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現代文 高校生

波線部の意味がわかりません。なぜ「真理」の意味に解すべきなのですか?

虚構(フィクション) 物事の範囲 のそとがわ ・入試でキーワードをチェック! ちがい だま 6フィクション論の観点からいうと、「虚構と真実」というのはいくら か文学的なテーマ設定である。というのも、そこには「虚偽(ウソ)」が含ま れていないからだ。図式的な言い方になるが、日常世界での対立項は虚偽と真 実(ないし事実)、つまりウソとマコトである。それにたいして虚構はフィク ションであり、これは原則として真偽の埒外にあるとされる(フィクションに ついては真偽を問題にすべきではない。フィクションは架空ではあっても騙す ことを目的としない、云云)。だから、「虚構と真実」は、むしろゲーテのいう 「詩と真実」に近いのではないか(「文学的」という理由はそこにある)。そし てその場合「真実」は、「事実」の同義語としてではなく、むしろ「真理」の 意味に解すべきではないか。現在「フィクション論漬け」になっている私など はこんなふうに考えるのだが、どうだろうか。 うんぬん おおうらやすすけ [出典] 大浦康介 「虚構の知恵・『ウソ』の効用」 [出題] 関西大学・法学部・経済学部・政策創造学部など 読解のポイント 虚構と真実 #虚偽と真実(ないし事実) *ウソとマコト 虚構には「虚偽(ウソ)」 が含まれて いない =詩と真実(真理) 要約 「虚構と真実」は、虚偽と真実(事実) やウソとマコトということではない。虚 構はフィクションで、「虚偽(ウソ)」が 含まれないからだ。「虚構と真実」は「詩 と真実(ここでは真理)」の方に近い。 38

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歴史 大学生・専門学校生・社会人

古文がどうしても苦手で、現代語訳を教えていただきたいです(><)

『旧唐書』後半読み下し文 旧字は通用字体に直してあります。 ちょうげんもく 開元の初め、又使を遣して来朝す。請いに因り、儒士、経を授く。四門助教趙玄黙 に詔して、鴻嘘寺に就きて之を教える。乃ち玄黙に闊幅の布を遣し、以て すなわ ひろはば 束修の礼と為す。題に云く、「白亀元年調布」 と。 人、亦其の偽りなるを疑う。 せきらい か うか 得る所の錫賚②は、尽く文籍を市い、海に泛べて還る。其の偏使朝臣仲満③、 中国の風を慕い、因りて留まりて去らず。姓名を改め、朝衡と為す。仕えて さほけつ ぎおうゆう 左補欠・儀王友を経たり。衡、京師に留まること五十年、書籍を好み、帰郷 ゆる を放すも、逗留して去らず。天宝十二年、又使を遣して貢ず。上元中、衡を擢 んきじようじ ちんなんとご んでて左散騎常侍・鎮南都護と為す。貞元二十年、使を遣して来朝す。留学 たかしなのまひと 生橘逸勢④・学問僧空海 ⑥。 元和元年、日本国使判官高階真人上言す。 「前件 ようや すなわ の学生、芸業稍く成り、本国に帰ることを願う。便ち臣下と同じく帰ること を請う」と。之に従う。開成四年、又使を遣して朝貢す。 to to ことごと

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