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簿記についての質問なのですが、業務的意思決定の内製か購入かの意思決定で、2通りの内製可能量が算出できる場合で数量が少ない方を内製可能量にする理由は、少ない方の数量は共通して発生するからということでしょうか? 例えば、写真の解説では甲材料は1,600個で遊休時間は2,000個... 続きを読む

13,884万円 15,000個 購入案: 16,000x ◆総需要量 15.675個 16,000個 ここで、 15,000x +2,200,000 <16,000xとすれば、 x2,200個 したがって、部品Yの年間必要量が2,201 個以上であれば、 内製案の方が有利である。 〔問2〕 1. 内製する場合の関連原価 部品Zの1個あたり関連原価を次のように計算する。 無関 O 直接材料費 2,000円/kg×5kg/個 直接労務費 2,400円/時×4時間/個 変動製造間接費 1,200円/時 × 4時間/個 合 計 = 10,000円/個 = 9,600 = 4,800 24,400円/個 (注)消費賃率 : 3,000円/時×80%=2,400円/時 2. 年間内製可能量 甲材料の消費可能量は8,000kg (=32,000kg-12,000個×2kg/個)、 遊休時間は8,000時間(= 20,000時間12,000個×1時間/個) である。 したがって、 内製可能量は次のとおり計算され、甲 材料の条件から部品 Zの年間必要量3,000個のすべてを内製することができず、 1,600個は内製する 1,400個は購入することになる。 間(= い 内製可能量 年間必要量 甲材料 8,000kg 5kg/個=1,600個 3,000個 遊休時間 8,000時間 4時間/個=2,000個 < 3,000個 3. 関連原価の比較 内 案 購入案 直接材料費 直接労務費 変動製造間接費 購入原価 10,000円/個 ×1,600個=16,000,000円 9,600円/個 × 1,600個= 15,360,000円 25,000円/個 ×1,400個= 4,800円/個 × 1,600個= 3 7,680,000円 5,000,000円 25,000円/個 ×3,000個= 75,000,000円 合 計 74,040,000円 75,000,000円 000円 000円 る。 円)。 両案の差額: 75,000,000円 <購入案〉-74,040,000円 〈内製案> = 960,000円 したがって、 部品 Zについて内製案の方が、 購入案より原価が960,000円だけ低く有利である。

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国語 中学生

1.2枚目は問題文で3枚目が問いです。 答えはウなんですけど、なぜウになるか教えて欲しいです。 急ぎでお願いします!

狩猟採集民は、自然の造った動物や植物のおこぼれにあずかって生きている人々である。自然を意のままに制 御するとか、征服しようとかの考えは最初から考慮の外にある。自然は圧倒的に強く、畏怖する以外に仕方のな はな い対象である。人間より圧倒的に強く、畏怖する対象を神と呼ぶならば、自然物にはすべて神が宿っている。従 ってアニミズムは必然的に多神教的になる。 狩猟採集民が、自然の意味づけをアニミズム的なやり方で行ったのは、けだし当然であろう。そこでは自我も また、自然の中の神々とつながっており、死後の自我の平安と永続性は、このような自然観の下で保証された。 もちろん、このような自然観は、個々人がそのつど考えたものではない。言語や自然観は、ある集団に人間が 生まれついた時から、すでに与えられたものとしてある。すなわち、文化と伝統である。強固な文化と伝統の下 では、人はわざわざ、自己とは何かなどと考える必要はない。 文化と伝統に従うのは、心安らかなことであり、人々はこの中で成長し、老い、心安らかに死んでゆく。 ②よ ほどのことがない限り、これを引っくり返すのは難しい。 現代人の自然観は科学技術文明に支配されている。科学技術の中心思想はコントロールである。人々はこの思 想を忠実に生きている。しかし不幸にもこの思想は、死後の自我の平穏も存在も保証しないので、人々は刹那的 に生きざるを得ないのかも知れない。私がいくら「科学は錯覚である」(私は一九九三年に宝島社から同名の本 を出版した)と言っても、さしあたってどうしようもないのである。 何が人々の自然観を変えるのか。様々な要因を述べることができるだろうし、ある場合には無根拠に変わるの かも知れない。しかし、③技術の発明が少なくとも大きなきっかけになることはまちがいなさそうである。 狩猟採集民に起こった最初の重要な技術は、採集物の貯蔵技術である。 貯蔵技術は定住をうながす。大量の貯 蔵物を携帯して移動することは困難だからである。ひとたび定住すれば、食糧ばかりでなく、それ以外の財狩 猟道具、衣服、装飾具)を保持することも容易になるため、持つ者と持たざる者の格差が発生する。 定住は不平 等を産み出すのである。たくさんの貯蔵食糧と財を所有すれば、当然これらを管理する必要が生ずる。 ここに、 コントロールという思考が芽生える。 貯蔵技術の次に人間が発明したのは農耕技術である。農耕は自然との変革管理なしには行えない。 野原や森林 を切り拓いて、田や畑にする。田畑は放っておくと、原野に戻ろうとするから手入れをしなければならない。自 然のコントロールという思想は、ここに確かなものとなる。しかし、自然は簡単にコントロールできるものでは ない。洪水、ひでり、大地震。 これらは現在でも手に負えない。コントロールしたいが、コントロールできない 自然。農耕民は、自然をコントロールしたいという願望と、コントロール不能な自然とのギャップにはさまれ、 ④非定住狩猟採集民とは少し違った自然観をもつようになる。 定住・農耕は自然の上に立つ神の出現と関係があるように思う。関係があるというのは、もちろん、因果関係 があるという意味ではない。 ⑤定住・農耕は、自然の上に立つ神という考えを受け入れやすい精神状態を作った のではないかということである。 アニミズム的な考えでは、自然はそれ自体が神々であった。一方、自然の上に立つ神は、自然を創造し、自然 を制御する。 ⑥このような神は、自然に対する人々のコントロール願望の反映なのではないだろうか。自分たち が制御できない自然を神に託して、神を崇拝することで、自然を間接的にコントロールしたい。 アニミズムにはおそらく真理という観念はない。多数の神々すなわち自然は、自分勝手に好きなことをして、 人間を楽しませたり、困らせたり、殺したりする。人間もまた神々のネットワークの一部であり、死ねば神々と 同化する。 それに対し自然の上に立つ神では、神の行いと考えが自然現象を決定するわけだから、すなわち、これが真理

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国語 中学生

定期考査の直しで、答えはイなんですけど、なぜいいになるかわかりますか? 急いでます。本当にお願いします

狩猟採集民は、自然の造った動物や植物のおこぼれにあずかって生きている人々である。自然を意のままに制 はな 御するとか、征服しようとかの考えは最初から考慮の外にある。自然は圧倒的に強く、畏怖する以外に仕方のな い対象である。人間より圧倒的に強く、畏怖する対象を神と呼ぶならば、自然物にはすべて神が宿っている。従 ってアニミズムは必然的に多神教的になる。 狩猟採集民が、自然の意味づけをアニミズム的なやり方で行ったのは、けだし当然であろう。 そこでは自我も また、自然の中の神々とつながっており、死後の自我の平安と永続性は、このような自然観の下で保証された。 もちろん、このような自然観は、個々人がそのつど考えたものではない。言語や自然観は、ある集団に人間が 生まれついた時から、すでに与えられたものとしてある。すなわち、文化と伝統である。強固な文化と伝統の下 では、人はわざわざ、自己とは何かなどと考える必要はない。 文化と伝統に従うのは、心安らかなことであり、人々はこの中で成長し、老い、心安らかに死んでゆく。 ②よ ほどのことがない限り、これを引っくり返すのは難しい。 現代人の自然観は科学技術文明に支配されている。科学技術の中心思想はコントロールである。人々はこの思 想を忠実に生きている。しかし不幸にもこの思想は、死後の自我の平穏も存在も保証しないので、人々は刹那的 に生きざるを得ないのかも知れない。私がいくら「科学は錯覚である」(私は一九九三年に宝島社から同名の本 を出版した)と言っても、さしあたってどうしようもないのである。 何が人々の自然観を変えるのか。 様々な要因を述べることができるだろうし、ある場合には無根拠に変わるの かも知れない。しかし、③技術の発明が少なくとも大きなきっかけになることはまちがいなさそうである。 狩猟採集民に起こった最初の重要な技術は、採集物の貯蔵技術である。貯蔵技術は定住をうながす。 大量の貯 蔵物を携帯して移動することは困難だからである。ひとたび定住すれば、食糧ばかりでなく、それ以外の財(狩 猟道具、衣服、装飾具)を保持することも容易になるため、持つ者と持たざる者の格差が発生する。 定住は不平 等を産み出すのである。たくさんの貯蔵食糧と財を所有すれば、当然これらを管理する必要が生ずる。ここに、 コントロールという思考が芽生える。 貯蔵技術の次に人間が発明したのは農耕技術である。農耕は自然との変革管理なしには行えない。 野原や森林 を切り拓いて、田や畑にする。田畑は放っておくと、原野に戻ろうとするから手入れをしなければならない。自 然のコントロールという思想は、ここに確かなものとなる。しかし、自然は簡単にコントロールできるものでは ない。洪水、ひでり、大地震。 これらは現在でも手に負えない。コントロールしたいが、コントロールできない 自然。農耕民は、自然をコントロールしたいという願望と、コントロール不能な自然とのギャップにはさまれ、 ⑨非定住狩猟採集民とは少し違った自然観をもつようになる。 定住・農耕は自然の上に立つ神の出現と関係があるように思う。関係があるというのは、もちろん、因果関係 があるという意味ではない。⑤定住・農耕は、自然の上に立つ神という考えを受け入れやすい精神状態を作った のではないかということである。 アニミズム的な考えでは、自然はそれ自体が神々であった。一方、自然の上に立つ神は、自然を創造し、自然 を制御する。 ⑥このような神は、自然に対する人々のコントロール願望の反映なのではないだろうか。自分たち が制御できない自然を神に託して、神を崇拝することで、自然を間接的にコントロールしたい。 アニミズムにはおそらく真理という観念はない。多数の神々すなわち自然は、自分勝手に好きなことをして、 同化する。 人間を楽しませたり、困らせたり、殺したりする。 人間もまた神々のネットワークの一部であり、死ねば神々と それに対し自然の上に立つ神では、神の行いと考えが自然現象を決定するわけだから、すなわち、これが真理

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漢文 高校生

漢文です。赤色の部分について教えてください 代名詞は「これ」とかですよね?活用語って例えばどんなものですか...?いまいちピンと来ません

マルチに使われる語・ なス 3 (5) (6) (2 ⑦ もつテ ため二 11 ニス なル 8 為な 11 つくル HE もつテなス 以為 おもヘラク 以為 なス ト T なス SIE トス 1 をさム HE T M いたら 書き下し文や訳の問題で頻繁に出てくる手強い伏兵だ。 用法の違いを見極めよう。 意味 為三名君 書 名君と為す。 訳 名君と思う。 ヘラク ナリト〇 至孝 オリト =以為、 至孝 書以て至孝なりと為す。 もつ しかう 以為へらく至孝なりと。 cinra. 最高の孝行だとみなす。 以此為賠償。 これもつ ばいしやう 此を以て賠償と為す。 これを賠償とみなす。 みち 遠い道 書道を遠しとす。 道を遠いと思う。 und ため ぬす 為子盗 ●子の為に盗む。) ~⑤共通 ~と思う・ ~とみなす ⑥⑦共通 ~のために (―)する 10 。 ニス No めいくん (+ とほ さいしやう と成る を行う ~を作る 書詩を為る。 訳詩を作る。 ⑩ ~を治める をさ 為郡 郡を為む。訳 郡を治める。 @E ~である わう 為王 王たり。王である。 ※表の他にも、受身「為~所(体)」→16・疑問詞「何為 →3などの重要句形に登場する。 くせ者の単語 な 餃子のために盗む。 ため ●子の為にす。 書宰相と為る。 小宰相になる。 書善政を為す。 訳 善政を行う。 THEY な な ven-E FTROSE 子のためにする。 6'b 「不能」と読む)。 ~⑤は、英語の「think」 「~」は内心の評価内 あたる。 ②③は同じ意。「以」は訳さない 「以」「謂 も同じ意。 「・・・を~と思う」と訳す。 ⑤ 「~と思う」の文脈で「為」が ない時は「〜」となる。 「~」 は名詞・形容詞。 「~」が代名詞・活用語なら、 送りがなとして「ガ」をつける。 「⑦は⑥の「―」の省略。 「~のため にする」なら「為~」、「~ のためである〕なら「為~」。 「~」は、成ったばかりの事柄 「~」は、行う内容。 ~一は、人が作るもの。 は、治業や修学の内容。 19 「~」は、主語の紹介内容。 1J ④4 3 76350 139

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