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歴史 中学生

かっこの答え教えてください🙏 明日の朝まででお願いしますm(_ _)m

9 歴 中 ていた土地と人民を,国家が直 接支配すること。 それまで各地の東 文明のおこりと古代 日津令国家の成立 …645年、 ス注 租·調 庸 それぞれの税の内容を混同し それぞれの古代文明の特色を混同しないように覚えましょう。 また、 縄文時代か ら平安時代までの日本の様子を、押さえましょう。 1の戦い…663年,唐と新羅の連合軍に大敗 の乱…672年,天智天皇のあと継ぎをめぐる争い 日目 とらぎ 基 礎 確認 ないようにしよう。 口分田の収穫高の約3%の 租 稲を納める もの 回|織物や魚などの地方の特産 物を納める 理をreた 天武天皇が明位 合…唐の制度にならい,701年に制定 0古代文明のおこりと日本のあけぼの くぶんでん )…6歳以上の男女に口分田 1 (解答>別冊 p.7 1や コに適する語句や数字を書き入れまし。 >古代文明のおこりと発展 日目 の後a) し合 を貸し与える→死ぬと国に返させる い相·調·庸…農民が稲や特産物などを納める 庸労役の代わりに布を納める a)エジプト文明…D b)メソポタミア文明…太陰暦,[ c)インダス文明…都市施設の整備,インダス文字の使用 ● 古代文明の発祥地 古代文明はそれぞれ、大道。 流域でおこった。 うけい。 暦、象形文字の使用 L神文字 確認)遣唐使 唐の進んだ制度や文化を吸収 することや,国際情勢をつかむ ことを目的に唐に派遣された使 節団。630年から894年まで、 数回派遣された。 交易路 日目 と素良時代の様子 平城京…唐の都 ]文字の使用 スソボタミア文明 )にならい,奈良に都をつくる 3 (710年) とうだいじ d)中国文明… 中国文章 インダス女明 ロ L漢字のもととなる を説く、漢の時代にシルクロード(絹の道)が開かれる ]文字の使用,孔子が儒学(儒教) 日目 こくぶんに じ 4 日目 うえん >ギリシャとローマの文明 国ごとに国分寺·国分尼寺をつくる エジプト文明 ]の制定→荘園の発生 c)公地·公民のくずれ…。 d)天平文化… けた国際色豊かな文化 L土地の永久私有を認める ]の派遣や唐の文化の影響を受 えいきょう a)ギリシャ… [ モヘンジョプロ ]で民主政を行う b)ローマ…紀元前1世紀にローマ帝国が成立 5 L都市国家 D縄文士器と弥生士 新羅 ●場文士器縄目の文様がつ。 たものが多い。黒ずんだ科 で、もろくて厚手。 日目 とうしょうだいじ >日本のあけぽの L帝政を行う 長安 日本 あぜくら そういん 文(南語 ト建築…校倉造の正倉院(東大寺), 唐招提寺 にほんしょき どき 画-) a)旧石器時代…1万年以上前,[ J.「古事記」,「日本書紀」,「風土記」 石器を使用 ト文学…「O 日目 じょうもん b)縄文時代…採集 狩り · 漁の暮らし, か りょう L石を打ち欠いてつくる の遺唐使の航路 ]住居に住 0平安時代の様子 ト平安京…794年,0 かせるために、坂上田村麻呂を征夷大将軍に任命 7 どぐう む,縄文土器 土偶をつくる えみし ミス注意 摂政·関白 ●摂政…天皇が幼少 病弱のと きや女性のときに,天皇に代 わって政治を行う役職。 ●関白…成人した天皇を助けて 政治を行う役職。 天皇が京都に都を移す。蝦夷を従 日目 やよい たかゆか いね c)弥生時代…稲作の開始 (高床倉庫に稲を保管), 青銅器(銅 せいどうき きかのまめたむらまろ せいいたいしょうぐん 8 けん どうほこ 剣。 ]-銅矛など)·鉄器 弥生土器の使用 Lゅう くうかい ト初期の仏教…最澄が( a)しくみ…藤原氏が娘を天皇のきさきとし, 生まれた子を 次の天皇に立てる→摂政·関白となり政治の実権を握る L脱穀の様子などが描かれている 宗、空海が 宗を開く ●弥生土器りが少な 褐色で、縄文士器より承に かたい。 日目 ムじわら 2古代国家のおこりと歩み 9 にぎ さず >支配者の出現…小国の分立。奴国の王が漢から金印を授かる )に使いを送る 日目 b)時期… よりみち ]·頼通の時代が全盛 11世紀前半) 年代記憶術 なのくに |(57年) 「1C やまたいこ 文化…唐の文化をもとにした。日本の風土や生活 >邪馬台国…卑弥呼が治める。中国の 894年 遭唐使の停止 (239年) ごうぞく >大和政権の成立(3世紀後半)…大王を中心に豪族が連合 「Lヤマト王権。 おおきみ に合った貴族文化 日 894 やまと だいおう 白紙にもどす 遭唐使 a)古墳…前方後円墳の建設, L大王や有力な豪族の原 ]の出土 しんでん ていたく 建築寝殿造の邸宅 L古墳の崩れ止めや飾り じゅきょう D…漢字·儒教 仏教などを日本に伝える 仮名文字の普及→「O 文学「うし Oし 仏者の伝 仏教は紀元着6~3 インドでおこった。そう をへて、6世紀に から日本に公式に伝えるに b) きしきぶ ]物語」(紫式部). |せいしょうなごん >聖徳太子の政治 L戸屋子(うまやどのおうじ), 原戸王(うまやとおう) L主に朝鮮半島から来た人々 「枕草子」(清少納言), 「古今和歌集」(紀貫之ら) しょうとくたいし きのつらゅき ]を定める としんこう 浄土信仰の広まり→の 仏数 しまの教え a)政治…冠位十二階。 はけん 色堂の建築 ちゅうそんじ こん や中尊寺金 L役人の心構えを示す ]を派遣 L京都府の宇治にある ずい しゃかさんぞんぞう b)外交… (中国) に [ L小野妹子(おののいもこ)ら あすか ほうりゅう じ そたおし、をやと人民を公地·公民とする 撃党皇子. の 党らが、氏 6)の政治仏教の力で国を守ろうと,にと大 c)飛鳥文化日本で最初の仏教文化(法隆寺,釈迦三尊像など) の平等院鳳風堂 (平等院) 23

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日本史 高校生

こたえ教えてほしいです。😭🙏😞

3 弥生時代の集落に関して述べた次の文a~dについて, 正しいものの組 合せを、下の0~0のうちから一つ選べ。 [09- 本] a 稲作によって集落の人々の生活が安定すると、 狩猟や漁労· 採集な どの食料採取はほとんど行われなくなった。 集落の祭りには銅録や銅剣 銅矛 銅などの青銅製祭器が用いら れ,共通の祭器を用いる地域的なまとまりも生まれた。 埋葬は集落から離れた共同墓地で行われ, その墓には、 鉄製の農具 や武具が大量に副葬された。 d 集落の共同作業や祭りを指揮していた指導者から, 集落を越えた地 域の政治的な支配者となる者が現れた。 b C 0 a.c 0 a.d 0 b.c 0 b-d 次の文を読んで、. 問いに答えよ。 『漢書』地理志によれば,紀元前1世紀ごろの倭は,100余の小国に分か れ、前漢が朝鮮半島に置いたア]郡に定期的に使者を派遣したという。 また、『後漢書』東夷伝にも.紀元57年に後漢に朝貢して金印を授かった |イ]国をはじめ、1世紀から2世紀における倭の様子が伝えられている。 問 空欄ア]イ]に入る語句の組合せとして正しいものを、次の0~ 0のうちから一つ選べ。 [04·追) 0 ア帯方 イ 狗奴 イ 狗奴 イ 奴 イ 奴 の ア 帯 方 0 ア 楽浪 0 ア 楽浪 5 年代が判明する列島内最古の文字資料の一つは、 福岡県の志賀島で発見 された金印である。そのことに関連して、この時代の遺跡について述べた 文として正しいものを, 次の①~0のうちから一つ選べ。 [08· 本) 0 温暖化のため海面が上昇していたので、 現在では海岸から離れた地 に貝塚が発見されている。 O 半地下式の窯を作り. 硬質で灰色の土器を焼成していた跡が見つか っている。 0 ナウマン象やオオツノジカの化石とともに. 狩猟や解体に用いられ たと考えられる石器が出土している。 0 集落には, 防衛的機能を備えていたと考えられる何重もの環濠や。 見張り用の建物の跡が見つかっている。 6 邪馬台国の卑弥呼に関して述べた文として誤っているものを、 次の①~ 0のうちから一つ選べ。 [04·追) 0 車弥呼は呪術を用い, 宗教的権威によって政治を行った。 0 卑弥呼の政治は, 「男弟」によって補佐されていた。 0 邪馬台国では, 身分は王族と大人に二分されていた。 0 邪馬台国では, 租税の制度があった。 じゃじゅつ 7 卑弥呼に関する次の史料について述べた文と して正しいものを, 下の① ~0のうちから一つ選べ。 [14.本] もとまた とど 其の国,本亦,男子を以て王と為す。往まること七, 八十年, 倭国乱 すなわ れ, 相攻伐すること歴年, 乃ち共に一女子を立てて王と為す。 名は卑弥 *せい 呼と日う。……年,己に長大なるも. 夫婿(注1)無し。男弟有りて. 国 たす を佐け治む。……景初二年(注2)六月, 倭の女王(注3), 大夫難升米(注 たい いた 4)等を遣わし、郡(注5)に詣らしめ. 天子に詣りて朝献せんことを求む。

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古文 高校生

古文の増鏡という話なのですが写真の現代語訳にある内容の意味がわからないので教えて頂きたいです まず上皇が素晴らしい戦果だと言ったのは武士が光季に自害させたことについてで合ってますか? あとその次の文の「鎌倉でもたいそうあわて騒ぐ」の文でなんで鎌倉が騒いでいるのかが分かり... 続きを読む

ますかがみ」 9増鏡 平藤 -||Hさ 名接尾 格助 係助一 本文分析 さても 院の 思し構ふる 事、忍ぶ と すれ ど、やうやう 漏れ聞こえ て、東 ざま にも 包み隠そうとはするが、しだいに漏れ聞こえて、 (弱一歳寺) 名 格助尊ハ下ニ·体名 バ四:終 格助 サ変·巳 接助一 鎌倉の方でも、 ところで上皇が計画なさることは 格助 ハ四:体 名 ラ変·終 その心づかひ す べかん めり。東 の 代官 に て伊賀判官 光季 といふ 者あり。かつが 京都守護で伊賀判官光季という者がいる 名 格助名 断·用 接助 サ変·終 当·体· 播定·終 代名 格助一 光季は (第一峠寺) 格助 謙ラ四:体 名 接尾一 その用意をするに違いないようだ。 サ下二·用 完:体 接助ラ下二·終 可·体一 つ彼 を 御勘事 の よし 仰せ らるれ ば、御方 に 参る 丘 ども押し寄せ たる に、逃る べき 逃げられる 上皇が](作者→院)(作者→院) 代名 格助 (ロ- ||は 於 素 それをお意らしめになるとお命じになるので、上皇の味方に参上する武士たちが(光季の邸に)押し寄せたので、 (部一峠寺) 名 係助尊サ四·用 過·体」 名 ラ四·用 完·用 過·終 形ク·終格助 係助一 やう なく て、腹 切り て けり。まづ いと めでたし と ぞ、院 は 思し召し ける。 方法がなくて、(自ら)腹を切ってしまった。まずとてもすばらしい(戦果だ)と、上皇はお思いになった や 名 形ク·用 接助 ラ変·体 当·用 接助 名 格助 サ下二·終 当·体 名 断·用 係助 ラ変·体·撮 定·巳 名 格助 係助 形シク·用·ウー 東 にも、いみじう あわて騒ぐ。「さる べくて、身 の 失す べき 時 に こそ あん なれ」 (義時は)「そうなるはずの運命で、我が身が滅びる時であるようだ」 (ヘ) たいそうあわて騒ぐ。 鎌倉でも、 形ク·体名 格助 名 格助 サ四·未 消意·終 格助 ハ四:体一 と思ふものから、「討手 の 攻め来 たり な む時 に、はかなき 様 にて 屍 を さらさ じ。 と思うが、 名 格助カ変用 完·用 完·未 腕·体 名 格助 討手が攻めて来た時に、 つまらない様子で死骸を(人目に)さらすまい (部一事端) 断·未 消·巳 接助一 副係助 代名 格助 名 格助名 格助 係助 マ上ー体副助 (第一部器) 名 格助 謙ヤ下ニ·終接助 公 と 聞こゆ とも、自ら し 給ふ こと なら ね ば、かつ は 我 が 身 の 宿世 を も 見る ばか」 上皇と申し上げても、(上皇)自身が(直接)なさることではないから、一つには我が身の運命を(確かめて)見るだけ 名 サ変·用 尊補 体 名 営 り」と思ひなりて、弟の 時房 と 泰時 と いふ一男 と、二人 を 頭 と し て、雲霞 の 兵を 要談 名格助名 格助 ハ四·体名 格助 名格助 名 格助 サ変·用 接助一 格助 名 格助 容 -回 て の時 と参済という長男とと、 11人を頭と して、 ン タくの軍 図 格助 代名 格助 名 名 格助 謙ラ四·未 (義時→院のいるところ) カ四·未使:用 接助名 格助 サ下二,終 名 格助 名 格助 ワ下ニ·用 接助 ハ四·体 たなびか せ て、都 に 上す。泰時 を 前 に す系 て言ふやう、「おのれ を この度都 に参ら 都に上らせる。(出立の前に)泰時を前に座らせて言うことは、「お前を今回都に参上さ 引き連れて、 [お前は 使,体 名 係助 ハ四:体 名格助 比·用 形ク·体 名 格助 サ変·終 命終 する 事 は、思ふ ところ 多し。本意 の ごとく よき 死に を す べし。人 に 後ろ 見え な む せることは、考えることが多い。希望どおりにりっぱな死に方をしろ。人に背中を見られたならば(=戦いに負けて逃げ出したならば)、 名 格助名 ヤ下二·用 完·未 仮·体 名 格助 名副マ上一終 命·未消·終 名 格助名格助 ハ四:命 形シク·己 名 格助 名」 親の顔を再び見てはならない 君の御 これを最後の別れと思え。身分は低いが、 (この)義時は、主君に対し」 に は、 親 の顔また 見る べから ず。今 を 限りと思へ。卑しけれ ども、義時 格助 名格助 サ変·未 腕 体 名 係助 ラ変·体当·未消·終 名 ため に 後ろめたき 心やは ある。されば、横様の死に を せむ事 は ある べから ず。心 森 理 てやましい心があるか(いやない)。 だから 惨めな死に方をすることはあるはずがない 格助 形ク:用 ハ四·命 を 猛く思へ。おのれ打ち勝つ なら ば、再び 足柄·箱根山 は 越ゆべし」など、泣く一 を勇猛に保て。 気持ち 常 *駅 お前が打ち勝つならば 常 ||Hさ 再び足柄·箱根山は越えて来い」などと、 泣く 言ひ聞かす。「まことに しか なり。また 親 の 顔拝ま む 事も いと危ふし」と 思ひ 泣く言い聞かせる。 常 副名 格助 名マ四·未 線:体 名 係助副形ク·終 へ降 本当にそうである 格助 ハ四·用一 再び親の顔を拝むこともとても危うい」と思っ 名係助 名 格助名 格助ラ四,終 泰時も 鎧 の袖を しぼる。かたみに 今 や限りと あはれに 心細げなり 泰時も鎧の袖(の涙)をしばる 格助 形動ナリ·用形動ナリ·終 たがいに今が最後だとしみじみ心細そうである いて腸

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国語 中学生

奥の細道の平泉編で出てくる夏草や兵どもが夢の跡に有名な漢詩が隠されているらしいのですが何かわかる方いますか? 教えていただきたいです🙇‍♀️🙏

6) え えういつすい きん 里こなたにあり。秀衡が跡は田野になりて、 {X)たかだち 三代の栄耀一睡のうちにして、大門の蹴に一 てん (えい) ひでひら きたかみがは、 鶏山のみ形を残す。まづ、高館に登れば、北上川 南部より流るる大河なり。衣川は、和泉が城を めぐりて、高館の下にて大河に落ち入る。泰衡 (ジョウ) Jて Nr やすひら」 (キュウ) なんぶぐち ③ころも きうせき らが旧跡は、衣が関を隔てて南部口をさし固め一 ぎ しん 夷を防ぐと見えたり。さても義臣すぐつてこの eこうみやういち じ 城に龍もり、功名一時の草むらとなる。「国破れ かさ 計 て山河あり、城春にして草青みたり」と笠打ち敷 きて、時のうつるまで涙を落としはべりぬ。 夏草や兵どもが夢の跡 国 4 SGJ の かねふさ 卵の花に兼房見ゆる白毛かな『曾良 かねて耳驚かしたるニ堂開帳す。経堂は三将の 像を残し、光堂は三代の棺を納め、三尊の仏を安 置す。七宝散り失せて、玉の扉風に破れ、金の柱 の (キョウドウ) きやうだう Tさんしやう 9にだうかいちゃう (ショウ) ひかりだう JS しつぽう とびら (3C) Xうせつ さ @すて 霜雪に朽ちて、既に顔廃空虚の草むらとなるべ たいはいくうきよ (世や) きを、四面新たに囲みて、蔓を覆ひて風雨を凌 Sr しばらく千歳の記念とはなれり。 せんざい か たみ さみだれ 五月雨の降り残してや光堂E

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