学年

質問の種類

世界史 高校生

高校1年 歴史総合「国民国家のナショナリズム」という アメリカ独立宣言やフランス革命後のヨーロッパ社会のところです。 右の問の答えがわかる方いたら教えてください!!

A 国民の創出 いじ 私がドイツ国民の生存を維持する唯一の手段として提 ぱっぽんでき 議するのは、これまでの教育制度の抜本的改革です。 ...….. われわれは新しい教育によってドイツ人をひとつ の全体へと形成し、その全体がそのすべての個々の部 分において同一の問題によって動かされ、 生かされて いるようにしたいと望みます。 ••••••このようにしてわ れわれのもとに、いわゆる大衆教育ではなく、真のド イツ国民教育が生じることになるのです。 (フィヒテ 〈石原達二訳〉「ドイツ国民に告ぐ』) さいせいふく イタリアはその領土を大部分、 再征服した。 しゅび ちつじょ 外国勢力との闘いは首尾よくいったが、 それ が最大の困難ではなかった。 ・・・・・・イタリアは ほかの人民のようには国民になることができ ず、うまく秩序づけられたり統治されたりせ ず、外国勢力のみならず内部のセクト主義者 に対しても強力ではなく、 自由ではなくきち んとした道理をもつことができない。 (歴史学研究会編 『世界史史料 6 』) 7 ダゼリオ 『わが回想」 (1867年) 6 フィヒテ 『ドイツ国民に告ぐ』 (1807~08年) ベルリン大学初代総長となる哲学者フィヒテが、 フランス軍 サルデーニャ王国の首相も務め、 イタリア統一運 動に関わった政治家ダゼリオの回想録。 占領下でおこなった連続講演の一部。 16の講演がおこなわれ た当時、 「ドイツ国」は存 在しなかったが、 「ドイツ 「国民」が強調されている。 7が記された当時、 イタリ ア王国はすでに存在してい るが、「国民になることが できず」 とある。 67が想 定していた 「国民」は、そ れぞれどのような存在なの だろうか。

回答募集中 回答数: 0
地理 高校生

2と3のやり方を教えて欲しいです!

5 2. 資料1 を用いて, 2000年と2018年でのヨーロッパにおける観光客の受け入れ数の国 別割合を計算し、下の表と円グラフを完成させよう。 |2000年 SE フランス スペイン イタリア ドイツ イギリス 6.6 6.5 40.8 47.7 その他 合計 100.0 100.0 万人| 10000円 8000 6000 (単位:%) 2000 2018年 AJURETOUSANDLUNG 2000 400 4000 夢にイギリス 0 2000 5.4 6.5 of 4. 13. 資料1 を用いて, 2000~2018年での, ヨーロッパの主な国における観光客の受化させ け入れ数の推移を折れ線グラフで表そう。 次の その他 40.8 ・ドイツ 総数 3億4908 万人 5.4/6.6 ドイツ イギリス ヨーロッパにおける観光客の受け入れ数の国別割合 05 E 10 15 18年 ヨーロッパの主な国における観光客の受け入れ数の推移 |2018年 その他 47.7 BRICH 総数 5億9460 万人 6.5 6.5 ドイツ 作成したグラフを基に、次の①・②に あてはまる国名を記入し、文章を完成 させよう。 統計データをグラフで 表すと, 数値の大小や 変化がわかりやすいね。 イギリス ひかく 円グラフで2000年と2018年を比較す ると、全体に占める割合が大きく縮小し たのは, ① だとわかる。 ま た,折れ線グラフから, 2010~2018年 で観光客の受け入れ数が大きく増えたの だとわかる。 2 作業問題 ふりかっ 19

回答募集中 回答数: 0
歴史 中学生

~コイン100~ 予習でよく分からないので教えて欲しいです! この問の答えを文章にまとめてほしいです! ①第一次世界大戦後の世界ではどのような動きが見られたのか。 ② なぜ、日本で民主主義的風潮が高まり、どのようにして発展したのか。 ③ 大正時代の日本はどの... 続きを読む

学習活動を通じての結論 ■歴史的分野の学びの「見方・考え方」 → 並べる A. 時系列 B. 諸事象の推移 C. 諸事象の比較 D. 事象相互のつながり 課題 I 第1時 第2時 No4 Nol No2 200 BE No3 po 1 = 2 口時期 →捉える(見てつかむ) □展開 → 比べる □類似 → つなげる □背景 2-4 |□年代 変化 口差異 □原因 続 □特色 □結果 □影響 第3時 教p206 大正デモクラシーと政党内閣の成立 (教p208~210含む) 「なぜ、日本で民主主義的風潮が高まり、どのようにして発展したのか」 【視点: 展開、 背景】 第4時 教p210 新しい文化と生活 「大正時代の日本はどのような文化が生まれたのか」 【視点: 特色】 上がり、 歴史学習のレポートの評価ポイント 課題のまとめや課題2の結論をまとめるときに左の歴史的分野のA~Dの 「見方・考え方」 を踏まえて、プリントの重要語句を使ってまとめること。 学びに向かう学習課題 (プリントのめあて) についてまとめる 教p198 第一次世界大戦 (教p200~201、204含む) 「第一次世界大戦はどのようにして起こり、日本はどのように戦争に関わったのか」 【視点: 背景、影響】 【主】 単元を通じて追究する問いを解決するために、学習内容を振り返っている 20世紀の初めヨーロッパで、ドイツ・オ・ストリア・イタリアの「三国同盟」と、イギリス・フランス・ロシアの 「三国協商が対立していた。そんな中、オーストリアの皇太子が殺害されるサラエボ事件が起き、これをきっかけとして 第1次世界大戦が起きた。日本は、日英同盟と中国の利権、国際的地位向上のため参戦し、直接ではなく間接的に戦争に関った。通 教p202 国際協調の高まり (教p204~205含む) 「第一次世界大戦後の世界ではどのような動きがみられたのか」 【視点: 特色、影響】 学習活動を通じての予想の検証

回答募集中 回答数: 0
歴史 中学生

予習でよく分からないので教えて欲しいです! この問の答えを文章にまとめてほしいです! ①第一次世界大戦後の世界ではどのような動きが見られたのか。 ② なぜ、日本で民主主義的風潮が高まり、どのようにして発展したのか。 ③ 大正時代の日本はどのような文化が生まれたのか。 ... 続きを読む

学習活動を通じての結論 ■歴史的分野の学びの「見方・考え方」 → 並べる A. 時系列 B. 諸事象の推移 C. 諸事象の比較 D. 事象相互のつながり 課題 I 第1時 第2時 No4 Nol No2 200 BE No3 po 1 = 2 口時期 →捉える(見てつかむ) □展開 → 比べる □類似 → つなげる □背景 2-4 |□年代 変化 口差異 □原因 続 □特色 □結果 □影響 第3時 教p206 大正デモクラシーと政党内閣の成立 (教p208~210含む) 「なぜ、日本で民主主義的風潮が高まり、どのようにして発展したのか」 【視点: 展開、 背景】 第4時 教p210 新しい文化と生活 「大正時代の日本はどのような文化が生まれたのか」 【視点: 特色】 上がり、 歴史学習のレポートの評価ポイント 課題のまとめや課題2の結論をまとめるときに左の歴史的分野のA~Dの 「見方・考え方」 を踏まえて、プリントの重要語句を使ってまとめること。 学びに向かう学習課題 (プリントのめあて) についてまとめる 教p198 第一次世界大戦 (教p200~201、204含む) 「第一次世界大戦はどのようにして起こり、日本はどのように戦争に関わったのか」 【視点: 背景、影響】 【主】 単元を通じて追究する問いを解決するために、学習内容を振り返っている 20世紀の初めヨーロッパで、ドイツ・オ・ストリア・イタリアの「三国同盟」と、イギリス・フランス・ロシアの 「三国協商が対立していた。そんな中、オーストリアの皇太子が殺害されるサラエボ事件が起き、これをきっかけとして 第1次世界大戦が起きた。日本は、日英同盟と中国の利権、国際的地位向上のため参戦し、直接ではなく間接的に戦争に関った。通 教p202 国際協調の高まり (教p204~205含む) 「第一次世界大戦後の世界ではどのような動きがみられたのか」 【視点: 特色、影響】 学習活動を通じての予想の検証

回答募集中 回答数: 0
現代文 高校生

この問題が見当たらないのですがどこの問題集から出ているかわかる方いますか 勉強内容以外のことですいません

① 「都市へ」 解答・配点 理的文章 (+実用的文章 論理的文章 (+実用的文章 正解 ④ 1① ] ④ 4 8 8 ① (ウ) 2 (木) 2 58 D 28 3 設間 配点 (7) 2 44 @ee (2) 0918 計 CE (i) 4 10 ③ | (11) FEHE 23 鈴木博之 「都市へ」 「プロローグ 都市における近代とはなにか」 の一 出典 節。出題に際しやむを得ない事情により、一部省略・変更した箇所がある。 なお、写真については、編集の都合上、類似したものに変更した。(写真提 供: 時事通信フォト) 鈴木博之は、一九四五年、東京生まれ。 建築史家。東京大学工学部教授、 東京大学大学院工学系研究科教授、青山学院大学総合文化政策学部教授、博 物館明治村館長、公益財団法人明治村副理事長などを歴任。 二〇一四年、逝 去。著書に「建築の世紀末」 「建築の七つの力」「夢のすむ家 20世紀をひら いた住宅」「東京の[地霊]」 「見える都市/見えない都市まちづくり・ 建築・モニュメント」「日本の〈地霊)」 「都市の記憶」などがある。 問題文の解説 原典では各部分にこまめに小見出しがつけられており、問題文をそれを利 て分けると次のようになる。第1段落~第団 段落=「都市は単なる 器で 用し の建物やそれによって構成される町についても同じで、 つまり、日本の町や 建築は根本的に、すべては仮のもの、移ろいゆくものと見る精神、すなわち 無常の精神の上に成り立っているようである。 そこからは消えてしまったも のの名残の風情やゆかりをしのぶ精神なども浮かび上がってくる。 (7) これに対し、廃墟は移ろわずそこに厳然とそびえ続けているものである。 こういうものを建造するヨーロッパ精神には、永遠を実体として表現し、 物 理的にとどめようとする意志が感じられる。すなわち、ヨーロッパの建築や 都市は建築材料の特質ゆえに残っているというだけのものではなく、建造さ れたときから水を物理的に保証する存在として、すなわち廃墟や遺跡とし 残るべく造営されたのであり、そこには、無常ではなく、水を志向する 精神がある。 ( Ⅲ「「永遠」と「今」」 ⑨~図> ヨーロッパの都市と建築を支配し、そこにヨーロッパ特有の表情を与えて いるのは「「永遠」に連なってゆく 「時間」に対する意識の存在」である。 そして、それがヨーロッパの都市の美観を形成している。 たとえば、西欧 に比べて日本の都市が美的でなく、混乱と無秩序に満ちていると指摘される ことが多いのは、日本人の日常生活に永遠がなく、「今」しかないからだろ う。つまり、永遠に残そうなどという思いはなく、当面の役に立てばいいく らいの気持ちで、場当たり的に都市や建築を造っているのである。 それに対 して、ヨーロッパの「永遠」を志向する精神は都市建築を永遠の時間に堪 る ゆえんである。 ) えられるものとして建造しようとする。 廃墟遺跡が残る都市が美観を呈す われわれ日本人は、旅行空間を移動することであり、別の空間を味わう ことだと思い込みすぎている。ゆえに旅行先の都市や建築に時間を見出そう とする感覚が稀薄となり、それらに意識を傾注しようとしない。しかし、異 なる場所を訪れるということは、そこに流れる異なる時間の中に身を置くこ とであり、旅行とは本当は時間の体験なのである。 それがわかったとき、そ 遼」と「今」」、第四段落~第四段落=「都市を変えてゆく力/近代化の はない」、第⑤段落~第1段落=「廃墟の概念」 まり」、第2段落第2段落=「近代化と文化的アイデンティティ」。わかり やすいので、この原典の小見出しに従い、それぞれの議論の要点を整理し、 その内容をできるだけ端的に解説していくことにする。 <Ⅰ「都市は単なる器ではない」 ~団〉 いわゆる観光旅行において、実際には都市や町や建築を目にしている時間 が圧倒的に多いはずでありながら、意識はその中にある遺物、そこにまつわ る歴史や由緒あるいはみやげ物や特産品などの商品の方に向きがちであ り、都市のあり方や町並みそのもの、 建築そのものに見入るということが少 ない、そう筆者は指摘する。 それは観光の目的が都市なりなり建築なりの 中身にあると思い込んでいるからであり、都市や町や建築を単なる器にすぎ ないと思う気持ちがあるからだろう。 (12) しかし、たとえばゴシックの大聖堂が単なる入れ物としての建物ではな く、それ自体その精神世界を造形したものであるように、ヨーロッパなら ヨーロッパの都市は、その都市を造った者たちの精神を体現している。つま り、都市そのものに見入れば、そこにその都市固有の精神が現れてくるので ある。したがって、都市や建築は単なる器ではないのである。(M) しかし、それぞれの都市と建築に込められている精神とはどのようなもの か、それはどこを眺めれば解るのかという質問に直ぐに答えが出せるかとい うと、それはそう単純にはいかない。 (①) <I「廃墟の概念」⑤~回> そこで右の質問にひとつの例を以て答えてみる。 ヨーロッパの都市の精神を垣間見るのにはどこを眺めればいいのか。その 答えの一つは廃墟、遺跡である。それでは、そこにはどんな精神が見出せる のか (⑤⑥) たとえば日本の社寺は放っておくと消えて山野に戻ってしまう。それは他 の時間を体現する都市と建築の存在に目が向けられ、そこに込められた精神 に近づくことになるだろう。 (2) 《Ⅴ「都市を変えてゆく力近代化のはじまり」 (1~ 時間のなかに都市を見るとき、十八世紀までの都市のすがたと十九世紀以 後の都市のすがたとのあいだには根本的な差異が存在していることに気づ く。そして、その中でも最も顕著な差異は都市や建築の大規模化である。逆 に言えば、十八世紀までは都市や建築は中世と本質的に変わらないものを用 い続けてきたということになる。 それが十九世紀になってはじめて、都市は 急激な人口増加とそれに伴う都市改造により様相を変えたのである。(図~ この急激な変化の原因の一つは十八世紀末にはじまる産業革命とそれによ る初期の工業化社会の到来である。また、フランス革命がもたらした基本的 人権や土地改造もその後の都市の大変革に影響しなかったはずはない。さら にアメリカの独立宣言もヨーロッパ世界だけが世界の中心だとする観念を相 対化させるものであり、いずれもヨーロッパの都市を中世的なものから近代 的なものへと転換させるべく作用し、近代の土壌を用意するものであった。 《V「近代化と文化的アイデンティティ」 (22) ここでアジア諸国における近代化について考える。 近代化過程の初期においては、 アジア諸国は西欧的近代主義をモデルとし て、それに邁進してきた。 しかし、次第に西欧文明の摂取と自国の文化的ア イデンティティの両立をいかにはかるかが問題となってくる。 そこで考えら れたのが、たとえば日本の「和魂洋才」のように、技術文明と文化の価値尺 度を分離して、文化の価値尺度については自分たちの伝統的なあり方を維持 し、技術だけを西欧から摂取するという理念である。しかし、そんな 実際に可能だったのだろうか。 特に技術と生活 いると言っていい都市

回答募集中 回答数: 0