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情報:IT 高校生

この問題のクが⑤になる理由が分かりません、、、解説お願いします!

次に,1ビットの情報ビットを送信するのに,2ビットの冗長ビットを付加 して3ビットのビット列を送信する場合を考える。なお,2ビットの各冗長ビッ トには情報ビットと同じ値を用いる。送信者が情報ビット“0”を送信したい 場合は,2ビットの冗長ビット "00"を付加して3ビットのビット列“000"を送 信し、情報ビット”1”を送信したい場合は,2ビットの冗長ビット "11" を付 加して3ビットのビット列"111” を送信する。通信中に1ビットの誤りしか発 生しないと仮定すると,ビット列に存在する値の多い方を採用する多数決によ りデータの誤り訂正が可能である。 受信者がビット列 ク を受信したと きに1ビット目に誤りがあると検出でき,誤り訂正の後のビット列は である。受信者が コ を受信したときに2ビット目に誤りがあ ると検出でき, 誤り訂正の後のビット列は サ である。この方法では1ビッ トの誤りを訂正することが可能になるが,ネットワークに送信するデータ量が 本来のデータ(情報ビット)の シ 倍になる。 カ キ |の解答群 ① 00 ② 01 ③ 10 ④ 11 の解答群 ① 001 ② 010 ③ 101 ④ 110 ⑤ 100 ⑥ 000 ケ の解答群 1010 ② 110 ③ 001 ④ 101 ⑤ 111 ⑥ 000 コ の解答群 ① 101 ② 110 ③ 100 ④ 001 ⑤ 111 中 サ の解答群 ① 110 ② 101 001 4000 ⑤ 111 6011 10:4 シ の解答群 ①2 ②3 ③ 4 ④8 ⑤ 16 ⑥ 32

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国語 中学生

イだと思っていたのですが、答えはウでした。 なぜウになるのか教えてください。

三次の文章を読み、あとの問いに答えよ。 5 「勉強」と「学び」は似て非なるもの? いや、「勉強」と「学び」には相通じるものも多々ある。それでもあえて両者を区分するのは、近頃、 ちまた あふ その区分を不要とした時代には考えられなかった問題が巷に溢れているからである。 しばらく前に、ネットでひとつの見出しを目にした「日本の小学生は中韓より学ぶ意欲が低い」。本当だろうか? そう思って記事を読むと、 ほらやっぱり。正確には、「日本の小学生は中韓より勉強意欲が低い」。 A メディア報道でさえ、「勉強」と「学び」の区分をつけられない。こうしたセンサーを鈍らせると、「勉強」と「学び」を同一視して、「勉強意欲 の低い子=学ぶ意欲の低い子」という図式を広めてしまうことになる。 はっきり言おう。勉強ができても、学ぶ意欲の低い子はいるし、勉強ができなくても、学ぶ意欲の高い子はいる。 そこで改めて、「勉強」 と 「学び」 の区分。 「勉強」は「学力」、「学び」 は「生きる力」 「勉強」は「問題に答える」こと、「学び」は「問題を立てる」こと。 「勉強」は「わかる」こと、「学 「び」は「めでる」こと。つまり、「勉強」は「理解する」ことを目標にして、「理解できないもの」を消去すること。 「学び」は「理解する」ことを 介して、「理解できないもの」に触れ、恐れ敬うこと、云々。 うんぬん ここからわかるとおり、「勉強」は点数化できても、 「学び」は点数化できない。そのため日本では、「勉強」はプラスとマイナスで語られやすく、 営利主義(「勉強しときまっさ」という関西弁!)と結びつきやすくなる。他方、「学び」は損得とも貧富とも無関係である。 B そう言えば、「僕たちはどうして勉強するんですか?(なんの得があるんですか?)」と問う子供は見かけても、「僕たちはどうして学ぶんですか?」 55と問う子供は見られない。その程度には、まだ世の中も「まとも」(?)である。 いまや「勉強」は、それ以外のもの(進学や就職や結婚)を達成するための道具になっている。他方、「学び」は「手段目的」の利害から逃れ ※ て、それ自体で充足している。しかし昨今の日本では、『ケイコとマナブ』という雑誌にも見られるとおり、「稽古」や「学び」までもが商品化され、 大量消費されている。 ピアノ、英会話、数々の資格、等々。何もやらないより「マシ」、あるいは「将来のため」と口にした途端、「学び」の無償の 効果が「勉強」の先行投資としての価値へ回収されていく時代、それこそ現代。 ※『ケイコとマナブ』 習い事・資格スクールの月刊情報誌。1990年から2016年まで刊行されていた。 (難波江和英 『思考のリフォーム』より)

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