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Political economics Senior High

教えてください。

2. 端数期間がある場合の計算 (巻頭の数表を用いる) 例題1 複利終価 複利利息を求める計算 ・元金¥32,460,000を年利率4.5%。 1年/期の複利で9年3か月間貸し付けると、期日に受け取る 元利合計はいくらか。 ただし、端数期間は単利法による。(計算の最終で円未満4捨5入) <解説> 4.5%, 9期の複利終価率・・・1.48609514 ¥32,460,000×1.48609514×(1+0.045×2)= <キー操作> 045 × 3 12 + 1 1101125 |=¥48,781,333 答 ¥48,781,333 32,460,000 x 1.48609514 目 〈注意〉 問題の指示どおりに端数処理を行う。 例題2 複利現価を求める計算 3年4か月後に支払う負債¥87,320,000を年利率6%, 半年/期の複利で割り引いて、いま支払 えばその金額はいくらか。 ただし、端数期間は真割引による。 (計算の最終で¥100未満切り上げ) 《解説》真割引とは割引料の計算方法の一つで、期日受払高から現価を算出し、その現価を期日受払高から 差し引いた金額を割引料とするものである。 複利現価=期日受払高×複利現価率÷(1+利率×端数期間) 3%, 6期の複利現価率 0.83748426 ¥87,320,000×0.83748426÷(1+0.03×1/6)=¥71,695,300(¥100未満切り上げ) <キー操作>03 × 4 日 6 + 1 M 87,320,000 83748426 MR 〈注意〉 問題の指示どおりに端数処理を行う。 ◆練習問題◆ →3.5 x2=6317 答 ¥71,695,300 (1)元金¥17,290,000を年利率7%, 半年/期の複利で3年3か月間貸し付けると,期 日に受け取る元利合計はいくらか。 ただし, 端数期間は単利法による。 (計算の最終で円未満4捨5入) 1,00875 答 (2)元金¥56,480,000を年利率5%/年/期の複利で 12年9か月間貸し付けると, 複利利息はいくらか。 ただし, 端数期間は単利法による。 ( 計算の最終で円未満4捨5入) 86 答 3) 7年6か月後に支払う負債 ¥84,060,000を年利率6%,/年/期の複利で割り引い ていま支払うとすればその金額はいくらか。 ただし、端数期間は真割引による。 (計算の最終で100未満切り上げ) 答 18年3か月後に支払う負債 ¥35,710,000を年利率5%, 半年/期の複利で割り引い 二、いま支払うとすればその金額はいくらか。 ただし、端数期間は真割引による。 計算の最終で100未満切り上げ) 問題の解答 ¥21,625,767 (2)¥48,753,589 (3)¥54,276,500 (4)¥23,758,200 答

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Political economics Senior High

こんにちは。公民の課題です。解ける方是非解いてください。

戦後の日本経済の歩みについて,(1)戦後復興期,(2)高度経済成長期,(3)安定成長期および(4)バフ ル経済崩壊から現在までの4つの時期に分けて簡単にたどってみよう。 第二次世界大戦の敗戦により,多くの生産資源を失った日本経済は大きなダメージを受け, 1946 年 の実質(a)GDP は戦争末期の6割程度にまで落ち込むことになった。(1)戦後復興期には,こうした困難 な状況のなか, 日本を占領した連合国軍総司令部(GHQ)の主導により, ための政策がすすめられた。政府はまた, 限られた資源を石炭·鉄鋼などの基幹産業に重点的に投入す 日本経済の民主化と近代化の る傾斜生産方式をとり, 日本銀行による債券と国債の引き受けにより資金を調達したが,通貨量の増加 は激しいインフレーションをまねいた。経済の安定化をはかるため, 1940 年代末には, 連合国軍総司 令部(GHQ)からの経済安定9原則に基づき(c)さまざまな施策がとられたものの, 一転してデフレーショ ンにみまわれ, 中小企業の倒産や失業が増えるなど深刻な不況に陥った。しかし, 1950 年の朝鮮戦争 勃発は米軍による多額の物資調達という特需を発生させ, 日本経済は戦後不況から脱却し,鉱工業生産 高や GDP が順調に増大したことから, 1956年度の経済白書には 「もはや戦後ではない」 という文言が 盛り込まれるに至った。 1955年頃から 1973年頃までは, (2)高度経済成長期といわれる。 この期間中には, 景気が後退する 局面こそあれ,(d)さまざまな背景と要因とが複合的に寄与し, 数度の長期間にわたる (e)好景気を経験し, 着実な(の経済成長により 1960年代末に日本はアメリカに次ぐ資本主義国第二の「経済大国」となった。 他方で,高度経済成長は, 公害問題や環境破壊, 都市化による過密·過疎問題, さらに社会資本整備の 立ち遅れなどのひずみをもたらしたのも事実である。 1970年代に入ると, (g)変動為替相場制への移行や (h)第一次石油危機 (オイル·ショック)などを契機と して経済成長は減速し, 世界的な景気低迷のなか,わが国は 1974 年には戦後初のマイナス成長を経験 する。こうして高度経済成長期は終馬をむかえ, わが国は ()経済の質的転換を迫られることとなった。 賞その後の日本経済は, 国際競争力をつけた製品の欧米諸国への輸出を拡大させたこともあり, 再び成長 軌道に乗った。とはいえ, 経常収支の大幅な黒字の計上は新たな懸案事項をわが国にもたらし, 特に, 貿易赤字と財政赤字という「双子の赤字」 に苦しむアメリカとの間の日米貿易摩擦は深刻化した。わが 国単独での,あるいは世界各国と協調しての()当該問題への官民を挙げた対応は為替相場の安定に一定 の役割を果たしたものの, 低金利という副産物を日本経済に残した。 低金利は (k)バブル経済(景気)の一 要因となったが,実態を反映しない虚構の産物であるバブルはほどなくして崩壊する。第一次石油危機 (オイル·ショック)後のマイナス成長から回復した 1975年頃からバブル経済が崩壊する 1991 年頃ま で,実質経済成長率が安定的に推移した時期を(3)安定成長期という。 (4)バブル経済の崩壊から現在までの期間の前半となる 1990年代, 日本経済は長期にわたる深刻な不 況にみまわれ, 「の失われた 10 年」とよばれる停滞期を過ごした。 その後, 2000年代以降現在までの 期間においても, 日本経済は(m)さまざまな経済構造の改革や変容を経ながら, これまで同様にその時々 の喫緊の課題に対処している。

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