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国語 中学生

下の段の練習1番の⑤番がなぜ『お宅』が丁寧語ではないかがわかりません😣💦 至急です!!できるだけわかりやすくおねがいします😖

dretec 国語の文法 補助7リントの~敬語の分類回 丁寧語話し方(書き方)を丁寧にすることで、聞き手(読 み手)に対する敬意を示す表現 練習1 次の各文の傍線部から丁寧語をすべて選び、記号で 答えなさい。 O私の ィ妹はゥ小学生 “です。工 > 丁寧語の表現の仕方には次のようなものがある。 ト父は、ィ来週ゥ北海道へ“行き ょます。オ G H寧の助動詞 「です」「ます」を用いる。 例 今はお昼休みです 図書館に行きます。 おはようァゴざいます。ィ今日もゥはい *ですね。7 H大 ございます」を用いる おはようございます H 私が小林でございます。 ト会場へはイ何時に ゥいらっしゃい “ますか。H 私が イ先生のゥお宅に ェ同い ォます。オ 接頭語 「お」「ご」を用いる。 国 お菓子 練習2次の各文の傍線の語を、例にならって、接頭語「お」 ご」を用いた工寧語に直しなさい。 を払5° 水を水筒に入れる。6水 同じ「お」でも、使われ方によって敬語の種類は異なる。 敬彰を示す相手に関れるものは、(噂敬語になる。 (4金) E 先生のお話はおもしろい A0く(リ 先生) の =-(リ、は活) リS1Cp.ろい、 国(昭4)!歌立を ホしている、(活自体を高めて 二0Sは)→丁寧国 駅前に、新しい店ができる。お店 その本を貸してください。ご 本 食事に出かけましょう。お 食事 |練習3次の傍線部の敬語は、A尊敬語、BHeat語のどちらで

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現代文 高校生

「身につまされる話」とはどのようなことか教えて欲しいです。

15 南北問題北半球に偏 在する先進諸国と南半 球に偏在する開発途上 諸国との間の経済的格 差による政治的、経済 的諸問題。 その一つとして、南北問題が挙げられるでしょう。生物多様性を守るといって、 いちばん多様性の高いのは熱帯雨林とサンゴ礁で、どちらも熱帯、つまり南の開 発途上の国に多くあります。自然を開発して、なんとか経済的に豊かになろうと いう南の国の希望を、生物多様性が減少するからだめだと、頭から押さえ込むわ けにはいきません。南の国の人たちには生活がかかっています。それに対して、 北の国の人たちは、そもそも都会暮らしで、生物多様性の減少など、それほど身 「身につまされる話」 とは、ここではどうい につまされる話ではなく、開発を諦めてもらう代償として、南の国にお金を支 うことか。 払ってまでも地球の生物多様性を守ろうという気持ちには、なかなかなれません。 南北問題のもう一つの側面が、生物多様性条約で問題にされています。この条 生物多様性条約地 上の多様な生物を生自 約の目的として、遺伝資源の利用から生じる利益を公正に配分するという項目が 2 環境とともに保全し、 遺伝資源の持続的利田 を可能にし、更に、 物資源から得られる。 益を公正に配分する となどを目的とする回 際条約。一九九二年加 択、翌年発効 あります。新しい薬が、珍しい生物から作られたとしましょう。作るのは北の国、 珍しい生物がすんでいるのは南の国と、相場が決まっています。その新薬から上一 がった利益は、製薬会社が独占せずに、生物の提供国である南の国にも分けよう というのが、生物多様性条約の目的の一つです。これにアメリカが納得せず、ま も だこの条約を批准していません

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現代文 高校生

現代文の問題です。私は(二)を選んでしまいました。解説には、選択肢の右隣に青でバツを着けたところが、誤りとしか書かれていなかったので、詳しい解説が知りたいです。よろしくお願いします🙇🙇🙇

ロボットだけかもしれない。 9実はハーバード·ビジネス . スクールの教授であるデービッド.A.モスは、アメリカ政府が、福祉的政策ではなくて、リ スクマネジメント的政策をとってきたことを指摘している。それは、いわば自由な人間を、保護すべき人間として扱ってきた 歴史でもある。それは、4三期に分かれる。 一第一期は、一九○○年以前で、ビジネスに対する保障を目指していた。第二期は、一九○○年から一九六〇年で、労働者に 対する保障を目指していた。第三期は、一九六○年以降で、すべての人に対する保障を目指していた。第一期は、有限責任制 度によって、企業の倒産時にその企業の所有者である株主の責任を限定した。個人株主を保護して、投資を呼ぼうとした。 二期は、労働者に対する保険の支払を、労働者から雇用者に転 aガした。働いている労働者がミスをして怪我をしても、その 責任を使用者、経営者に負わせる仕組みである。「第三期が、製造物責任で、事故リスクを一般市民、消費者から製造者に転カV した。どれも弱いものを助けるという観点からはそれなりに否理的ではあるが、古くからの責任の理解とは泥離してきている。 しかも、第一期と第二期においては、弱い者が特定の人であり、その人を助ける者も何らかの利益を得るという意味でまだ 納得がいくが、第三期では、すべての人のリスクを、つまり複雑な人工物の事故の責任を製造者、メーカーに負わせることに s c を持っていて、しかも、メーカーが負うには実際上、大き過ぎる責任となっている。 (工物 の事故は複雑で、原因を厳密には特定できない。だとすれば、単純に誰かを非難することはできない。しかし一方で、 損害を受けた被害者が泣き寝入りをせよと言うのも、何かおかしい。問題は誰に責任を帰すかということだ。原因となった当事 旨が分からず、帰責できないのであれば、賠償できるだけのお金を持っているとか、帰責しても非難を浴びにくいといった要素 が考慮されることになる。その対象として浮かび上がったのがメーカー、企業、法人である。そして、実際、そういう仕方で対一 なっ 処されるようになった。

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