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世界史 高校生

世界史分かる方教えてください

(2)次の A・B におけるⅠ・Ⅱについて,それぞれ正しいか誤りかを 判断して、その組合せを下の①~④より選び記号で答えよ。 ① Ⅰ・Ⅱとも正② Iは正・Ⅱは誤③Iは誤・Ⅱは正 ④Ⅰ・Ⅱとも誤 【A】 ササン朝下の宗教・文化について I.ササン朝では,国教ゾロアスター教以外の活動は禁止されていた。 Ⅱ.法隆寺の獅子狩文錦は、ササン朝美術の影響を受けている。 【B】 フランク王国について I.メロヴィング朝のクローヴィスは、ゲルマン諸王のうちではじめて正統 派キリスト教に改宗し, カトリック教会の支持を得た。 Ⅱ.宮宰となったカロリング家のカール・マルテルは, 732年にウマイヤ朝 (2) (4) (5) ⑤ A B の軍勢をトゥール・ポワティエ間の戦いでやぶった後に、メロヴィング朝の王を廃してカロリング朝をひらいた。 (3)次の文章の空欄 ①・② に当てはまる語句の正しい組み合わせを、下のア~エからひとつ選び記号で答えよ。 「カトリックとは ( ① )という意味で、 教皇の権威を認める教会の集合を ( ② )という。」 ア) ①普遍的・②正教会 ウ) ①限定的・②正教会 イ) ①普遍的・② ローマ・カトリック教会 エ) ①限定的・②ローマ・カトリック教会 (4) 次の文章の空欄に当てはまる最も適当なものを、下のア~エから一つ選び記号で答えなさい。 「アッバース朝がイスラーム帝国とよばれるのは,( )からである。」 ア) イスラーム改宗を勧めた イ) ムスリムの平等を確立した ウ) 首都バグダードが国際都市として繁栄した エ) 西アジアの総人口のうちムスリムが多数を占めた (5)イスラーム世界に関する次のア~エのうち、誤っているものを一つ選び記号で答えなさい。 ア) ムハンマドは、唯一神アッラーへの信仰を説くイスラームを広めた。 イ) 622 年, ムハンマドはメディナへ亡命し、ヒジュラと呼ばれるムスリム共同体を成立させた。 ウ) ウマイヤ朝では、 異民族から地租 (ハラージュ) と人頭税 (ジズヤ) が徴収された。 エ) アッバース朝は第5代ハールーン・アッラシードの時代に、 繁栄の絶頂を迎えた。

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現代文 高校生

高校一年生 現代文 「ふしぎと人生」について 十二段落の[〜自分の気持ちもそこに込められているのではなかろうか]のところの「その」とは何を指しているのか 十六段落の〔〜存在全体に関わるものとして、〜〕というところで、神話が「存在全体に関わる」のはなぜか この二つを教え... 続きを読む

75 ふしぎと人生 に表す ふしぎと人生 はやお 河合隼雄 人間は毎日生活している間に、「あれ、ふしぎだな。」と思うときがある。それにも大 学びの位置 心から消せなそ、詳しく 調べたり考えたりすること 小さまざまがあり、ふしぎだと思いつつすぐ心から消えてしまうのと、あくまでそのふし生活の中の「ふしぎ」なことを しぎさを追究していきたくなるのと、相当に程度の差がある。 ②「ふしぎ」の反対は「当たり前」である。大人はだいたい「当たり前」の世界に生き ている。ところが、それを「当たり前」と思わない人がいる。 5 1 万有引力 質量を持つ すべての物体の間に働 く、引き合う力。 Newton (一六四~一七七)。 優などイギリスの数学者・物 考えて りんごが木から落ちるのを見て、「ふしぎだな。」と思った人がいる。この人はそれだ「ふしぎ」ニュートン けではなく、その「ふしぎ」を追究していって、最後は「万有引力の法則」などという 大変なことを見つけ出した。りんごが木から落ちることは、それまで誰にとっても「当 たり前」のことだったのに、ニュートンにとっては、それを「心に収める」のに大変な 努力が必要だった。そして、彼の努力は人類全体に対する大きい貢献として認められた。 p 「人間は必ず死ぬ。」 これも当たり前のことである。しかし、これを当たり前と思わず、 「人間はなぜ死ぬのか。」と考え続けた人がいる。釈迦牟尼は、それを心に収めるために、 3し 家族を捨て、財産も捨てて考え抜いた。彼の努力の結果、仏教という偉大な宗教が生まふしぎ」 れてきた。これも人類に対する偉大な貢献となった。 ⑤このように考えると、「ふしぎ」と人間が感じるのは実にすばらしいことだと思われ る。特にほかの人たちが「当たり前」と感じていることを「ふしぎ」と受けとめる人は、 なかなか偉大である、といえそうである。 ⑥子どもの世界は「ふしぎ」に満ちている。小さい子どもは「なぜ」を連発して、大人 に叱られたりする。しかし、大人にとって当たり前のことは、子どもにとってすべて「ふ しぎ」といっていいほどである。「雨はなぜ降るの。」「輝はなぜ鳴くの。」あるいは、少し手 が込んできて、飛行機は飛んで行くうちにだんだん小さくなっていくけど、中に乗ってい る人間はどうなるの、などというのもある。これらの「はてな」に対して、大人に答えを 聞いたり、自分なりに考えたりして、子どもは、自分の知識を蓄え、人生観を築いていく。 子どもの「ふしぎ」に対して、大人はときに簡単に答えられるけれど、一緒になって くなったりする。 「ふしぎだな。」とやっていると、自分の生活がそれまでより豊かになったり、おもしろ 子どもは「ふしぎ」と思うことに対して、大人から教えてもらうことによって知識を 吸収していくが、ときに自分なりに「ふしぎ」なことに対して自分なりの説明を考えつ 5 Isaac する理学者・天文学者。 ◆「心に収める」とは、(納得す どういうことか。心にする 前?~ 3 釈迦牟尼 前? 仏教の開祖。 本名はゴータマ・シッ ぶっだ ダールタ。仏陀・釈尊 などとも呼ばれる。 偉人はふしぎ」に収めることが できなかた 追求した ニュートンや赤 追求する努力 対する偉大な貢献をするかと ほかの人たちが「当た り前」と感じているこ とを「ふしぎ」と受け とめる人が、「偉大で ある」のはなぜか。 「う」と思うで、どう 大人に答えを開 の 若えたり自分なりに考えて 人生を築 き 追究貢献 人生観

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古文 高校生

棒線部イの設問はなぜそのような心地がしたのか40字以内で説明せよという問題で、解答は直前の内容の雨の中来て話し合いをしてくれたからという内容でした。ですがそれではふるさとびとのような心地にはならないと思います。なぜこのような回答になるのですか。私は主語の羅列の部分から伊勢神... 続きを読む

待 つ さんぐう しつら そうせき くわな 三次の文章は、室町時代の連歌師宗碩が京都から伊勢神宮を経て桑名(現在の三重県北部)に至る旅の道中を記した紀行文 「佐 みなと 野のわたり」の一節で、作者が大湊(現在の三重県伊勢市の一部)で船を出すために天候の回復を待っているところである。 読んで設問に答えよ。 ぐうじ かんぬし たる 二日ばかりありて、宮司大中臣基長、外宮第十神主常信、易憚禅門、二郎大夫光定、これかれ引き具して、樽などやうの物お あまま すべ ふるさとびと のおの携へて、雨間も見えぬ道の空、濡れ濡れ立ち寄られ侍り。さらさら故郷人の心地して、うち語りつつ侍るに、「いま一度 参宮申し侍りかし。さらば、ここかしこ残り多き会ども興行すべき」 よしあれど、今さらたち帰り参らんも、神慮さへ恥づか 口ふること しき心地して、「ただここながら、心しづかに」と申しとどめて、古言の本末など言ひ交はしつつ暮らし侍るに、雨いよいよ雲 間なければ、心細さもいやまさりゆくに、主の、あやにくに「発句一つ」とあれば、かつは思ひ立つ道の手向けにもと、 みなと 月や舟出だす夜さそふ湊風 ひと かやうに書き付け侍りしを、「さらば、これにて一折」など言ひて、百韻の連歌あり。 11. よこぢだち たうしよく 翌日は、おのおの立ち帰られしかば、名残恋しくながめ侍る折、内宮第四神主氏秀、横地館の当職うち連れて、雨もしとど にそぽちておはしたり。またこの人々の心ざしのほどなど言ひ言ひ、暮れかかるほどにひき別れぬ。さて、夜更くるまで物語な どしつつ、うち臥しぬる夢に老師宗祇存生の心地して会席に臨めるほどに侍りしが、その席、まことに玉を敷きたるやうに磨 き設ひたるに、発句・第三まで出で来ぬるやうに覚えて、四句目やらん、六句目やらん、この度奥州より上洛の人侍りし、その 人など申されしかの句に、 ちとせ もすそ 松は千歳の御裳濯の影 ホ たび と侍りし、「面に名所はいかが」など申すとおぼえて夢覚めぬ。 なほ久しく待つべきにやと思ひながら、かつは頼もしき心地し 侍りし。 おひて 神の助けはまことにあらたなることにて、その明け方より雲の気色かつがつ直りて、追手待ち侍るほどに、坂中務丞氏安、足 713 Jm wym 415m ひとたび -13-

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倫理 高校生

公共という科目でこちらを勉強したのですが、このアプリにその科目がないので、倫理のノートとして投稿したいのですが、内容的に倫理と合っていますでしょうか?

イスラエルの成り立ち ①国旗 。 中央にある星 ダビデの星 (インクの旗) ○上下の青の帯 タッリート(礼拝の時に男性が着る 9 白 ユダヤ人の清らかな心 ② イスラエルの位置など 0 ○地中海沿岸にある ・アジア、アフリカ、ヨーロッパの交差点 文明が変わる 四国と同じくらいの大きさ ○北部は山岳地帯、南部には砂漠、ヨルダン渓谷には 死海(塩分濃度が高い)がある ③イスラエルの歴史(古代~中世) BC2000年頃、イスラエルの地にカナン人が住み始め、 イスラエル王国とユダ王国が成立。旧約聖書に出てくる ソロモン王やダビデ王の時代は、古代イスラエルの黄金時代 しかし、BC586年、バビロニア帝国によって、ソロモン王の建設した 第一神殿破壊(ユダヤ教の中心的な存在)。またバビロン 捕囚で強制的にバビロンへ移住させられた。 その後…ユダヤ人はペルシャ帝国、ギリシャ帝国、ローマ帝国の支配を 受けながら、エルサレムに戻る。第二神殿建設 でも…BC70年、ローマ帝国が第二神殿を壊す →残った部分が嘆きの壁 ユダヤ人は世界中に離散 KOKUYO LOOSE-LEAF 816A 7mmu

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