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日本史 高校生

どうして3番はダメなのですか? 2-3層目に縄文土器がでているから、縄文時代になるのでは無いのですか? 回答には4層目より下の層が旧石器時代と考えられているから誤りとあるのですが、下が旧石器時代なのだとしたら4層目に磨製石器とかが出てきても良くないですか? 教科書にも... 続きを読む

問2 下線部 (ア) に関して, 次の表は発掘調査の結果判明した15の層からそれぞれ出し 容に関して述べた文として最も適当なものを,後の1~4のうちから一つ選び, 番号で 遺物の特徴の一部をまとめたものである。この表の読み取りを踏まえて考えられる内 答えよ。 表 地層 仕方 地層 特徴 2~3層 縄文土器と細石刃が同じ層から出土橋 4層 この地層よりも下の地層からは土器はなく, 石器のみが出土 7~9層 上下の層とは全く異なる石器が出土 9~12層 巨大落石の跡が出土しており、地形が大きく変化していた 13層 13層 炉跡や石敷が出土 炉跡や石敷が出土 最も古い地層で、 安山岩製の石器のほか、 黒曜石の剥片が出土 15層 表は層ごとの特徴をまとめたもので、実際の地層は複雑に入り組んでいる 旧石器時代には、黒曜石を原材料とする石器はまだ製作されていなかったと考えら 中れている。 市 の名 2 この洞窟では9~12層の間の時期に大きな落石があり、何らかの環境変化が起 こった可能性があると考えられている この洞窟では7~9層の間で全く異なる石器が出土しており、この時期に縄文時代 が始まったと考えられている。 4 縄文時代には,細石刃を木などに埋め込んだ細石器は使用されなくなったと考えら れている。

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数学 高校生

(2)で、この黄色マーカーを引いているところがわかりません。 なぜ0≦x<1のときと3<x≦4のときが2f(x)になるんですか? あとマーカーを引いたところの式の意味がわかりません。 お願いします。

重要 例題 71 定義域によって式が異なる関数 関数 f(x) (0≦x≦4) を右のように定義すると 次の関数のグラフをかけ。 (1) y=f(x) (2) y=f(f(x)) 2x (0≦x<2) f(x)= 8-2x (2≦x≦4) 123 指針 定義域によって式が変わる関数では、変わる境目のxyの値に着目。 (2) f(f(x)) f(x)のxf(x) を代入した式で, 0≦f(x)<2のとき 2f(x), f(x)のとき 8-2f(x) (1)のグラフにおいて, f(x)<2となるxの範囲と, 2≦f(x) ≦4となるxの範囲 を見極めて場合分けをする。 (1) グラフは図 (1) のようになる。 3章 関数とグラフ 解答 (2)f(f(x))={ 2f(x) (0≤f(x)<2) よって, (1) のグラフから 8-2f(x) (2≤f(x)≤4)0 0≦x<1のとき f(f(x))=2f(x)=2+2x=4x f(f(x))=8-2f(x)=8-28-2x) =4x-8 f(f(x))=2f(x)=2(8-2x) 1≦x<2のとき f(f(x))=8-2f(x)=8-2・2x =8-4x (p+d 2≦x≦3のとき 3<x≦4のとき =16-4x よって, グラフは図 (2) のようになる。 (1) (2) ya YA 4 4 2 変域ごとにグラフをかく。 (1) のグラフから,f(x) 変 0≦x<1のとき 0≤f(x)<2 1≦x≦3のとき 2≤f(x)≤4 3<x≦4のとき 0≤f(x)<2 また, 1≦x≦のとき, f(x) D 1≦x<2なら f(x)=2x 2≦x≦3なら f(x)=8-2x のように2を境にして 式が異なるため, (2) は左 の解答のような合計4通 りの場合分けが必要に なってくる。 1 O 1 2 3 4 x 01 2 3 4 x 参考(2)のグラフは,式の意味を考える方法でかくこともできる。 [1]f(x) が2未満なら2倍する。 [2]f(x) 2以上4以下なら, 8から2倍を引く。 [右の図で、黒の太線細線部分がy=f(x), 赤の実線部分が y=f(f(x)) のグラフである。] なお,f(f(x)) f(x) f(x) の 合成関数といい, (fof) (x) と書く (詳しくは数学Ⅲで学ぶ)。 8から2倍を 引く 4 2 0 4 x 2倍する

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世界史 高校生

( )で空いている所の答えを教えてほしいです

・儒家 (周代の封建秩序を理想とする) [1. こうし j: 魯の出身 家族的な愛 (孝と悌) を実践し、 [2] (人倫的な愛)を実現する[3.徳治]主義 人間にとって一番大切なのは心だよ。 人を愛することが仁なんだ。 自分がされて嫌なことは人にしたらだめなんだよ。 14. 孟子 ]: [5. 性善 もうし ]説・・・仁義による政治→王道政治 人はもともと善の性質を持っているんだ。 それが外的要因によって本性を失わないように 守り育てるために教育は必要なんだよ。 [11. ]革命: 天命が革まることで姓がる→王朝交替 禅譲 (平和的な王位交替) ←孟子の推し 放伐 (武力による王位交替) [6.荀子 ]:[7. 性悪説…礼を重視→法治主義 ○儒教の経典 人はもともと悪の性質を持っているんだ。 礼義によって本性を正さないと人格は完成しない。 だから教育が必要なんだ。 五経 : 易経 書経・詩経・ [8. 四書: [9. ]・礼記 詩集:詩経・[10. ]孟子・大学・中庸 ] ↓荀子の説を発展 ・法家 (儒家の礼にかわり、法を重視) [12. ] 秦の孝公に仕える 法による信賞必罰 [13.. ]: 荀子の弟子 『韓非子』法思想を大成 [14. ] : 始皇帝に仕える焚書・坑儒 ・墨家 (儒家の思想と対立) [15. 星 1:16 兼 ] (無差別の愛) 交利(相互扶助) [17. 非政] (国家間の戦争禁止) 孔子は家族愛って言うけどそれは差別だよ。 別愛こそ天下の害をもたらすんだ。 みんなのことを愛していたら争いは起こらないんだ。 自衛は別だけどね。 ・道家 (儒家と墨家の思想と対立) 老子: [18. 欠けているから完全になる、 空だから満ちる。 これが自然の法則なんだ。 この法則に従い、 その動きを利用することで人為をなくすことが できるんだよ。

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国語 中学生

最後の7を教えてください。出来れば解説して欲しいです

五、次の文章を読んであとの問いに答えなさい。 字数の指示のある解答は、句読点や符合も一字として数えなさい。 せっつ はんごく しゅ とうかんえいきん さっとう まつやましんすけ さむらいだいしょうなかむら しんべえ できない さんげんえ たいこう ほこさき やりなかむら さきが しょうじょうひ お 【思判・表】 摂津国の主であった松山新介の侍大将 中村新兵衛は、五畿内中国に聞こえた大豪の士であった。 その頃、畿内を分領していた筒井、松永、荒木、和田、別所など大名小名の手の者で、「槍中村」を知らぬ者は、恐ら く一人もなかっただろう。それほど、新兵衛はそのしごき出す三間柄の大身の槍の矛先で、先駆けしんがりの功名を重ね ていた。そのうえ、彼の武者姿は戦場において、水際立った華やかさを示していた。火のような猩々緋の羽織を着て、 唐冠纓金のかぶとをかぶった彼の姿は、敵味方の間に、輝くばかりの鮮やかさを持っていた。 「ああ猩々緋よ唐冠よ。」と敵の雑兵は、新兵衛の槍先を避けた。味方が崩れ立ったとき、激浪の中に立ついわおのよう に敵勢を支えている猩々緋の姿は、どれほど味方にとって頼もしいものであったか分からなかった。また嵐のように敵陣 に殺到するとき、その先登に輝いている唐冠のかぶとは、敵にとってどれほどの脅威であるか分からなかった。 せんとう ぞうひょう げんぶく きょうい ①げきろう しんらい こうして槍中村の猩々緋と唐冠のかぶとは、戦場の華であり敵に対する脅威であり味方にとっては信頼の的であった。 「新兵衛殿、折り入ってお願いがある。」と、元服してからまだ間もないらしい美男の侍は、新兵衛の前に手をついた。 「何事じゃ、そなたと我らの間に、さような辞儀はいらぬぞ。望みというを、はよう言ってみい。」と育むような慈顔を もって、新兵衛は相手を見た。 じん きじん そばはら もりやく いつく その若い侍は、新兵衛の主君松山新介の側腹の子であった。そして、幼少の頃から、新兵衛が守役として、我が子のよ うに慈しみ育ててきたのであった。 ういじん てがら おみ 「ほかのことでもおりない。明日は我らの初陣じゃほどに、なんぞ華々しい手柄をしてみたい。ついては御身様の猩々緋 と唐冠のかぶとを貸してたもらぬか。あの羽織とかぶととを着て、敵の目を驚かしてみとうござる。」 だま むじゃき 「ハハハハ。念もないことじゃ。」 新兵衛は高らかに笑った。新兵衛は、相手の子供らしい無邪気な功名心を快く受け入 れることができた。 「が、申しておく、あの羽織やかぶとは、申さば中村新兵衛の形じゃわ。 そなたが、あの品々を身に着けるうえからは、 我らほどの肝魂を持たいではかなわぬことぞ。」と言いながら、新兵衛はまた高らかに笑った。 やまと じゅんけい しりめ その明くる日、摂津平野の一角で、松山勢は、大和の筒井順慶の兵としのぎを削った。戦いが始まる前、いつものよ うに猩々緋の武者が唐冠のかぶとを朝日に輝かしながら、敵勢を尻目にかけて、大きく輪乗りをしたかと思うと、駒の頭 を立て直して、一気に敵陣に乗り入った。 ゆうゆう 吹き分けられるように、敵陣の一角が乱れたところを、猩々緋の武者は槍をつけたかと思うと、早くも三、四人の端 武者を、突き伏せて、また悠々と味方の陣へ引き返した。 くろかわおどし なんばんてつ びしょう その日に限って、黒革滅の鎧を着て、南蛮鉄のかぶとをかぶっていた中村新兵衛は、会心の微笑を含みながら、猩々 緋の武者の華々しい武者ぶりを眺めていた。そして自分の形だけすらこれほどの力を持っているということに、かなり大 こま はした

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