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国語 中学生

大門1を教えてください🙇‍♀️

次の文章を読んで、下の問いに答えなさい。 読む力をのばそう 思・・表 イースター島のこのような運命は、私たちにも 無縁なことではない。 日本列島において文明が長く繁栄してきた背景 にも、国土の七十パーセント近くが森で覆われて いるということが深く関わっている。日本列島だ けではない。地球そのものが、森によって支えら れているという面もある。森林は、文明を守る生 命線なのである。 現代の私たちは、地球始まって以来の異常な人 口爆発の中で生きている。一九五〇年代に二十五 億足らずだった地球の人口は、半世紀もたたない うちに、その二倍の五十億を突破してしまった。 イースター島の急激な人口の増加は、百年に二倍 の割合であったから、いかに現代という時代が異 常な時代であるかが理解できよう。 このまま人口の増加が続いていけば、二〇三〇 年には八十億を軽く突破し、二〇五〇年には九十 億を超えるだろうと予測される。しかし、地球の 農耕地はどれほど耕しても二十一億ヘクタールが 限界である。そして、二十一億ヘクタールの農耕 地で生活できる地球の人口は、 八十億がぎりぎりである。食 料生産に関しての革命的な技 術革新がないかぎり、地球の 人口が八十億を超えたとき、 食料不足や資源の不足が恒常 化する危険性は大きい。 …4 絶海の孤島のイースター島 では、森林資源が枯渇し、島 こかつ の住民が飢餓に直面したとき、どこからも食料を 運んでくることができなかった。地球も同じであ る。広大な宇宙という漆黒の海にぽっかりと浮か ぶ青い生命の島、地球。 その森を破壊し尽くした とき、その先に待っているのはイースター島と同 じ飢餓地獄である。とするならば、私たちは、今 あるこの有限の資源をできるだけ効率よく、長期 にわたって利用する方策を考えなければならない。 それが、人類の生き延びる道なのである。 ...5 かずよしのり (安田喜憲「モアイは語る」より) .. ...2 w... A B 字数指定のあるものは、 句読点や記号も一字と数えなさい。 ①「イースター島のこのような運命」について触れて いる一文を、2段落以降の文章中から探し、その文の初 めの五字を書きなさい。 2回段落の要点となる文を一つ選び、その文の初めの五 字を書きなさい。 10 3 ②「いかに現代という時代が異常な時代であるか」と あるが、何がどうである点が「異常」なのか。 次の空 欄にあてはまる語句を、五字と二字で書き抜きなさい。 4 ③「十一億ヘクタール・・・・・・ ぎりぎりである。」とあるが、 1 この文はどんなことを表しているか。 次 から一つ選びなさい。 ア農耕地をさらに広げることが大事である。 イ人口の増加をおさえることが大事である。 ウ 二〇三〇年以降は確実に食料不足となる。 エ 二〇五〇年までは現状のままで問題ない。 (筆者は、地球の人口が八十億を超えると、何が起こ ると考えているか。 十字で書き抜きなさい。 5④「地球も同じである。」とは、A何と、Bどんな点で、 地球も同じだというのか。 記述式トレーニング 上の文章で筆者は、人類が生き延びるためにはどんな ことをしなければならないと述べているか。 ⑤段落の内 容を参考にして、三十字以内で書きなさい。 である点。 という点 と1 20 10 10 10 2

未解決 回答数: 1
現代文 高校生

この問題を教えて欲しいです

問題文をよく読むこと。 *句読点、「」は一字として数えます。 【1】 ないでしょうか。 次の文章を読み、後の問いに答えなさい 時間は、物のように世界の中に直接観察できるわけではありません。 それにもかかわらず 「時間はある」と言いたくなるとすれば、それはどのよ うに「ある」のでしょうか。 私たちは、「時間がある」 とか 「時間がない」 という言い方を、日常の中でも用いています。その日常的用法をヒントにしてみましょう。 時間が「ある」とか「ない」とかいう言い方は、何を意味しているでしょうか。 「時間がない」とは、時間がどんどん過ぎ去ってゆき、いろいろな出来事に次々追われているときに出てくる言葉です。だから、時間は「まっ たく存在しない」わけではありません。時間は確かに流れており、しかもめまぐるしいほどの勢いで流れ去っています。 それにもかかわらず、そこ で出てくる言葉が、 「時間がない」 という言葉なのです。 ト 逆に、「時間がある」というのはどういう場合でしょうか。 それは、忙しく物事に追い立てられている状態とは反対に、何かをゆっくりと、じっ くりとやれる時間が目の前にあると感じるときでしょう。つまりそれは、「何を、どのくらいの時間をかけてやるのかを、自分でコントロールでき るとき」であると言えます。この場合、「時間」とはある程度の長さを持った、「余裕」や「X猶予」を意味しています。これ は 「まだ時間はたっぷりとある。」 バスや飛行機など、 乗り物の出発時刻まで、まだ十分に時間はある場合、私たちはそんなふうに言います。その逆 は、「もう時間がない。」と焦っている場合です。「もう時間がない。」と言う場合、自分の意志ではどうにもならない何かに迫られて、否応なく追 い立てられている感じがします。 その違いは、自分が、自分のコントロールのもとで、何かを自由に展開できるような広がりが感じられているかどうか、という点にあるのでは 「時間がある」「時間がない」というのは、自分の生の広がりを自分の意志でコントロールできるかどうかということ、③自分が「生きる」という ことの主体的なあり方に関係していることがわかります。 そこで「時間」は、ある種の「広がり」として意識されています。 「広がり」とは、何かができる「余裕」、言いかえれば何らかの活動が展開でき る「スペース」と言ってもよいでしょう。 しかし、 「スペース」とは英語で「空間」のことです。そうなると、ここでは「時間」がある種の「空間」 として意識されているということになります。にし もう一つ、日常における「時間」との関わり方を考えてみましょう。 「時を忘れる」という言い方があります。 「時が過ぎるのを忘れて、会話に熱中した。」とか、「あまりに面白い小説だったので、時を忘れて読み耽 った。」といった場合です。 つまり私たちは、何かに没頭しているとき、時間が過ぎるのを忘れてしまう、という経験をしばしばするようです。 そのような場合、私たちは「我を忘れる」とも言います。時間を忘れて何かに没頭しているとき、私たちは「私自身」をも忘れてしまいます。 やはり、「時間」と「私」とは深い関わりを持っているようです。事 先ほど、「時間がある」というのは、自分がコントロールできるような広がりが意識されていることだと言いました。この意味での時間、つまり 「空間化された時間」 と、「ある広がりの中で起こりうる様々な出来事を支配しコントロールしうる私」とは、深い関わりを持っています。 「空間化された時間」の中で、私たちはあくせくと立ち働いています。現代において、私たちはますますカレンダー的な時間とそれによって きざまれたスケジュールに支配されるようになっています。 これは時間がますます空間化された仕方でとらえられるようになっているという ことです。時間がますます空間化された仕方でとらえられるということは、自己の支配がますます拡大し、世界を 「私が支配しコントロールするも の」として思い描くようになることを意味しています。 時間に追われる現代社会は、自己のコントロールが無限に拡大する世界であると言えそ うです。 しかし、時間とは空間化された時間に尽きるのでしょうか。⑥「空間化された時間」とは異なる時間もあるのではないでしょうか。次に、そのよ うな時間が経験される可能性を探ってみたいと思います。 す。 すでに述べたように、「空間化された時間」は、自己のコントロールしうる空間でもあります。そうだとすると、「空間化された時間」から外に出 るとき、それは自己のコントロールしうる空間から外に出ることを意味するのではないでしょうか。 例えば、時間を忘れて小説に没頭しているとき、私は、私がすべてを支配するという生き方のモードを脱け出しています。むしろ私は、小説の中 に展開される世界に、自己の支配を委ねています。 その小説が操るがままに、その世界に私自身を委ねているのです。もちろん、私が私であるとい う意識がまったく失われるわけではないですが、私の生のモードは、「自己と自己の行為を私自身がコントロールし、そこで展開される一切を自己 が支配する」というモードではありません。私は、心地よく小説の世界に身を委ねているのです。同じことが、様々な趣味への没頭にあてはまり ます。 またそのようなとき、時間が完全に止まっているように感じられる、というわけでもありません。例えば、会話に没頭して時間を忘れる体験を例 にとりましょう。会話に熱中しているとき、会話はどんどん進み、話題は尽きることがありません。会話が進み、その内容が豊かに展開していると き、当然この「進んでいること」「展開していること」の意識を私たちは持っています。 このような意味での「時間」は、忘れられていません。 一 切は止まっているどころか、極めて生き生きと動いています。この「生き生きと動いていること」も、ある種の「時間」の性格を持っているのでは ないでしょうか。 ⑥このとき、直線的なカレンダーの時間はすっかり忘れられています。 しかし他方で、私たちは眼の前で現に展開される極めて生き生きとした活 動に参加し、その豊かな動きを経験しているのです。 では、生きた時間とはどのような時間でしょうか。 少し考えてみましょう。 生き生きと動いている時間は、カレンダー的な時間の中にはありません。 カレンダー的な時間においては、過去も、現在も、未来も、同じ平面に 並んでいます。これはまさに、空間化された時間です。 カレンダーだけを見ていても、どこが現在なのかは見えてきません。どれも同じような数字が並んでいるだけです。 どの日も現在でありうるし、 過去でも未来でもありえます。 これに対し、生きて動いている時間においては、過去は現在ではないということははっきりしていますし、現在は過去ではないということ もはっきりしています。また、現在は未来ではない、未来は現在ではないということも明白です。過去はもちろん未来ではないし、未来も過 去ではありません。このように、生きて動いている時間においては、過去・現在・未来はまったく異質なのであり、同じ平面上に平等に並べ マルリッ。 六

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国語 中学生

(1)の⑤がなぜそうなるのか分かりません。教えてください!

文章で力だめし 猫がだんだ んやせてきた。 いっこうに子 供と遊ぶ気色 がない。日が 当たると縁側 に寝ている。 前足をそろえ た上に、四角な顎をのせて、じっ と庭の植え込みを眺めたまま、い つまでも動く様子が見えない。子 供がいくらそのそばで騒いでも、 知らぬ顔をしている。 子供のほう でも、初めから相手にしなくなっ た。この猫はとても遊び仲間にで きないと言わんばかりに、旧友を 他人扱いにしている。子供のみで はない、手伝いに来ている女はた だ三度の飯を、台所の隅に置いて やるだけでそのほかには、ほとん どかまいつけなかった。 女 なつめ そうせき (夏目漱石「猫の墓」より) (3) 1 ―線 ①~⑥は、全て言い切りが「な い」という形の語です。 これらをA= 助動詞、B=形容詞、C=補助形容詞 に分け、記号で答えなさい。 ④ ① B ⑤ ② ⑥ ③③直前の「し」はサ変の「する」。「せぬ」と言いかえ よう。「ある」「ない」 を表しているわけではないよ。 ―線の「で」と同じ意味・用法の 「で」を、次から一つ選びなさい。 ア 人前で芸を披露する。 イ高価で手が出ない品物だ。 ウお店は十時で終わる。 エ母が喜んでいた。 【ア】 一線⑥の「この」と同じ品詞の語を、 次から一つ選びなさい。 ア 小さい音で音楽を聴く。 イ それは大きな誤解です。 こうなると思っていた。 あれが私の家です。【イ】 「この」は活用しないね。 また、 「猫」と いう体を修飾しているよ。 ②=場所を表す格助詞。 イ形容動詞 の活用語尾、ウ時間を表す格助詞、工接続 助詞「て」が濁ったもの。3=6連体詞。 ア形容詞、ウ副詞、工名詞。 1下⑩~1「そんな彼が・・・・・・気がした」とありますが、 筆者はなぜ、フランシスコがヘスースに引かれた気持ちがわ A

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