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生き物として生きるです。 問1を教えて欲しいです

学習のねらい 筆者の提案する人間の生き方について、文章構成をもとに把握し、自分に照らして考えを深める。 「生きもの」として生きる 「人間は生きものであり、自然の中にある」。これから考えることの基盤はここにあり ます。これは誰もがわかっていることであり、決して新しい指摘ではありません。しか し、現代社会はこれを基盤にしてでき上がってはいません。そこに問題があると思い、 改めてこの当たり前のことを確認するところから出発したいと思います。 まず、私たちの日常生活は、生きものであることを実感するものになっているでしょ うか。朝気持ちよく目覚め、朝日を浴び、新鮮な空気を体内に取り込み、朝食をおいし くいただく………これが生きものの暮らしです。 目覚まし時計で起こされ、お日さまや空 気を感じることなどなしに腕の時計を眺めながら家を飛び出す 実際にはこんな朝を 過ごすのが、現代社会の、とくに都会での生活です。ビルや地下街など、終日人工照明 の中で暮らすのが現代人の日常です。これでは生きものであるという感覚は持てません。 生きものにとっては、眠ったり、食べたり、歩いたりといった「日常」が最も重要で なかむら けいこ 中村桂子 5

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22〜24までの回答を持ってる方見せてください

ださい。 273 54 2 2 アムリタ ステップ3 基礎力を完成させよう 吉本ばなな 読解 「私」の胸に熱い塊をつくったものは何だ 課題 比喩表現から心情理解を深めよう 読標 目 (注) ある日、「私()」は階段から転落してしまう。病院で意識を取り戻した「私」であったが、記憶の一部を 失っていて駆けつけた母のこともよく認識できずにいた。そんな「私」の脳裏にひとつの記憶がよみがえる。 家で、母が泣いているときの記憶だった(うちってどこだろう、どの空の下の、どんな建物なんだろう? と思ったけれど)。涙の記憶、映画の回想シーンにフィルターがかかるように、記憶の湖の透明な水面から 浮かび上がってきた。祖父が死んだとき、たしかそうだった。 人の涙は本当に、あとからあとからあふれ て、ほほをつたって地面に落ちるんだ…と思った。 それから味。名前は思い出せなかったが、妹、という概念とともにあんまりかわいい子が浮かんできた 5 ので、私はそれを自分が捏造した妹かと思ってしまった。でもそれはたしかに真由の姿だった。妹の遺品 を整理しているときの、後ろ姿。 私が独り暮らしをしていたころ、恋愛に失敗して思わず電話で泣いてし まったとき、母がぽろっと言った言葉。「大変、 朔美が泣いてる。」私はあんまり泣かない子だったから。 ああ、こりゃ間違いないわ、お母さんか………傷つけちゃいけないな。 その思いだけが決してオカしては いけない何かとして真のように繰り返し、痛い頭にぼんやり響いていた。彼女は私がまだ麻酔でぼけて10 いると思っている。目の下に限があって、潤んだ瞳は私が無事に目覚めたことから喜びの水分をたたえて いる。......ことがわかった。こういう気の使い方で何とか生きのび、こういう気の使い方で疲れ果ててき たのだろう、と私はそのよく知りもしない「サクミ」という人の人生を思った。しかしそれも今日かぎりな のです 今からはいきあたりばったりにやってもらうほかありません。 と覚悟を決めた。 「お母さん。」と私は言った。 母がゆっくりうなずいた。うれしそうに、心をこめたうなずきかたで。そ15 して花嫁みたいに笑った。私は今、人がこの世で一番はじめに知る世にも暖かい単語を口にしたのに、何 だか結婚詐欺をしているちんぴらのように寒々しかった。頭が痛く、母という概念が濃縮された濃い濃い 汁になって脳みそにしみていくような痛さだった。しかし同時にその発音は、左胸の下あたりにほんのり と熱い塊をつくった。何なんだろう、と思った。 見れば真昼の病室、キョウレツに晴れた空が窓の外に見えた。私の記憶のようにすっからかんで、真っ 20 青だった。記憶はすぐに、あぶりだしみたいに徐々によみがえってきた。ただ、私と私の間の透明なはず ダラスに、まるで 別にいい がったときみたいに水滴がついてしまった。どうしても消えない。 )に線を引き、どのようなことを表現しているかイメージしよう→問五を攻略 ⑤5~4 ②ときの記憶 間 映画の回想シーンにフィルターが・・・ ―映画などの回想の場面で、映 像がセピア色やモノクロで映し出 されることをふまえてのたとえ。 真言 仏教の呪文。 要旨をつかむために! ▼空欄を埋めていこう 文章展開図 母が ・妹→(母の後ろ姿 ・電話→(母の言葉 3. ああ、こりゃ間違いないわ、 か・・・ →傷つけちゃいけないな 「」と私は言った 母 花嫁みたいに笑った 私結婚詐欺をしている ちんびらのよう 痛さ しかし同時に―― ほんのりと熱い塊をつくった 大きくとらえよう 【各1点】 のポ 戻 の涙の 兄 「 【各2点】 要約への第一歩 〇場面 意識を取り戻した「私」に、 んだけど。気にしてないけど。 ガイド 比喩表現(直 JO がよみがえる 問 漢字 傍線部~ ②について、 カタカナは漢字 で、漢字はその読みをひらがなで書け。 【各3点】 問五〇課題 傍線部 ③について、ここで「私」がこのよ うに感じるのは、なぜか。 母の様子をふまえて、 三十字以内でわかりやすく書け。 ○「私」の心情 その発音 を →ほんのり ステップ 20 問二語句 波線部A「捏造」の意味として、最も適切 〇場面 理解を深めよう 要約のための確認【各2点】 なものを、次から選べ。 【4点】 ⑦ とりつくろう 受け入れる →お母さんか 隠している でっちあげる 夢中になる 問六読解 本文において、「私」は、駆けつけてくれ た母にどのような気持ちを抱いたのか。最も適切 なものを、次から選べ。 状況 ぜ 【7点】 と 問三指示 傍線部①とあるが、「私」は、どのようなこ とを思い起こしたのか。二十字以内で書け。【6点】 ⑦ 愛情の深さを実感し、うれしくなっている。 親がそばにいてくれることに安心している。 花嫁みたいなその笑顔に、安堵している。 記憶にかかわらず、愛情が湧いてきている。 泣かせたことを後悔し、 申し訳なく思ってい 思い→「お母さん。」と呼びかけた 〇「私」の心情 あんど e 結婚詐欺のよう しかし、その発音→ 55 ステップ3 小説 問四表現 傍線部について、「私」の気づかいを説明 した、次の一文の空欄を補うのに適切な語句を、 は二字は九字で本文から抜き出して書け。 娘のに涙を浮かべる母親を、 る。 問七表現 二重傍線部XYの表現の効果の説明として、最も適切なものを、次から選べ。 ⑦「私」が、記憶を完全には取り戻すことができていないことを表現している。 痛みとともに、 各3点 ⑦「私」が、事故の前の自分と今の自分に違和感を抱いていることを表現している。 ①「私」が、急によみがえったさまざまな記憶に混乱していることを表現している。 「私」が、見通しの悪いまま病院生活を余儀なくされることを表現している。 M「私」が、記憶はあまり気にしておらず楽観的に考えていることを表現している。 【7点】

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文章の意味が分かりません。 単語とか調べたものの、筆者の伝えたいこと、 各段落の内容が分からないので分かりやすい言葉で教えてほしいです。 問題の解説が掲載されていないため、漢字問題以外、解説お願いできませんか?🥺 シャーペンが私の、間違っていたとこのみピンクで正解を示して... Read More

off ② ひとひととして向き合い、関係を構築すること自体が稀なことだから。 ⑧ 自立した主体の確立こそを理想とする社会の中で育ってきたから。 ④他者との関係性を損なわないためには、互いに適度な距離をとることが必要だから。 ⑥ 関係だけでなく、個人の能力も自分の本質を為すものとして無視できないから。 五日 (解答番号は、第二間で【古文】あるいは【現代文】 のいずれを選択した場合でも1~35 です。) 第一問 次の文章を読んで、設問 (問1~間10)に答えよ。 ひとりの人間と、彼/彼女が最初に出会うことば 〈言語〉との関係は、自明であり必然的であるというよりはるかに、ある種 偶然と事故によって支配されている。ひとりの人間がその誕生時において引きずる言語的ケイプそのものも、すでに複雑で した経路と水をかかえている。そうだとすれば、ことばの獲得とは、生得的な関係による る種の根源的な喪失とのなかから再発見 再獲得されるなにかであることになる。そのときことばは、私たちの生地ではな なものではなく、あ く、移住地であるのかもしれないのだ。 もしそのように考えることが許されるなら、ことばは私たちの存在を根源的に決定づけるなにものかであることをやめる。こ とばと私たちとの関係のなかに、 な属関係・新有関係を前提としない、旅と移住の運動性が生まれはじめる。こ とばはそれ自体として説明されるのではなく、それが言語的な未発の意識とのあいだに保存する記憶や痛みや欲動のほうから 定義され、そのことによってことばは言語的言語外的な認識によってつねに流動の渦のなかに置き直される。 私たちはみな、自分自身の前言語的な存在のかたちを、ことばという場に住みつかせるのだ。言語を とせずに存在する自分自身というものがあって、それをあらためてことばという異土に移り住まわせる。 そのとき、われわれが な手掛かり ことばを使うという行為は、本来的にすでに移住の行為、移民の行為だということになる。私たちはそのようにして日本語の世 さらにいえば、私たちはそのようにして、日本語話者としての「日本人」へと移民した。 ブラジルでは、ればふつう 「グラフィチ」と呼ばれる。 街路の壁々に描かれた、奔放な落書きのような風刺絵。 そもそもイ タリア語で柱や壁に傷をつけて書かれた「掻き文字」を意味する考古学用語が、日常の街路の壁の落書きをさすことはと 定の業界で仲間内だけで使われる僕。 された「グラフィティ」 (Graffiti)を、そのままブラジルのポルトガル語風に発音すれば「グラフィチ」。この国の街で、グラ フィチはあらゆる通りと路地とに満ちている。消されても消されても、人々は色とりどりのスプレーをふたたび持ってきては、 知らぬ間に家々の、シャッターを呟くばかりの想像力の氾濫によって色と線で埋め尽くしてしまう。 落書きが文字だけであれば、それはふつう「ビシャソン」である。 独特の字体に、特のようなことばの断片が踊り、かぶ 文字が歌やのかたちに変容してきだし、壁の平面に陰影の凹凸が生まれ、ことばに色と風合いとかたちが備わりはじ める。俗っぽいことばや政治的なスローガンを書き連ねる(「ビシャール」=壁に落書きを描く)だけのピシャソンにまじって、 時々はっとするほど時的な数行が、うす汚れた壁面に陥っていることもある。 ブラジルのグラフィチやビシャソンの世界の豊能さを、ブラジルを訪ねるはるか以前に私がはじめて知ったのは、デニス・ テッドロックの詩集『夢の暦の日々』のなかの記述からだった。 ニューメキシコのズニ族や、グアテマラのキチェ族の口承文化 や神話の研究で知られる北米の人類学者・民俗学者テッドロックは、ブラジルのカンピーナス市に滞在して特異な詩集のコウソ ウを練っていたとき、町の落書きのひとつに印象的な詩句を発見する。彼はそのポルトガル語の詩句を、こう写し取ってい VAI-SE A PRIMAVERA QUEIXAS DE PASSAROS, LAGRIMAS NOS OLHOS DOS PEIXES テッドロックが住んでいた家からわずかに二ブロックほど離れた路地に書かれていた、このビシャソンの飛び跳ねる奔放 筆跡を想像しながら、私はすぐに(テッドロックもおそらく気づいていない) この詩句の出自を理解した。 24一般入試A問題 (2024 AG-B-1) 介護は介護する介護されるという立場が明確であり、その主体は介護される者であるため、介護される者が介護とい 関係を受け容れることを待つことしかできない。 介護する者と介護される者の間にひととひととの個別的関係が築かれるためには、それぞれが主体と客体としての役割 をバランスよく果たしつつ、対話の機会を十分に持つ必要がある。 春がゆく鳥の嘆き 涙が魚の目に (行く春や鳥啼き魚の目は mmm はしょう 「奥の細道」の矢立初めの句としてよく知られたこの芭蕉の詩句が、ブラジルの地方都市の路地の壁に優美に踊っているの 想像して、私は不思議な興奮にとらえられた。芭蕉の句が、地球の対地点にまでたどりつく三百年をこえる時の道程のなか で経験した無数の声と文字による橋の過程に携帯用の筆入れと墨壺である立」からとりだされた筆記用具によって 聖の手帖の表面に走った毛筆の軌跡が、時を超えて、南米の植民都市の街路の壁の、スプレーによる躍動する落書きへと転 写されるという、筆跡の機知に満ちたはるかなる旅程に。 このビシャソンとなった芭蕉の句において、過ぎゆこうとする「春」はもはや日本的な春の惜別の感傷を宿してはいない。 ブ ラジルの春とは、いったい植物的な陰喩として測られるものなのか、それとも生き物や食べ物の推移として感知されるものなの か、それすらもはや判然とはしない。 ここで悲しく啼く熱帯の鳥とは? アマゾン川の獰猛な魚の目に溜まる泪とは? 日本語 の Haikaiへと転生するあいだに、ひとつの文化が感情の構造として宿していた意味と感覚の図の が、ポルトガル語の 一体が破れ、異形の、しかしみずみずしい力にあふれた別種のポエジーが、一気に侵入する。 自宅の近くの壁にお気に入りの落書きを見いだしたテッドロックは、たしかにこの時の古典日本的起源を知ることはな かったかもしれない。 しかし「夢の暦の日々」という詩集が示すように、彼はブラジルにおいて経験する日常的な出来事と、そ の反映としての夢のイメージとを、彼がよく知るマヤ=キチェ族の暦の形式に置き換えられた日録のなかに書き込んでいった。 「の」の日にはじまり 「一三の死」の日で一回転する精緻なマヤ暦のなかで自らの日常と幻想とを反することで、彼は近 代世界を統べる日常の時間から離脱し、先住民の生きてきた別種の暦との連続性の感覚のなかに入ってゆく。人類学という実践 そのものが異なる時間性の境界を越えてつかのま生きる実践であり、自らがフィールドにおいて生きたはずの別種の時の充足 ふたたび近代的な時間の支配するアカデミーのなかへと回収してしまう逆説的な行為であるからこそ、人類学はつねに幻影 既存の粋を解ょうヒスコ 夢のを「詩」として、フィールドノートと民族誌の余白に分泌するほかはない。 そして、テッドロックの想像力のなか に堆積した、そうしたヨジョウとしてのポエジーの氾濫が、ポルトガル語となった芭蕉の詩句による無意識のによってうな がされたものであることは、かえって芭蕉の転生としてのビシャソンの力を示している。ハイカイは、ここでたしかに、異土に 移住して別種の「時」と季節を渡りながら、ことばと文字がたどる一つの真実の旅の道程を見事に示している。 ブラジルにおいて、俳句をブラジル時のゼンエイ的な運動へと架橋し、芭蕉の評伝的なエッセイを書いた詩人がパウロ・レミ ンスキーである。姓からも察せられるように、彼の祖父母はポーランド系の開拓移民で、さらに彼の母親には黒人の血統も流れ こんでいた。ポーランド系ムラート〈黒い混血児〉のブラジル人。 この特別のケイフの混合に、レミンスキーは大いなる誇りと を感じていたという。(中略) クリチバという日系人も多く住むブラジル南部の街に生まれ育ち、 「日本」と早くから出逢い、若いときに日本語を習 得したレミンスキーが芭蕉と出会うのは、かならずしも驚くべき偶然とは言えなかったかもしれない、とわかる。そしてポーラ ンド系ムラートのブラジル人によって書かれた、ポルトガル語による唯一の「芭蕉伝」は、やはり「奥の細道」の冒頭における 俳聖の漂泊の心持ちを伝えることからはじまる。 あのビシャソンにもあった「奥の細道」の矢立初めの旬が、ここでも引用さ れているのだ。 レミンスキーによるこの句のポルトガル語ヴァージョンはつぎのとおりである。 primavera não nos deixe pássaros chorum lágrimas no olho do peixe 実験・野心弟で (2024AG-B-3) (2024AG-B-4)

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文章の意味が分かりません。 単語とか調べたものの、筆者の伝えたいこと、 各段落の内容が分からないので分かりやすい言葉で教えてほしいです。 問題の解説が掲載されていないため、漢字問題以外、解説お願いできませんか?🥺 シャーペンが私の、間違っていたとこのみピンクで正解を示して... Read More

た。 問4 傍線部 (3) 「このことを、なぜわれわれは素直に認めることができないのだろうか」とあるが、この問いに対する筆者 考えとして最も適切なものを、次の①~⑥のうちから一つ選べ。解答番号は2 ① 他者に対して心を開くことは危険を伴うことだから。 ② ひとひととして向き合い、関係を構築すること自体が稀なことだから。 自立した主体の確立こそを理想とする社会の中で育ってきたから。 ④他者との関係性を損なわないためには、互いに適度な距離をとることが必要だから。 ⑤ 関係だけでなく、個人の能力も自分の本質を為すものとして無視できないから。 upt 解答番号は、第二間で 【古文】あるいは【現代文】 のいずれを選択した場合でも1~25です。) 第一問 次の文章を読んで、設問 (問1~問10)に答えよ。 ひとりの人間と、彼/彼女が最初に出会うことば 〈言語〉との関係は、自明であり必然的であるというよりはるかに、ある種 の偶然と事故によって支配されている。ひとりの人間がその誕生時において引きずる言語的ケイブそのものも、すでに複雑で錯 した経路と水脈をかかえている。そうだとすれば、ことばの獲得とは、生得的な関係によるAなものではなく、あ ある種の根源的な喪失と離脱のなかから再発見・再獲得されるなにかであることになる。そのときことばは、私たちの生地ではな く、移住地であるのかもしれないのだ。 もしそのように考えることが許されるなら、ことばは私たちの存在を根源的に決定づけるなにものかであることをやめる。こ とばと私たちとの関係のなかに、A な帰属関係所有関係を前提としない、 旅と移住の運動性が生まれはじめる。こ とばはそれ自体として説明されるのではなく、それが言語的な未発の意識とのあいだに保存する記憶や痛みや欲動のほうから 定義され、そのことによってことばは間言語的言語外的な認識によってつねに流動の渦のなかに置き直される。 私たちはみな、自分自身の言語的な存在のかたちを、ことばという場に住みつかせるのだ。言語を な手掛かり とせずに存在する自分自身というものがあって、それをあらためてことばという異土に移り住まわせる。 そのとき、われわれが ことばを使うという行為は、本来的にすでに移住の行為、移民の行為だということになる。私たちはそのようにして日本語の世 へと移住した。 さらにいえば、私たちはそのようにして、日本語話者としての「日本人」へと移民した。 ブラジルでは、それはふつう 「グラフィチ」と呼ばれる。 街路の壁々に描かれた、奔放な落書きのような風刺絵。 そもそもイ タリアでに傷をつけて書かれた「掻き文字」を意味する考古学用語が、日常の街路の壁の落書きをさすことばへと転用 された「グラフィティ」 (Graffitti) を、そのままブラジルのポルトガル語風に発音すれば「グラフィチ」。この国の街で、グラ フィチはあらゆる通りと路地とに満ちている。消されても消されても、人々は色とりどりのスプレーをふたたび持ってきては、 知らぬ間に家々の商店の壁、シャッターを目呟くばかりの想像力の氾濫によって色と線で埋め尽くしてしまう。 書きが文字だけであれば、それはふつう 「ビシャソン」である。 独特の字体に、符牒のようなことばの断片が踊り、かぶ 文字がや虫のかたちに変容してきだし、壁の平面に陰影の凹凸が生まれ、ことばに色と風合いとかたちが備わりはじ める。俗っぽいことばや政治的なスローガンを書き連ねる(「ビシャール」=壁に落書きを描くだけのビシャソンにまじって、 時々はっとするほど時的な数行が、うす汚れた壁面に踊っていることもある。 ブラジルのグラフィチやビシャソンの世界の豊さを、ブラジルを訪ねるはるか以前に私がはじめて知ったのは、デニス・ テッドロックの詩集「夢の暦の日々』のなかの記述からだった。 ニューメキシコのズニ族や、グアテマラのキチェ族の口承文化 神話の研究で知られる北米の人類学者・民俗学者テッドロックは、ブラジルのカンピーナス市に滞在して特異な詩集のコウソ ウを練っていたとき、町の落書きのひとつに印象的な詩句を発見する。 彼はそのポルトガル語の詩句を、こう写し取ってい VAI-SE A PRIMAVERA QUEIXAS DE PASSAROS, LAGRIMAS NOS OLHOS DOS PEIXES テッドロックが住んでいた家からわずかに二プロックほど離れた路地の壁に書かれていた、このビシャソンの飛び跳ねる奔放 筆跡を想像しながら、私はすぐにテッドロックもおそらく気づいていない〉 この詩句の出自を理解した。 24一般入試A問題 (2024AG-B-1 (2024AG-B-2) ② 介護する 不十分さが解消されるため、その関係を豊かにすることに注力 介護が人間に向けられたものとなり、その人間の豊かさに寄与するものとなるためには、人間の価値を能力から切り離 で捉えた上で、介護する者と介護される者の間に心が開かれた関係が形成される必要がある。 介護は介護する介護されるという立場が明確であり、その主体は介護される者であるため、介護される者が介護とい う関係を受け容れることを待つことしかできない。 介護する者と介護される者の間にひととひととの個別的関係が築かれるためには、それぞれが主体と客体としての役割 をバランスよく果たしつつ、対話の機会を十分に持つ必要がある。 春がゆく鳥の嘆き 涙が魚の目に 行く春や鳥啼き魚の目は 巨) primavera não nos deixe passaros choram wwwwww (注) ばしょう 「奥の細道」の矢立初めの句としてよく知られたこの芭蕉の詩句が、ブラジルの地方都市の路地の壁に優美に踊っているの を想像して、私は不思議な興奮にとらえられた。芭蕉の句が、 地球の対地点にまでたどりつく三百年をこえる時の道程のなか 経験した無数の声と文字による橋渡しの過程に携帯用の筆入れと墨壺である矢立」からとりだされた筆記用具によって 俳聖の手帖の表面に走った毛筆の軌跡が、時を超えて、南米の植民都市の街路の壁の、スプレーによる躍動する落書きへと転 写されるという、筆跡の機知に満ちたはるかなる旅程に。 このピシャソンとなった芭蕉の句において、 過ぎゆこうとする「春」はもはや日本的な春の惜別の感傷を宿してはいない。 プ ラジルの春とは、いったい植物的な陰喩として測られるものなのか、それとも生き物や食べ物の推移として感知されるものなの それすらもはや判然とはしない。ここで悲しく啼く熱帯の鳥とは? アマゾン川の獰猛な魚の目に溜まる泪とは? 日本語 の俳諧が、ポルトガル語の Haikai へと転生するあいだに、ひとつの文化が感情の構造として宿していた意味と感覚の連関の統 一体が破れ、異形の、しかしみずみずしい力にあふれた別種のポエジーが、一気に侵入する。 自宅の近くの壁にお気に入りの落書きを見いだしたテッドロックは、たしかにこの詩句の古典日本的起源を知ることはな かったかもしれない。しかし「夢の暦の日々」という詩集が示すように、彼はブラジルにおいて経験する日常的な出来事と、そ の反映としての夢のイメージとを、彼がよく知るマヤ=キチェ族の暦の形式に置き換えられた目録のなかに書き込んでいった。 「一の鹿」の日にはじまり 「一三の死」の日で一回転する精緻なマヤ暦のなかで自らの日常と幻想とを反芻することで、彼は近 代世界を統べる日常の時間から離脱し、先住民の生きてきた別種の暦との連続性の感覚のなかに入ってゆく。 人類学という実践 そのものが、異なる時間性の境界を越えてつかのま生きる実践であり、自らがフィールドにおいて生きたはずの別種の時の充足 をふたたび近代的な時間の支配するアカデミーのなかへと回収してしまう逆説的な行為であるからこそ、人類学はつねに幻影 夢の残滓を「詩」として、フィールドノートと民族誌の余白に分泌するほかはない。 そして、テッドロックの想像力のなか に堆積した、そうしたヨジョウとしてのポエジーの氾濫が、ポルトガル語となった芭蕉の詩句による無意識の刺によってうな がされたものであることは、かえって芭蕉の転生としてのビシャソンの力を示している。 ハイカイは、ここでたしかに、異土に 移住して別種の「時」と季節を渡りながら、 ことばと文学がたどる一つの真実の旅の道程を見事に示している。 ブラジルにおいて、俳句をブラジル時のゼンエイ的な運動へと架橋し、芭蕉の評伝的なエッセイを書いた詩人がパウロ・レミ ンスキーである。姓からも察せられるように、彼の祖父母はポーランド系の開拓移民で、さらに彼の母親には黒人の血統も流れ こんでいた。ポーランド系ムラート〈黒い混血児〉のブラジル人。 この特別のケイフの混合に、レミンスキーは大いなる誇りと 刺を感じていたという。(中略) クリチバという日系人も多く住むブラジル南部の街に生まれ育ち、流謫の「日本」と早くから出逢い、若いときに日本語を習 得したレミンスキーが芭蕉と出会うのは、かならずしも驚くべき偶然とは言えなかったかもしれない、とわかる。そしてポーラ ンド系ムラートのブラジル人によって書かれた、 ポルトガル語による唯一の「芭蕉伝」は、やはり「奥の細道」の冒頭における 俳聖の漂泊の心持ちを伝えることからはじまる。あのビシャソンにもあった「奥の細道」の矢立初めの句が、ここでも引用さ れているのだ。 レミンスキーによるこの句のポルトガル語ヴァージョンはつぎのとおりである。 lágrimas no olho do peixe (28) (2024AG-B-3) (2024AG-B-4)

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「いのちは誰のものか?」 1番最後の段落に「いのちの最も基礎的な場面で」とあり、「どのような場面か」という問題が出ました。 どなたかわかる方教えてください🙏🙏🙏

25 いのちは誰のものか? 平侖 わしだ きよかず いのちは誰のものか? 鷲田清一 からだは誰のものか。いのちは誰のものか。 2 安楽死の問題をめぐって、臓器移植をめぐって、人工中絶や出生前診断の是非をめぐ って、このことがいつも問題になる。 そのとき、その問いはいつも個人の自由の問題と絡めて論じられる。個人が自由であ るとは、個人がその存在、その行動のあり方を自らの意志で決定できる状態にあるとい うことである。わたしの身体もわたしの生命もほかならぬこのわたしのものであって、 この身体を本人の同意なしに他から傷つけられたり、その活動を強制されたりすること があってはならないというのは、「基本的人権」という理念の核にある考え方であると いってよい。 3 自殺の正当化にあたっても、献体の登録や臓器の提供にあたっても、その背景にある p のは同じ論理である。生きて死ぬのはほかならぬこの自分であるから死に方は当人が決 めることができる、自分の身体は自分のものだからそれをどう処分しようと(美容整形 5 安楽死 助かる見込み のない病人を、本人の 希望に従って、医師が 苦痛の少ない方法で死 なせること。 2 出生前診断 妊婦の血 液検査などによって、 胎児の先天的な異常の 有無を調べる診断。 3 献体 教育・研究目的 の解剖のために、自分 の死後の体を大学など に無償で提供すること。 是非理念

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国語表現の問題になっています。 食べてはいけないについて、筆者の主張が現れていると思われる一文を抜き出して記せ。 ※一文とは、句点(。)の次の文字から句点(。)までを指す。 筆者の主張の一文分かる方いらっしゃいませんか? 教えて頂けると助かります🙇🏻‍♀️

トレーニング 八〇〇字程度 生徒作文例 「食べてはいけない!』 を読むまで農薬の数や種類がそれほど豊富 だということを知らなかった。しかし、考えてみれば、私たちが日々 ロにしている食物のうち、田畑でとれるものにはほとんど農薬が使 われていると思っていいだろう。そのおかげで私たちが食べ物に困る ことなく農作物が食卓に並べられている。しかし、服部氏はその農 薬が「害虫であろうと益虫であろうと問答無用に『殺す』毒性物質 だ」という。はたして私たちは農薬に頼らない農業を選択すべきな のであろうか。 確かに、スーパーマーケットに行けば「無農薬野菜」や「低農薬 「野菜」のコーナーがあるし、人々の嗜好も含めて今や農薬は有害な ものとも思える。そのこと自体、疑う余地はないだろう。しかし、 そもそも農薬は、豊かな収穫を害虫によって阻害されてきた長い歴 史の中から、生産者の苦労を科学の力によって軽減するべく開発さ れたものであろう。当初の目的は決して否定されるべきものではあ るまい。 また、服部氏は、生産者などの危害や必要以上の散布が生態系を 壊すことを根拠としてあげているが、その因果関係は十分に実証さ れているとは言いがたい。 今や、農薬のもつ有害性や副作用は明確になってきている。しか し、だからといって全て無農薬での栽培というのは現実的ではない。 ただでさえ、日本は食糧自給率が乏しい。多くを海外からの輸入に 頼っている現状がある。こうした実情の中で、過度に農薬の有害性 を強調することは、人々の食への関心を必要以上に神経質なものとし てしまうのではないか。 必要なのは、副作用や有害性がわかってきた今、その使用法を研 究し、少しでも害の少ない農薬を開発するとともに、量や散布の仕 方を工夫して、現実に即した対応をすることであろう。 以上のように、私たちは現実に即した農業のあり方を選択すべき である。使い方をまちがえれば「害」になる農薬も「穏当」な使用 を研究し、本来の豊かな実りに役立つものにしていくことが必要で ある。 しこう はっとり O 5 5 5 8

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この写真の筆者の主張と理由と具体例はどこでしょうか…? 教えて頂けたら嬉しいです!!

130 PELION STA PONEDABAR 今井むつみ オカピの胃袋はいくつか 私たちは世界について、膨大な知識を持っています。 そして、直接見たり、経験したり したことがないことについても、たくさんのことを知っています。 私たちは多くのことを 学校で学びますが、それが私たちの知識のすべてではありません。 ことばを自然に、知ら ないうちに覚えたように、私たちは世界についての非常に多くのことを、自然に、知らな いうちに身につけます。 しかし、どうして直接経験したことがないこと、教えてもらって 5 いないことについて知ることができるのでしょう。 「突然ですが、 みなさんは「オカピ」という動物を知っていますか。 写真を見ると、ちょっ とシマウマに似ています。 シマウマのように全身にシマがあるのではなく、体の大部分は こげ茶で脚だけにシマがある、とても美しい動物です。 最初に見つかった時は見た目のせ いでしょうか、シマウマの仲間であると発表されましたが、あとからキリンの仲間である。 ことがわかりました。 ところで、事典やインターネットでオカピについて調べる前に、オカピがどのような特 徴を持つ動物か、自分で考えてみてください。 例えば、オカピには蹄があると想像できま ひづめ すね。では、オカピの蹄は一つでしょうか、二つに分かれているでしょうか。ちなみに、 シマウマの蹄は一つ、キリンの蹄はウシなどと同じで二つです。 蹄が一つの動物と、蹄が 二つの動物では、胃のつくり、食べ物の消化のしかたなどが異なります。 例えば、蹄が二 1はんす つある動物は、一部の例外を除いてみな、ウシのように複数の胃を持っていて、食べ物を 反芻しながら順番に消化していきます。 オカピはいくつの胃袋を持ち、どのように食べ物 を消化するのでしょうか。 おそらく、みなさんは、オカピのことを知らなくても、 キ リンの仲間だと聞いただけで、草食動物だと思ったはずです。 もしかしたら、首を伸ばして木の葉っぱなどを食べる、と思っ たかもしれません。 蹄もキリンと同じように二つに分かれて いる、と思い、さらに、複数の胃を持っていてウシのように 徐々に食べ物を消化していく、と思った人が多いのではない でしょうか。 これらはすべて正解です。このように、オカピはキリンの 仲間である、という知識から、私たちはオカピについてさま B ざまなことを類推することができるのです。 「私たちは、一つのことを知れば、それを元に、似た事例に ついて類推していくことができます。そうすることによって、 直接経験していなくても、教えてもらっていなくても、おの ずと、世界について多くのことを身につけていくのです。 5 論理を読み取る 読む 論理の展開を読み取ろう V KALAU ADA SVAKODN 筆者の主張とその根拠を しながら読もう。 □具体例の働きをとらえ、 具体 と抽象の関係を考えながら読 もう。 1反芻 ウシなどの動物が、 一度飲 み込んだ食物を口の中に戻し、か み直して再び飲み込むこと。 語句 ちなみに おのずと 漢字 経験(経過・経る) 体験 突然 突撃・唐突) 特徴(象徴) 特長 除く(除去・削除) 加える 87

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過去問を解いたのですが、解答がなく答え合わせができなくて困っています。 分かる所があれば答えを教えてください。

令和二年度学生 一、 次の文章を読んで、後の設問に答えなさい。 日本では、「カキが赤くなると、お医者さんが青くなる」といわれます。一方、三 ーロッパには、「トマトが赤くなると、お医者さんが青くなる」という言い伝えがあ ります。「なぜ、このような言い伝えがあるのか」との“ふしぎ"が浮かびます。 お医者さんが青くなるのは、患者さんの数が減るからです。 トマトの果実が赤く なると、健康が促されるからでしょう。 「なぜ、トマトが赤くなれば健康が促される のか」というのが、「ふしぎなのです。昔からヨーロッパでは、「トマトのある家に は、胃病なし」といわれるのも、トマトの果実が健康をもたらすことを意味します。 トマトは、フランスやイギリスでは「愛のリンゴ」、イタリアでは「黄金のリンゴ」、 ドイツでは、「天国のリンゴ」という呼び名があります。果実にリンゴの味がするわ けではありません。ヨーロッパには、値打ちが高い野菜や果実を「リンゴ」 とよぶ習 慣があるのです。「値打ちが高い」といっても、「Aが高い」という意味ではあり ません。 (a)、ジャガイモは「大地のリンゴ」とよばれることがあります。ジャガ イモには、デンプンが多く含まれています。 デンプンは、おコメに多く含まれる成分) です。そのため、食べると栄養にもなり、空腹を満たしてくれます。 少し意外なのですが、 ジャガイモには、ビタミンCが一〇〇グラム 当たり三五ミリグラム含まれています。この量は、リンゴよりも多く、ミカンとほぼ 同じです。このように、ジャガイモは、大地の中につくられ、値段は高くないのです が、食べ物としての値打ちが高いので、「大地のリンゴ」なのです。 トマトが「リンゴ」とよばれたのは、 Bを守るはたらきが高く評価されていた からです。トマトを食べれば、健康が ⑥ イジ増進できることは古くから知られていた のでしょう。トマトの果実には、二つの健康に良い赤い色素が多く含まれています。 一つは、英語で「カロテン」、ドイツ語で「カロチン」とよばれる色素です。もう 一つが、英語で「リコペン」、ドイツ語で「リコピン」とよばれる色素です。トマト の果実が赤くなるのは、これらの物質が多く含まれているからです。トマトがこれら 物質を多く含んでいる理由は明白です。これらの物質を多く含むことは、トマト の紫外線対策なのです。 紫外線が有害であることはよく知られています。私たち人間の場合には、紫外線は、 日焼けをおこし、肌を老化させ、シミやシワの原因になります。ひどい場合には、白 内障、皮膚ガンの原因にもなります。もちろん、紫外線は植物にも有害です。 紫外線が有害なのは、からだに当たると「活性酸素」という物質を発生させるため です。活性酸素は、雑誌やテレビなどで「 」などの見出し で取り上げられる、きわめて有害な物質です。 これらの見出しは、少しオーバーかも

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