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Biology Senior High

RNAについて 問題4選択肢cです。 RNA全体で見るとCとGとの割合は同じだけど、葉と茎の細胞のDNAを取っているから割合が等しくならないということですか?

1 遺伝情報とDNAに関する次の文章(III)を読み、後の各問いに答えよ。 (配点 25) Ⅰ 新しい個体ができるとき, その生物が個体を形成し, 生命活動を営むために必要なさま ざまな情報が親から子へと伝えられる。 この情報を遺伝情報という。 生物がもつ遺伝情報 細胞内に存在するDNAという物質に記録されており, DNAは遺伝子の本体とし ての役割を担っている。 DNAは,糖, リン酸および塩基が一つずつ結合したヌクレオチドが構成単位となっ (b)1 ており、隣り合うヌクレオチドが結合することでヌクレオチド鎖をつくっている。 DNA のヌクレオチドを構成する糖はア である。 DNA は、2本のヌクレオチド鎖が、 内側に突き出した塩基の部分で結合し, 二重らせ ん構造を形成しており, 結合する2本のヌクレオチド鎖の塩基には相補性がある。 (e 問4 文章中の下線部(c)に関連して,ヒトとブロッコリーの細胞のRNAや核内にある DNAに含まれる全塩基数に対する各塩基の数の割合に関する次の記述 ②〜のうち, 正しいものを過不足なく含むものを, 後の1~7のうちから一つ選び, 番号で答えよ。 X ATCG ヒトの皮膚の細胞のDNAに含まれるアデニン (A) の数の割合と、 ブロッコリー の葉の細胞のDNAに含まれるチミン (T) の数の割合とは等しい。 OK ブロッコリーの葉の細胞の DNA に含まれるグアニン (G) の数の割合と、同じ個 ブロッコリーの葉の細胞のDNAに含まれるグアニン(G)の数の割合と、同じ個 Q 体の茎の部分の細胞のDNAに含まれるシトシン (C) の数の割合とは等しい。OK © ブロッコリーの葉の細胞のRNAに含まれるグアニン (G) の数の割合と、 同じ個 体の茎の部分の細胞のRNA に含まれるシトシン (C) の数の割合とは等しい。

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葉の裏側から出ていった水の量は□の結果を比較することで求めることができる。 □に当てはまるものを全て選びなさい。 アAとB イAとC ウAとD エBとC オBとD カCとD 答えはイとオです。どうしてか教えていただきたいです。

〔観察〕図1のように,赤インクで着色した水を入れた三角フラス コにホウセンカをさし,一定時間着色した水を吸わせた後,茎の 一部を切りとり, 図2のように、茎の中心を通る面で縦に切り, その縦断面を観察したところ, 赤く染まった部分が見られた。 〔実験〕葉の枚数や大きさがほぼ同じアジサイの枝を4本用意し, 全ての葉の表側にワセリンをぬったものをA, 全ての葉の裏側に ワセリンをぬったものをB, 全ての葉の表側と裏側にワセリン ホウセンカー 赤インクで 着色した水 茎 カミソリ 図 1 図 2 アジサイ をぬったものをC, ワセリンをぬらないものをDとし,同量の水を入れた4本のメスシ リンダーに,図3のように,アジサイの枝をそれぞれさし, 油をそそいで水面をお おった。これらの質量をそれぞれ測定した後, 明るく風通しのよいところに一定時間 置き, 再びそれぞれの質量を測定し, 水の減少量を調べた。 表は, その結果をまとめ たものである。 油- 水

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理科の植物の蒸散問題です。 1️⃣の(5)の問題がわかりません💦 いろいろ書き込んでてごめんなさい、、

実戦問題 計算アシスト 81 1 葉の大きさと数, 茎の太さや長さが, ほぼ等しいアジサイの枝A~Dを用意し、 下の図のように、同 量の水を入れた試験管にさし入れた。 枝A~Dには図に示したような処理がしてある。 4時間後の枝 A ~Dでの水の減少量は、下の表のようになった。 これについて、あとの問いに答えなさい。 図 A B C 水 D 葉の表側に 葉の裏側に ワセリンをぬる。 ワセリンをぬる。 葉は無処理。 |水面に油をたら す。 葉は無処理。 表 A B C D 水の減少量 〔g] 4.2 1.7 5.2 5.0 (1)枝Dで試験管の中の水の表面に油をたらすのはなぜか。 (水面からの水の蒸発を防ぐため。 (2)4時間後における葉の表側からの蒸散量をa〔g〕, 葉の裏側からの蒸散量をb[g]. 葉以外の部分から の蒸散量を c[g], 水面からの水の蒸発量を d[g] とするとき. 次の問いに答えなさい。 √① 枝Aでの水の減少量はどのように表すことができるか。 teed) 10 ) ② 枝Bでの水の減少量はどのように表すことができるか。 ③ 枝Cでの水の減少量はどのように表すことができるか。 高 枝Dでの水の減少量はどのように表すことができるか。 ((atc+d)〕(g) ((a+b+c+d)][g] [ (ath+() ) [g] (3)水面からの水の蒸発量を求めるには、枝A~Dのどれとどれの水の減少量を比べればよいか。 (4) (3)から,水面からの水の蒸発量を求めなさい。 ✓ 葉以外の部分からの蒸散量を求めなさい。 CALCD) (0.2g) [6] 葉の表側からの蒸散量を求めなさい。 葉の裏側からの蒸散量を求めなさい。 0.5g) WORDS ( 7.09 ( 3.59 )

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中学2年理科の「生物分野」 (3)が全く分かりません。解答と解説お願いいたします。

10 2 チャレンジ問題 ある種子植物を用いて、 植物が行う吸水のはたらきについて調べる 実験を行った。 あとの問いに答えなさい。 (富山) <実験> ② 葉の大きさや数、茎の太さや長さが等しい枝を4本準備した。 ③ 図のように処理して、水の入った試験管A~Dに入れた。 B D おく つく 水 -水 水 何も処理しない。 葉の裏側だけに ワセリンをぬる。 葉の表側だけに ワセリンをぬる。 試験管A~Dの水面に油を1滴たらした。 てき すべての葉をとって. その切り口に、ワセ リンをぬる。 ⑤ 試験管A~Dに一定の光を当て 試験管 A B C D 10時間放置し, 水の減少量を調べ、 表にまとめた。 水の減少量[g] a b 10 L d 20 (1) 種子植物などの葉の表皮に見られる 気体の出入り口を何という か。 (2) 表中のdをa, b, cを使って表すと, どのような式になるか 書きなさい。 (3) 10時間放置したとき. b=7.0,c=11.0, d = 2.0であった。 Aの試験管の水が10.0g減るのにかかる時間は何時間か。小数第1 位を四捨五入して整数で答えなさい。 くうらん (4)種子植物の吸水について説明した次の文の空欄( X ),(Y) に適切な言葉を書きなさい。 ・吸水のおもな原動力となっているはたらきは(X)である。 ・吸い上げられた水は,根, 茎葉の(Y)という管を通って、 植物の体全体に運ばれる。

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中学2年理科の「生物分野」 (2)が全く分かりません。解答と解説お願いいたします。

p.10 チャレンジ問題 (富山) ある種子植物を用いて、 植物が行う吸水のはたらきについて調べる 実験を行った。 あとの問いに答えなさい。 <実験> 葉の大きさや数、茎の太さや長さが等しい枝を4本準備した。 ③ 図のように処理して、水の入った試験管A~Dに入れた。 A こば多く B て 水 水 つく 一水 水 何も処理しない。 葉の裏側だけに ワセリンをぬる。 葉の表側だけに ワセリンをぬる。 すべての葉をとって その切り口に,ワセ リンをぬる。 てき 試験管A~Dの水面に油を1滴たらした。 試験管A~Dに一定の光を当て 10時間放置し, 水の減少量を調べ, 表にまとめた。 試験管 A B C D 水の減少量[g] a b C d (1)種子植物などの葉の表皮に見られる, 気体の出入り口を何という か。 (2) 表中のdをa, b, c を使って表すと,どのような式になるか 書きなさい。 (3) 10時間放置したとき. b=7.0,c = 11.0, d = 2.0であった。 Aの試験管の水が10.0g減るのにかかる時間は何時間か。 小数第1 位を四捨五入して整数で答えなさい。 (4)種子植物の吸水について説明した次の文の空欄(X) (Y`) に適切な言葉を書きなさい。 IN ・吸水のおもな原動力となっているはたらきは(X)である。 吸い上げられた水は、根茎、葉の(Y)という管を通って、 植物の体全体に運ばれる。

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なぜこの答えだとダメなのか教えて欲しいです

「裸足で薊を踏んづける!」 少年時代、よく友達と遊んでいた原っぱの片隅に、美しい紫色の花の一群がありました。かなりの丈がある濃い緑色の 茎の先端に細い筒状の花びらがふわふわと広がっていて、それが春の風に揺れるのです。うまくすると、花の周囲を舞 アゲハチョウを捕まえることもできました。ただ、下手に触れるととげが刺さって、痛い思いをしたものです。 やがて、その花がアザミとよばれていることを私は知りました。漢字で書いたらどうなるのだろう。そう思って、花の 姿や名前の音にふさわしい文字の組み合わせを考えてみたのですが、なかなかうまくいかず、アザミはその後も、頭の中 片仮名の花として咲いていました。 ところが、ある日、それが「薊」という漢字になって、心に刻まれることになったのです。小学校を卒業した直後の春 休みだったでしょうか、町の図書館でたまたま手に取った宮沢賢治の本に、「種山ヶ原」と題された物語が収められてい ました。達二という名の主人公が、逃げ出した牛を山の中まで追っていく場面があって、そこにこんな一節が出てきたの です。 「ところがその道のようなものは、まだ百歩も行かないうちに、オトコエシや、すてきに背高の薊の中で、二つにも三つ にも分かれてしまって、どれがどれやらいっこう分からなくなってしまいました。」 難しい表現は全く使われていません。詩のようにきらびやかな言葉もありません。それなのに、私はこの文章の不思議 な魅力に捕らわれてしまったのです。なぜ心ひかれるのか、最初はよく分かりませんでした。しかし、何度か読み返すう ち、この一文の光が、「すてきに背高の薊」という表現から発せられていることに気づいたのです。 「すてき」も「背高」も、個別には知っていた単語です。けれど、両者を組み合わせて、アザミのような花の上に載せ るなんて、想像したことさえありませんでした。「すばらしく背の高いアザミ」と書いても、意味としては変わらないで しょう。宮沢賢治はそれを短く刈り込んで、言葉に新しい響きを、つまり、これまでにない音楽を生み出してくれたので す。 それから長い時間がたって、高校生になったばかりの頃、私は再び書物の中で、漢字の「薊」に出会うことになりまし た。梶井基次郎の「闇の絵巻」と題された短編を読んだときのことです。真っ暗な闇の中に一歩を踏み出す勇気を、主人 はこんなたとえで表現していました。 私は呆然としました。裸足で薊を踏んづけるほどの勇気とは! 宮沢賢治の作品を通じて、アザミは明るい光の中では っきり目に見える紫色の、「すてきに背高の」、明るい陽のもとで映える花として心に刻まれていました。梶井基次郎は、 そこにもう一つ、まるで正反対の、闇に沈んだ見えない「薊」というイメージを付け加えてくれたのです。その見えない 色の、なんと鮮やかなことでしょう。おまけに、とげを踏み抜いた足の裏の感触まで生々しく伝わってくるようです。 少年の頃に私が見ていた野の花としてのアザミは、優れた二人の書き手の作品のおかげで、明と暗を持つ、言葉として の「薊」になりました。異なる文脈で出会ったことによって、「薊」は私の心の中で、より豊かな花に育っていったので す。 興味深いのは、言葉としての「薊」の色が深まるにつれて、原っぱに咲いている本物の「アザミ」も美しさを増してい ったことです。つまり、二つの「薊」は、世界の見方を変えてくれたのです。本を読み、言葉に触れ、言葉を育てていく 喜びは、こんなふうに、見慣れていた光景に新しい光が当てられる様子を、驚きをもって眺めることにあるのではないで しょうか。(「二つのアザミ」 堀江敏幸)

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なぜこのような答えになるのか教えて欲しいです

丑、次の文章を読 「裸足で薊を踏んづける!」 少年時代、よく友達と遊んでいた原っぱの片隅に、美しい紫色の花の一群がありました。 かなりの丈がある濃い緑色の 茎の先端に、細い筒状の花びらがふわふわと広がっていて、それが春の風に揺れるのです。うまくすると、花の周囲を舞 アゲハチョウを捕まえることもできました。ただ、下手に触れるととげが刺さって、痛い思いをしたものです。 やがて、その花がアザミとよばれていることを私は知りました。漢字で書いたらどうなるのだろう。そう思って、花の 姿や名前の音にふさわしい文字の組み合わせを考えてみたのですが、なかなかうまくいかず、アザミはその後も、頭の中 で片仮名の花として咲いていました。 ところが、ある日、それが「薊」という漢字になって、心に刻まれることになったのです。 小学校を卒業した直後の春 休みだったでしょうか、町の図書館でたまたま手に取った宮沢賢治の本に、「種山ヶ原」と題された物語が収められてい ました。達二という名の主人公が、逃げ出した牛を山の中まで追っていく場面があって、そこにこんな一節が出てきたの です。 「ところがその道のようなものは、まだ百歩も行かないうちに、オトコエシや、すてきに背高の薊の中で、二つにも三つ にも分かれてしまって、どれがどれやらいっこう分からなくなってしまいました。」 難しい表現は全く使われていません。詩のようにきらびやかな言葉もありません。それなのに、私はこの文章の不思議 な魅力に捕らわれてしまったのです。なぜ心ひかれるのか、最初はよく分かりませんでした。しかし、何度か読み返すう ち、この一文の光が、「すてきに背高の薊」という表現から発せられていることに気づいたのです。 「すてき」も「背高」も、個別には知っていた単語です。けれど、両者を組み合わせて、アザミのような花の上に載せ るなんて、想像したことさえありませんでした。「すばらしく背の高いアザミ」と書いても、意味としては変わらないで しょう。宮沢賢治はそれを短く刈り込んで、言葉に新しい響きを、つまり、これまでにない音楽を生み出してくれたので す。 それから長い時間がたって、高校生になったばかりの頃、私は再び書物の中で、漢字の「薊」に出会うことになりまし た。梶井基次郎の「闇の絵巻」と題された短編を読んだときのことです。真っ暗な闇の中に一歩を踏み出す勇気を、主人 訟はこんなたとえで表現していました。 私は呆然としました。裸足で薊を踏んづけるほどの勇気とは! 宮沢賢治の作品を通じて、アザミは明るい光の中では っきり目に見える紫色の、「すてきに背高の」、明るい陽のもとで映える花として心に刻まれていました。梶井基次郎は、 そこにもう一つ、まるで正反対の、闇に沈んだ見えない「薊」というイメージを付け加えてくれたのです。その見えない 色の、なんと鮮やかなことでしょう。おまけに、とげを踏み抜いた足の裏の感触まで生々しく伝わってくるようです。 少年の頃に私が見ていた野の花としてのアザミは、優れた二人の書き手の作品のおかげで、明と暗を持つ、言葉として の「薊」になりました。異なる文脈で出会ったことによって、「薊」は私の心の中で、より豊かな花に育っていったので す。 興味深いのは、言葉としての「薊」の色が深まるにつれて、原っぱに咲いている本物の「アザミ」も美しさを増してい ったことです。つまり、二つの「薊」は、世界の見方を変えてくれたのです。本を読み、言葉に触れ、言葉を育てていく 喜びは、こんなふうに、見慣れていた光景に新しい光が当てられる様子を、驚きをもって眺めることにあるのではないで しょうか。(「二つのアザミ」 堀江敏幸)

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なぜ△なのか理由と正しい回答を教えて欲しいです

「裸足で薊を踏んづける!」 少年時代、よく友達と遊んでいた原っぱの片隅に、美しい紫色の花の一群がありました。 かなりの丈がある濃い緑色の 茎の先端に、細い筒状の花びらがふわふわと広がっていて、それが春の風に揺れるのです。うまくすると、花の周囲を舞 アゲハチョウを捕まえることもできました。ただ、下手に触れるととげが刺さって、痛い思いをしたものです。 やがて、その花がアザミとよばれていることを私は知りました。漢字で書いたらどうなるのだろう。そう思って、 姿や名前の音にふさわしい文字の組み合わせを考えてみたのですが、なかなかうまくいかず、アザミはその後も、頭の中 で片仮名の花として咲いていました。 ところが、ある日、それが「薊」という漢字になって、心に刻まれることになったのです。小学校を卒業した直後の春 休みだったでしょうか、町の図書館でたまたま手に取った宮沢賢治の本に、「種山ヶ原」と題された物語が収められてい ました。達二という名の主人公が、逃げ出した牛を山の中まで追っていく場面があって、そこにこんな一節が出てきたの です。 「ところがその道のようなものは、まだ百歩も行かないうちに、オトコエシや、すてきに背高の薊の中で、二つにも三つ にも分かれてしまって、どれがどれやらいっこう分からなくなってしまいました。」 難しい表現は全く使われていません。詩のようにきらびやかな言葉もありません。それなのに、私はこの文章の不思議 な魅力に捕らわれてしまったのです。なぜ心ひかれるのか、最初はよく分かりませんでした。しかし、何度か読み返すう ち、この一文の光が、「すてきに背高の薊」という表現から発せられていることに気づいたのです。 「すてき」も「背高」も、個別には知っていた単語です。けれど、両者を組み合わせて、アザミのような花の上に載せ るなんて、想像したことさえありませんでした。「すばらしく背の高いアザミ」と書いても、意味としては変わらないで しょう。宮沢賢治はそれを短く刈り込んで、言葉に新しい響きを、つまり、これまでにない音楽を生み出してくれたので す。 それから長い時間がたって、高校生になったばかりの頃、私は再び書物の中で、漢字の「薊」に出会うことになりまし た。梶井基次郎の「闇の絵巻」と題された短編を読んだときのことです。真っ暗な闇の中に一歩を踏み出す勇気を、主人 訟はこんなたとえで表現していました。 私は呆然としました。裸足で薊を踏んづけるほどの勇気とは! 宮沢賢治の作品を通じて、アザミは明るい光の中では っきり目に見える紫色の、「すてきに背高の」、明るい陽のもとで映える花として心に刻まれていました。 梶井基次郎は、 そこにもう一つ、まるで正反対の、闇に沈んだ見えない「薊」というイメージを付け加えてくれたのです。その見えない 色の、なんと鮮やかなことでしょう。おまけに、とげを踏み抜いた足の裏の感触まで生々しく伝わってくるようです。 少年の頃に私が見ていた野の花としてのアザミは、優れた二人の書き手の作品のおかげで、明と暗を持つ、言葉として 「薊」になりました。異なる文脈で出会ったことによって、「薊」は私の心の中で、より豊かな花に育っていったので す。 興味深いのは、言葉としての「薊」の色が深まるにつれて、原っぱに咲いている本物の「アザミ」も美しさを増してい ったことです。つまり、二つの「薊」は、世界の見方を変えてくれたのです。本を読み、言葉に触れ、言葉を育てていく 喜びは、こんなふうに、見慣れていた光景に新しい光が当てられる様子を、驚きをもって眺めることにあるのではないで しょうか。(「二つのアザミ」 堀江敏幸)

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