学年

質問の種類

歴史 中学生

歴史です。教えてくれると助かります。

)にあてはまる語句を書きなさい。 口(1) Aは, 3世紀の日本のようすについての記述が 見られる中国の歴史書「競志」倭人伝の一部。「そ の国」とはO[ は女王の②[ に使いを送り,皇帝から金印などを授かったとい (史料の読解〉次の史料を読んで, 右の文中の[ A その国の王はもとは男であったが,争いが 絶えなかったので, 国々が共同して[ a ] ぎし、わじんでん ]のことで、[a] ]。[a ]は239年に競 を王に立てた。[a ]は神に仕え.まじな いによって人々を治めた。 -[ a ]が 死ぬと大きな墓がつくられ,100人余りの奴 ひ どれい きんいん 蝉(奴隷)がいっしょにうめられた。 う。 口(2) Bは, 7世紀初めに聖徳太子が役人の心がまえ として定めたの[ しょうとくたいし B ーに日く,和をもって貫しとなし、争うこと のないように心がけよ。 二に日く、あつく三宝を敬え。三宝とは、仏」 てはまる語句は,L 法福である。 三に日く,[b ]の器を受けたら、必ず誰 いわ とうと J。(b ]にあ ]である。 ]となった太子は、 さんぼう うやま 推古天皇の③[ 【b ]を中心とした国づくりを進めた。 みことのり んでこれに従え。 ]がよんだ 口(3) Cは,8世紀にO[ 「貧窮間答歌」。貴族である[① ]が,農民の立場 に立ってよんだもので,最古の歌集である r[ C 人間に生まれ 人なみに田をつくるのに よれよれになったぼろを肩にかけつぶれか かった土間の上にわらをしき 父母はまくら の方に 妻や子は足の方にいてなげき悲 しんでいる……それなのに むちをもった 里長が戸口で税を出せとどなりたてる…… ひんきゅうもんどう ]」に収められている。 さとおさ きさき 口(4) Dは, O[ なった祝いの席でよんだもの。[① ]は子の頼通 とともに@[ 口(5) Eは,1221年におきたの[ 頼朝の妻であった[ D ]が、娘が天皇の妃と (う) もちづき この世をば わが世とぞ思ぶ 望月の (え) いわ よりみち 欠けたることも無しと思へば ]政治の全盛時代を築いた。 ]の乱の際。 が御家人た E みなの者,心をひとつにして聞きなさい。 頼朝公が幕府を開いて以来, 官位といい, 慰 賞の土地といい, その恩は山よりも高く, 海 よりも深いものです。 それに報いたいという 志は浅くないはずです。 名誉を重んずる者 は,今すぐ京都に向かって出陣し, 逆臣をう ちとって, 幕府を守りなさい。 よりとも こけにん よりとも ばく。 おん しょう ちに言ったとされる言葉である。 むく この戦いは幕府軍の大勝に終わり,乱の中心人 こころざし めいよ おき 物であった®[ J上皇は,隠岐に流さ しゅつじん ぎゃくしん れた。 口(6) Fは, 1428年におきた①[ ついての記録。近江(滋賀県)の坂本でおこった民 衆の反乱が,近畿地方一帯に広がった。 [c]は高利貸しを営んでいた質屋で, ]に F 正長元(1428)年9月, 天下の土民が蜂起 した。徳政とさけんで, 酒屋, [ c ], 寺院 などを破壊し,いろいろな品物を勝手に略 奪し,借金証文をすべて破棄した。管領が これを鎮圧した。 しょうちょう ど みん ほう き おう み さかもと は かい りゃく だつ しょうもん ちんあつ だいじょういんにっ きもくろく (「大乗院日記自録」より) ]という。

解決済み 回答数: 1
現代文 高校生

城の先にて のプリントです 習ってなかったので教科書を読んでやりましたが、裏面が分かりませんでした、 習ったことのある方、わかる方、分かるところだけでいいのでおしえてほしいです🥺

ェ しなければならない仕事があると感じたかったが、「自分」の気 持ちは生よりも死に傾斜しがちであった 9「死骸はじっとそこにしているだろう。」(六九·}は、「死骸はそこに じっとしているだろう。」とするのが普通の表現である。作者はある ことを強調するために語順を入れ普えたと考えた場合、何のどうい うさまを強調したかったのか。一二字以内で答えよ。 7「ほかの蜂はいっこうに冷淡だった。巣の出入りに忙しくその脇をは い回るが全く拘泥する様子はなかった。」(六九:2)とあるが、このよ うに生きているを描写するねらいは何か。二〇字以内で答えよ。 「作の表情」(O·)とあるが、これはねずみのどのような様子を 表しているか。次の中から適当なものを一つ選べ。 ア 助からないことは分かりきっているのに、それに気づかずに単一 調な逃げ方を試みている様子。 ィ 生き延びるという本能に導かれるまま、してもしかたのないこ とを繰り返している必死な様子。 ゥ 生き延びたい一心で、魚串の刺さった傷ロが更に開くことを承 知のうえで走り回っている様子。 ェ どこかへ逃げ込もうと、弱った体を無理やり動かして体力の消一 耗を速めている哀れな様子。 「ある朝のこと、…いかにも静かだった。」(六八15~六九.B)の形式段 落で、死んだ蜂の姿を見ている「自分」は、「静かな感じ·静かだっ た」「寂しかった」という言葉を繰り返し述べている。ここには「自 分」のどのような心情が表れていると考えられるか。次の中から適 当なものを一つ選べ。 ア 死は永遠の平安をもたらす一方、生き残った者からは忘れ去ら れてしまうという、肯定と否定の思いが入り交じっている。 ィ 死は全ての苦悩からの解放ではあるが、残される者にとっては多 「自分は、そのねずみを見てどのような気持ちになったか。本文中 から一〇字以内で抜き出せ。 K 大な苦痛であると両面を見つめている。 ゥ 死はあらゆることを超越すると同時に、あらゆることを受け入 れもするという不可解性に疑問を感じている。 ェ 死は肉体としては見苦しい姿をさらけ出すことになるが、精神 は穏やかであり崇高ささえ感じている。 12 「あれが本当なのだ」(セ-6)とはどういうことを述べているか。次」 の中から適当なものを一つ選べ。 E A死後の静寂というものは、周りとの関係性に東縛されるのが現 気だuニ リと。 ィ 動物にとっては死は無意味なものでしかないのだから、人間も 「両方」 (七ニ )とは、何と何か。 死への甘美な観念は捨てるべきであるということ。 ゥ 死とは結局孤独で寂しいものであり、死後の静けさなどという ものは単なる思い込みに過ぎないということ。 ェ 死を目前にした時に死の運命から必死に逃げ回るというのが生 き物の普通の姿であり、正しいありようだということ。 1「生き物の寂しさ」 (七四-5)とはどのような点を言うのか。後の言葉一 に続く形で、二O字以内で答えよ。 H 13次の文は、「自分でも後から不思議に思った」(セー·15)の部分につい て述べたものである。次の文の空欄に当てはまる言葉を、後の語群 はかない存在である点。 自分自身の生死に関わることでは冷静な判断が| れがちだが、それが一 「生きていることと死んでしまっていることと、それは両極ではなかっ た。」(七五·6)とあるが、その理由として適当なものを次の中から一 の ことを我ながら不思議に思っている。 * できなS O4gd * P和父 ェ できなかった ア いもりの不意の死を目の当たりにして、自分にも予期せぬ死が 迫っているのではないかという不安が生じているから。 ィ 偶然とはいえ、いもりを殺してしまい、生きている限りは他者 を傷つけざるをえない生き物の悲しさを痛感しているから。 ゥ 蜂やねずみやいもりなど、生き物の死をいくつも目撃し、死に 向かって生きているという生き物の定めを思い知らされたから。 ェ いもりを殺してしまったことで、生も死も偶然に支配されてい ることに思い当たり、生き物の寂しさを感じているから。 の ge「気分で願うところ」(セ·9)との「実際」 (七ニ·10)とは何を指一 すか。次の中から適当なものをそれぞれ一つ選べ。 音の手利引き ァ 死ぬ時が来たならば、動揺せずに静かに死にたいという願望。 ィ 死ぬ時が訪れても、恐怖には襲われないだろうという予測。 ゥ 死が迫っても、生きる望みを捨てずに手を尽くすという決意。 ェ 生き延びるために実際に自分が取る手段。 ォ 死に臨んだ時に実際自分が取る行動。 女空欄のないように解いてくること

回答募集中 回答数: 0
現代文 高校生

城崎にて  のプリントです。 わかるところだけでいいので教えてください。お願いします涙

の ェ しなければならない仕事があると感じたかったが、「自分」の気 持ちは生よりも死に傾斜しがちであった。 9「死骸はじっとそこにしているだるう。」(六九 ·は、「死骸はそこに じっとしているだるう。」とするのが普通の表現である。作者はある ことを強調するために語順を入れ替えたと考えた場合、何のどうい うさまを強調したかったのか。一二字以内で答えよ。 『ほかの嫌はいっこうに冷淡だった。巣の出入りに忙しくその脇をは い回るが全く拘泥する様子はなかった。」(大九·2)とあるが、このよ うに生きている蜂を描写するねらいは何か。二〇字以内で答えよ。 |B「ある朝のこと、…いかにも静かだった。」(六A·5~六九·8)の形式段 落で、死んだ姉の姿を見ている「自分」は、「静かな感じ·静かだっ た」「寂しかった」という言葉を繰り返し述べている。ここには「自 分」のどのような心情が表れていると考えられるか。次の中から適 当なものを一つ潤べ。 ア 死は水湾の平安をもたらす一方、生き残った者からは忘れ去ら れてしまうという、背定と否定の思いが入り交じっている。 イ 死は全ての苦悩からの解放ではあるが、残される者にとっては多 大な苦痛であると両面を見つめている。 ゥ 死はあらゆることを超越すると同時に、あらゆることを受け入 れもするという不可解性に疑間を感じている。 ェ 死は肉体としては見苦しい姿をさらけ出すことになるが、精神 は標やかであり崇高ささえ感じている。 「動作の表情」 (七O·1)とあるが、これはねずみのどのような様子を 表しているか。次の中から適当なものを一つ選べ。 A 助からないことは分かりきっているのに、それに気づかずに単 調な逃げ方を試みている様子。 ィ 生き延びるという本能に導かれるまま、してもしかたのないこ とを繰り返している必死な様子 ゥ 生き延びたい一心で、魚串の刺さった傷口が更に開くことを承 知のうえで走り回っている様子。 ェ どこかへ逃げ込もうと、弱った体を無理やり動かして体力の消 耗を速めている哀れな様子。 「自分」は、そのねずみを見てどのような気持ちになったか。本文中 から一〇字以内で抜き出せ。 12「あれが本当なのだ」(七-,6)とはどういうことを述べているか。次 の中から週当なものを一つ選べ。 日 ア 死後の静寂というものは、周りとの関係性に東縛されるのが現 実だということ。 ィ 動物にとっては死は無意味なものでしかないのだから、人間も 死への甘美な観念は捨てるべきであるということ。 ゥ 死とは結局巡独で寂しいものであり、死後の静けさなどという ものは単なる思い込みに過ぎないということ。 ェ 死を目前にした時に死の運命から必死に逃げ回るというのが生一 き物の普通の姿であり、正しいありようだということ。 「両方」(七ニ 巴 とは、何と何か。 1 「生き物の寂しさ」(七器 - 5)とはどのような点を言うのか。後の言葉 に読く形で、二O字以内で答えよ。 HI 位次の文は、「自分でも後から不思識に思った」 (も一,の部分につい て述べたものである。次の文の空欄に当てはまる言葉を、後の語群 から還べ 自分自身の生死に関わることでは冷静な判断が一 れがちだが、それが|の はかない存在である点。 9 と思わ ]ことを我ながら不思識に思っている。 「生きていることと死んでしまっていることと、それは両極ではなかっ た。」(七五,6)とあるが、その理由として適当なものを次の中から一 イできない 照べ ゥ できた ェ できなかった ァ いもりの不意の死を目の当たりにして、自分にも予期せぬ死が 迫っているのではないかという不安が生じているから イ 偶然とはいえ、いもりを殺してしまい、生きている限りは他者 を傷つけざるをえない生き物の悲しさを痛感しているから ウ癖やねずみやいもりなど、生き物の死をいくつも目撃し、死に 向かって生きているという生き物の定めを思い知らされたから ェ いもりを殺してしまったことで、生も死も偶然に支配されてい ることに思い当たり、生き物の寂しさを感じているから。 の 1e「気分でうところ」(セニ、9 との「実際」(七二·9とは何を指 すか。次の中から遭当なものをそれぞれ一つ選べ。 の引きの ア 死ぬ時が来たならば、動揺せずに静かに死にたいという顧室。 イ 死ぬ時が訪れても、恐怖には襲われないだろうという予測。 ウ 死が追っても、生きる望みを描てずに手を尽くすという決意。 H 生き延びるために実際に自分が取る手段 オ 光に臨んだ時に実際自分が取る行動。

回答募集中 回答数: 0
現代文 高校生

城崎にて というお話です   わかるところだけでいいので教えてください🙏🏻 

の ェ しなければならない仕事があると感じたかったが、「自分」の気 持ちは生よりも死に傾斜しがちであった。 9「死骸はじっとそこにしているだるう。」(六九·)は、「死骸はそこに じっとしているだるう。」とするのが普通の表現である。作者はある ことを強調するために語順を入れ替えたと考えた場合、何のどうい うさまを強調したかったのか。一二I字以内で答えよ。 「ほかの嫌はいっこうに冷波だった。巣の出入りに忙しくその脇をは い回るが全く拘泥する様子はなかった。」(犬九.2)とあるが、このよ うに生きている蜂を描写するねらいは何か。二〇字以内で答えよ。 8「ある朝のこと、…いかにも静かだった。」(六八,6~六九·8)の形式段 落で、死んだ蜂の姿を見ている「自分」は、「静かな感じ·静かだっ た」「歌しかった」という言葉を繰り返し述べている。ここには「自 分」のどのような心情が表れていると考えられるか。次の中から適 当なものを一つ選べ。 ア 死は水遷の平安をもたらす一方、生き残った者からは忘れ去ら れてしまうという、背定と否定の思いが入り交じっている。 ィ 死は全ての苦悩からの解放ではあるが、残される者にとっては多 大な苦痛であると両面を見つめている。 ゥ 死はあらゆることを超越すると同時に、あらゆることを受け入 れもするという不可解性に疑間を感じている ェ 死は肉体としては見苦しい姿をさらけ出すことになるが、精神 は穏やかであり崇高ささえ感じている。 g「動作の表情」 (七O·)とあるが、これはねずみのどのような様子を 表しているか。次の中から適当なものを一つ選べ A 助からないことは分かりきっているのに、それに気づかずに単 調な逃げ方を試みている様子。 ィ 生き延びるという本能に導かれるまま、してもしかたのないこ とを操り返している必死な様子。 ゥ 生き延びたい一心で、魚串の刺さった傷口が更に開くことを承 知のうえで走り回っている様子。 ェ どこかへ逃げ込もうと、弱った体を無理やり動かして体力の消 耗を速めている哀れな様子 「自分」は、そのねずみを見てどのような気持ちになったか。本文中 から一〇字以内で抜き出せ。 12「あれが本当なのだ」 (七-,6)とはどういうことを述べているか。次 の中から適当なものを見一つ選べ。 間 ア 死後の静寂というものは、周りとの関係性に東縛されるのが現 実だということ。 ィ 動物にとっては死は無意味なものでしかないのだから、人間も 死への甘美な観念は捨てるべきであるということ。 ゥ 死とは結局孤独で寂しいものであり、死後の静けさなどという ものは単なる思い込みに過ぎないということ ェ 死を目前にした時に死の運命から必死に逃げ回るというのが生 き物の普通の姿であり、正しいありようだということ 「両方」(七ニ)とは、何と何か。 1「生き物の寂しさ」(七四 -15)とはどのような点を言うのか。後の言葉 に鏡く形で、二OO字以内で答えよ。 | H 協次の文は、「自分でも後から不思識に思った」(一5の部分につい て述べたものである。次の文の空欄に当てはまる言葉を、後の語群 から還べ 自分自身の生死に関わることでは冷静な判断が一 れがちだが、それが一 はかない存在である点。 「生きていることと死んでしまっていることと、それは両極ではなかっ た。」(七五,6)とあるが、その理由として適当なものを次の中から一 9 ]と思わ O ことを我ながら不思識に思っている。 イできない A P和 ェ できなかった アいもりの不意の死を目の当たりにして、自分にも予期せぬ死が 迫っているのではないかという不安が生じているから イ 偶然とはいえ、いもりを殺してしまい、生きている限りは他者 を傷つけざるをえない生き物の悲しさを痛感しているから。 ウ蜂やねずみやいもりなど、生き物の死をいくつも目撃し、死に 向かって生きているという生き物の定めを思い知らきれたから ェ いもりを殺してしまったことで、生も死も偶然に支配されてい ることに思い当たり、生き物の寂しさを感じているから の 1e「気分でうところ」(セニ·9 との「実際」(七ニ,12 とは何を指 すか。次の中から遭当なものをそれぞれ一つ選べ。 の手引きの ア死ぬ時が来たならば、動揺せずに静かに死にたいという願望。 イ 死ぬ時が訪れても、恐怖には襲われないだろうという予測。 ウ死が追っても、生きる望みを捨てずに手を尽くすという決意。 ェ 生き延びるために実際に自分が取る手段。 オ 死に臨んだ時に実際自分が取る行動。

回答募集中 回答数: 0
日本史 高校生

緊急です!どなたかこの問題やって下さいませんか?お願いします!

1. 室町幕府の成立に関する以下の文を読み、空欄に入る適切な語句を語群から選び,記号で答えなさい。 解答番号1~15 鎌倉時代末期,朝廷は大覚寺統と持明院統にわかれて皇位を争うようになった。1318年に後醍醐天皇が即位し親政 を開始したが,両統が交代で皇位につく(1 )には不満を抱いていた。一方,鎌倉幕府では執権による専制政治が おこなわれ,御家人の不満が高まりつつあった。このような中で,後醍醐天皇は 1324 年に(2| (3 )によって倒幕を計画したが,すべて失敗して隠岐へ流された。しかし各地で反幕府の活動が開始され,1333 年には4 )が京都を,(5| )が鎌倉を攻略して幕府は滅亡した。 京都に帰還した後醍醐天皇は,復古的な天皇親政を理想として統治組織を整えたが,その政治はあまりに急激で, 社会の混乱をまねいた。武士の信望を集めた4は,1335年の(6 )を契機に新政府に反旗をひるがえし,翌年に御 成敗式目にならった(7| )を制定して,京都に幕府を開く意志を示した。4|は新しい天皇として(8 )を立てる と,吉野に逃れた後醍醐天皇と対立した。こうして,約 60年にわたる南北朝の動乱がはじまる。 この中で力をつけてきたのは守護である。1352年の(| )で,守護は一国の荘園·公領の年貢の半分を獲得でき るようになると,荘園領主から年貢の徴収を請け負う(10 )をさかんにおこない,在地での支配権を強化していっ た。このため,この時代の守護を鎌倉時代のそれと区別して,( 11 )ということがある。 3代将軍12 )は 1392 年に南北朝の合体を実現し,室町幕府の全国支配を完成させた。幕府の機構で重視され たのは,将軍の補佐をする( 13 )である。この職は,足利氏一門の斯波·畠山·細川氏の三家から選ばれ,三 13 と呼ばれた。また侍所の長官である所司は,山名·赤松一色·京極の諸氏から選ばれ,これを( 14 )と称した。 守護勢力の中には将軍権力をおびやかすほどのものもあり,将軍の権力確立のため,その勢力削減につとめることも あった。山名氏清を倒した事件である( 15 )などは,その好例である。 ), 1331 年には ウ.半済令 オ.守護請 語群:ア.正中の変 カ、守護大名 イ.元弘の変 キ、両統迭立 エ,徳政令 ク.足利尊氏 ケ、足利義満 コ,足利義政 サ、管領 シ.四職 ス.新田義貞 セ、中先代の乱 ソ、建武式目 タ,光明天皇 チ、光厳天皇 ツ.明徳の乱 テ、応永の乱 2. 室町幕府の衰退と庶民の台頭に関する以下の問いの答えを,語群から選び、記号で答えなさい。 解答番号 16~25 0 足利義満が開始した日明貿易が朝貢形式だったため,貿易を中断した4代将軍は誰か。16 2 朝鮮との貿易が衰えるきっかけになった,1510年におこった事件は何か。17 3 沖縄では1429年に琉球王国が成立したが,東南アジアをはじめとする国際貿易の拠点になった港はどこか。18 の 倭人の進出に圧迫されたアイヌが1457年に蜂起したが,その中心人物は誰か。19 6 惣村は寄合の決定に従って運営されたが,村内で守るべき規約を何というか。20 6 領主へ納める年貢などを,惣村がひとまとめにして請け負うことを何というか。21 の 専制政治をおこなったため,1441年,有力守護の赤松満祐に殺害された6代将軍は誰か。22 1428年におきた,京都の土倉·酒屋を襲って質物や売買·貸借証文を奪った一換は何か。23 将軍の後継争いに幕府の実権をめぐる細川勝元と山名持豊が介入して,1467年に勃発した内乱は何か。24 O 商品経済がさかんになり貨幣の流通が広まる中,良質の銭を選ぶ行為が一般化したが,これを何というか。25 8 9

回答募集中 回答数: 0
日本史 高校生

緊急です!どなたかこの問題解いて下さいませんか?お願いします。

11:07 7月20日(火) 全100%の, A campus.clark.ed.jp 1/2 クラーク記念国際高等学校 報告課題 日本史B 第5章 武家社会の成長 第5回 ☆教科書「詳説日本史 改訂版」p.120~152 を読み、つぎの問題に取り組みなさい。 1. 室町幕府の成立に関する以下の文を読み,空欄に入る適切な語句を語群から選び、,記号で答えなさい。 解答番号1~15 鎌倉時代末期,朝艇は大覚寺統と持明院統にわかれて皇位を争うようになった。1318年に後醍醐天皇が即位し親政 を開始したが,両統が交代で皇位につく(1 )には不満を抱いていた。一方,鎌倉幕府では執権による専制政治が おこなわれ,御家人の不満が高まりつつあった。このような中で,後醍醐天皇は 1324年に(|2| ), 1331 年には (3 )によって倒幕を計画したが,すべて失敗して隠岐へ流された。しかし各地で反幕府の活動が開始され,1333 年には 京都に帰還した後醍醐天皇は,復古的な天皇親政を理想として統治組織を整えたが,その政治はあまりに急激で、 社会の混乱をまねいた。武士の信望を集めた4は,1335年の( 成敗式目にならった(|7 )を制定して,京都に幕府を開く意志を示した。4は新しい天皇として(8 )を立てる と,吉野に逃れた後醍醐天皇と対立した。こうして,約60年にわたる南北朝の動乱がはじまる。 この中で力をつけてきたのは守護である。1352年の(9 )で,守護は一国の荘園·公領の年貢の半分を獲得でき るようになると,荘園領主から年貢の徴収を請け負う( 10 )をさかんにおこない,在地での支配権を強化していっ た。このため,この時代の守護を鎌倉時代のそれと区別して,( 11 )ということがある。 3代将軍 12 )は 1392 年に南北朝の合体を実現し,室町幕府の全国支配を完成させた。幕府の機構で重視され たのは,将軍の補佐をする( 13 )である。この職は,足利氏一門の斯波·畠山·細川氏の三家から選ばれ,三 13 と呼ばれた。また侍所の長官である所司は,山名·赤松·一色·京極の諸氏から選ばれ,これを(14 )と称した。 守護勢力の中には将軍権力をおびやかすほどのものもあり,将軍の権力確立のため,その勢力削減につとめることも あった。山名氏清を倒した事件である( 15 )などは,その好例である。 )が京都を,(5 )が鎌倉を攻略して幕府は滅亡した。 )を契機に新政府に反旗をひるがえし,翌年に御 語群:ア、正中の変 イ、元弘の変 キ、両統迭立 エ、徳政令 ケ、足利義満 ウ.半済令 オ.守護請 コ,足利義政 ソ、建武式目 カ、守護大名 ク.足利尊氏 サ、管領 シ.四職 ス、新田義貞 セ、中先代の乱 タ、光明天皇 チ、光厳天皇 ツ.明徳の乱 テ.応永の乱 2.室町幕府の衰退と庶民の台頭に関する以下の問いの答えを,語群から選び,記号で答えなさい。 解答番号 16~25 0 足利義満が開始した日明貿易が朝貢形式だったため,貿易を中断した4代将軍は誰か。16 の 朝鮮との貿易が衰えるきっかけになった,1510年におこった事件は何か。17 3 沖縄では1429年に琉球王国が成立したが,東南アジアをはじめとする国際貿易の拠点になった港はどこか。18 ④ 倭人の進出に圧迫されたアイヌが 1457年に蜂起したが,その中心人物は誰か。19 惣村は寄合の決定に従って運営されたが,村内で守るべき規約を何というか。20 領主へ納める年貢などを,惣村がひとまとめにして請け負うことを何というか。21 専制政治をおこなったため,1441年,有力守護の赤松満祐に殺害された6代将軍は誰か。22 1428年におきた,京都の土倉·酒屋を襲って質物や売買·貸借証文を奪った一換は何か。23 の 将軍の後継争いに幕府の実権をめぐる細川勝元と山名持豊が介入して,1467年に勃発した内乱は何か。24 0 商品経済がさかんになり貨幣の流通が広まる中,良質の銭を選ぶ行為が一般化したが,これを何というか。25 6 8

回答募集中 回答数: 0