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至急お願いします。

次の問いに答えよ。(制限時間 5分間) TBSが2003年に制作したスペシャルドラマ「さとうきび畑の唄」は、第二 次世界大戦下の沖縄で必死に生きた家族の姿を描いた不朽の名作です。 最高視聴率32.2%というテレビドラマては極めて高い視聴率を記録し、 平成15年度第58回文化庁芸術祭テレビ部門大賞を受賞しました。 このドラマは、笑顔の絶えない幸せな家族に迫る戦争に翻弄されながら も、希望を捨てずに家族を守る父親役を、国民的お笑いスターの明石家 さんまが熱演したことでも話題になりました。そしてドラマタイトル「さとうき び畑の唄」は、森山良子の名曲「さとうきび畑(作詞·作曲:寺島尚彦)」が モチーフとなっていますが、その歌詞の1連(最初)と11連(最後)は、右記 のようになっています。 歌詞の中にたびたび出てくる「ざわわ」は、吹き抜ける風の中に聴こえた 戦没者たちの悲しみの声てあるという解釈が通説です。 ここであなたに問います。上記の通説に加え、あなたが個人的に見出した、 この「ざわわ」の解釈を100字以内で書きなさい。 さとうきび畑 作詞·作曲 寺島尚彦 [1連ざわわ ざわわ ざわわ 広いさとうきび畑は 風が通りぬけるだけ 今日も見渡すかぎりに みどりの波がうねる 夏の陽ざしのなかで [11連)ざわわ ざわわ ざわわ 風に涙はかわいても この悲しみは消ない あなたが個人的に見出した 「ざわわ」 の解釈

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現代文 高校生

500文字以上600文字未満で感じたこと・考えたことをまとめないといけないんですが、どういうこと感じたか、どういうことを考えたが教えて欲しいです。

*本文は、昭和三十年代の関西を舞台として書かれた宮本輝『花の回廊』の一節である。小学校五年生の伸仁は、学校で「野良犬のよ うな子」と言われ、そのことを家に帰ってから母親に話した。 温かい鍋焼きうどんを食べながら、あしたは学校を休んでもいいと)房江は笑顔で言った。 「お母ちゃんが、朝、学校に電話しといたげる。風邪で熱があるので休ませますって。」 そして、自分の碗の中の玉子を伸仁の碗に入れ、お前は決して野良犬のような子ではないと言った。 「わままで、神経質で、勉強が嫌いで、おちょけで、しょっちゅう病気をするけど、ええとこがいっぱいある子や。お母ちゃん もお父ちゃんも、お前のことでは、体のこと以外は何の心配もしてへん。もっと小さいときから、人間として大切なことはこれでも かっていうくらい教えてきたんや。右の耳から左の耳へ抜けていってるようでも、大事なことはノプの心のなかにちゃんと残ってる もんや。ノプには、ええとこがいっぱいあるねんで。」 と伸仁は織しそうに部いた。 O と房江は笑った。それなら、ひとつだけ教えてくれと言いながら、伸仁は二度大きなくしゃみをして洩汁を伝わせた。 (光子ちゃんが、夜中に嘘のくしゃみをするねん。」 と伸仁は答えた。 いからだった。 だが、誰もそんな言葉をかけてくれるどころか ()奉公先の先輩の ()女中たちに「うるさい。」と怒鳴られ、ときには平手で殴ら」 れたりもした。わざとくしゃみを繰り返して、人の気をひこうなどとは、なんとこざかしい子だと罵倒され、真っ暗な押し入れに閉 (降) r 高 房江はみぞおちのあたりに冷たく重い何かが詰まっているような感覚を抱いたまま、涙を止めることができなかった。 ごめんな、ごめんな。ぼく、嘘のくしゃみも、ほんまのくしゃみも、もうせえへんから。」 伸仁は、母親の突然の涙を自分のせいだと思ったらしく、房江の顔をのぞき込んで謝り続けた。 (解) 房江=赤ん坊のとき、母を亡くし、その後別の家に預けられたが、その家からも住み込みで働きに出される、というつらい過去を持つ。 近所に住む友達。 をする女性。現在は使われない言葉。 光子ちゃん=月村光子。伸仁の 女中=科理屋や旅館などで雑用その他 奉公=ここでは「女中奉公」の意味で、下ばたらきをする女中として店や他家に住み込んでつとめること。 何度も何度も嘘のくしゃみをつづけるので、隣の部屋の新弁さんが薄い壁越しに怒鳴ると、光子ちゃんは嘘のくしゃみをやめるが またしばらくすると同じことを繰り返す。その嘘のくしゃみで、幼い月村 兄妹の母親が帰っていることがわかるのだという。けれ ども、そんな小さなくしゃみの繰り返しくらいでは目を醒まさないほどに、兄妹の母親は酔いつぶれている …。 房江は、鍋焼きうどんを食べる箸を置き、あふれ出てきた涙をエプロンで拭いた。 嘘のくしゃみ………。私も八歳のとき、同じことをした。だから私には、なぜ光子が嘘のくしゃみを繰り返すのかがわかる。母親 私も同じことをした。私は赤ん坊のときに母を亡くしたので、嘘のくしゃみをするのは周りの誰かに優しい言葉をかけてもらいた 「ぎょうさんありすぎて、すぐには出てけえへん。」 その伸仁の言葉が気にかかり、房江はなぜそう言ったのかを訊いた。 「ぼくのええとこで何?」 「これはほんまのくしゃみやで。」 じ込められたときもあった。

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現代文 高校生

教えて下さい

8 の 日 吉本さんが対談中に突然親需の話を始められた、その時間のあざやかな彩りが記憶に残っているのである 吉本さんが『最後の親駕」などの著作で親驚に触れられていることはもちろん知っていたから、「来たか」と思 って心構えをしていると、吉本さんは、いきなり往還の話を始められたのだった。 a私の心のなかに形成されていた「伝説」では、吉本さんは、概ねこのような話をされたように記憶していた。 どこかにサンパイをしたときに物乞いを見て、往きは施しをしたけれども、還りはなぜかそのような気持ち になれなくて、施しをせずに通り過ぎた。そのようなことがあったとして、それは人を助ける、という点か ら見れば首尾一貫していないようでもあるけれども、それでいいのだと親驚は言っている、そして、吉本隆 明さんはそんな親駕の思想に共感している。私の頭のなかに記憶されているそのときのやりとりをなぞれば、 そんなことになる。 ー筆者茂木健一郎氏が吉本隆明氏との対談をふりかえり、述べた文章である。 a_ Jらん 私は、そんなふうに親驚を語る吉本さんの表情を見ながら、密かに心が涙を流すかのようであった。ああ、 e この人はほんとうの人だ。そんな風に、確信をした瞬間である。 回 なぜ、吉本さんのこの話が私に衝撃を与えたのか。まずなによりも、そこに、吉本さんの、生命というも のに対する温かくも本質をとらえるまなざしを感じたからである。人間というものは、必ずしも、首尾一貫 しているものではない。あるときには、良心や理想にかられて善きことをしても、別のときにはその機会を 逃してしまうかもしれない。不調なときも、心の目が閉ざされているときもある。だからといって、フマジ メであるとか、不誠実であるということにはならない。それぞれの人が、それぞれの人生のときで、精一杯 に生きている。そんななかで、かすかに見える遠い星のようなものとして、理想や良心というものはある。 不完全であるからこそ、人間である。そんな、吉本さんの温かい抱擁を、親驚の「往き」と「還り」の話から私 は受け止めた。 ロ 5 回もう一つ、吉本さんがこの話題に転ずる際の、まるで相手に悟られないうちにすっと横に寄り添うような、a そんな身のこなしに感銘を受けていた。それまで別のことを話していたのが、気づかないうちに、さっと親 黒の話に転じている。しかも、そのまますうっと本質論に入る。こちらに、あっ、始まるな、という思いさ L 込抱かせずに、もう入っている。そのあたりのカンショクがもう、吉本 んよ整。 O

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