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数学 高校生

解答の1行目のθが0以上2π未満って書かないとダメなんですか?また、なぜθの制限をかけないといけないのでしょうか。回答お願いします。

重要 例題 165 2 次同次式の最大・最小 実数x,yx2+y'=1 を満たすとき, 3x²+2xy+y2の最大値は 指針 である。 ①①① 最小値 基本 164 1文字を消去, 実数解条件を利用する方針ではうまくいかない。そこで,条件式 x2+y2=1は,原点を中心とする半径1の円を表すことに着目する。 →点(x, y) は単位円上にあるから,x=cosl, y=sing とおける (検討 参照)。 これを3x2+2xy+y2に代入すると, sind, coseの2次の同次式となる。よって, 後は前ページの基本例題164と同様に, に隠して合成の方針で進める。 x+y2=1であるから,x=cosl, v=sin6 (0≦0<2z) とお | 条件式がx2+y=r 解答 くことができる。 P=3x2+2xy+y2とすると P=3cos20+2cos Osin0+ sin20 1+ cos 20 =3. +sin 20+ 1-cos 20 2 2 =sin 20+cos 20+2=√2 sin 20+ 0≦0<2のとき, 20+ ゆえに π 4 -1≦sin(20+ =√2 sin(20+4 +2 の形のときの最大・最 小問題では,左のよう におくと, 比較的ら に解答できることも あるので、試してみ とよい。 三角関数の合成。 π <4+4であるから 4 in(20+ 7/7) ≤1 π -√2+2≦√2 sin(20+zx) +2=√2+2 よって, Pの最大値は 2+√2, 最小値は 2-√2 である。 □Pが最大となるのは, sin (20+4)=1の場合であり,このとき20+オープ すなわち 0 5 2' 2 π π 9 である。これから,半角の公式と0+πの公式を用いて,最大値 8' 8 与える x, yの値が求められる (下の練習 165 参照)。

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作文 高校生

ファイルの文章を200字で要約しました。 「著者は最近子どもを見ると、子どもたちの老いた姿まで想像し、ろくなものにはなるまいという思いが浮かぶという。特に小学生の低学年くらいの子どもはあどけなさが薄れ、個人というものが現れてくるため、一番無残に思えると述べている。その... 続きを読む

子供の未来 最近、無残に見えてしまうものがある。 子供たちの未来である。 自分が子供であったころはもちろん、若いころも、子供は好きではなかった。 子供を見るま なざしにも、はたから見れば、ずいぶんと冷ややかなものがあったと思う。 同い年ぐらいの女 の人が華やいだ声をあげ赤ん坊を取り囲むのを見ると、その女の人も不快なら、 それを不快に 思う自分も不快であった。だが、今はちがう。邪魔されない限り、可愛いと思えるようになっ た。赤ん坊から思春期ぐらいまで色気や自意識が春に木の芽が吹くように出てきてしまう まで、みなそれぞれの段階で可愛いと思う。 子供がいるとその姿を目で追い、自然に微笑むよ うになったし、自分でも驚くほど、女らしい、黄色い声をあげたりすることもある。それでい ながら、 どこかでいよいよ子供を見るまなざしが冷たくなってしまったのである。 小学 校の低学年ぐらいの子を前にしての話である。 私の住むマンションから駅まで行く途中に小学校がある。 午後早くに出かけると低学年生の 下校時に通う。女の子はよく二人づつ並んで歩き、細い首をかしげて小声で何やら熱心に話し ている。 手をつないでいるのもいる。男の子はもっと大人数で、声高で、しかも、歩くという よりも、めまぐるしく左右前後に動きながら移動している。私のおぐらいまでの背しかない のに、「おれがよう」「おまえがよう」と生意気な口をきいている。そんな光景に出会うと、知 らず知らずのうちに口元がゆるむ。 実際、栄養が行き渡った親から生まれ、兄弟も少なく大事 にされて育ったせいであろうか、私の小さいころであったら美男美女のたぐいに入る子ばかり がぞろぞろと歩いている。 少子化という日本国家の深刻な問題に思いをめぐらせれば、宝物が 目の前をぞろぞろと歩いているような有難ささえある。それでいて、折にふれては、ふいに、 寒々しい思いに捉えられるのである。 赤ん坊から幼稚園に上がるぐらいまでは、天から与えられた「あどけなさ」というのが、乳 色ののように子供をぼんやりと包み、それが救いとなる。だがやがて、その「あどけなさ」 のは薄れ、個人というものが形を出してくる。 思春期も半ばになれば、それはもう隠しおお せない輪郭をもってごつごつと現れてくる。 私には、小学校の低学年の、ちょうどその個人が おそるおそる形を出してくる時期が、一番無残に思えるのである。 私が教育を受けた時代は、 子供に未来を見いだすのがあたりまえの時代であった。 そして、 未来を見いだすというのは、社会のありかたによって、すべての子供をいくらでも伸ばせると 考えることでもあった。 113 子供の未来

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