Grade

Subject

Type of questions

Japanese history Senior High

この資料を現代語訳して欲しいです!!

問4 下線部①に関連して,次の史料に関して述べた後の文あいについて,その 正誤の組合せとして正しいものを,後の①~④のうちから一つ選べ。 23 史料 かねひろ 御合体の事 連々 (注1) 兼黒卿 (注2) を以て申し合せ候処, 入眼(注3)の条珍 重に候。三種神器帰座あるべきの上は、御譲国の儀 (注4) たるべきの旨. 其の 意を得候(注5)。自今以後,両朝の御流相代々御譲位治定(注6) せしめ候ひ畢ん なかんずく ことごと おわ ぬ。就中諸国国衙,悉く皆御計ひたるべく候(注7)。 長講堂 (注8) に於いては, 諸国分一円持明院殿(注9)の御進止 (注10) たるべく候。 此等の趣を以て, 吉田右 府禅門相共に執奏あるべく候。御入洛の次第等,なお兼熙卿に申し含め候,其 意を得べく候か。 恐々謹言 十一月十三日 (注11) 阿野前内大臣殿(注12) (注1) 連々: 念を入れて。 (注3)入眼:完成したこと。 (注5) 其の意を得候:了解する。 義満 (「近衛家文書」) (注2) 兼熙卿: 吉田兼熙。 (注4) 御譲国の儀 : 譲位の儀式 (注6) 治定:落着する。 (注7) 国,悉く皆御計ひたるべく候:国衙領は大覚寺統の管轄とする。 (注8) 長講堂 : 長講堂領。 (注10) 御進止: 支配 (注9) 持明院殿: 後小松天皇 (注11) 十一月十三日: 実際は1392年の10月13日 (注12) 阿野前内大臣殿:阿野実為。後亀山天皇の信任を得て内大臣となった。

Waiting Answers: 1
Geography Senior High

この分類の中で、城下町はどこに当てはまりますか?

〒68 第Ⅲ部 生活・文化とグローバル化 1章 村落 3 村落の形態と機能 ① 村落の形態 (1) 集村 種類 特 路村 主要道路や開拓路に沿って家屋 が列状に並んでいる。 家屋のう しろに耕地をもつ例が多い。 例 新田集落 ヨーロッパの 林地村 列状村 街村 路村よりも道路との結びつきが強 く、商店や宿屋などが多くなる。 耕地はないか、あっても少ない。 宿場町 市場町 門前町 かい かたまり 家屋が不規則に並び、 塊状に集まって 瑰村 いる。 井戸や湧水のあるところに自然 オアシス集落 制 細制 発生的に成立することが多い。 中央に教会や広場があり,これを囲む |円 村 ように家屋が円状に配列されている。 (環村) 家屋の外側に放射状に耕地, 牧草地, 森林がある。 ▲集村の種類と特徴 ドイツ東部や ポーランドの 伝統的農村 湧水や道路の周辺に自然発生的に成立した集村は,各 農家が自分の農地を家の近くに所有できない, 火災の際 に延焼の危険性が高い, などの短所がある。 しかし, 日 植えや稲刈りなどの共同作業, 外敵からの共同防衛, 主による支配などには都合がよいため, 成立時期が古い 村落には集村が多い。 (2) 散村 種類 参照 p.31 特 例 まとまって散在し

Solved Answers: 1
Biology Senior High

・高一生物基礎 (3)の問題です 正解がCなのはわかります しかしbの選択肢が正解の理由がわかりません↓青字の❓ 交感神経なら血管を拡張するのではないかと思いました。顔面ならなにか他のことが関係するのですか? よろしくお願いします🙇

[リード C 知識] 53 自律神経系 自律神経系について, 以下の問いに答えよ。 交感神経についての記述として適切なものを, (a)~(h)の中からすべて選べ。 (a) 間脳から出るものがある。 (b) 中脳から出るものがある。 (c) 延髄から出るものがある。 (d) 脊髄から出るものがある。 (e)脊髄から出たニューロンの長く伸びた突起が副腎に到達し,直接副腎の細胞に 情報を伝達する。 (f)脊髄から出たニューロンの長く伸びた突起と, 心臓との間に別のニューロンが 介在し,情報を伝達する。 (g) 気管支に分布する。 (h) 皮膚の立毛筋に分布する。 (2)副交感神経についての記述として適切なものを, (1) の選択肢の中からすべて選べ。 (3) 以下の(a)~(e)の記述のうち、誤っているものを1つ選べ。 (a)多くの器官は交感神経と副交感神経が分布しており、二重神経支配を受けてい る。 (b)交感神経は瞳孔を拡張させ,心拍数を増加し,顔面の血管を収縮させる。 (c) 副交感神経は胃腸のぜん動運動を抑え、消化を抑制する。 (d) 発汗は交感神経のはたらきで促進する。 (e)副交感神経は気管支を収縮させ, 血圧を下げる。 知識 知識 論述 A ( [20 北里大 改] コミ] 54 内分泌腺とホルモン 表は脊椎動物の内分泌腺とそこから分泌されるホルモ 八 キルエン 果 男の

Solved Answers: 1
Japanese history Senior High

至急でお願いします。

日本史探究 No.9 (1) 教科書 P218-P239 提出日 年月日 氏名 得点 1946 はすべてきなさい。 [1] 資本主義の成立に、次の問いに答えなさい。 (34×11) 日本史探究 No.9 (2) 教科書 P218-P239 提出日 年 月 日 氏名 導者 答えはすべて解答欄に書きなさい。 [2] 国民国家と資本主義の成立に関し、次の問いに答えなさい。 [90-10] (1) の成立に 書き入れなさい。教科書 P.218~P.220 ② たはらヨーロッパにし、近代 させた。やがて1889年 ( @ これと同時に などについて規定された D (1)教育制度の 各文の空にする語句 新しい文化について、 ② 書き入れなさい。 教科書 P.230~P.233 1886年以降の(①)が制定され、小学校から大学 までの体系的学校教 た。 日清戦争 やその勝利 政府の教育 社会 日本と (定された。 1890年に フランスをモデルとしつつ。従来の日本の させたものだったが、日本の伝統に反すると非難を浴 のまとまりの強い すなわち (②)が 0 定着していった。文学の世界 を表現するための ② UAGE (@) WOGUSNE ③ (2)対外関係のとき、各文の空欄にふさわしい 入れなさい。 P.222~P.225 @ ⓘ (G) 運動」が発生し、詩の分野では、生活の中に ある自己の袋や苦悩を表現した作品を通じて社会の (小)が現れた。 (らが伝統的な木を 西洋絵画()らが白馬会を 結成するなど、洋画発展の礎を築いた。演劇界では、9代目 (⑦)らが、 演劇 江戸時代の歌舞伎を ● ● ② 1879年、上は)により日本の近代化を米 新時代に適合させようと試みた。 に示すことで、不平等条約改正の進展を図ったが、期待どおりの効② 1894年 () 外相のもとでようやく 0 判 に成功した。 次に悪化し、 1894年 ついに 日本 1895年 終わり をめぐる日本との関係 1年余の 争が勃発した。 )の調印 ③ (2) 日露戦争と帝国日本について、各文する語句を に書き入れなさい。 P.234~P.237 に至った。戦後、めぐり 19世紀後半 資本主義 に伴い。 第3次伊藤内された。第1次大 求め、軍事力でアジア・アフリカを もうと この内は() とよばれた。 する とよばれる広まった。日清戦争 北でもその対象に させた。 5413 (3) 本主義につき、各文のにふさわしい解に書き入れなさい。 教科書 P.226~P.228 この()などの起きたが、日本を含む圧されると、中国 はさらに弱体化していった。1904年 (金) その日本は第1次 への介入をマス によって 戦争と日露戦争(①)の時代であった。 (3) 本、1910年には軍事力 により した。一方、 1901年 (2) が完成する の一部をあてた (3) から していった。その本と労働ので 関東州と名付けられ、 配する。 1911年に( する もの差が大きくなり、一部 された 導入に依存する)も疲れた。

Solved Answers: 1
Contemporary writings Senior High

愛知医科大学看護学部の公募推薦の過去問です。 答えがないので、答えを出して欲しいです。お願いします🙇🏻‍♀️🙇🏻‍♀️

国 びまん 令和六年度 看護学部学校推薦型選抜(公募制) 基礎学力試験問題用紙 囲 次の文章は、一九九〇年に出版された山崎正和の『日本文化と個人主義』の一節です。この文 章を読んで、後の問に答えなさい。 文化は、これまで国家や民族という観念と強く結びついてきた。そして、人間の歴史を振返っ てみると、不幸なことに国家や民族の自覚はつねに対立抗争の意識とつながってきた。ひとつ の社会のなかで、個人もまたお互いに争うことがあるが、とりわけ国家や民族は、お互いに争う ことで自分自身をつくりあげてきた。その結果として、文化という特性はただの個人の特性以上 に、とかく他者との比較、対立の観点から考えられがちになる。じっさい、今日の経済マサツ や、つい近年までの世界戦争の現実を振返ってみても、ひとが自国の文化、他国の文化をあげ つらうときには、つねに何らかの意味の優越感や、国家主義的な自己主張の意識が伴っていた。 そして、そういう優越感が、たとえば敗戦といった現実によって崩れたとき、今度は極端な自己 卑下が社会に瀰漫するという事実は、多くの日本人の記憶に新しいことだろう。 こうした事情からして、文化論には、1二つの避けがたい危険な傾向が伴っているといわねば ならない。その第一は、過剰な特殊化の危険である。文化を考える場合には、他民族、他国の文 化と比較して考えがちであるので、どうしても両者の共通性よりは、ひとつの文化の異質性を強 調して考えることになる。 つい昨日まで文化的に じっさい、日本の場合、過去の文化論はしばしば民族主義や国粋主義と手を結びがちであった イクセプショナリズム し、アメリカの場合でも、アメリカ文化の「例外主義」という思想が、長らく見え隠れに受け 継がれてきたようである。ユダヤ人の「選ばれた民」の意識、ドイツ人の民族的な使命感といっ たものは、自国の文化を過度に特殊化し、他国との違いを強調することから生まれてきたが、 ③こうした使命感はいったん裏返ると劣等感に変貌する。 高村光太郎という詩人は、若いころフ ランス留学から帰って、日本の国の貧しさとその精神の狭さを嘆いて、「根つけの国」という自嘲 的な詩を書いたことがあった。しかし、彼が本性において強烈な愛国主義者であり、第二次大戦・ 中には過激な祖国讃美の詩を書いたことは、同時代を生きた日本人なら誰もが知る事実だろう。 とかく異文化との劇的な接触は、精神の単純な人物にとっては、自国の文化について過度な自尊 心を誘い出すか、逆に過剰な劣等感を刺激するものであるようにみえる。 そして、いずれの場合でも、そうした特殊化は、個人が自分の存在や行動について振返るとき、 奇妙に気持ちを安らがせてくれる支えになる。自分とは何か、7自己の実質は何かということは、 もともとたいへん難しい問題であり、簡単には答えが出ないものであるが、ひとは生きるために その答えを欲しがりがちである。そのさい、いちばん安易なやり方は、自分がどういう仲間に属 しているかを実感して、それを語ることで自己の中身を言い表わすことだろう。そして、自分 がどういう仲間に属しているかを振返るとき、その仲間の範囲が狭くて、他の集団と対立してい ればいるほど、自分自身の世界のなかにおける位置は明確になる。ここでもまた、文化論のひず みというものは、人間性の悲しい弱さに深く根ざしているといえそうである。 【

Waiting for Answers Answers: 0