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化学 高校生

化学の平衡の問題です。解き方がまったくもってわからないので教えて欲しいです!!

模試対策 ⑩ 平衡>美永 311 次のA~Cの文を読み, 問 1~7に答えよ。 答の数値は四捨五入により有効数字2桁で記せ。 ただし, 気 体は理想気体として扱うことができ, 固体触媒の体積は無視できるものとする。 また, 必要があれば次の 数値を用いよ。 気体定数R=8.3×10² Pa・L/(K mol) √2=1.41 A メタノール CH3OH は、 低公害自動車用の燃料や水素一酸素燃料電池の水素供給源などとして広く 利用されており、工業的には, 一酸化炭素と水素に固体触媒(CuO/ZnO/Alz0s) の存在下、約 520K, 約 1.0×107Paの条件下で製造されている。 以下では, ① 式以外の反応は考えないものとする。 CO (気) +2H2 (気) CH3OH (気) 問1① 式の反応に関する次の(ア)~ (オ) の記述のうちから、正しいものを二つ選びその記号を記せ。 (ア) 平衡状態においては、正反応と逆反応の反応速度は等しい。 (イ) 平衡状態においては,正反応と逆反応はどちらも起こっていない。 (ウ) 平衡状態において,物質量比は常に CO:H2CH3OH=1:2:1となる。 (エ) 触媒を加えると、正反応の反応熱は小さくなる。 (オ) 触媒を加えると、正反応と逆反応の活性化エネルギーはともに小さくなる。 問2 ① 式の平衡定数Kを平衡状態における各成分のモル濃度 [CO]、 [H2] [CH3OH] を用いて表せ。 B体積可変の反応容器に CO 1.0 mol と H2 2.0 mol を入れ, 固体触媒を加えたのち, 温度を520K, 圧 力を 2.60 × 106 Paに保ったところ、 ①式の平衡状態(状態Ⅰ) になった。 このとき気体の体積は 3.32L であった。 状態 Ⅰ から,温度を520 K に保ったまま圧縮して, ある体積に保 つと新たな平衡状態(状態II) になった。 問3 状態 Ⅰ において反応容器内に存在する気体の物質量は合計何 mol か。 Klom 00.0110 01.0 問4 温度 520 K における ① 式の平衡定数Kの値を単位とともに記せ。) 問5 状態 ⅡIⅠにおける CH3OH のモル濃度は状態Ⅰのときの 2.82 (=2√2) 倍であった。 状態ⅡIにおけるCO のモル濃度は何mol/L か。 は 問6 状態 ⅡIにおける気体の体積は何Lか。 体積可変の反応容器に CO 1.0mol と H22.0 mol を入れ, 温度を520K, 圧力を 2.60×10-Paに保ったと き ①式の反応によって生成するメタノールの物質量と反応時間との関係を表すグラフは図1のようにな った。なお, ①式の反応の熱化学方程式は次の②式で表される。 CO (気体) +2H2 (気体) = CH3OH (気体)+93 kJ ② 問7他の条件はそのままで, 下線部の条件を次の(1), (2) のように変化させた場合, 生成するメタノー ルの物質量と反応時間との関係を表すグラフの概形として最も適するものをそれぞれ一つずつ選 びその記号を記せ。 ただし, それぞれの図中の破線は, 下線部の条件で反応させた場合のグラフ (図 1) である。 (1) 圧力を 2.60 × 106 Pa よりも高くする。 メタノールの物質量 図1 反応時間

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数学 大学生・専門学校生・社会人

統計学検定3級の問題です 標本平均の標本分布とはなんですか? 解説の意味がわかりません 助けてください!

DE SAHN 問18 母平均 μ, 母分散をもつ母集団から,大きさn(≧2) の標本としてXi....,Xn を無作為抽出し,それらの標本平均X=-Xiを考える。 このとき, 標本平均の性 ni=1 質として、次の①~⑤のうちから最も適切なものを一つ選べ。 28 ① 標本平均は必ず母平均μ に近い値をとる。 ② 標本平均の標本分布の期待値は必ずμとなる。 ③ 標本平均の標本分布の分散は必ずとなる。 ④ 標本平均の標本分布は必ず正規分布になる。 標本平均の標本分布はnに依存しない。 問19 あるパン屋で製造されているあんパンの重さの平均μ (g) を調べるために, 10 個のあんパンの重さに基づき信頼度 (信頼係数) 95%の平均の信頼区間を求めるこ とにした。ただし,あんパンの重さは独立に平均 μ 標準偏差2の正規分布に従っ ていると仮定する。 このとき,次の I~ⅢIの記述を考えた。20000円 0002 I. 信頼度を95%から99% に変えると, 信頼区間の幅は狭くなる。 ため の II.重さを測るあんパンの個数を10個から50個に増やすと, 信頼区間の幅は狭 くなる。 comm Ⅲ. 見た目の小さいあんパンだけを10個集めると、必ず信頼区間の幅は狭くな る。 この記述 I~ⅢIに関して、次の①~⑤のうちから最も適切なものを一つ選べ。 29 ① Ⅰ のみ正しい ④ ⅠとⅡIのみ正しい Ⅱのみ正しい IとⅢのみ正しい ⅢIのみ正しい

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化学 高校生

丸が書いてあるところがわかりません! 誰か教えてください 急いでいます💦

Date 6. 図の装置を組み立て、外部電源から 0.10mol の電子を 流し、電気分解を行ったところ、電極の質量が2.56g 増 加した。 次の各問いに答えよ。 ただし、計算問題は有効数 字2桁とする。 (1) ア槽,イ槽, ウ槽で流れた電子は, それぞれ何mol か。 (2) 電極 A と電極 D で起こる反応をイオン反応式で答え また,それぞれの電極での気体の発生量のグラフを完 成させよ。 気体の体積は標準状態で換算する。 電極Dの気体の発生量 [mL] 500 400 300 200 100 0 100 200 300 1400 電極Aの気体の発生量 [mL] 500 6417,56 0.09 陽 (+) 47,0-477²180 TO TI 外部電源 直流電流計 田 C21+20 2,50 ア槽: CuSO水溶液 Jo e total wood イオン交換膜 IF 炭素 CD イ種: K-SO水溶液 ウ槽 NaCl水溶液 a.or-d 0.04mod Cu =0.04 0.020 0.0/0 210+20 Hist20- (3) 水酸化ナトリウムは, ウ槽の構造を利用して製造される。 ウ槽のようにイオン交換膜を用 いると水酸化ナトリウムを取り出せるが, 膜を用いないと取り出しにくくなる理由を簡潔に 説明せよ。 陽イオン交換膜 陰イオン交換膜 (+) ₁. (-) [F] 7. 右図のように交互に陽イオン交換膜と陰イオ ンの交換膜で仕切った電解槽に海水を入れ、その 両端に電極を挿入して電気分解する。 すると, 反 応が進むにつれてイオンが移動し、海水の濃縮液 と希釈液が交互に得られる。この電気透析法を用 い 濃縮海水から食塩が多量に製造されている。 今,A~Eの5つの室に 0.10mol/Lの塩化ナト リウム水溶液を1.0L ずつ入れ, 25℃で電気分解を行ったところ、陰極から標準状態で1.12L の気 体が発生した。 電極のTi は反応しないものとして次の問に答えよ。 Jay Shizo F炭素 陰極 to (-) 20-1 (1) 陰極と陽極で起こる反応をイオン反応式で答えよ。 22.9. (2) ① 陽イオン交換膜, ②陰イオン交換膜を通り,移動するイオンをそれぞれイオン式で答えよ。 (3) A~Eの中で濃縮液となる室をすべて選び,記号で答えよ。 (4) 電気分解後,(3)の濃縮液のみをすべて取り出し、水を蒸発させることによって得られる塩化ナ トリウムは何gか。 小数第1位まで答えよ。

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現代文 高校生

サイボーグとクローン人間という作品の意味段落分けの仕方が分からないです。本文全てを載せてあります。解説お願いします!

サイボーグとクローン人間 山崎 正和 テレビの教養番組で、アメリカのロボット研究の現状を見た。映像による報告はさすがに生々しく、 改めて文 明の行方について考えさせられた。 研究の一つの方向は、ロボットの精神的な能力を拡張し、判断力や感情さえ持った機械を造ろうという試みで ある。 外形も二足歩行の人体に似せ、顔の表情まで再現する技術が磨かれている。 脳の働きをするコンピュータ がさらに発達すれば、ロボットが人間と手をとって街を歩く日も遠くないという。 もう一つの方向は、人間の身体の一部を機械で置き換え、脳と機械を直結するサイボーグを造ろうという動き である。 これはすでに身体障害者の補助器具として実現していて、 肩の筋肉の指令を受けて動く精妙な義手が発 明されている。 光を感受するチップで失われた視力を回復させたり、衰えた脳の中に記憶装置を埋め込む研究も 行われている。 この努力の究極の姿は、やがて人体から脳だけをそのままに残し、四肢や内臓のすべてを機械で 補強する、人間改造計画に行き着くことになるらしい。 見ていて不思議だったのは、現場の研究者も評論家もこうした研究にきわめて楽天的だということである。 ク ローン人間の研究にはあれほどの嫌悪を示し、 大統領の禁止勧告まで生んだこの国の反応とは対照的だというほ かはない。 クローン人間を忌避させているのは、人間を神の被造物と見るキリスト教の思想だろうが、 その禁忌 が機械的な人間の製造、あるいは改造には及ばないことが、印象深いのである。 合理的に考えれば、 クローン人間の誕生はおよそ非人間的な事件ではない。 それは子が親と同一の遺伝子を持 って生まれることであるが、同一の遺伝子の共有は必ずしも個性の否定にはつながらない。人間の個性は環境や 教育に左右されるところが多く、遺伝子だけで決定されないことは、自然の一卵性双生児を見れば明らかだろう。 さらにクローン人間は人造人間ではなく、卵細胞と体細胞、それに子宮を提供する人間の親がいることを忘れて はなるまい。 そこには当然、家庭が生まれ、親子の愛や葛藤も芽生えるはずであって、子どもが感情の砂漠の中 で育つ心配は少ないのである。 しかもクローン技術が人間に適用される場合、 それが優生学的改良に直結する懸念もかなり薄い。 ある能力を 持った遺伝子が複製されても、能力が強化される理由はなく、それがそのまま子どもに現れるという保証もない。 そこには再び教育の手が加わる必要があるはずだが、その過程で子どもが自我に目覚め、先天的な素質を裏切る 可能性もあるからである。 これに比べると、ロボットやサイボーグははるかに人間の恣意に従いやすく、特定の価値観や世界観の奴隷に なる危険が高い。 肉体の腕よりも強い義手は、 強いことはよいことだという思想の実現であり、より多く環境を 支配したいという無意識の願望の反映だといえる。 脳内に記憶装置を埋め込めば、思い出も忘却も意志の力で操 作することになり、人間は自分の過去すら自分で構築することになる。 クローン技術は生命の法則に対しては受動的であって、細胞核を入れ替えた後の過程に手を出すことはできな い。だが、身体を機械で置き換える技術はどこまでも能動的であり、細部まで人間の思うとおりに造り上げてし まう。しかも注意すべきことは、そうして造り上げた身体はやがて逆転して心に影響を及ぼし、人間の考え方、 生き方を思いがけぬものに変化させるということである。 人間の心がいかに身体の影響を受け、 身体と一体になって生きているかは、毎日の生活の中で実感することが できる。 病気になれば悲観的になり、運動能力が高まれば世界を見下すような気分になる。 これまでも身体の延 長として道具を使いこなし、 機械を発達させたことで人類はどれだけ傲慢になったことだろうか。 もし将来、自 分の身体そのものを機械化して数倍の力を持ち、あるいは人体に似た機械を召し使いにできたら、 人間は自分を 神か超人のように思いなすのではないだろうか。 それが倫理的によいとか悪いとか、今日の文明の中で即断することはできない。 身体が機械になり心が神にな れば、そのときは文明の全体が変わっていて、倫理のものさしも変わっているかもしれない。 しかし確かなこと はこの変化は深刻であり、 二十世紀までの文明を終わらせるおそれさえあるということである。 興味深いという より恐ろしいのは、 現代人がその可能性を十分に自覚しておらず、その無自覚がクローン人間には厳しく、サイ ボーグには甘い価値観のよじれに現れていることなのである。 紛れもなく、サイボーグ肯定の思想の背後にあるのは、近代の脳中心の人間観である。 もっといえば、心と身 体を二つに分け、心は脳に宿っていると考える先入観である。 実は二十世紀後半の哲学はこれに疑問を投げかけ、 心と身体の一体性、相互作用を重視するようになった。 しかし、科学者を含めて大多数の現代人はまだこの二元 論を信じていて、身体を取り替えても心の同一性は守れると感じている。加えて心は脳の専有物だという、 古い 常識から逃れられないでいるのである。 その上に大きいのは、現代人が個人の福祉を絶対視し、現に生きている人の幸福を至上命令と考えていること である。 障害者や高齢者に補助器具を提供し、 身体能力を回復することは正義だという世論を、現代人は疑うこ とはできない。現にサイボーグはそういう善意から研究され始めているのであって、 そうである限りこの研究を 現代文明は非難することができない。 一方、 まだ生まれていない生命、現に生きていない個人を生もうというク ローン技術には、当然この世論の追い風がないのである。 だが困ったことに、身体能力の回復から改善までの道はほんの一歩しかない。 誰しも自分の身体を十分だとは 思っておらず、 十分にしたいと願っているものの、何が十分であるかは誰も知らない。ただ人並みに生きたいと いうつつましい願いが、とかく人並みを超える競争を招くのであって、そのことは今日の消費生活を見れば明ら かだろう。たぶんサイボーグは二十一世紀の「超人」を生むのだろうが、それはニーチェの反俗思想ではなく、 平 的生活を求める庶民のいじらしい願望がもたらすことになりそうなのである。 こんなことを考えながら、私はべつに警世論を張っているつもりはない。 いつの時代にも文明は変わるもの であるし、それも合理的な「進歩」とは無関係に変化するものだろう。 ただおもしろいと思うのは、文明を変える ものが必ずしも冒険的な好奇心ではなく、ある時代に最も常識的な、社会の通念でありうるという逆説である。 人々が「危険」な好奇心を警戒しているうちに、ひそかに安全な良識がそれ自体の足もとを隠してしまう。それが 人間の悲しさというべきか、それこそが尽きない魅力の源泉だというべきだろうか。

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