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漢語・和語・外来語という単元の問題集です。 この問題が宿題なんですけど、分からないので、教えてもらえたら嬉しいです! あと、間違いがあったら教えてください🙏 (一応、上の解説も載せときます) 書いてない問題が分からないところです。

漢語·和語·外来語0 次の説明にあたる漢 号で答えなさい。 ★漢語…字音(漢字の音)でできている語。簡単 にいえば、音読みをする語のこと。 愛胃絵駅 肉王 音しかないもの Eロ 訓しかないもの へ 原野 牧場非常識 複数の音をもつ 口 「あい」と仮名で書いても漢語は漢語。 「呉音」「漢音」「唐音」の基本 ○字音の種類… と「慣用音」という例外がある。 複数の訓を 例「行」呉=行列 漢 = 行動 唐= 行脚 。複数の音をもつ漢字もある、ということを覚えて」 おけば十分。 ★和語…昔からの日本の言葉。漢字で書かれてい ても字訓(漢字の訓)で読むものは和語。 例にならって、 仮名で書きなさ 図緊典→( さ うみ たびびと 野原 牧場 な 「畑など日本で作られた字を国字という。 間違えやすい音訓 寒暖 〈字音しかない漢字〉絵 肉 〈字訓しかない漢字〉株 貝 《間違えやすい訓》 へ 外国人 ★外来語…主に幕末·明治以後、欧米から取り入一 れた語。一般に片仮名で書き表す。 強振 園 テレビ ウオッチ サイエンス ★混種語…漢語、和語、外来語のそれぞれが組み 頭痛 合わさってできた語。 板ガラス (幸+書) 愛する(漢 + 和) 説明的文章3 要旨 「ボイント 説明文の基本的な文章構成 年のとこに位置しているかに差 けられる。 3 家々畑台 黄き峠 菊 タ咲客 ケ 新届

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現代文 高校生

⑶.⑷.⑺.⑻を教えてください

昨日、久しぶりに“梅雨の晴れ間に、大文字山を登った。先月の激しい雷雨で土砂が“クズれ、 足もとが悪いところもあって、散歩にしては 。ゲワしい道程である。そのぶん、登り切ったときの爽 快感も格別だ。山頂からの眺めを楽しみに登る人も多い。僕は大体、考えごとをしながら登るので、 山頂に着くとそのまま景色を °一督して引き返してしまうのだが、昨日は珍しく、しばらくぼうっと していた。 すると、遠く彼方に連なる山の緑の中に、キラッと光るものが見える。正体はいまひとつ。判然 としないが、山の中の何かが太陽の光を反射しているのだろうと思う。それが、キラッキラッと、繰 り返し光る。僕は遠くのその光が、遠くに見えるということが何とも不思議に思えて、ただ。ギョウ ふした。 太陽の光が何かに当たって跳ね返り、その光の粒子が空中を伝わって。フクザツな物理化学的過 程を引き起こし、結果として、脳内にある活動のパターンが生成していく。この脳の活動によって、 僕の「見える」という経験が生み出される。~大雑把に言えば、これが 科学的な説明になるだろうか。 しかし、だとしたら、なぜ山の風景は「目の前」にではなくて、遠くに、ずっと向こうに、「あ そこに」はっきり見えるのか。僕が見ているのが山の中の光そのものではなくて、そこから空中を伝 わり、目の中にまでやってきた光の粒子なのだとしたら、なぜ僕にいま「見える」のは、その到来し てきた日の前の粒子ではなくて、身体のずっと向こうの、遠くの、山の中の、まさに「あそこの」光 なのだろうか。考えれば考えるほど不思議になって、僕はただじっと、その光を見つめ続けた。 いま僕の手前の床の間に、花瓶に生けられたスターチスがある。花は、その花が生けられたまさ に「そこ」にあるように見える。僕は花から到来した光の粒子を見ているというより、その花を、 直に見ているように感じる。手の届かない、日で直接触れているわけではないその花が、その場所 森田真生「白紙」ワークシート*読んで考えたことを、話してみよう* ト (1)-7見える」ということの にありありと、はっきりと見える。 光の粒子と網膜の物理的接触というよりも、もっとはるかに親密な関係を、僕は花と結んでいる ように思える。花が「見える」ということは、どこか深いところで花と直に触れ合っていることだと いうふうに思える。花だけでなく、花瓶と、あるいは山と空と、つまりは環境のすべてと、いつの間 にか僕は心を通わせ合っていて、その「通い合う心」が「見える」「聞こえる」「わかる」ということ を、背景で支えているような気がしてくる。 「見える」ということは実際、今の人類にはとてもまだ言葉にできないような、不思議で奇跡的 な事態なのではないか。あまりに不思議で、あまりに大きな謎なので、(かんら)「当たり前」と いうことにされてしまう。 不思議なことを当たり前のこととして、(すなわて) は前に進めないところがある。 (下とんに)「見える」「聞ごえる」機械は作れないとしても、「見える」ことを前提として、そ の能力を拡張する眼鏡や望遠鏡や顕微鏡を作ることならできる。自力で「わかる」機械はなかなか作 れそうにないが、人の「わかる」力を前提として、それを延長することならコンピュータにできる。 そうして人は、最大の謎を、最奥の深秘をひとまず括弧にくくることにして、不思議の先に、広 大な知と実用の世界を構築してきた。いまや 前提の、すべてを支える原初の不思議の、不思議であることすら自覚されない。 「前提」とすることによってしか、人 い その構築された世界はあまりに壮麗で、足もとの

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