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日本史 高校生

空欄の箇所1つでもいいので教えてください🙏 お願いします

(4)東山文化 8代義政の頃の文化 京都の東山に[ 家園 1(慈照寺)建築 80 下層は書院造,上層は禅宗様一禅の精神、 )押板·棚·付書院 襖障子·明障子などを用いただも 2庭 園 [4る山水 ) 岩石と砂利を組み合せて象徴的な自然をつくりた あかりしょうじ 近代和風住宅の起源 慈照寺東求堂(R水IOに動が代表が *青 石庭 大徳寺大仙院庭園 造園技術に優れた山水河原者が活躍 善阿弥の東山山荘 (銀閣) 庭園 せんずいかわらもの 3 絵画 a. 水墨画 (6 専丹 )による日本水墨画の大成 「四季山水図巻」「秋冬 セ光信 応仁の乱後, 土佐派の基礎を固める 水墨画に大和絵の手法をとり入れる 正信 (7元信 b. 大和絵 )父子 能画の製作 祐乗の金工→蒔絵技術の発達 のエ 芸 (茶の湯) 茶寄合や闘茶の流行 (8利田珠光 )による[° 他系 ]の創出 のち武野紹鳴をへて利体によって完成 方専局 6 花道(生花) 立花様式の発達 の学問 豊武年中行事」 (後醍醐天皇)『職原」(北畠親房) いずれも読類 事根源 (10 -条養良 b. 古典研究 た)室町時代随一の学者 『花鳥余情』 源氏物語の注泉 a. )の著作 『[11 』(義尚への後 [1 古今伝授 ) 『古今和歌集』の解釈などの秘事を弟子に授けること (13 東常線)が宗祇に伝授して近世に及ぶ c. [14神本公送説)吉田兼倶 反本地垂述説 神道に儒学·仏教を統合

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古文 高校生

至急、お願いします! 高校1年の古文の敬語です。

21) 3 1 アイ ヒント 会話文の中の敬 語は、話している人 からの敬意を表し、 地の文は書いている 人からの敬意を表す 州願すべき敬話表現 次の|| 線部1~8の敬語の種類をあとのア~ウから選び、だれか らだれへの敬意を示しているのかを答えよ。 敬語 (紫式部日記) 斎院に、中将の君といふ人ばべるなりと、 斎院の御所に、中将の君という人がお仕えしているそうだと、 州AS JAn 今井四郎馬よりとびおり、主の馬の口にとりついて申しけるは、 今井四郎が馬からとびおりて 「だれから→だれへ」の敬意か N 0だれから…敬語が用いられる文によって異なる。 ●会話文の中の敬語…話し手からの敬意 ●手紙文の中の敬語:…書き手からの敬意 ●地の文の中の敬語:…作者からの敬意 るだれへ…敬語の種類によって異なる。 尊敬語…動作をする人への敬意 盗話語…動作を受ける人への敬意 ●丁車語…聞き手や読み手、読者への敬意 O 主の馬の口にとりついて申したのは、 (平家·九·木曾最期) 笑ひののしるを上にもきこしめして、わたりおはしましたり。 大声で笑い騒ぐのを帝におかせられてもお聞きになって、(こちらへ)おいでになった。 (枕·上に候ふ御猫は) く く3) 法皇、「あれはいかに。」と仰せければ、大納言立ち帰つて、「平氏 法皇が、「あれはどうしたのか。」とおっしゃったので、大納言は立ち帰って、 「叶氏が O 二方面への敬語 ある動作を受ける人物とその動作をする人物が、 ともに敬意の対象となる場合、それぞれへの敬意 を表す「謙譲語」と「尊敬語」を同時に用いて、 二方面への敬意を表すことがある。重ね方はふつ う「謙議語」+「尊敬語」となる。 たはれ傾ひぬ。」とぞ申されける。 たおれました。」 (平家·巻一·鹿谷) と申しあげた。 *リ 皇子に申すやう、「いかなる所にかこの木は候ひけむ。あや 翁は、皇子に申すことには、 どんな所にこの木はございましたでしょうか。 しくうるはしくめでたき物にも。」と申す。 不思議 きれいで (竹取·蓬菜の玉の枝) すばらしい物です。」 と申しあげる。 「与ふ」の謙譲語 尊敬語の補助動詞 例殿、姫に御文を たてまつり たまふ ア 尊敬語 イ 謙議語 ウ 丁寧語 I 手紙を受け取る 手紙をおくる 「姫」への敬意 [殿」への敬意 殿が、姫に お手紙を 差しあげ N

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現代文 高校生

答えがなくて合ってるかどうかわからないので困ってます。 漢字の部分は大丈夫なので気が向いたら見にくいですけどどなたか採点してくれませんか?答えが合ってるかどうかだけでいいので…。

【1】 次の文章を読んで、後の問いに客えなさい。 禅の問答の中に「大河の流れに流されるもよし、逆らうもよし」という1有名な問答があります。自然の流れに身を任せてい ることさえも、実は一A 的な生き方だという考え方です。自然は手を加える必要がないほど完壁な素晴らしい秩序だというこ とが背景にあるのです。ですから、“グちることも美しいことだと考えるのです。死ぬことも美しいことだと考える。生きるこ とが素晴らしくて、生きることに失敗して死ぬのではなくて、死ぬことも生き方の形として素晴らしいことなのだというのが 2この思想です。 あ 。 大乗仏教の教えるところの"他カとも似ています。そこから必然的に仮の人生、仮の姿、生きているのも死ぬのも、みんな たまたまそうなのだということ、そして、明日はまた違うよということを、当たり前に認めようという考え方です。この住いは 仮であって本物は別にあるという仮ではないのです。この意識が日本人の心の深層をつくっていると思います。桜は満開を狙っ て見に行きますが、それは満開が散り始めだと知ってのことです。散り始めた瞬間のほうが好きなのです。日本人は散ることの ほうが、美しいと思っている。移り変わることが、死をもふくんで美しいのです。 抗わないで流される美しさ、それが「仮」の意味です。 茶室では、くずれた土壁を塗りなおして真新しい状態にもどそうとはしません。くずれたら鰻で修理し、幾の跡をそのまま残 します。土壁に見かける波形模様はデザインではないのです。壕れて穴があいてしまったから、塗り直したという”単なる修理 の跡です。修理の跡にも美しさを感じているのです。茶渋のついた碗も、汚れを適度に残して取り除きます。庭の落ち葉もす xつかり掃いてしまうのを嫌い、心地よく昔の上に散った落ち葉を楽しみます。金継というものもあります。欠けた茶碗を金でつ 2いでそれを楽しむ。修理あと、壊れたことさえ美としてとらえてしまうのです。木が風雨にさらされて年輪が凸凹に浮き出てく る。自然と融合して侵食される住いが美しいのです。 る。 *ル *た RS PRJや 輪廻転 生ということでしょうか。今の住いは仮ずまい、この人生も仮の人生ということです。これは、本当のすま いと本当の人生が訪れるまでの仮だというのではなく、家も人生もしょせん仮であって、それが嬉しいということなのです。宇 宙の摂理が統べるこの世界のすべてを受容しようという感覚がこの「仮」の美意識の背後にあるようです。 日本の家屋の屋外と屋内の連続性は、西洋人には理解できないほどにしジンジョウではありません。屋内はほとんど屋外であ るかのように開放的であり、屋外と一B 的で同格です。この開放感はほとんど仮設物であるかのようです。どこからどこまで が屋内かということさえはっきりしない。木と竹と土と紙でできている日本の家屋の明かり障子や 拠は外してしまうことができ ます。外してしまうと庭から部屋まで、部屋から部屋まで、全く連続してしまいます。 襖を開け放したり、移動すれば、4大きな空間ができて、2冠婚葬祭などのいろいろな使い方が可能です。田舎の我が家でも、 襖を外して数十人という客を招き、大きな法事をしたりしました。こんな透け透けで自在なのが日本の空間なのです。日本の家 屋では部屋というものがありません。·風や襖で仕切ってあるだけですから、部屋の概念がないのです。客間、居間、茶の間と」 仮の用途があっても、目的を限定していないのです。座布団や夜具やお膳などのちょっとした道具を置くことで用途が変わる。 すべての使い方が仮であり、それがすべてなのです。屋外と屋内も区別なんかしていません。内部空間と外部空間を対立概念な んかでとらえていません。庭も家の一部であり、融通無得なのです。 連続的に外につながる掃き出し窓 (=室内のちり、ごみをはき出すために床と同じ高さに設けた窓)は、日本では当たり前ですが、ヨー ロッパにはそんな窓はありません。そもそも日本家屋には、西洋でいう「窓」がないのです。西洋の家は石造のため、採光や通 風のために壁に穴を穿って「窓」をつくりました。「窓」は壁があって初めて成立するものなのです。ところが日本の家屋は壁の 建築ではなく、柱 梁 の建築であり、壁というものを持ちません。だから当然、屋内と屋外は連続的なのです。その内外の中間 に設けられた明かり障子が、近代になって掃き出し窓になったのです。日本家屋の特徴をほとんど残さないマンションにさえ、 掃き出し窓はあります。それほど8日本人は( 床から天井まで透明感のある被膜のような窓は現代建築でも多用されますけれど、日本人にとっては近代建築の流れであると いうより、明かり障子の感覚から生まれた開放性だといったほうがいいでしょう。 屋内と屋外を連続した空間にとらえる日本人にとって、屋内は屋外の一つのかたち、自然の一つのかたちでしかないのです。 家屋も自然と同じように、 の時の流れとも一つになっている感覚なのです。 西洋の建築とはあまりに違う日本の家屋。 けない重要な課題です 明治以後長い間、日本は西洋の思想を絶対視し、盲目的に生活のすべてに西洋化を図りました。茶道までも西洋化をして、立, 礼という椅子式のお点前を生み出しました。建築の教育でも、営々たる歴史をもつた大工の建築技術ではなく、西洋のものばか」 りを教えてきました。住宅では畳にカーペットを敷いてベッドを置き、思想面でも自由や自我や哲学を学び、日本の思想を塗り」 )を欲しているということでしょう。 x すると考えていたのでしょう。「仮」の美意識とは自然と一つであるという感覚であり、自然 日本の家屋は果たして建築か sという問いは、どうしても明らかにしなければい ミ 全へ

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古文 高校生

源氏物語の桐壺の更衣です。 どこからどこまでが誰が主語になっているのか分からないので全て教えて欲しいです。 お願いします!!

およんと手 いづれの御時にか、女 卸、更衣あまたさぶらひたまひける中に、いとやむ もう ごとなさき は に はあらぬが、すぐれて暗めきたまふありけり。はじめより「我は」 と思ひあがりた まへる御方々、めざましきもの におとしめそねみたまふ。同じ t mう ほど、それより下態の更衣たちは、ま してやすからず。 タの宮仕へにつけても、 おう 人の心をのみ動かし、侵みを負ふっもりにやありけむ、いとあっしくなりゆき、も の心細げに里がちなるを、い上ょいよぁかずあはれなるものに思ぼして、人のそし え りをもえはば からせたまはず、世の例に も なりぬべき御もてなしなり イえび。 ド達部、 上人 なども、あいなく目をそばぬつついとまばゆき人の御おぼえなり。 も、か かることの起)りにそ、世も乱れあしかりけれ。」と、やうやう 天の下 6) にもあぢきなう、人のもてなやみぐさになりて、楊貴妃の 例も引き出でつべくな え りゆくに、いとはしたなき、こと多かれど、かたじけなき御心ぽへのたぐひなきを もう 頼みにて、交じらひたま。父の大納言は くなり て、母 北の方なむ、いにしへの 2 人のよしあろにて、鍛うち具し、さしあたり て世の おぼえはなやかなる御方々に もいたう劣らず、何率の儀式をももてなしたまひけれど、とりたてて、はかばかし nS き 後見しなければ、事ある時は、なぼよりどころなく心細げなり。

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