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History Junior High

回答はウです。 しかし南北朝時代というのは14世紀半ばのことを言うので❌ではないのでしょうか。 解説お願いします。

4 次の文章を読み, あとの各問に答えよ。 馬は,我が国の歴史と深く関係しており, 現代の生活文化にも大きく影響を与えている。 我が国に大陸から馬が伝えられたのは古墳時代とされ,当初は軍事目的に主に使われた。 また, (1) ごうぞく はにわ ふくそう 馬は豪族の権力を示すための道具でもあり, 古墳には馬をかたどった埴輪が置かれ馬具が副葬さ (2) れるなど,馬は重要な文化的意義を有していた。 その後律令制度が整備されると駅路に伝馬が置 りつりょう てん ま かれ,馬は公的な交通手段ともなった。 きゅうば 中世になると, 日頃から弓馬の道を鍛錬することが武士の日課となった。 一方, 馬は農耕馬と (3) して使われるようになり, 農業生産の向上に貢献した。 馬の背に物資を乗せ運ぶ運送業者が活躍す るようになったのもこの頃である。 かっきょ きばたい 戦国時代になると, 各地に割拠した大名たちは戦闘に馬を積極的に活用し, 中には騎馬隊を組織 (4) して勢力を強める者も現れた。 こふん [問1] 我が国に大陸から馬が伝えられたのは古墳時代とされ,当初は軍事目的に主に使われた。 と (1) あるが, 古墳時代における我が国の外交について述べているのは,次のア~エのうちではどれ か。 けんとうし ごげんびわ この ア 朝廷は中国の進んだ文化や制度を取り入れるためたびたび遣唐使を派遣し、 五絃琵琶や紺瑠璃 杯などシルクロードを通って伝わった西アジアの宝物が日本にもたらされた。 しらぎ とう くだら イ 新羅が唐と結んで百済をほろぼすと, 日本は百済救援のための大軍を組織して朝鮮半島に派兵 シルラ ペクチェ やまじろ みずき したものの敗れ, 新羅・唐の侵攻に備えて九州北部に山城と水城をつくった。 なんぼくちょう ウ 朝鮮半島の支配権を強めて鉄資源を確保しようとして, 南北朝時代の中国に使節を派遣し わ 倭の王としての地位と朝鮮半島南部の指揮権を認めてもらおうとした。 やまたいこく しょく エ邪馬台国の女王卑弥呼が治めていた国が魏・呉・蜀に分裂して争っていた三国時代の中国 しんぎわおう 使節を派遣し、 魏の皇帝から親魏倭王の称号と金印を授けられた。

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History Junior High

これを並び替えるとcdabの順番で合ってますか?

A ミハンの孫で, モンゴル帝国の息帝となったフビライ=ハンは, 都を大都(北京)に移し, ことができず, 暴風雨による大損害をうけて引きあげた。 B 、ロソリ料吉の時代は, 儒学を学ぶことがすすめられ, 儒学の中でもとくに身分秩序を重視する朱子学が 広まった。綱吉は湯島に孔子をまつる聖堂を建てるなど武士に学問を奨励し,各藩もまた藩校を建てる よど武士の教育に力を入れるようになった。一方この時代は上方を中心とする商業の発達と都市の繁栄 によって, 経済力を持った町人を担い手とする文化が花開いた。この文化の中心人物として,浮世卓子 と呼ばれる小説をえがいた井原西鶴や, 義理と人情のあいだで板ばさみになる男女の姿を人形浄増留場の 台本にえがいた近松門左衛門, 日本各地を旅しながら俳譜を芸術にまで高めた松尾芭蕉,そしてO役省 絵や『見返り美人図』などの美人画をえがいた人物などがあげられる。 6 の中 聖武天皇の時代は, 都を中心として仏教と ( 2 )の影響を強く受けた国際的な文化が栄えた時代 である。聖武天皇と光明皇后は; 仏数の力で伝染病や災害などから国を守ろうと考え, ②東大寺に大仏 をつくり、地方には国ごとに国分寺と国分尼寺を建てた。さらに正式な戒律を授けてもらうため, ( 2 )の僧である鑑真を日本に招くなど, 寺院や僧の制度が整えられた。この時代の文化が国際色 豊かなものであったことは, 聖武天皇の死後,正倉院におさめられた道具や楽器など,聖武天皇の身の まわりの品々のなかに, ( 2 )や朝鮮半島のものだけではなく, 西アジアやインドなどから( 2) C にもたらされた品もみられることからもわかる。 D の保元の乱と平治の乱という権力の座をめぐる二つの内乱に勝利した平清盛は,後白河何上皇の院政を 助けつつ, 武士として初めて太政大臣となるなど政治の実権を握った。これにともない清盛の一族た も高い官職や位につき, 広大な荘園と多くの国々を支配するようになった。さらに, 清盛は自分の娘 高倉天皇のきさきとして, 生まれた子を天皇とするなど平氏一族は栄華をほこった。平氏政権の経済 基盤は,各地の公領や荘園からの収入, そして ( 3 ) との貿易による大きな利益であった。清盛 航路の安全を確保するため瀬戸内海の航路を整備し, 兵庫の港(大輪田泊)を修築するなど,( 3 との貿易に力を入れた。 ち

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