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生物 高校生

説明の部分で(下から2行目)内蔵などを支配してと書いてありますがこれって内蔵の筋肉と捉えていいんですか?? だれかお願いします🙇‍♀️🙇‍♀️

umb ROC つ 10 15 10 特定の器官にはたらきかける (図15)。 体内環境が維持されている。 そのしくみについて, これからくわしく見て からだでは, 自律神経系や内分泌系による調節がたえず行われることで いこう。 参考 ヒトの神経系 ............ 動物の神経系は,長い突起をもつニューロン(神経細胞)とよばれる細胞が 多数集まって構成されている。神経系では,ニューロンの興奮によって, か らだのさまざまな部分に信号が伝えられる。 ちゅうすうしんけいけい ヒトの場合,神経系には,脳・脊髄からなる中枢神経系と, 中枢と皮膚・ まっ 内臓・骨格筋などをつなぐ末しょう神経系 がある。 えんずい 中枢神経系のうち脳は,大脳, 間脳,中脳,小脳,延髄などに分けられ, 部分ごとに決まった役割を担っている。 また, 末しょう神経系のうち、感覚 器や骨格筋などを支配しているのが体性神経系,内臓などを支配して体内環 境を調節しているのが自律神経系である (図I)。 核 興奮 末しょう神経系 ニューロン (神経細胞) ①図I ヒトの神経系 凶 中枢神経系 脊髄 ■神経系 大脳 間脳 (脳の右半分を示した図) (視床・ 視床下部 中枢神経系 末しょう神経系 BIX 脊髄 体性神経系 自律神経系 中脳 小脳 延髄 感覚神経 | 運動神経 交感神経 副交感神経 いと要交々

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理科 中学生

明日テストなので大至急でお願いします!!!💦💦 中2の理科(感覚器官)です! (5)の解説をお願いします🙇‍♂️🙇‍♀️

20 25 実験2 [準備物] ストップウォッチ [方法] 1. 背中合わせに輪になり, となりの人の手首をにぎる。 2.最初の人は,ストップウォッチをスタートさせると同時にとなりの人の手首をにぎる。 にぎられた人は,さら にとなりの人の手首をにぎる。 これを手を見ないようにして次々に行っていく。 3. 最後の人は,最初の人からすぐにストップウォッチを受けとっておき, 自分の手首がにぎられたらストップ ウォッチを止める。 4. 全体でかかった時間から, 1人あたりにかかったおよその時間を求める。 (4) 下図は,実験2でそれぞれの人が刺激を受けてから反応するまでの信号が伝わる経路をまとめたものである。 ①~⑤ にあてはまる語句を答えなさい。 刺激 (感覚器官) (1) ( 信号の通り道) 神経 にんしき ( 認識と命令) |神経 (信号の通り道) (4) 神経 (運動器官) (5 反応 (5) 1クラス 30人で行った実験2の結果は, 全体でかかった時間が6.0秒であった。 この場合の1人あたりの反応時間 ししゃごにゅう を求めなさい。 ただし, 四捨五入して小数第1位まで求めなさい。 (6) とおるさんは, 実験2について 時間の計測を1回で終わらせようとしたところ, 先生から注意された。 注意された かいぜん 理由とどのように改善すればよいか, あなたの考えを答えなさい。 65

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数学 高校生

122.1.イ 記述これでも良いですか? また、記述問題だとしても(mod12で8^2 ≡4と8^4≡4より2k乗とした)解説の方法で解いて良いのですか? (8^2 ≡4と8^4≡4より感覚的にはmod12で8の2k乗≡4は分かるけど2つの例だけで2k乗とおくのは証明が不足... 続きを読む

は る)。 D a うる。 る。 ) pk k 2 2 演習 例題 122 合同式の利用・・・ 累乗の数の余り 合同式を利用して,次のものを求めよ。 ア) 13100 9で割った余り (イ) 20002000を12で割った余り [(イ) 早稲田大〕 (2) 472011 の一の位の数 (2) 類 自治医大] 指針 乗法に関する次の性質を利用する。 a=b (mod m), c=d (mod m) のとき 3ac=bd (mod m) (1) 累乗の数に関する余りの問題では、余りの周期性に着目することがポイントである。 また、合同式を利用して、 指数の底を小さくしてから, 周期性を調べると計算がらくに なる。 ・・・・・・ 注意 α” のα を指数の底という。 解答 (1) (ア) 134 (mod9) であり 4² 16 7 (mod 9), 4°=64=1 (mod 9 ) ゆえに |42100=4.(43)=4 (mod9) 特に,a=1 (mod m) となるようなnが見つかれば、問題の見通しがかなり良くなる。 (2) ある自然数Nの一の位の数は, N10で割ったときの余りに等しい。 したがって, 10 を法とする剰余系を利用する。 CHART 累乗の数を割った余りの問題 余りの周期性に注目 よって したがって 求める余りは 4 13100=4100=4 (mod9 ) 4 自然数nに対し α"=6" (mod m) (イ) 2000=8 (mod12) であり 8°=8.4=8 (mod 12), ゆえに,kを自然数とすると よって 82=64=4 (mod 12), 8'=(82)=42=4(mod 12) 82k4 (mod12) 20002000=820004 (mod12) したがって 求める余りは (2) 477 (mod10) であり 7³ 9-7=3 (mod 10), ゆえに よって 472011 720113 (mod10) したがって 47 2011 の一の位の数は 7 72 49=9 (mod 10), 7=92=1 (mod 10) 72011 (74) 502.73 1502.3=1-3=3 (mod 10) 00000 p.492 基本事項 [③3] 3 次のものを求めよ。 13-49 であるから, 13 と4は9を法として合同で あることに着目し, 4 に関 する余りを調べる。 132, 13 を9で割った余り を調べてもよいが, 一般に 42 4の方がらく。 2000" の計算は面倒。 2000 12で割った余りは 8 であるから 2000 と8は 12 を法として合同。 したがって, 8" に関する余 りを調べる。 47=10・4+7 2011=4・502+3 15245 (イ) 30003000 を14で割った余り 495 4章 19 発展合同式 る。 る。 2) -1) でる たと は、 は, な 満 3進

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現代文 高校生

この現代文の問題を教えてください 一つだけでも教えてくださると嬉しいです!

DELUC 四 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。(B) 見えない人が「見て」いる空間と、見える人が目でとらえている空間。それがどのように違うのかは、一緒に時間を過ごす中で、ふとした 瞬間に明らかになるものです。 たとえば、 *注木下路徳さんと一緒に歩いているとき。その日、私と木下さんは私の勤務先である東京工業大学大岡山キャンパスの私の研 究室でインタビューを行うことになっていました。 私と木下さんはまず大岡山駅の改札で待ち合わせて、交差点をわたってすぐの大学正門を抜け、私の研究室がある西9号館に向かって歩き はじめました。その途中、一五メートルほどの緩やかな坂道を下っていたときです。木下さんが言いました。 「大岡山はやっぱり山で、いま その斜面をおりているんですね」。 私はそれを聞いて、かなりびっくりしてしまいました。 ①なぜなら木下さんが、そこを「山の斜面」だと言ったからです。毎日のようにそ こを行き来していましたが、私にとってはそれはただの「坂道」でしかありませんでした。 つまり私にとってそれは、大岡山駅という「出発点」と、西9号館という「目的地」をつなぐ道順の一部でしかなく、曲がってしまえばも り忘れてしまうような、空間的にも意味的にも他の空間や道から分節化された「部分」でしかなかった。それに対して木下さんが口にしたの は、もっと俯瞰(ふかん)的で空間全体をとらえるイメージでした。 確かに言われてみれば、木下さんの言う通り、大岡山の南半分は駅の改札を「頂上」とするお椀(わん)をふせたような地形をしており、西 9号館はその「ふもと」に位置しています。その頂上からふもとに向かう斜面を、私たちは下っていました。 けれども、見える人にとって、そのような俯瞰的で三次元的なイメージを持つことはきわめて難しいことです。坂道の両側には、サークル 勧誘の立て看板が立ち並んでいます。 学校だから、知った顔とすれ違うかもしれません。前方には混雑した学食の入り口が見えます。目に飛 び込んでくるさまざまな情報が、見える人の意識を奪っていくのです。あるいはそれらをすべてシャットアウトしてスマホの画面に視線を落 とすか。そこを通る通行人には、自分がどんな地形のどのあたりを歩いているかなんて、想像する余裕はありません。 そう、私たちはまさに「通行人」なのだとそのとき思いました。 「通るべき場所」として定められ、方向性を持つ「道」に、いわば②ベル り開放的なものに思えます。 トコンベアのように運ばれている存在。それに比べて、まるでスキーヤーのように広い平面の上に自分で線を引く木下さんのイメージは、よ 物理的には同じ場所に立っていたのだとしても、その場所に与える意味次第では全く異なる経験をしていることになる。それが、木下さん の一言が私に与えた驚きでした。人は、物理的な空間を歩きながら、実は脳内に作り上げたイメージの中を歩いている。私と木下さんは、同 じ坂を並んで下りながら、実は全く違う世界を歩いていたわけです。 ③彼らは「道」から自由だと言えるのかもしれません。 道は、人が進むべき方向を示します。もちろん視覚障害者だって、個人差はあると しても、音の反響や白杖(はくじょう) の感触を利用して道の幅や向きを把握しています。 しかし、目が道のずっと先まで一瞬にして見通すこ とができるのに対し、音や感触で把握できる範囲は限定されている。道から自由であるとは、予測が立ちにくいという意味では特殊な慎重さ

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