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Japanese Primary

(14)が分かりません💦 どなたかお願いします🙇‍♀️

ジャンプアップ ちか きていけるだろうか、と考えてみれば、ダライ・ラマのおっしゃっ ていることはあまりに正しいという他ありません。 憎しみやねたみをたくさん流通させるよりも、愛と思いやりをた くさん流通させられる社会になれば、私たちはとても幸せになる、 すばらしい社会になる。それは当然のことです。 そしてそう言われて振り返ってみれば、確かにいろいろとうっと うしい人や、一緒にいて楽しくない人もいるけれども、しかし、誰 もが不幸せになりたいと思って生きているわけではありません。誰8 もが幸せになりたいと思って生きているわけです。 苦手な人もたくさんいるけれども、周りの人から愛と思いやりを もらったりしたらどんなにうれしいことだろうか、とは誰もが思っ ているし、同時に自分自身の愛や思いやりを周りの人に受け取って もらえたら、どんなにうれしいことだろう、そう心の底では考えて いるのではないでしょうか。 しんらい しかし、私たちの社会で現実に進行しているのはまったく反対方 向の動きです。そうやって社会の中に信頼を築き上げていこう、利 他的な人を増やしていこう、愛と思いやりに基づく社会にしていこ う、というのと逆の状態になっていると言わざるを得ません。愛と 思いやりを高めていこうというのではなく、利己的な利益というも のをいかに最大限に増大させていくかが大切なのだ、そういう方向 動いているように見えるのです。 新自由主義とか市場原理主義な 最近の構造改革の基盤となる考え方は、まさにこうした方向を 目指しているものでした。 かいかく きばん 他の人は信頼できないものだ。あなたが困っても誰も助けてくれ ないことをよく認識しなさい。 だから、他の人の力にできるだけ頼 らずにやっていかなければいけない、というわけです。そういう社 会では、当然、周りの人は信頼できないから、自分の老後が大変不 安になります。 老いても、病気になっても、誰も助けてくれない、 だから家の地下室のの中にたくさん小判を貯め込んでおかなけれ ばならない。貯め込めば貯め込むほど私の人生は安心に満たされて いくに違いないと思うのです。 これは一見安心に見えますが、実は大変不安なことです。どれだ け貯め込んでもまだ足りないように思えて、いつでも不安になって しまう。周りの人の方がたくさん貯め込んでいるのではないかと、 心が安まる暇がないのです。 例えばどんな国の昔話とかを見ても、同じことが書かれています。 自分ひとりで貯め込む人間、他の人を信頼できなくなって自分さえ 貯め込めば安心なんだと思っている人の安心というものが、いかに 小さな安心にすぎないか、どれほど大きな不安がそこには隠されて いるか。そうした不安を抱えた人間が、他者に対していかに暴力的 になり思いやりのない人間になってしまうものか。 そういう人は、目の前に倒れている人がいても助けずに、自分が いかに貯め込むかということだけしか考えられなくなってしまいま す。その人は自分も幸せではないし、そういう人が増えれば、 社会 全体がどんどん不幸になっていきます。そういう状態からは絶対幸 せは得られないということは、長い歴史の中で築き上げられてきた、 人間の智恵ともいうべきものなのです。 19 宮口 C 一線⑦「あまりに正しいという他ありません」とありますが、 20 これを言い直したものとして最もふさわしいものを次の中から一つ 選び、記号で答えましょう。 あまりに正しいと言ってよいかもしれない。 あまりに正しいかどうかはよくわからない。 あまりに正しいと言う人がいても不思議はない。 あまりに正しいとしか言いようがない。 一線⑧「振り返ってみれば」とありますが、どうするのですか。 最もふさわしいものを次の中から一つ選び、記号で答えましょう。 ア 思い出してみる。 イ 反省してみる。 ウ 想像してみる。 後ろを見てみる。 えましょう。 きましょう。 ―線⑨「まったく反対方向の動き」について、次の問いに答 ⑥この「反対方向の動き」がどのような動きなのかを文章中の言 葉を使って答えましょう。 この「反対方向の動き」を示す社会の考え方を表した言葉を文 章中から十三字で書きぬきましょう。 -線⑩「まさにこうした方向を目指しているものでした」と ありますが、「こうした方向」を目指すことによって生じた事態とし 最もふさわしいものを次の中から一つ選び、記号で答えましょう。 ア人々が今の生活に満足するようになった。 イ人々が老後の生活を不安に感じるようになった。 ウ人々がむだづかいをしないようになった。 エ 人々が自分が信頼する人としか交流しなくなった。 -線「実は大変不安なことです」とありますが、それはな ぜですか。 次のにあてはまる言葉を文章中から五字で書きぬ ゆう 自分よりも周りの人の方が経済的な余裕があるように思えて、 ときがないから。 一線② 「どんな国の昔話とかを見ても、同じことが書かれて います」とありますが、 昔話に共通して書かれていることを、別の まとめ方で言い表した言葉を文章中から三十字でさがし、初めと終 わりの三字ずつを書きぬきましょう。 (上田紀行「かけがえのない人間」より) (注) ダライ・ラマ=チベット仏教のとてもい僧。 ニュートラルな感覚=いずれにもかたよらない中立的な感覚。 あなたは、どんな人たちが増えれば社会全体が幸せになると思 いますか。考えて答えましょう。

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Mathematics Junior High

あってるか確認して欲しいです!空欄は分からないので教えてください!

運動場のトラックにセパレートコースを作ります。 外側のレーンほど1周の長さが長くなるため、 スタート地点に差をつけなければなりません。 どれくらい差をつければよいでしょうか。 第1レーンから第4レーンのスタート位置を同じにして、考えてみましょう。 運動場のトラックにセパレートコースを作ります。 レーンの幅 が1mで、 半円部分の半径が20m、 直線部分の長さが40m です。 ① 第1レーンと第2レーンの1周の長さの差を求めなさい。 2x -xxx-10=qRo ro = untre Honto)-(42480)=12π 2=6.28m² ② 第2レーンと第3レーン、 第3レーンと第4レーンの1周 の長さの差を求めなさい。 (2xπx22+税)-(2×2×1180)=2=6:8m? (2x+2380)-(24×22480)=2L=6.28? ①と②から、どのような予想ができますか。 レーンの幅は一定であれば、隣り合うレーンのきょりの差 は、レーンの ゴール レーンの1m 第1レーンの スタード 部分の 半径 第2レーンの スタート 自分 直部分 部分 半円部分の半径の大きさが異なるほかのトラックでは、となり合うレーンのスタート地点の差はどうなるでしょ うか。 レーンの幅を1m、 半円部分の半径をmとして、 どのようなことが分かるか、途中の考えや計算も書き なさい。 レーンの幅をxm、 半円部分の半径をrmとしてスタート地点の差を求めなさい。

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Japanese classics Senior High

古文解釈 この日本語訳を読んで状況が把握できません。 なぜ普段の寸法の位置に鉾があったら勝てなかったのか教えてください。よろしくお願いします🙇

対面して尋ねたところ、僧が言うことには、「過日の夜の夢に、この(北 野の)馬場で、賀茂神社の下級の神官と思われて、その人が) 馬場のはず れに縄を横に張って、 決勝地点の目印の鉾を手際よく用意していたのを、 夢 心地に不思議に思って尋ねると、院の右の番長秦久清の勝負のためのもので あると言うと思って(夢から覚めた。(だから) 賀茂の大明神のご配慮で、 (あなたは)勝ちなさるにちがいない」と告げたので、久清は、幼い頃から 賀茂神社にお仕えする者であるので、嬉しく期待できるように感じて、「勝 利の後、お礼は申し上げよう」と言って(僧を)帰した。 その競馬の勝負の)時になって、久清・敦文が組み合って、 敦文が、 先 に立って駆け) ていたが、少しだらしなく見えたので、久清は、相手を見 くびって、遠く距離を保ったまま(真剣に迫ろうとせず) 後を追ってしまっ た。(ところが、) 敦文の馬がすばらしく(久清の馬に)立ち向かって(勝負 をして)、まさに勝利が決まったという時に、(敦文が馬に) 鞭を当てるのを 止めて決勝地点の目印の鉾の(少し前の)所で安心して振り返ったところ に、久清が追いついて、敦文の上衣の襟首に手をかけて引いたので、敦文は (馬から)落ちて、久清が勝ってしまった。勝ったもののあまりに不思議 で、久清が、物差しを当てて (測って)見たところ、鉾が、いつもの地 点)よりも一丈(=約三メートル)以上遠くに立っていた。あの僧の(見 た) 夢も自然と思い合わせられて、(賀茂の)大明神のご配慮がおそれ多く 感じられた。もしいつもの位置に (鉾が)立っていたならば、とっくに負け てしまっ(てい)ただろうに。不思議だったことである。(久清は)この僧

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Contemporary writings Senior High

画像3枚目 何故、[お母さん…お祖母さんは?]と言ったのかイマイチ分からないので、教えて欲しいです。 

例題 3 目標解答時間 とおぼ む じんざいきよし みもの 次の文章は、神西清の小説『少年』の一節である。これを読んで、後の問いに答えよ。 修業式の五日ほど前に、祖母が息をひきとった。持病はなかったから、つまり老衰死である。その死 に顔も、また死そのものとの接触感も、ともに少年の意識にのぼらなかった。父がおいおい手ばなしで、 まるで子供のように泣きながら家の中をうろうろしているのを、少年は何か不思議な観物を見るように 眺めた。お別れに、割箸の先へつけたガーゼで祖母の口を拭かされた時にも、土色に窄まって開いてい 老女のしなびきった唇は、みにくいと感じただけに過ぎない。もう一つ、そんな醜いものを半公開の 儀式にまで仕立てる大人たちの愚かさに、へんな軽蔑の情をおぼえただけにすぎない。少年はむしろ祖 母に同情した。彼女の死への同情ではなかったけれど。 わりばし けいべつ すぼ そんな少年にとって、もし何か死の実感に似たものがあったとすれば、それは祖母の死ぬ日の朝から (臨終は夕方だった)、近所の大きな黒犬が庭へまぎれこんで来て、前脚を縁側にかけながら、しきりに 遠吠えをしたことである。いくら追われても水をぶっかけられても、犬は出て行かなかった。ますます ま 牙を剥きだして吠えさかった。少年は、いよいよ祖母が息を引きとったあとで、あの犬が見ていた何か 人間の目には見えぬものが、つまり死なのだと思った。 葬列も葬式も、あらゆる大人たちのする儀礼の例にもれず、長たらしく退屈な、無意味な行事の連続 にすぎなかった。少年は南国の春の砂ぼこりの中に、小さな紋付羽織を着せられて、みじめな曝し物に されている自分だけを意識していた。腹ただしく口惜しかった。 さら 12 分

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