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Japanese classics Senior High

緊急です🚨お願いします🙇‍♀️ 答え全部教えてください🙇‍♀️答えが乗ってないです。 体系古典文法の十訂版です。

応 用 問 次の文中の傍線部を例にならって文法的に説明せよ。 OROO 1 次の文中の()内の、完了・存続の意の助動詞「たり」「り」を適 切な形に活用させよ。 完了の助動詞「たり」の終止形 (枕草子・一) まど (伊勢物語・九) 1 紫だちたる雲のほそくたなびきたる。 道知れ(り)人もなくて、ひ行きけり。 道を知っている人もなくて、 さまよいながら行った。 ②伏籠の内にこめたり) つるものを。 伏籠の中に入れていたのに。 紫がかっている雲が細く横になびいているさま(がいい)。 (源氏物語・若紫) ②「この昼、殿おはしましたりつ。」といふを聞く。 殿がいらっしゃった (蜻蛉日記) さくさく さうかい (源氏物語・若紫) ③ 顔は、いと赤くすりなして立て(り)。 顔は、ひどく赤くなるほどこすって立っている。 ふみづきもち (4) まんまん ぼうぼう 七月十五日の月に出でゐて、せちにもの思へ(り) けしきな 七月十五日の月の夜)に、家の近くに)出てすわり、ひどくもの思いをし り。 広々として、 (竹取物語) ③ 北には青山峨々として、松吹く風索々たり。南には蒼海 もの寂しい。 そびえ立ち、 漫々として、岸打つ波も茫々たり。 4 おほかた、この所に住みはじめし時は、あからさまと思ひ 青い海が (平家物語) 茫々と音をたてている。 ている様子である。 たうふう わかんらうえいしふ そもそも、 ある者、小野道風の書け(り) 和漢朗詠集とて持ち(たり)け ある者が、小野道風の書いた『和漢朗詠集』だといって所持していたのを、 るを、 ほんのかりそめにと思っ いつ たが しかも、今すでに五年を経たり。 五年がたってしまった。 (方丈記) (徒然草・八八) (6) ものの心を知れ(り)しより、四十あまりの春秋をおく よそち ⑤中の庭には、梅の花咲けり。 咲いている。 (土佐日記) 私は、ものの心を知った時から、四十年あまりの歳月を送った間に、 れるあひだに、 うけたま ⑥ ふさこ、承りてまかれり。 (方丈記) ふさ子は、帝の命令を承って退出した。 (竹取物語) (7) 雪のおもしろう降りたり)し朝、 雪が麺のある様子に降っていた朝、 あした (徒然草・三一) 7 このもとの女、悪しと思へるけしきもなくて、(伊勢物語・二三) 不快だと思っている様子 うつくしきもの、瓜にかき(たり)ちごの顔。(枕草子・一四五) かわいらしいもの、瓜に描いてある赤ちゃんの顔。 ⑧ 友とするにわろき者、七つあり。 友達とするのによくない者が、 (徒然草・一一七 ) 思へば うらうらに照れ(り) 春日にひばり上がり心悲しもひとりし うららかに照っている春の日にひばりが舞い上がり、心は悲しいことだなあ。 一人で物を思っていると。 助動詞たり(完了)・り (万葉集巻一九) 59

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問二の答え教えて欲しいです、、 自分で考えたんですけど、合ってるか不安です💦

使用できるものはある程度いたが,漢字を用いた漢文を使用できるものは限られていたよう である。鎌倉時代には、随筆では漢字を使った和文体で 「方丈記』 や 『徒然草』が,歴史書 では鎌倉幕府の歴史を編年体の形式により漢文で著した「/」などが成立した。 南北 今期にはそれぞれの立場や状況によって,特徴を持つ書物が書かれた。たとえば、公家の立 場から鎌倉時代の歴史を叙述した 「増」や, 武家の立場から足利尊氏による幕府創設の歴 史を中心に著した 」が成立した。これらはすべて漢字を使用した和漢混淆文で書 かれている。 梅松論 吾妻鏡 空欄 A J に入る最も適当な語句を答えよ。 大今水 問2 下線部(ア)に関連して, 文書行政について述べた次の文章(1)~(4)に関連した記述とし て適当でないものを、後の1~4のうちから一つ選び、番号で答えよ。 (1) 日本の律令制では、中央政府から各国への情報伝達には、文書が用いられた。 全国 に設けた駅は、国司ら官人の往来などとともに文書行政を支えるために整備された 面もある。 (2) 平城京跡から発掘された木簡には「近江国生(発酵食品) 三合」 「少初位下高屋 家麻呂 六考日井干九十九六年中(6年間に1099 日出勤し績は中)」 「告知 往還人失黒鹿毛牝馬一匹 件馬以今月六日中時山寺南南池辺而走失也 若有 見提者可告米山階寺中南端第三房之(馬が逃げたのでみつけたら連絡がほしい)」 と書かれたものなど多様なものがある。 (3)奈良時代,平城宮で勤務した人には、単身赴任で都に滞在していたものも多く。 平城宮跡で発掘された木簡には役所の使いが平群郡, 宇太郎など大和盆地の各地を回 休暇で自宅に帰っていた官人をよび出した木簡が残っている。 (4)郡と里の下にある村を単位に行われる春と秋の農耕祭礼のときには、村民の男女ほ ぼ全員が集まった祭礼の最初に中央政府の出した法が読み知らされ、その後に会食 が行われたが、年齢訓に席次が決められ、その子弟たちが食事の準備を行い、給仕を した。 漢文を使えるのは 男性の高い

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源氏物語です 4行目で「大殿籠りぬ」とあって光源氏は寝たことがわかるので、6行目の「今は、さは大殿籠るまじきぞよ」は光源氏の言葉ではないと思ったのですが、解説を読むと光源氏の言った言葉らしく、納得できません😢 どこで光源氏の言葉だと判断すればよいのでしょうか?

全文解釈 係助四[] 四 [未] 打消[体] 断定 [巳]接助 副助 係助ク [] 過去[終] 四[用] ぬ対なれば、御帳などもなかりけり。惟光召して、御 <補> <原因> こなたは住み たまは こちらは(Aが)(普段は)お住みになっていない建物であるので、御帳などもなかった。(Aは)惟光をお呼びになって、 下二[用] 《強意》 副助 使役[用] 四[終] 格助 四[用 四[用] させたまふ。御几帳の帷子引き下ろし、 帳、御屏風など、 あたり あたり したて あちこちの装いを整えさせなさる。 御帳、御屏風などで、 四 [体] 副助 副助 《補》 《連体》 断定[] 接助 ラ変[巳] 接助 洛功 御几帳の帷子を引き下ろし、 格助 四 [用] 格助 御座など ただひきつくろふばかりにてあれば、東の対に御宿直物 召し <原因> 敷物などを単に身なりを整えただけになっているので、日 四[用] 四[用] 完了[終]B (Aは)東の対にご寝具を取りに サ変 [体] 係助 ク[用] ナリ [月] 断定[未] 格助四[未] 遣はして大殿籠り O 若君はむくつけ、「いかにすることならむ」と震はれ 《ウ音便》 自発[用] 遣わしておやすみになった。 接助 四[巳] 推量[体] 若君 (=紫の上)は不気味に思って、いったい何をするのだろうと震えられ 打消[用] 下二[用] 接助係助副 四 [用] 四 [未] 洛助 格助下二[未] 格助 たまへど、 さすがに声 たててもえ泣き たまはず、「少納言がもとに寝む」と 《補》 《逆接> 《補》 《連体》 なるが、 四[体] そうはいっても声を上げてお泣きにもなれず、 [終] 係助 保助 1 四 [体] [禁止 [体] 意志 [終] (Bは)「(乳母の)少納言のところに寝たい」と 係 間下二[用] 下二[用] のたまふ 声いと若し。「今は、さは 四[已] 大殿籠るまじきぞよ」と教へきこえたまへ <補》 おっしゃる声はたいそう幼い。(Aが)「今となっては、そのようにはお眠りになってはいけませんよ」と教え申し上げなさる 副 シク用 四 [用] 四 [用] 四[已] 係助四[未] 可能[未]打消[用] 助 存続[終] <原因> <補> ので、(Bは)たいそうさびしくなって、泣き臥していらっしゃる。 下二[未] 打消[未] 上二[用]上一[用] いとわびしくて泣き臥したまへ 母はうちの眠されず、 乳母は心配で)少しも横になることができず、どう おぼえず起き たり。 存続 [終] してよいかわからず起きていた。

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