Grade

Subject

Type of questions

Japanese classics Senior High

弁内侍日記の質問です 写真の赤線の部分「殿上の壁にうしろ用意して居給へり」 の訳として「殿上の間の壁に背をつけていた。」となるのですがどういう思考でこの訳になるのか教えて欲しいです。

かゆ 第二問 次の文章は、宮中で粥を奉る行事が行われる、正月十五日の出来事と、その後日談である。これを読ん で、後の設問に答えなさい。 正月十五日、月いと面白きに、中納言典侍殿、人々誘ひて、南殿の月見におはします。 月華門より出でて、 何となくあくがれて遊ぶ程に、油小路面の門の方へ、直衣姿なる人の参る。 「いと更けにたるに、誰ならむ。 皇后宮大夫の参るにゃ」など言ひて、端へ入りて見れば、権大納言殿なり。いと珍しくて、兵衛督殿、台盤所 にてひらひ給ふほどに、「まことや、今日は人打つ日ぞかし。 いかがしてたばかるべき」など言ひて、「出 で給はむ道にていかにも打つべし。何方よりか出で給はむを知らねば、彼所此所に人を立たせむ」とて、まし あしここ こめいち きりみす みづ・すむつる、昆明池の障子のもと、御湯殿の長押の下の一間に勾当内侍殿・美濃殿、切簾のもとに中納言 典侍・兵衛督殿、年中行事の障子の隠れに少将・弁など窺ひしかども、暁まで出で給はず。いとつれなくおぼ すけやす えて、資保の少将して、何となきやうにて見すれば、「殿上の小庭の月ながめて立ち給へる」と言ふ。兵衛督 くしがた 殿、日の御座の火ども消ちて、櫛形よりのぞけば、殿上の壁にうしろ用意して居給へり。 「かくしなしけむも 妬し」「何とまれ、杖に書きつけて、櫛形より差し出ださばや」など、さまざまあらます程に、夜も明け方にな りぬ。いかにも叶はず。つひに油小路の門の方より出で給ひぬと聞くも、かぎりなく妬くて、白き薄様に書き て、杖先に挟みて、追ひつきてつかはしける、 少将内侍、 打ちわびぬ心くらべの杖なればつきみて明かす名こそ惜しけれ 返事、権大納言、 打ちぶる心も知らで有明の月のたよりに出でにけるかな

Waiting for Answers Answers: 0
Mathematics Senior High

上の冊子が答え、下の冊子が問題です この②の第一四分位数からなぜ人数がどれくらいいるかと言うのがわかるのか理解できません。。 解説お願いします

四分位偏差は また、データAの方が四分位範囲が大きいから、 「データAの方が散らばりの度合いが大きいと考 えられる。 281 (1) A 弁当 B弁当のデータを小さい順に A弁当 16, 17, 21, 22, 23, 25, 27, 28, 32, 33 B弁当 13, 16, 17, 18, 20, 24, 28, 32, 33, 35 したがって、それぞれのデータの最小値、 第1 四分位 中央値, 第3四分位数, 最大値は、 A 弁当 16,21 23+25=24, 28, 33 2 B 弁当 13,17 20+24 2 = 22, 32, 35 よって、箱ひげ図は[図] のようになる。 7 15 28 36 40 283① テストAで30点以上40点未満の生徒 がいるかどうかはわからないが、テスト Bの 最小値が30点以上40点未満であるから, テ ストBには必ず30点以上40点未満の生徒が いる。 よって, ① は正しくない。 ② テストAの中央値は60点以上であるから、 テストAで60点以上の生徒は200人以上いる。 一方, テスト Bの第1四分位数は50点台であ るから, テストBで60点以上の生徒は300 人 以下である。 よって, ② は正しくない。 ③ テストAの第3四分位数は70点台であるか ら, テストAで80点以上の生徒は100人以下 である。 また、テストBの第3四分位数は80点台であ るから, テストBで80点以上の生徒は100人 以上いる。 よって, ③ は正しい。 以上から 正しいのは 51 60点以上の生徒は、テストAでは200 人以上, テストBでは301人以上いる。 (3) 80点以上の生徒は, テストAでは100 人以下, テストBでは100人以上いる。 TRIAL D 283 右の図は,400人の生徒が受験したテストAとテストBの得点のデータ の箱ひげ図である。 この箱ひげ図から読み取れることとして正しいもの を次の①~③から1つ選べ。 ① 30点以上40点未満の生徒は、テスト Aにはいるが, テストBにはいない。 (点) 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 テストA テスト B 10

Resolved Answers: 1
World history Senior High

こーゆー問題の覚えるコツってありますかね?、、、

A 2 自然科学 宗教 暦法律 歴史・地理 した。35年に いたん 派は異端とされた。392年にはついにテオドシウス帝によって スト教が国教とされ,これまでとは逆にキリスト教以外の宗教が禁じられた。 27 アリウス派はその後, 北方ゲルマン人のなかに信者を増やした。 また, 431年 のエフェソス公会議で異端判決された ( 8 )派は東方アジアに伝わった。 27 ローマの文化 次の表の()に適する人名・作品名を書きなさい。 また、代表的建築物である下の写真A Bの名称を書きなさい。 人名 作品名など 文学 哲学・思想 ウェルギリウス (2) (3) (4) エピクテトス (5) (6) (7) プルタルコス カエサル (10) 『 (1)』 じょじょう 『叙情詩集』 『 (8)』 『 (9) 』 『年代記 』 『 (11)』 『国家論』 『幸福論』 『語録』 『歴史』 ローマ発展の過程を分析 つうし 『ローマ建国史』 ローマ建国からの通史 『地理誌』 各地の地理と歴史を記述 プリニウス (13) (14) カエサル (15) ちょくめい ユスティニアヌス大帝の勅命 『(16)』 解説内容 じょじ ローマ建国の叙事詩 けいとう ギリシア文学に傾倒 『 ( 12 ) 』 べんろんか ローマ最大の弁論家 ネロ帝の師。 ストア派哲学者 きんよく しゅうよう ストア派。 禁欲による精神修養を説く ひかく ギリシアとローマの諸英雄を比較 ラテン語で同時代のゲルマン人を記録 アウグストゥスからネロ帝までの記録 しゅうぞく ゲルマン人の習俗などを記録 文・動物・植物などの百科事典 たいぜん てんどうせつ 『天文学大全』 ギリシア天文学の集大成。 天動説 『神の国』 ゲルマン人のローマ侵入にあたり著述 エジプトの太陽暦を修正 ばんみんほう 帝国内に適用される万民法を集大成 B 1 アエネイス 2 ホラディウス 3 キケロ 4 セネカ 6 リウィウス 7 ストラボン 8 英雄伝 9 ガリア戦記 10 タキトゥス 11 ゲルマニア 博物誌 13 プトレマイオス 14 アウグスティヌス 15 ユリウス暦 |12| ボリビオス 16 ローマ法大全 水道橋 B コロッセウム A ゼミナ

Unresolved Answers: 1
Japanese history Senior High

古墳時代の東アジアについて。 高句麗や馬韓弁韓辰韓は今のどの国の領土だったのですか??

占めていたことを示している。 しん 中国では三国時代のあと普が国内を統一 したが、4世紀初めには北方の匈奴を きょうと 東アジア諸国との交渉 はじめとする諸民族(五胡)の侵入を受けて南に移り、南北分裂の南北 朝時代を迎えた。 このため、周辺諸民族に対する中国の支配力は弱ま り 東アジアの諸地域は国家形成へと進んだ。 こうり 中国東北部からおこった高句麗は、朝鮮半島北部に領土を広げ、 ?~668 10 ば かん べんかん らくろうぐん 313年には楽浪郡を滅ぼした。 一方、朝鮮半島南部では馬韓・弁韓・ しんかん 辰韓というそれぞれ小国の連合が形成されていたが、4世紀には馬韓 15 くだら しらぎ から百済が、辰韓から新羅がおこり、 国家を形成した。 (ひゃくさい) 4世紀半ば~660 (しんら) 4世紀半ば~935 朝鮮半島南部の鉄資源を確保するために、早くからかつての弁韓の かやから 地の加耶(伽羅) 諸国と密接な関係をもっていた倭 (ヤマト政権)は、 →p.33 4世紀後半に高句麗が南下策を進めると、百済や加耶とともに高句麗 こうかいどおう こうたいおう ひぶん 一争うことになった。 高句麗の広開土王 (好太王) 碑 ② の碑文には、倭 位 391~412

Resolved Answers: 1
Japanese classics Senior High

傍線部⑤「色」のここでの意味を漢字2字で答えなさい 解答解説がないので答え分からず困ってます😭 教えてください🙇‍♀️ (写真は上が1ページ目です)

頭弁は思しやるあまたあれど、まづ左京が許に行きて気色見給ふに、ありしに変はることなく、 また人になれける注中の衣ともなく、うらなければ、心おちゐて思ふものから、日頃の文の心得 がたかりしも、絶え間も恨めしう思ひけるなめりとおぼえて、いとどらうたく、こまやかにうち語らひ 給ふ。女は、「注影踏むばかりのほども、逢坂こそかたらめ、文をさへ通はし給はぬ勿来の関の恨めし う」と、にくからぬさまに注うちかすめ、怨じ聞こゆるに、 弁、「そは我こそ恨みをも聞こえめ。さし もぼつかなからず、日ごとにものしつるを、 あさはかにも思しなして、いつもあやしげにかこちなし給ひ、 あひ思さざりつるが、かひなくのみ思ひしものを」と、まめだち給へば、女、「いとまがまがしうも」と 徒に文も通はぬ中檜垣隔つる君が心とぞ見し 移し心はげに、色ことなりけり」と言ふに、弁、「あやなくおぼめき給ひけりな。 さらば賜ひつる文あ また所狭げにあるを、今見せ奉らん」とのたまふに、女もいぶかしう、「さらに知らず。 僅かに二度三度 ばかり」など言ひて、弁の文取り出てたり。ここら書き尽くし給ふは、ゆめなくて、三つばかりのみなり。 いとあやしう、いかなることぞと胸うち騒ぎて思ひめぐらすに、論無う使ひの心をさなく、もてたがへ いづかた とのもつかさ つるなり、さても何方にかものせと、いとどやすからずおぼゆれど、すべなければ、明日その主殿司 に問ひてこそ、まことそらごとあきらめめとて、言ひさしつつ、「我はつゆ忘るることもなかりしを」と うち泣きて、 君を思ひ長くなりぬ夢にだに見ずてほぼここだも恋ひ渡れば 常忘られず」などあはれなるさまに聞こえなし給ふ。女、 幾夜かも涙の床をはらひ侘びしをれし注⑥衣かへしてぞ寝し 月立つまでに」と言ふも、心苦しければ、「今はな思しそ。 さらに途絶えあるまじう、目離れず 「らんとこそ思へ」と慰めて、男君、 注さきくありてあひそめてし若草の妻はしきやし離れず通はん その長浜に」と聞こえ給ふ。 またの日、ありつる文使ひの主殿司、密かなる所に呼びて問ひ給ふに、聞こえやらん方なくてゐた > ページ 2/6 さんだち とうのちゅうじょう り。さすがに公達のし給ふことなどは、えも言ひやらず、この君のけはひもわづらはしう、 まめやかに びあへり。弁、あらはにも言はねど、 やうやう公達のしわざなりと心得給ひ、頭中将こそかかるをこ の振る舞ひはせめ、異人は所置くやうもありなんと、推し当てに思ひ寄るに、妬きこと限りなし。やが て頭中将の方に、文書き給ふ。 ことひと 「秋風の日に日に通ふ雁が音を君が使ひと我が思はなくに いと世づかぬ御心なん珍しう」とあり。頭中将いぶかしう見給ひけるが、やがて心得給ひ、侍従・少将 などの注さかしらにせしことをほの知りて、我に思ひ寄りつるなめりと、をかしきものから、わづら はしうて、 「おぼつかな夕霧わたるみそらには通はん雁の声も絶えつる いとあやしう、さらにいかなることとも思ひ給へ寄られ「侍らずなん」と聞こえ給ふ。 注 また人 他の人 ②中の衣ここでは、打ち解けない心の意 ③影踏むばかりのほども、逢坂こそかたらめ、文をさへ通はし給はぬ勿来の関の恨めしう 訪れることは難しいだろうが、手紙すらくださらないのは恨めしくの意 4うちかすめ それとなく言い ⑤ここだもたくさん ⑥衣かへしてぞ寝し衣を裏返しにして寝ると恋人の夢が見られるという俗信を踏まえた表現 ⑦77さきくありて幸せなことに ⑧はしきやしいとおしいなあ その長浜 ここでは、これからずっとの意 さかしらにここでは、悪ふざけての意

Unresolved Answers: 0