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国語 中学生

作文の添削をお願いします!!!

5 次の資料は、「電子書籍」(スマートフォンやタブレットなどで読む本)について調査した結果をまと 10 めたものです。 資料 ① 電子書籍の市場規模 ※ か」について、一人一人が自分の考えを文章にまとめることになりました。あとの(注意)に従って、 国語の授業で、この資料から読み取ったことをもとに「電子書籍は将来どのようになっていくと思う あなたの考えを書きなさい。 (1点) (億円) 市場規模 日本で販売される電子書籍の一年間の総売り上げのこと。 7,000 6,000 6,026 5.510 4.821 3,750 3,122 2,278 2,556 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 (年度) (インプレス総合研究所 「電子書籍ビジネス調査報告書 2023」より作成) ② 紙の本と、スマホやタブレット(電子書籍)、 どちらが読みやすい (わかりやすい)か スマホやタブレットなど わからない 38.5%| 紙の本 中学生 40.4% 19.6% 無効・ 不明 1.5% み (全国学校図書館協議会 「第67回学校読書調査報告」 より作成) (2) (注意) で書くこと。 文章は、十一行以上、十三行以内 ふまえてあなたの考えを書くこと。 たこと聞いたことなども含む)を 容に関連させて、自分の体験(見 を、第二段落では、第一段落の内 あなたが資料から読み取った内容 二段落構成とし、第一段落では、 ③ 原稿用紙の正しい使い方に従って、 かなづか 文字、仮名遣いも正確に書くこと。 ④題名・氏名は書かないで、一行目 から本文を書くこと。 (以上で問題は終わりです。) -11-

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歴史 中学生

文字いっぱいで分かりずらいと思うのですが⑨と⑩わかる方いたら教えてください😭教科書に載ってませんでした、

終戦に向けた様子をまとめよう。 インフルエンザ 戦死者900万人超 Ⅲ米の参戦以降、戦場でスペインかぜのパンデミックが起こり、 参戦国の被害が拡大した。 f 1918年、同盟国の降伏や、反戦による革命の発生により、 帝政が崩壊した独は。 あらたに 臨時政府を立ち上げて、連合国との休戦協定締結を進めた。 V 1919年、パリ講和会議が開催されて、 参戦国が 【⑦】条約を結んだ。 独はや本国の 一部を損失したほか、巨額の賠償金が課せられた。 g 日本は独から赤道以北の南洋群島の委任統治権と、 山東半島における利権を引き継いだ。 1917年 十四条 ✓ 米大統領 【⑧】 が提案した平和原則から、国際【⑨】軍縮・民族 【 ⑩】が戦後の新方針となった h独や墺が支配していた東ヨーロッパで、独立国が承認されるいっぽうで、アジアやアフリカは 植民地支配が続き、中の二十一ヵ条の要求に対する抗議も退けられた。 スイス I 1920年、戦後は⑩ため、米の影響力が拡大して、ウィルソン大統領の提案で、ジュネーフ 本部をおく、 国際 【1】 が設立された。 英・仏・伊・日本が常任理事国となったいっぽうで、米は議会の反対で加盟できず、や独も 不参加で、大国の不在や 13ため、機能不全に陥りやすい組織となった。 1 1921年、日本の成長を警戒する米の提案で、 軍縮に向けた 【14】 会議が開催された。 ワシントン海軍軍縮条約 四カ国条約 九カ国条約 主力艦保有量の制限や日英同盟の廃止、中の主権回復のために山東半島の権益返還など、 日本にとって厳しい条約を締結した。 1928年パリ会議 1930年ロンドン海軍軍縮会議 が反発したが政府は不戦条約や 海軍軍縮条約を結び、国際協調路線を継続

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日本史 高校生

5番に何入るかわかる方いませんか?

世界大戦 大正政変 p.266~ たいしょう 1 大正初期の政治運動 さいおんじ きんもち (1) 第2次西園寺公望内閣 (1911~12) a 日露戦争後、 国家財政悪化状況→与党 (政友会)、 積極財政を要求 しだん はち はち * 商工業者は減税、 海軍は八八艦隊建造計画、 陸軍は師団増設を要求 b 明治天皇死去→大正天皇即位 (1912.7):(政内内大臣兼備 じゅうちょう c (2) が 『憲法講話』刊行 ( 3 )説や政党内閣論の提唱で、新時代に 期待する国民の政治的関心が高揚 しんがい ゆうさく d 中国情勢の変化 (辛亥革命) にともない陸軍が ( 4 ) 増設を要求→内閣は 財政上の理由で拒絶 →陸相上原勇作が単独で辞表提出→( 5 )の規定で組 閣できず、 西園寺内閣は総辞職 やまがたありとも Point 山県有朋内閣で導入された 「軍部大臣現役武官制」が内閣組閣に強 い影響をおよぼしている。 かつら ごけん (2) 第3次桂太郎内閣 (1912~13)と第1次護憲運動 げんろう やまがたありとも じじゅうちょう a 元老会議(山県有朋ら) →桂太郎(内大臣兼侍従長) を首相に推薦(非立書 的) b 第1次(6): 立憲政友会の( 7 )、立憲国民党の( 8 )らを中心 とする勢力は「( 9 )打破 ( 10 )」を掲げ、 桂の退 陣を要求 →運動が全国に波及 立憲政友会と立憲国民党→桂内閣不信任案提出→支持の民衆が議会を包囲 →桂内閣は在職53日で退陣 (1913.2) = ( 11 ) *桂は新党結成と元老政治からの脱却を掲げるが、 ( 12 ) の結党は桂の死後

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