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Japanese history Senior High

この問題の解説お願いしたいです🙏

問9 下線部(ク)に関して、次の史料2は醍醐寺の満済の日記のなかで、応永の外寇につ いて記された部分である。 史料2のなかに 「蒙古の舟」の語がみられるが,これは誤り と考えられており、この時期には日本と明の関係が悪化していたため、異国襲来に関し て不確かな情報が飛び交っていた。このことに関連して、この時期に室町幕府がとって いた対明政策について、将軍の名を明らかにしながら、その政策を習った理由を含めて 30字以内で説明せよ。 H 史料 2 足利は期 (応永二十六年八月) 七日。 今日、仰せに依りて下の御所(注1)に参る。 ・・・暫く御雑 上義之最中、九州少弐方より、飛脚口進之在り。其の状に云ふ、蒙古の舟, 先陣五百余輹, - 対馬の津に押し寄す。 少弐代宗右衛門(注2)以下七百余騎馳せ向ひ, 度々合戦す。 口六 月二十六日終日相戦ひ、異国の者共, 悉く打ち負け、当座に於て, 大略打死し、或は 召し取る云々。 異国の大将両人を生取る。 種々白状之在り云々。 此の五百余艘は、悉く 高麗の国の者也云々。 (「満済准后日記』) (注1) 下の御所 三条坊門亭。 (注2) 少弐代宗右衛門: 少弐氏の代官宗右衛門。

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Japanese classics Senior High

この問題の解説をお願いしたいです。 解き方がまったく分からないです。 至急🚨お願いします!!!

次の文章を読んで後の問いに答えなさい。 その 事物の平均は必至の勢なり、 人得て争ふべからず。今夫れ二物あり、其含有 する温度を問へば各々相同からず。 甲は三十度を有ち乙は七十度を有たしめん たも これ ま に、若し試に之を取て相接近せしむれば温気移伝の理に由りて乙は忽ち其過剰 せる二十度を移して之を甲に伝へ、甲は之を受けて以て其不足を補ひ甲乙互に 五十の温度を保有し二者両ながら平等の地位に至るあり。 空気の疎密を見るに かく 此の如し。 夫の赤道直下に流動せるものは太陽に熱炎せられ膨張して、自 かんりん ら疎薄なるを以て夫の寒凛に触れて収縮したる空気は常に南北の両極より赤道 の辺に流動しその疎薄なる空気を駆馳して南北に回旋し去らしむるに由り、寒 熱の空気常に両極に流通し各地其疎密を平等するを得る。 しか この おい あるい れんびん あわれん かんなん 然り而して此力、又大に人間の社会に於て之を奮ふあり。今試に其一証を挙 げんに茲に二家の権を争ふ者あり。 其始、両雄及び立つや人或は之を憐憫嫉 悪するの情を生ぜずと雖ども若し一旦、強弱の勢を生じ一は強に一は弱ならし めば、人、必らず其弱を憐で其強を憎むの意を起すべし。是れ人性に強を 抑へ弱を揚ぐるの平均力あるに由る者にして、 今其的例を観んと欲せば試に源 平興亡史を取て之を誦せよ。若し読で清盛、天下の大権を握り、平氏、其専 横を極め、頼朝、遠く豆州に流竄せられ、常盤、児を拉て雪中に艱難し、源 家の衰替、方さに極るの件に至らば君必ず平氏を憎み源家を憐むの情を起すべ し。然れども異日平氏漸く運に属し挙族、壇浦に死し、頼朝、覇府を鎌 倉に創むるの条に読み至れば君の胸間、寧ろ源家を嫉み平氏を憐むの情を浮ぶ べし。是れ他なし一抑強揚弱の平均力ありて君の性上に存するあれば也。而し 理や広く人間万般の事に及び天下の事物、昔な此力に依て其平均を保持せ りゅうざん くだり はじ なり ざるはなく古今の人、得て之を争ふべからざる也。 然と雖ども世間或は人為の力を以て此の必然の平均力を抑制し事物の不平均 を致さんとする者あり。其始は得て為すべきが如しと雖ども、顧みて其結果を 視ば之を異常の禍害に終へざるもの未だ曽て之れあらざる也。乞ふ少しく之を 説かん。 今試に赤道の両辺に巨大の障壁を築き空気の流通を抑止したりと仮想せん 乎、夫の障壁の南北に在る空気は益々密縮して其圧力を増し夫の壁間に在る空 気は漸く疎薄に趣き其圧力を減じ疎密頗る其不平均を生ずるに至るべし。 若 4 なり 一橋大 夫然らば南北空気の圧力は漸く強大にして終に其障壁を決壊し家屋を破砕 民人を傷害して異常の災害を致すに至るや必せり。 あきらけ 而して政治の上に於けるも亦此の如し。若し圧制の政府をして民人の権利を 奪取するを目的とし、其言路を塞ぎ其結党を禁じ凡そ政府の主義に対頭の 説を立つる者は皆な抑制するを為さしめば一時、或は偏重の力を政府に保有す るを得べしと雖ども其不平均の久きに至らば、 夫の必至の平均力は此の人為の 偏重力を打破し其本位に回復するを務め、為めに非常の大乱を醸し以て上位を むるの人をして其昨非を悔いしむるに至るや明し。昔時仏国革命の騒乱の 如きは実に累世不平均の力ありて平がず、夫のルイ第十六世の時に至り一朝破 裂して其平均を求むる者なるを知る也。今其跡を観るに狂暴惨忍殆んど言ふべ からざるが如しと雖ども顧みて其累世に積重したる不平均の景況を察すれば其 暴其惨た大に之を怪しむに足らざる也。余故に曰く荷も人民の上に立ち邦 国を平治するの責任を負ふ者は能く此必至の平均力に注意し能く之を活用せざ るを得ざる也と。 ここをもつて 今余を以て之を見るに、英政府は夫れ能く此平均力を承認し能く之を活用す る者と謂つて可ならん乎。 見よ夫の政府は政治を以て敢て之を妨碍せず、唯、 其必然の平均力に任せ嘗て之を間はざるを。見よ故に新紙雑誌の如きも敢て之 に干渉せず、一に其必然の平均力に委し以て之を活用す。是以一新紙あり、 痛く政府の所為を非難するありと雖ども他の新紙は抑強揚弱の情を以て直に起 て之を駁撃し、以て政府を回護するが故に議論能く其平均を保有するを得。 記 者も其間に於て大に自から利す。而して彼の政党を見るに亦此の如し。開 進党あり守旧党あり互に相制して以て政治の平均を全ふする也。 時々平均力 を抑ゆるの害彼の如く、大に之に従ふの利、此の如く多し。 当路の者宜く 鑑みるべき也。 かんせい ―馬場辰緒「平均力の説」 問い傍線ア 「人性」、傍線イ「異日」、傍線ウ「言路」、傍線エ「対頭」の意味を答 えなさい。 問い「抑強揚弱の平均力」とはどういうことなのか、この段落の内容をふま えて説明しなさい(三〇字以内)。 よろし 問い三傍線二「当路の者宜く鑑みるべき也。」とあるが、ここで筆者が主張したいの はどういうことか、文章全体をふまえて説明しなさい (六〇字以内)。 かつ いやしく ぼうがい 旺文社 2024 全国大学入試問題正解

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History Undergraduate

わからないので考えて欲しいです

質問1: 内藤湖南は次の史料のような主張もしています。 史料:内藤湖南 「支那の国際管理論」 そ 今日の世界の重大問題は支那問題である。 ··· 支那が特別に重大問題となるのは、其の大切な関係のある広大な土 而して現在の支那の政治家に依つては到底 ほとん あ ため しこう よ 地人民が極めて微弱な殆ど放漫な統治状態に在るが為である。 これ しばしば びんらん たんしょ 之を完全に統治し得る見込がない。 それが為に屡々世界平和素乱の端緒となるのが常に各国の心配の種となっ ここ その て居る。茲に於いて之に対する救済策が講ぜられる。 現在其救済論として知られて居る二つの流れがある。 其の ども も しこう ひとつは老年支那は全く其の救済者たる見込がないけれ共、 青年支那、即ち新に外国風の教育を受けた支那人は 支那を救済する資格を有して居ると考へて、之を守り立て 支那人自身をして支那を救済せしめようと考へるのが 其の一つで、之は主に米国人の議論に多いのである。 而して英国人も学者の側には多少さういふ意見がある。 今 ど 一つは老年支那も青年支那も等しく支那を救済する資格はない、 支那の統治を完全にすることは何うしても外国人 の力に依らなければならぬと考へるのであつて、 其結果支那の国際管理を主張することになる。之は英国人殊に その こと 実際家たる支那通の方に多い意見である。 いわゆる ごと あるい しこう …所謂支那の国際管理の如きは或は自分が最も早い主唱者であるかも知れぬ。 而して支那の為に考へ もし 若くは日本の立場から言っても、 決して左様な成行を希望して居るのではないが、 世界の平和の維持並に支那人 民の救済から考へて、 左様に成行くより外に道がないのではないかといふ意味で警告して居たのである。[内藤湖 南「支那の国際管理論」 『表現』 12 1921年。 のち 『内藤湖南全集』 5 筑摩書房、1972年所収。] あなたは、このような内藤の主張をどのように評価しますか。 あなたの意見を書いて下さい ( 300字以上)。

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History Undergraduate

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質問1: 内藤湖南は次の史料のような主張もしています。 史料:内藤湖南 「支那の国際管理論」 そ 今日の世界の重大問題は支那問題である。 ··· 支那が特別に重大問題となるのは、其の大切な関係のある広大な土 而して現在の支那の政治家に依つては到底 ほとん あ ため しこう よ 地人民が極めて微弱な殆ど放漫な統治状態に在るが為である。 これ しばしば びんらん たんしょ 之を完全に統治し得る見込がない。 それが為に屡々世界平和素乱の端緒となるのが常に各国の心配の種となっ ここ その て居る。茲に於いて之に対する救済策が講ぜられる。 現在其救済論として知られて居る二つの流れがある。 其の ども も しこう ひとつは老年支那は全く其の救済者たる見込がないけれ共、 青年支那、即ち新に外国風の教育を受けた支那人は 支那を救済する資格を有して居ると考へて、之を守り立て 支那人自身をして支那を救済せしめようと考へるのが 其の一つで、之は主に米国人の議論に多いのである。 而して英国人も学者の側には多少さういふ意見がある。 今 ど 一つは老年支那も青年支那も等しく支那を救済する資格はない、 支那の統治を完全にすることは何うしても外国人 の力に依らなければならぬと考へるのであつて、 其結果支那の国際管理を主張することになる。之は英国人殊に その こと 実際家たる支那通の方に多い意見である。 いわゆる ごと あるい しこう …所謂支那の国際管理の如きは或は自分が最も早い主唱者であるかも知れぬ。 而して支那の為に考へ もし 若くは日本の立場から言っても、 決して左様な成行を希望して居るのではないが、 世界の平和の維持並に支那人 民の救済から考へて、 左様に成行くより外に道がないのではないかといふ意味で警告して居たのである。[内藤湖 南「支那の国際管理論」 『表現』 12 1921年。 のち 『内藤湖南全集』 5 筑摩書房、1972年所収。] あなたは、このような内藤の主張をどのように評価しますか。 あなたの意見を書いて下さい ( 300字以上)。

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