Junior High
1
History

【中1社会】鎌倉時代(ぜーんぶまとめて)

Textbook: 時代名

4

345

0

おけい_💛🪇🔆

おけい_💛🪇🔆

Junior High1

まじで全部書いてます。全部じゃなかったら、コメントで教えて

Comment

No comments yet

ノートテキスト

ページ1:

鎌倉時代
①武士の成長
◎平安時代の中ごろ治安が悪く→武装化は農民・貴族の民敷の警護→武士という身分がうまれる
武士は主人を中心にして次第に組織され、主従関係をもつ従者たちが集まり武士国となっていった。
935年の平将門の乱+939年の藤原純友の乱は記録に残る最も早い武士の姿である。
◎武士団の中で有力なものは瓶と源氏があげられる。
とも人天皇家の子孫として、人々の信望を集め強力になっていった。
源氏は関東から東北に勢力をのばし 1051年に豪族向信氏を倒すために前九年合戦、次いで1083年に後三年合戦と
東北の戦乱で名をはせた。
平氏は西国勢力をのばしていった。
②院政と平氏政権
1 PRIX
日河天皇が天皇を退位し上皇になってからも権力がほしいままにしたため、院政ができた..
武士は上に仕え、僧兵などとも戦った。
2平氏政権
1156年に保元の乱という朝廷内の対立が起こる→源義朝と平清盛が活躍→恩賞が手清盛に厚!!.
恩賞に関し不満をもった源義朝が上皇をおそう→1159年に平治の乱が起こる→天皇側(平清盛)の勝利
源氏は勢力を失い、子の頼朝は伊豆に流された
一方平清盛は藤原氏のように自分の孫を天皇に即位させ、権力を握った
③源の争乱
1181年 平清盛が熱病で亡くなる
1183年 源義仲が倶利伽羅峠の戦いで勝利。
源氏は平氏を追い一の谷の戦い、屋島の戦いと勝利し、ついに壇ノ浦の戦いで平氏を滅亡させた.
①鎌倉幕府の成立
御恩と絵
頼朝の家末となった武士を御家人と呼んだ
頼朝は御家人に領地を保護したりあたえたりするなどの御恩を御家人は命をかけて忠誠をつく戦う奉公をすることで、成
KOKUYO LOOSE-LEAF 3368T 8x8 s

ページ2:

2 鎌倉幕府のしくみ
御家人を続けるために待所を、領地争いの裁判を行う問注所を、財政十一般政務を行う政所を設けた。
また義経と不仲になり、義経をとらえるため、国ごとに守護を荘園公領ごとに地頭を置くここを朝廷に認めさせた。
192年には頼朝は征夷大将軍任じられた
⑤執権政治
源氏が途絶えると、幕府の実権は北条がにぎっていた
北条氏は将軍の補佐役である執権を独占したため執権政ばれる。
◎承久の乱
後鳥羽上皇は朝廷の勢力をとりもどすため、1221年に承久の乱を起こすが失敗に終わる。
幕府の大学は京都まで勢力を広げた。京都には朝廷の監視役として六波羅探題を設置
①武士と民衆の動き
武士と地頭
武士はふつう荘園で地頭として村に住む.
しかしだんだんと地頭が勝手に土地農氏を支配していた。
2武士道
子どものころから流鏑馬・笠懸など、弓馬の練習にはげむ。
武士は命がけで戦う「一所懸命」をおく。
御成敗式目
御家人同士の領地争い 5→北条泰時が232年に5か条になる御成敗式目をつくる
そして栽培の基準などをはっきりさせた..
4 農業の進歩
牛をつかって田を耕す 牛耕+草木を焼い仄(株)を肥料とするなど、生産力が高まった。
5市の発達
農業生産高 農作物にあまりが出る→市に持ていき、貨幣にかえる。
地方でも月3日の定期市が開かれるようになる。