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国語 中学生

目指す世界の地図を作るためには何が必要?という問いに対して、どう答えれば良いか分かりません。 教えてください! 教科書必要なページは撮りました!(見にくかったらすみません💦)

N こう かみしょうじ 鴻上尚史 「自分の実力やポジショ を正確に把握する」と同 内容を表す本文中の九字 表現を答えよ。 ①ポジション position # 語)。 位置。地位。 ② マークシート試験 選択 の中から答えを選び、マー クシートに印刷された所定 の欄を鉛筆などで塗りつぶ して解答する試験。 *調べてみよう 客観(的) [~主観(的)] 無防備中途半端 具体(的) [⇔ 抽象 (的)] 音撮影 撮る 音驚異驚く 握音握手訓握る 端 端正 片端 端数・川端 違音相違違う 書き手の意図をつかむ 目指す世界の 地図を作る 「夢をかなえる」ためにも「幸せを見つける」ためにも、必要なことは、「自分 を客観的に見る」ことです。 自分を客観的に見ることができれば、自分にとっての幸福を見つけることも、 ○○になることも可能になるのです。 作者の主張 しかしながら 「自分を客観的に見る」ということは、とても難しいことです。 私達は、自分の顔だって、客観的に見ていないのです。 鏡を見る時は、普段よ 二十%ました顔で、それが自分の客観的な顔だと思っているのです。 だから、完全に無防備でいる時の顔を撮られて、驚くのです。 友達の写真の後 ろに写っていた時とか、知らないうちに動画を撮られていた時とか、自分の知ら ない自分の顔を見て驚いたという経験ないですか? るということは、とても難しいのです。 自分の顔も客観的に見られないのに、自分の実力やポジションを正確に把握す 正確に集めることが必要です。 自分を客観的に見るためには、自分の状態だけではなく、目指す世界の情報を るのです。 高校時代、中途半端にしか勉強しないまま、世界史や日本史のマークシート試 験を受けると、「なんとなくできたかな。」なんて感想を持ちます。ところが、真 面目に勉強した人は「三間目と九問目が間違っていた。」と、実に具体的に答え 世の地図を

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地学 高校生

問1の答えが丸1、問2の答えが丸4です。 どうやったら、その答えになるのかが、わからないので、教えてほしいです!お願いします🙇‍♀️

第6問 ジオくんは、地球の大きさに関する実験を行った。 先生とジオくんの次の会話文を読ん で、下の問いに答えよ。 [10 点] 先 生 : それでは,エラトステネスが用いた原理を応用し、 自分の歩幅を使って, 地球の大きさを測定 してみよう。 360° ジオくん:このマーカーとマーカーが地球のある角度になっているから, その距離を調べて、 すればわかるってことでしたよね。 倍 180 0 760 2 R 先 =120 生 : そうだね。 この距離は子午線の2" 角に相当する距離になっているんだ。 1' = 60", 1°= 60′ だから, 歩いて導き出せた距離を ア 倍したのが, 1°の距離になる。 よって, それをさら に 360 倍すれば、地球の円周がでるってことだね。 イ km ジオくん:そういうことですね。 僕が歩いた距離は62mだったから、地球の円周は約 ってことですね。 問1 ア ④の中から選び, 答えよ。 解答番号は 61 に入る値として正しいものを次の① (3点) ① 1800 3600 ③ 1/1800 4 1/3600 62 イ に入る値として適切なものを次の① ~④の中から選び, 答えよ。 解答番号は (2点) ② 12800 3 20000 4 40000 問2 ① 6400

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物理 高校生

(2)②で答えでは20秒後➖100メートルと書いているんですが、僕は10秒〜20秒の間の10秒間で200メートルとしました。 なぜダメなのか教えて欲しいです

or 10 き ひ4(m/s) 速直線運動 x軸上を運動する物体につい 次の問いに答えよ。ただし, 変位と速度の向 きは符号で示せ。 例題図は、等速直線運 動している物体の変位 100 x (m)と時刻 [s] の関 (2) 図は,時刻t30[s] に原点0を通過した 物体について、速度 Cm/s)と時刻 t[s)の関 係を表したグラフ (ひーtグラフ)である。 口D t=12(s)での原点Oからの変位は何 mか。 10 0 10 20 t[s) x4 (m) -20 たB 係を表したグラフ 50 り後。 を西 問い くて (x-tグラフ)である。 0物体の速度 v[m/s) を求めよ。 2 t=5.0[s]からt310.0[s]の間の物体の変 位を求めよ。 て4o) + 60m hMao) 口の 物体の原点Oからの変位×[m] と時刻t 0 5.0 10.0 t[s) [s]の関係を表すグラフ(xーtグラフ)をかけ。 ュf× 2 -yomm ー2m~f×o=ー20m x4 (m) 100 東 (+100)-(+50)ー+5.0m/s 開の ニ 10,0-0 O t(s) これはxーtグラフの傾きを表す。また。このグラフの切 片(=0(s]のときのxの値)は、50 xをで表すと、x-5.0t+50 の 物体は+5.0m/sの速度で等速直線運動しているので、 +5.0×(10.0-5.0)=+25 m ズ=5.0t+50に= 5.0[s), 10.0 [s]を代入して,求めるこ ともできる。 10 20 恵度は とと a12 ー200 (1) 物体が、時刻t30 [s] に原点0を通過し、 t=15[s]まで、速度 +4.0m/s で等速直線運動」 した。 口D 物体の速度 [m/s] と時刻 t[s] の関係を表 すグラフ(ひーtグラフ)を下の図1にかけ。 口2 t=15[s)での原点0からの変位は何mか。 (3) 図は,物体の原点0 からの変位x[m]と時刻 t[s]の関係を表したグラ 140 フ(x-tグラフ)である。100 口D t=0~20[s], t=20 ~40[s], t=40~60[s] の場合の速度をそれぞれ求めよ。 (8 に30 m/s 20-40 60(s) 0 速度は何 きととも 0~20s 20~40s 4-15 40~60s +60m 口2 物体の速度が[m/s) と時[s]の関係を表 すグラフ(ひーtグラフ)をかけ。 口3 物体の原点Oからの変位x[m] と時刻 [s)の関係を表すグラフ(x-tグラフ)を図2 ひ4(m/s) 車の平 m/s か。 に にかけ。 図1 図2 ひ4(m/s) *4(m) 60 0 20 40 60 t[s) 4 口3 t=0~20[s]での原点0からの変位x[m] 東度は 15 t(s) 0 15 t[s] をts)で表せ。 0 きとと 口のt=40~60 [s] での原点0からの変位x [m)をt[s)で表せ。 口の t=0~15[s]での原点0からの変位xIm] を[s)で表せ。 B、 VEGETABLE OL INK 物油インキを

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現代文 高校生

⑶.⑷.⑺.⑻を教えてください

昨日、久しぶりに“梅雨の晴れ間に、大文字山を登った。先月の激しい雷雨で土砂が“クズれ、 足もとが悪いところもあって、散歩にしては 。ゲワしい道程である。そのぶん、登り切ったときの爽 快感も格別だ。山頂からの眺めを楽しみに登る人も多い。僕は大体、考えごとをしながら登るので、 山頂に着くとそのまま景色を °一督して引き返してしまうのだが、昨日は珍しく、しばらくぼうっと していた。 すると、遠く彼方に連なる山の緑の中に、キラッと光るものが見える。正体はいまひとつ。判然 としないが、山の中の何かが太陽の光を反射しているのだろうと思う。それが、キラッキラッと、繰 り返し光る。僕は遠くのその光が、遠くに見えるということが何とも不思議に思えて、ただ。ギョウ ふした。 太陽の光が何かに当たって跳ね返り、その光の粒子が空中を伝わって。フクザツな物理化学的過 程を引き起こし、結果として、脳内にある活動のパターンが生成していく。この脳の活動によって、 僕の「見える」という経験が生み出される。~大雑把に言えば、これが 科学的な説明になるだろうか。 しかし、だとしたら、なぜ山の風景は「目の前」にではなくて、遠くに、ずっと向こうに、「あ そこに」はっきり見えるのか。僕が見ているのが山の中の光そのものではなくて、そこから空中を伝 わり、目の中にまでやってきた光の粒子なのだとしたら、なぜ僕にいま「見える」のは、その到来し てきた日の前の粒子ではなくて、身体のずっと向こうの、遠くの、山の中の、まさに「あそこの」光 なのだろうか。考えれば考えるほど不思議になって、僕はただじっと、その光を見つめ続けた。 いま僕の手前の床の間に、花瓶に生けられたスターチスがある。花は、その花が生けられたまさ に「そこ」にあるように見える。僕は花から到来した光の粒子を見ているというより、その花を、 直に見ているように感じる。手の届かない、日で直接触れているわけではないその花が、その場所 森田真生「白紙」ワークシート*読んで考えたことを、話してみよう* ト (1)-7見える」ということの にありありと、はっきりと見える。 光の粒子と網膜の物理的接触というよりも、もっとはるかに親密な関係を、僕は花と結んでいる ように思える。花が「見える」ということは、どこか深いところで花と直に触れ合っていることだと いうふうに思える。花だけでなく、花瓶と、あるいは山と空と、つまりは環境のすべてと、いつの間 にか僕は心を通わせ合っていて、その「通い合う心」が「見える」「聞こえる」「わかる」ということ を、背景で支えているような気がしてくる。 「見える」ということは実際、今の人類にはとてもまだ言葉にできないような、不思議で奇跡的 な事態なのではないか。あまりに不思議で、あまりに大きな謎なので、(かんら)「当たり前」と いうことにされてしまう。 不思議なことを当たり前のこととして、(すなわて) は前に進めないところがある。 (下とんに)「見える」「聞ごえる」機械は作れないとしても、「見える」ことを前提として、そ の能力を拡張する眼鏡や望遠鏡や顕微鏡を作ることならできる。自力で「わかる」機械はなかなか作 れそうにないが、人の「わかる」力を前提として、それを延長することならコンピュータにできる。 そうして人は、最大の謎を、最奥の深秘をひとまず括弧にくくることにして、不思議の先に、広 大な知と実用の世界を構築してきた。いまや 前提の、すべてを支える原初の不思議の、不思議であることすら自覚されない。 「前提」とすることによってしか、人 い その構築された世界はあまりに壮麗で、足もとの

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