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理科 中学生

(4)の簡単な解き方とかありますか??なかったら普通の解き方で大丈夫です!

N E 図1は,A~D地点の標高と位置関係を表している。 また, 図2は,A~C地 点でボーリング調査を行った結果をもとに地層の重なりを表したものである。この 地域の地層は,上下の逆転やずれはなく,各層は平行に重なっており、ある一定の 方向に傾いている。また,それぞれの地層には、化石は見られなかった。 図 1 地形図 ABラインは図2 -100m- 90m- B 火山灰 の 火山が噴② 1 ②たときの噴火(1) いが分かるから 35 90m 高さをかいちゃう! 10-15=55 31の 泥の層 70-1060 火山灰の層 れきの層 ° ° ° m 砂の層 (3) 10mから15m 60 [(4) 南 Yom 100m 'A B 地表からの深さ m tex Y 1080 190 600 20-70 80 50 3060- 。。 。 ° OX [m] 40-50- ° •FRe- ° -6-0 ° ° C ° ° 400 330- ° 40 50 50 55 5 -80m- 70m- .60m、 250ml 東 10mあげたらいっしょ! (1) 図2からわかるように、調査の結果,砂の層きの層火山灰の層,泥の 層の4つの層が見られた。 ① 4つの層のうち, 鍵層として利用できるのはどの層か。 ② ①のように考えられる理由を簡単に書きなさい。 (2) B地点で, れきの層の上部は,地表からの深さが何mのところにあるか。 (3) C地点で,火山灰の層は、標高何m から何mの間にあるか。 (4)この地域の地層は,北、南東,西のうち、どの方位に向かって低くなってい るか。 西4 Aとくと比べる (5) 図2のX~Zの各層を,堆積した順に並べなさい。 (6) D地点でボーリング調査をすると, 火山灰の層はどこにあるか。 解答欄の図 に斜線で示しなさい。 (6) → Z → 10 地表からの深さ m 20 深 30 [m〕 40- 50 (3

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理科 中学生

理科の地震の問題です (3)の求め方を教えてください

地震のゆれの伝わり方②(群馬改) 表は,ある地震について,標高の同地点 P波が到着した時刻 S波が到着した時刻 A 15時27分34秒 15時27分40秒 B 15時27分26秒 15時27分28秒 じ3つの地点A,B,Cで観測された P波が到着した時刻とS波が到着した 時刻をまとめたもので,図1は,表中 C 15時27分30秒 15時27分34秒 の3つの地点A,B,Cの位置を示している。 ただし, P波, S波はそれぞ れつねに一定の速さで地中を伝わるものとし、この地震の震源の深さは, ご く浅いものとする。 次の文は, 表からわかることについて話しているときの 花子さんと太郎さんの会話である。 図 1 地点B 図2 花子:表から, 3つの地点A, B, Cの初期微動継続時間を計算して,P 波が到着した時刻との関係について、 図2のグラフに表してみたよ。 が 太郎: 3つの点をつなぐと直線になっているね。 P波が到着した時刻 イ 15時 27分 40秒 15時 27分 30秒 花子: そうなんだ。 P波とS波は, 震源で( 発生しているはずだか ら、3つの点を結んだ直線を用いて,この地震の発生時刻を求めら れるのではないかと考えているんだ。 15時 27分 太郎:なるほど。やってみよう。そのほかにも, わかることがあるかな。 (1) この地震の震央の位置を,図1のア~エから1つ選びなさい。 20秒 0 (2)会話文の( にあてはまる, P波とS波など地震の波が発生するようすを表す語 (3)下線部について,この地震の発生時刻は何時何分何秒か。→ヒント」 (4) ある地点し,「彼が15時27分42秒に到着したとき, S波が到着するのは何時何分

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理科 中学生

(6)の答えが何故これになるかが分かりません。 赤の斜線が答えです。

図1 地形図 ABラインは図2 40m 図1は,A~D地点の標高と位置関係を表している。また,図2は,A~C地 点でボーリング調査を行った結果をもとに地層の重なりを表したものである。この 地域の地層は,上下の逆転やずれはなく,各層は平行に重なっており、ある一定の 方向に傾いている。 また, それぞれの地層には、化石は見られなかった。 15X2 E 火山灰 の 火山が噴火 (1) ② 5点x 100m 90m 100m- 0 B' A 高さをかいちゃう! 10-15= 31のP -90m B 80m- 70ml C 60m_ 50m 地表からの深さ m tex ②たときの噴火の YO 1080 Z: 泥の層 70-10=60 (1) 100 60. 20-70 551 火山灰の層 いが分かるから 80 -50 (2) 30.60- 。 。。 FRO ° 。。 °° 140 ○ れきの層 6277 35 [m〕 40-50 I 。 (3) O O 60 ° 330- 50 ° 砂の層 55 40 ° 60 。 o o (3) 10mから15 (4) 50 10mあげたらいっしょ! (1) 図2からわかるように、調査の結果,砂の層れきの層火山灰層,泥の 層の4つの層が見られた。 ① 4つの層のうち, 鍵層として利用できるのはどの層か。 ② ①のように考えられる理由を簡単に書きなさい。 Q (2) B地点で,きの層の上部は,地表からの深さが何mのところにあるか。 (3)C地点で,火山灰の層は、標高何mから何mの間にあるか。 (4)この地域の地層は,北,南, 東,西のうち,どの方位に向かって低くなってい るか。 (5) 図2のX~Zの各層を, 堆積した順に並べなさい 4 Aとくと比べる D地点でボーリング調査をすると, 火山灰の層はどこにあるか。 解答欄の図 に斜線で示しなさい。 (4) 南 (5) X - 2 3 (6) 地 10 [m〕 40- 地表からの深さ m 20 30 8888 o (1) (2

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日本史 高校生

これらのページの答えを教えてください。できればこのワークの全ての答えの写真をください。

第 章 日本文化のあけぼの 2 おもな打製石器 打製石斧、 おもに木製棒の先端に取り付けて狩猟用の石槍に 使用したナイフ形石器や尖頭器、 旧石器時代の末には (3)が広まる Y Point 中国東北部やシベリアでは、 日本に先がけて細石器の著しい発達がみら 3 1 文化の始まり 5 日本列島と日本人 p.6~ 1 人類の誕生 (1) 人類誕生 (約700万年前) 猿人(アウストラロピテクスなど)→人→旧人(ネアンデルタール人など) →新人(ホモサピエンス) と変遷 Point 現代人は新人に属す。 (2) 使用道具による時代区分 (1)のみの使用を旧石器時代、 ( 2 )が加わる時代を新石器時代と 呼称 世界史では、石器時代以降→青銅器時代→鉄器時代と続く (3) 地質学の新生代第四紀を約1万年前で区分、氷河時代に当たり氷期と簡 氷期が繰り返された ( 3 )と、それ(最終氷期)以後を( 4 )と呼称 2 日本列島への渡来 こうしんせい (1) 更新世の氷期、 大幅に海面下降し一時大陸と陸続き →ナウマンゾウ等が日本列島に渡来 (2) 最終氷期にほぼ大陸と陸続き →日本列島に人類が渡来 (推定=約3万8000年前) (3) 日本列島における更新世の化石人骨の発見 またじん みなとがわじん やましたちょう どうじん しら 静岡県の浜北人 ( 5 )県の港川人 山下町第一洞人 白保竿根田原 a どうじん 洞人など あかし かんしんせい b 上記はすべて「新人」 段階 *兵庫県 「明石人」は更新世 or 完新世で諸説 じょうもん (4) 日本人の原型=アジア大陸の人々の子孫→ 縄文人+弥生時代以降の渡来人 との混血(縄文人の遺伝子→アイヌの人々や沖縄など南西諸島の人々に強く継 承) ( Point 縄文人の遺伝子を強く継承した人々が、 日本列島の北と南(北海道と南 西諸島)に多く認められる点と、その後の弥生文化の列島での広がりと の関連性に注目。 旧石器人の生活 p.8~ 1 列島と旧石器時代 あいざわただひ しらた (1) 1949年、 相沢忠洋が群馬県 ( 1 ) ( 2 ) (更新世の地層)から打製石 器を発見以後、各地で更新世の地層から石器の発見があいつぐ (北海道白滝、 長野県野尻湖など) (2) 人々は大型動物を追って移動、 洞穴やテント式小屋を住まいに狩猟採集の 生活 れる。 縄文文化の成立 p.8~ 1 自然環境の変化 (1) 約1万年余り前、 氷期が終了して気候が温暖化、 地質学では更新世から (1)へ: 海面上昇し、 現在の日本列島がほぼ成立→縄文文化へ しょうとうじゃりん a 植生が変化して東日本で落葉広葉樹林、 西日本で 照葉樹林広がる →木の実の採集や根菜類の食料化 b 大型動物が絶滅→動きの速いシカイノシシなど、 中 小動物が狩猟対象に (2) 縄文文化のおもな特徴 b 打製石器に加え、 ( 3 ) が出現 a おもに食料を煮るための(2)が出現 C 俊敏な中小動物を狩るための(4)が出現 そうそう 2 縄文土器 草創期の土器は、世界最古の土器の1つ (1) 縄文時代を土器変化で区分: 草創期→早期→前期 中期 後期 晩期 (2) 特徴: 低温で焼かれた厚手で黒褐色の土器 つめがた (3)文様 草創期の無文 隆起線文 爪形文からしだいに細目の文様が増加 (4) 形状: 中期に火炎土器、 後期には多様化、 晩期には東日 本一帯で精巧な亀ヶ岡式土器が出現。 逆に西日本 では器種が減少へ * 年代測定には、放射性炭素14年代法や年輪年代法など 縄文人の生活と信仰 p.9~ 亀ヶ岡式土器 1 植物性食料の採集→管理、増殖、 栽培へ (1) 木の実 根菜類の採集、 ダイズなどマメ類、 エゴマなどの栽培 (2) 土掘り用や食料加工用の打製石器、 磨製石器が出現 (打製石器との併用) いしぐわ いしざら けいと せ →打製石斧 (石鍬) 石皿、 磨石、石匙 (=動物の皮なめし用)など すとう (3) 縄文晩期に水稲農耕の可能性を示唆 佐賀県菜畑遺跡や福岡県板付遺跡など ぎょう 2 狩猟漁労による動物性食料の確保 (1) 狩猟:イヌを狩りにともない、(1)(先に 鉄)や槍でニホンシカイノシシなどを捕獲 からかいふわらかんのんとう J Point 千葉県の加曽利貝塚や藤原観音堂貝塚など各 地でイヌを丁寧に埋葬した例が発見され、 イ ヌを狩りの重要なパートナーとしていたこと が推察される。 イヌの埋葬 (藤原観音堂貝塚) 6 第1章 日本文化のあけぼの 3 2 3 1 文化の始まり

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