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日本史 高校生

39の(1) 1、(3) 40の(1)②、(2) が分かりません。 お願いします!!

した。この間,元は日本に朝貢を要求したが,執権( 3 )が拒否したため, その後継者は大帝国を建設した。1258年に朝鮮半島の( 1 )を征服し, )の時代には,都を大都(北京)に移して国号を元とし,南朱を滅ぼ 1 o男 だいと ペキン なんそう 2 武勇に ちょうこう 3 74年と1281年の2度にわたり,元軍は日本を攻めた(蒙古襲来(元冠)。 の襲来をしりぞけた幕府は,西日本一帯に支配権を拡大し,それに伴い げんこう O1274年 a 北条氏の勢力もますます強まった。 (1) 文中の( )に適する語句を書け。 (2) 下線部aについて, 次の問い に答えよ。 ① 1274年と1281年の元軍襲来 をそれぞれ何というか。 2 右の絵は,この時奮戦した 肥後の御家人が描かせた絵巻 物の一部である。何というか。 ③ 幕府は九州北部の警備のため, 九州の御家人に何を課したか。 ④ 1274年の襲来後,鎌倉幕府は再来襲に備えて,博多湾沿いに何を築か b 1281年 C 2 3 の当主 家臣 はか た 2御家人 せたか。 (3) 下線部bについて, 九州地方の御家人の統率· 政務裁判を行うために 設置した機関を何というか。 (4) 下線部cについて, 次の問いに答えよ。 0 北条氏の嫡流の当主を何というか。また, この当主の家臣を何というか。 2 執権北条貞時の時に, 内管領の平頼綱と争って滅ぼされた有力御家 人は誰か。また,この事件を何というか。 3 0の当主やその家臣などが幕府を主導した政治を何というか。 事件 ちゃくりゅう さだとき うちかんれい たいらのよりつな 40 2 40 幕府の衰亡 次の問いに答えなさい。 (1)右の史料を読んで, 次の問いに答えよ。 0 この法令を何というか。 2 傍線部は, 1232年に制定された法令の規定を さすが,この法令を何というか。 3 史料中の口に適する漢数字を書け。 の 0の法令は,どのような人々の窮乏を救うた めに出されたか。 6 の人々が窮乏した原因は主に3つある。1 つは元冠による恩賞の不十分さであるが,他の 2つの原因は何か。簡単に書け。 (2) 鎌倉時代後期になると,女性の地位は低下し始 め,相続方法も変化した。どのように変化したか。 「一期分」の説明も含めて, 簡単に書け。 13) 畿内やその周辺に鎌倉末期頃から現われ始めた, 幕府·荘園領主·国司に従わず, 年貢の横領や納入の拒否などをする新興 武士を何というか。 紀記き 3 | の の を井 は1 本下けぐ は 之。 第団 いち ごぶん の の 1、質券売買地の事 仁五年三月六日 右、地頭·御家人の買得地に於ては、本条を守 | ペし り、 箇年を過ぐる者は本主は取返すに及ばず。 非御家人拝びに凡下の輩の買得地に至りては、年 (『東寺百合文書」)

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古文 高校生

古文の増鏡という話なのですが写真の現代語訳にある内容の意味がわからないので教えて頂きたいです まず上皇が素晴らしい戦果だと言ったのは武士が光季に自害させたことについてで合ってますか? あとその次の文の「鎌倉でもたいそうあわて騒ぐ」の文でなんで鎌倉が騒いでいるのかが分かり... 続きを読む

ますかがみ」 9増鏡 平藤 -||Hさ 名接尾 格助 係助一 本文分析 さても 院の 思し構ふる 事、忍ぶ と すれ ど、やうやう 漏れ聞こえ て、東 ざま にも 包み隠そうとはするが、しだいに漏れ聞こえて、 (弱一歳寺) 名 格助尊ハ下ニ·体名 バ四:終 格助 サ変·巳 接助一 鎌倉の方でも、 ところで上皇が計画なさることは 格助 ハ四:体 名 ラ変·終 その心づかひ す べかん めり。東 の 代官 に て伊賀判官 光季 といふ 者あり。かつが 京都守護で伊賀判官光季という者がいる 名 格助名 断·用 接助 サ変·終 当·体· 播定·終 代名 格助一 光季は (第一峠寺) 格助 謙ラ四:体 名 接尾一 その用意をするに違いないようだ。 サ下二·用 完:体 接助ラ下二·終 可·体一 つ彼 を 御勘事 の よし 仰せ らるれ ば、御方 に 参る 丘 ども押し寄せ たる に、逃る べき 逃げられる 上皇が](作者→院)(作者→院) 代名 格助 (ロ- ||は 於 素 それをお意らしめになるとお命じになるので、上皇の味方に参上する武士たちが(光季の邸に)押し寄せたので、 (部一峠寺) 名 係助尊サ四·用 過·体」 名 ラ四·用 完·用 過·終 形ク·終格助 係助一 やう なく て、腹 切り て けり。まづ いと めでたし と ぞ、院 は 思し召し ける。 方法がなくて、(自ら)腹を切ってしまった。まずとてもすばらしい(戦果だ)と、上皇はお思いになった や 名 形ク·用 接助 ラ変·体 当·用 接助 名 格助 サ下二·終 当·体 名 断·用 係助 ラ変·体·撮 定·巳 名 格助 係助 形シク·用·ウー 東 にも、いみじう あわて騒ぐ。「さる べくて、身 の 失す べき 時 に こそ あん なれ」 (義時は)「そうなるはずの運命で、我が身が滅びる時であるようだ」 (ヘ) たいそうあわて騒ぐ。 鎌倉でも、 形ク·体名 格助 名 格助 サ四·未 消意·終 格助 ハ四:体一 と思ふものから、「討手 の 攻め来 たり な む時 に、はかなき 様 にて 屍 を さらさ じ。 と思うが、 名 格助カ変用 完·用 完·未 腕·体 名 格助 討手が攻めて来た時に、 つまらない様子で死骸を(人目に)さらすまい (部一事端) 断·未 消·巳 接助一 副係助 代名 格助 名 格助名 格助 係助 マ上ー体副助 (第一部器) 名 格助 謙ヤ下ニ·終接助 公 と 聞こゆ とも、自ら し 給ふ こと なら ね ば、かつ は 我 が 身 の 宿世 を も 見る ばか」 上皇と申し上げても、(上皇)自身が(直接)なさることではないから、一つには我が身の運命を(確かめて)見るだけ 名 サ変·用 尊補 体 名 営 り」と思ひなりて、弟の 時房 と 泰時 と いふ一男 と、二人 を 頭 と し て、雲霞 の 兵を 要談 名格助名 格助 ハ四·体名 格助 名格助 名 格助 サ変·用 接助一 格助 名 格助 容 -回 て の時 と参済という長男とと、 11人を頭と して、 ン タくの軍 図 格助 代名 格助 名 名 格助 謙ラ四·未 (義時→院のいるところ) カ四·未使:用 接助名 格助 サ下二,終 名 格助 名 格助 ワ下ニ·用 接助 ハ四·体 たなびか せ て、都 に 上す。泰時 を 前 に す系 て言ふやう、「おのれ を この度都 に参ら 都に上らせる。(出立の前に)泰時を前に座らせて言うことは、「お前を今回都に参上さ 引き連れて、 [お前は 使,体 名 係助 ハ四:体 名格助 比·用 形ク·体 名 格助 サ変·終 命終 する 事 は、思ふ ところ 多し。本意 の ごとく よき 死に を す べし。人 に 後ろ 見え な む せることは、考えることが多い。希望どおりにりっぱな死に方をしろ。人に背中を見られたならば(=戦いに負けて逃げ出したならば)、 名 格助名 ヤ下二·用 完·未 仮·体 名 格助 名副マ上一終 命·未消·終 名 格助名格助 ハ四:命 形シク·己 名 格助 名」 親の顔を再び見てはならない 君の御 これを最後の別れと思え。身分は低いが、 (この)義時は、主君に対し」 に は、 親 の顔また 見る べから ず。今 を 限りと思へ。卑しけれ ども、義時 格助 名格助 サ変·未 腕 体 名 係助 ラ変·体当·未消·終 名 ため に 後ろめたき 心やは ある。されば、横様の死に を せむ事 は ある べから ず。心 森 理 てやましい心があるか(いやない)。 だから 惨めな死に方をすることはあるはずがない 格助 形ク:用 ハ四·命 を 猛く思へ。おのれ打ち勝つ なら ば、再び 足柄·箱根山 は 越ゆべし」など、泣く一 を勇猛に保て。 気持ち 常 *駅 お前が打ち勝つならば 常 ||Hさ 再び足柄·箱根山は越えて来い」などと、 泣く 言ひ聞かす。「まことに しか なり。また 親 の 顔拝ま む 事も いと危ふし」と 思ひ 泣く言い聞かせる。 常 副名 格助 名マ四·未 線:体 名 係助副形ク·終 へ降 本当にそうである 格助 ハ四·用一 再び親の顔を拝むこともとても危うい」と思っ 名係助 名 格助名 格助ラ四,終 泰時も 鎧 の袖を しぼる。かたみに 今 や限りと あはれに 心細げなり 泰時も鎧の袖(の涙)をしばる 格助 形動ナリ·用形動ナリ·終 たがいに今が最後だとしみじみ心細そうである いて腸

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