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質問の種類

政治・経済 高校生

この問題の考え方が分かりません💦 答えは③です。

政治・経済 問8 下線部①に関連して,1993年に「55年体制」が崩壊したあとは,1998年 から 1999 年の一時期を除いて連立政権が続いてきた。 次の資料1~資料3を 参考に,1993年以降の日本の政党政治に関する記述として適当でないものを, 後の①~④のうちから一つ選べ。 8 資料1 衆議院議員総選挙 資料2 参議院議員通常選挙 議席数 年・月 定数 自民与党 第17回 19957 252 107 148 第18回 1998 7 252 102 102 第19回 20017 247 110 139 第20回 2004・7 242 115 139 |第21回 2007.7 242 83 105 |第22回 2010. 7 242 84 110 第23回 2013.7 242 115 135 第24回 2016.7 242 121 146 第25回 2019・7 245 113 141 |第26回 20227 248 119 146 注) 資料中の 「定数」 は議員定数, 「自民」 は自民党の選挙後の議席数, 「与党」は与党の 選挙後の議席数を表している。 議席数 年・月 定数 自民与党 256 第40回 19937 511 223 243 第41回 1996 10 500 239 第42回 2000・6 480 233 271 第43回 第44回 200311 480 237 275 20059 480 296 327 20098 480 119 318 2012.12 480 294 325 |第45回 第46回 第47回 第48回 2017.10 465 284 313 第49回 202110 465 261 293 2014・12 475 291 326 資料3 就任した首相 年・月 首相 19938 細川護熙 19944 羽田孜 19946 村山富市 19961 橋本龍太郎 1998. 7 小渕恵三 2000・4 森喜朗 年月 20014 20069 2007 9 20089 20099 2010・6 首相 小泉純一郎 安倍晋三 福田康夫 麻生太郎 鳩山由紀夫 菅直人 年月 20119 201212 2020. 9 202110 (出所) 総務省資料, 衆議院 Web ページ, 参議院 Web ページなどにより作成。 首相 野田佳彦 安倍晋三 菅義偉 岸田文雄

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現代文 高校生

この現代文の問題を教えてください 一つだけでも教えてくださると嬉しいです!

DELUC 四 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。(B) 見えない人が「見て」いる空間と、見える人が目でとらえている空間。それがどのように違うのかは、一緒に時間を過ごす中で、ふとした 瞬間に明らかになるものです。 たとえば、 *注木下路徳さんと一緒に歩いているとき。その日、私と木下さんは私の勤務先である東京工業大学大岡山キャンパスの私の研 究室でインタビューを行うことになっていました。 私と木下さんはまず大岡山駅の改札で待ち合わせて、交差点をわたってすぐの大学正門を抜け、私の研究室がある西9号館に向かって歩き はじめました。その途中、一五メートルほどの緩やかな坂道を下っていたときです。木下さんが言いました。 「大岡山はやっぱり山で、いま その斜面をおりているんですね」。 私はそれを聞いて、かなりびっくりしてしまいました。 ①なぜなら木下さんが、そこを「山の斜面」だと言ったからです。毎日のようにそ こを行き来していましたが、私にとってはそれはただの「坂道」でしかありませんでした。 つまり私にとってそれは、大岡山駅という「出発点」と、西9号館という「目的地」をつなぐ道順の一部でしかなく、曲がってしまえばも り忘れてしまうような、空間的にも意味的にも他の空間や道から分節化された「部分」でしかなかった。それに対して木下さんが口にしたの は、もっと俯瞰(ふかん)的で空間全体をとらえるイメージでした。 確かに言われてみれば、木下さんの言う通り、大岡山の南半分は駅の改札を「頂上」とするお椀(わん)をふせたような地形をしており、西 9号館はその「ふもと」に位置しています。その頂上からふもとに向かう斜面を、私たちは下っていました。 けれども、見える人にとって、そのような俯瞰的で三次元的なイメージを持つことはきわめて難しいことです。坂道の両側には、サークル 勧誘の立て看板が立ち並んでいます。 学校だから、知った顔とすれ違うかもしれません。前方には混雑した学食の入り口が見えます。目に飛 び込んでくるさまざまな情報が、見える人の意識を奪っていくのです。あるいはそれらをすべてシャットアウトしてスマホの画面に視線を落 とすか。そこを通る通行人には、自分がどんな地形のどのあたりを歩いているかなんて、想像する余裕はありません。 そう、私たちはまさに「通行人」なのだとそのとき思いました。 「通るべき場所」として定められ、方向性を持つ「道」に、いわば②ベル り開放的なものに思えます。 トコンベアのように運ばれている存在。それに比べて、まるでスキーヤーのように広い平面の上に自分で線を引く木下さんのイメージは、よ 物理的には同じ場所に立っていたのだとしても、その場所に与える意味次第では全く異なる経験をしていることになる。それが、木下さん の一言が私に与えた驚きでした。人は、物理的な空間を歩きながら、実は脳内に作り上げたイメージの中を歩いている。私と木下さんは、同 じ坂を並んで下りながら、実は全く違う世界を歩いていたわけです。 ③彼らは「道」から自由だと言えるのかもしれません。 道は、人が進むべき方向を示します。もちろん視覚障害者だって、個人差はあると しても、音の反響や白杖(はくじょう) の感触を利用して道の幅や向きを把握しています。 しかし、目が道のずっと先まで一瞬にして見通すこ とができるのに対し、音や感触で把握できる範囲は限定されている。道から自由であるとは、予測が立ちにくいという意味では特殊な慎重さ

未解決 回答数: 0