観念のようなもの、といってよいかもしれない。 人間はかつて森を出て自然を対象化して以来、人間自身をふくむ自然を徐々に改変する ことによって、都市を、文明を、かたちづくってきた。そんな過程がいわゆる〈進歩〉で あったとすれば、その目標、その最終段階がつまり、ユートピアである。 プラトンの『国家』以来、さまざまな時代にさまざまな作品がこの社会形態をものがた り、ユートピアは文学の一ジャンルとして生きつづけることになった。 典型的なユートピストたちの思いえがいた理想社会は、 だがおどろくほどに似たりよっ たりで、かわりばえがしなかった。 千年、二千年をへても、プラトンの『国家』からほと んど〈進歩〉していないように見えるのだ。なるほど各時代にいくらかの独創や逸脱もな いことはなかった。けれども、基本はいつもおなじだったのだ。 四方に防御壁をめぐらし た自己完結的な都市空間。 人工の美や清潔さや便利さや合理性や技術改良やキカ学や統 2 制への愛。人間とその生活は、自動機械のように画一化されている。自由などはない。い や、自由がないということを感じなくなるほどまでに、ユートピアの住民は幸せである。 ユートピストたちはいつも自然を矯正しようとしてきた。彼らは自然の体現する偶然 2 や無秩序やアナーキーを、もっぱら排除しようとしてきた。こうした統制と画一化への意 志は、当然、人間とその社会につきまとう生理的自然にまでおよぶことになる。 いわゆる五感もまた、彼らのユートピア的再構築の対象となるだろう。 まず視覚。これならなんとかなる、とユートピストたちは考えるらしい。完璧にととの えられている理想都市の景観は、すみからすみまで、自然の乱脈さを極力おおいかくした ものである。

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できたら、答えまたは考えを聞かせて欲しいです、またこうした方がいいなどということがありましたら教えて欲しいです

作者はさっき、「下人が雨やみを待っていた。」と書いた。しかし、下人は 格別どうしようという当てはない。 ふだんなら、もちろん、主人の家へ帰るべきはずであ る。ところがその主人からは、四、五目前に暇を出された。前にも書いたように、当時京 都の町はひととおりならず衰微していた。今この下人が、永年、使われていた主人から、 暇を出されたのも、実はこの衰微の小さな余波にほかならない。だから「下人が雨やみを 待っていた。」と言うよりも「雨に降りこめられた下人が、行き所がなくて、途方に暮れて いた。」と言うほうが、適当である。そのうえ、今日の空模様も少なからず、この平安朝の カチンチマンタリス 下人の Sentimentalisme に影響した。 中の刻下がりから降り出した雨は、いまだに上がる 気色がない。そこで、下人は、何をおいても差し当たり明日の暮らしをどうにかしようと していわばどうにもならないことを、どうにかしようとして、とりとめもない考えを たどりながら、さっきから朱雀大路に降る雨の音を、聞くともなく聞いていたのである。 雨は羅生門を包んで、遠くから、ざあっという音を集めてくる。 夕闇はしだいに空を 低くして、見上げると、門の屋根が、斜めに突き出したの先に、重たく薄暗い雲を支え どうにもならないことを、どうにかするためには、手段を選んでいるいとまはない。 選 んでいれば、土の下か、道の土の上で、飢え死にをするばかりである。そうして、こ の門の上へ持ってきて、犬のように捨てられてしまうばかりである。選ばないとすれば 下人の考えは、何度も同じ道を回したあげくに、やっとこの局所へ逢着した。しかしこ の「すれば」は、いつまでたっても、結局「すれば」であった。下人は、手段を選ばない ということを肯定しながらも、この「すれば」のかたをつけるために、当然、そのあとに 来るべき「盗人になるよりほかにしかたがない。」ということを、積極的に肯定するだけの、 勇気が出ずにいたのである。 下人は、大きなくめをして、それから、大儀そうに立ち上がった。夕冷えのする京都 は、もう火桶が欲しいほどの寒さである。風は門の柱と柱との間を、夕闇とともに遠慮な く、吹き抜ける。丹塗りの柱にとまっていたきりぎりすも、もうどこかへ行ってしまった。 下人は、首を縮めながら、山の疹に重ねた、紺の襖の肩を高くして、門の周りを見 回した。雨風の憂えのない、人目にかかる恐れのない、一晩楽に寝られそうな所があれば、 そこでともかくも、夜を明かそうと思ったからである。すると、幸い門の上の楼へ上る、 幅の広い、これも丹を塗ったはしごが目についた。上なら、人がいたにしても、どうせ死 人ばかりである。下人はそこで、腰にさげたの太刀が華だらないように気をつけなが ら、わら草履を履いた足を、そのはしごのいちばん下の段へ踏みかけた。 Free Pas からか ほうなん S S

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光の屈折 (1)の解説 (2)なぜアは違うのか (5)なぜこのような実線になるのか 解説 苦手な単元で解説を見ても何も分からなくて困っているので教えてください🙇🏻‍♀️

② 光の屈折光の進み方について,次の実験を行った。あとの問いに答えなさい。 実験 図1のように,10°ごとの目盛りが入った記録用紙 の中心Oと半円形レンズの円の中心を合わせて置き, 光源装置からの光が半円形レンズの平らな面の中央を直 角に通るようにした。 次に, 半円形レンズを点Oを中心 に時計回りに 30°回転させると, 半円形レンズの平らな 面で屈折した光の道すじは、図2のようになった。 また, このとき 反射した光の道すじも観察された。 さらに, 半円形レンズを時計回りにゆっくりと回転させると,こ の平らな面での屈折角がある角度に達したとき,屈折 して空気中へ出る光はなくなり, 反射した光のみとなっ た。 (1) 下線部①の道すじを図3に実線でかき加えなさい。 (2) 下線部②の角度は何度か。 (3) 下線部③の現象を何というか。 (4) 図4のように, 半円形レンズをさらに回転させて,平 らな面に光を当てた。 屈折した光の道すじはどれか。 図 4のア~エから選びなさい。 ) あし (5) 図5は,風呂の中で脚を前にのばしたときのからだと お湯の位置関係を模式的に表したものである。 図の中の 点Aはつま先,点Bは目の位置をそれぞれ表している。 点Bから見たとき, 点Aは点ア~ウのどの位置にあるよ うに見えるか。また,このとき,点Aから出た光が点B まで進む道すじを図に実線でかきなさい。 ) 光と音 図1 実験装置を真上から見た図 半円形レンズ、 光源装置 図2 光の道すじ 図3 光の道すじ 図4 光の道すじ 図5 水面 ア A 7点 6 (42点 <石川> TTTTTT 1. TTTTTT 「ウ 光の道すじ www 記録用紙 ア B イ I

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7、8、10段落目の内容がよくわかりません。例などを挙げてわかりやすい言葉で説明して欲しいです。

ひかる おいずみ 奥泉光 己を放り込む虚構 人が生まれ育った場所を故郷と呼ぶのなら、 庄内は必ずしもぼくの故郷とは言えないだろう。 生まれたのはた しかに山形県ではあるけれど、一年も経たぬうちに両親ともども東京に移ってしまったからである。とはいえ母 の実家である、広々とした水田に点在する集落の家には、祖母と曾祖母が残って、毎年夏には必ず帰省して庄内 平野の穏やかな風光のなかに長い時間を過ごした。 ② 子どもにとって夏休みはそれだけでもう心弾む出来事であるが、ぼくにはさらに田舎での数週間という贈り物 があったわけである。 すばやく身を翻し水底の泥に隠れるドジョウ、草いきれのなか息を殺して浮標を見つめた 用水路での魚釣り、蚊帳に置かれてあわく明滅する蛍、サエギるもののない広い夜空に横たわる銀河、集落のは ずれから繰り返し眺めた月山の姿――。 これら子ども時分の貴重な記憶の数々は、一昨年に書いた「三つ目の鯰」 という作品となって一部結晶したのであるが、要するに大人になるまでのぼくにとっては、庄内はただ心楽しく エキサイティングな冒険の場所にすぎなかった。 ○筆 ③ 故郷という言葉とともに山形の家のことを考え始めたのは、三十歳に近くなってから、小説を書き始めたころ のことである。 ④ ひとつのきっかけは父の死である。葬式が終わり、田んぼの真ん中の墓地で、白木の箱から父の骨灰を墓の底 にばらばらとまいたとき、かつてない不思議に甘美な気分にぼくは捉えられた。それはどうやら自分もいずれ死 ねばこうなるのだとの思いであるらしく、そう思って周囲を見回してみれば、五月の水田は湖沼のように陽光を 映して輝き、月山と鳥海山が蒼くくっきりとした稜線を鮮やかにして墓地を遠くから見つめている。雲雀のさえ ずりが空の高いところできこえた。 ⑤ 自分の死に場所にここは悪くない。そのような声が、 「故郷」という言葉とともに、初夏の平野をぼんやりと眺 めるぼくの心に、静かに立ちのぼってきたのである。 ⑥ 「故郷」とは言うまでもなく近代に発明されたひとつの虚構である。都会での生活スタイルが確立されるにつれ 生じてきた、だれとも連帯せずに浮遊している人の孤独感、あるいは根を断たれているとの不安感が、 温かく己 を包み込んでくれる母胎のごときものとして、己の魂が穏やかに回帰すべき場所として、遠い憧れの地境として、 「故郷」のイメージを文学的に創造した。故郷の山河といった場合、山や河自体は当然昔からそこにあったはずだ けれど、それらが懐かしい風景として思い描かれるにいたったのは、明治以降の文学がそのように描いてきたか らである。 ⑦ たとえば柳田国男の「常民」概念をここであげるなら、それが現実に生きてある人々を具体的にさすのではなく、 失われた何かを回復せんとする柳田のロマン派的文学の心情が作り出した虚構であることは、数多くの批評家が 指摘するとおりである。「常民」とは都会にある者の眼に映った、 「故郷」に棲む人間の幻像である。 一方では、少なくとも近世以来、西欧的な都市団体をもたなかったわが国では、都会の生活者といえども地縁 血縁のしがらみからは逃れがたく、そうしたしがらみの象徴としての意味をもまた「故郷」は担うことになった。 かくして故郷は両義的であり、だからこそ遠くにありて想うものなのである。 ⑨ 虚構である「故郷」はつまり選びとられるものである。選んだおぼえなどないという人にしても、無意識のうち にそうしているのであり、人生の節目のあるとき、ここがやはり私の故郷なのだと、感慨にとらえられつつ風景 に良をやった記憶がだれにも必ずあるはずである。 ⑩ 虚構をこととする作家であるなら、当然この選択にはジカク的である。作家は「故郷」を発見する。たとえば中 上健次にとっての紀州がそうである。むろん作家は故郷にアンジュウしたり、ただ感傷にひたるために故郷を選 ぶのではない。何らかのかたちで「私」を問題にせざるをえない近代小説の伝統のなかで、 己自身をひとつの虚構 に放り込むことで、多様な物語を「私」の内部に導き入れようと作家は企むのである。 ⑩ ひとりの作家であるぼくは、庄内を自分の「故郷」として選んだ。 これから小説を書き進めていくなかで、ぼく の「故郷」は途切れることなく、創造の活力を与え続けてくれるだろう。 32 [⑧] ① 14 筆る 2-1 5-3 7~6

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