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歴史 中学生

②の 自作農が大幅に増加し、自小作農が減少した。は、バツですか?

発展問題 資料1 (%) 60 資料2 1941年 48.7 自作農 24% 自小作農 42% 小作農 34% 1949年 64% 32% -4%| 50 40 30 19.8 20 10 *5.5 1.1 22 1890 1902 1920 1928 1946 (年) (総務省統計局資料から作成) 議員における人口に占める有権者の割合の推移 資料3 X 政治は国民の意思に基づいて行われ、 政治の あり方を最終的に決めるのは国民である。 日本国憲法 Y 自由に、人間らしく豊かに生きていくことが できるよう自由権や社会権などを保障する。 Z 戦争の放棄と戦力をもたないことを宣言し、 世界の恒久平和のために努力する。 ① 資料1のように、 1946年の選挙で有権者の割合が増えた理由を書きなさい。 2 資料2から、 農地改革によってどのような変化があったか読み取って書きなさい。 4) 日本の経済の民主化のために行われた、 三井・三菱・ 住友・ 安田などの財閥を解体したことを何というか。 資料3中のX~Z にあてはまる語をそれぞれ書きなさい。 ⑤ 日本国憲法では、天皇は主権者という立場からどのように変更されたか、 「象徴」 という語を使って書きなさい。 6 国際連合では安全保障理事会が設けられ、常任理事国が決められた。 その常任理事国を5カ国書きなさい。 ⑦ アメリカとソ連の対立の影響で、 1949年に東西に分断されてしまった国はどこか、 国名を書きなさい。 8 アメリカが、 社会主義国を封じ込めようとして結成した機構を何というか。 9 ソ連が、社会主義国の団結を強めるために結成した機構を何というか。 (例) 選挙権が満20歳以上のすべての男女に与えられたから。 ②(例) 小作農が減って、 自作農が大幅に増えた。 財閥解体

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日本史 高校生

宝暦、天明期の文化の問題です。15番を教えてください。

やまがただい [12 明和事件] (1767) 山県大弐 江戸で尊王論→死刑 がもうくんべい らいさんよう 高山彦九郎 諸国遊説, 蒲生君平 『山陵志』 頼山陽 『日本外史』 (3) 生活から生まれた思想 ぜんかん とひ とあん ①心学(京都) (13石田梅岩 『都鄙問答』 平易な町人道徳 手島堵庵・中沢道二らが ② 封建社会への批判 (4) 儒学と教育 ① 幕府 ふんど (14 安藤晶益 『自然真営道』 万人直耕の自然の世が理想 18世紀後半 儒学のうち古学派 折衷学派・考証学派がさかん →寛政異学の禁(1790) で朱子学を正学に→官立の昌平坂学問所設置 ほんと ② 諸藩 藩校(藩学) 藩士の教育 郷校(郷学) 城下から離れた地の藩士や庶民 ③民間 私塾 [15 〕 (大坂) 町人出資, 富永仲基(16 井幡彬) なかもと 寺子屋 一般庶民の初等教育, 読み・書き・そろばん 女子教育 『女大学』 貝原益軒の著作をもとに作成 女性の心得を説く (5) 文学と芸能 出版物や貸本屋の普及 さんきょう しかけ きょうし ① 小説 17 洒落本〕:118 山東京伝) 『仕懸文庫』 [19 黄表紙 〕: 恋川春町 『金々先生 ほん [20 よきぶそん 上田秋成 『雨月物語』 ② 俳諧 与謝蕪村 (天明期) 『蕪村七部集』 はやる なんぼ しょくさんじん やどやのめしも ③ 風刺 川柳 柄井川柳ら撰 『誹風柳多留』 狂歌: 大田南畝(蜀山人), 石川雅望 (宿屋飯盛 ) でんじゅてならいかがみ ④浄瑠璃 竹田出雲 (18世紀前) 『仮名手本忠臣蔵』 『菅原伝授手習鑑』 近松半二 (18世紀後) 『本朝廿四孝』 るの だんきん (6)絵画 ① 浮世絵 宝暦期 [21 錦絵 〕 (22鈴木春信) 「弾琴美人」 など 多色刷りの版画を ME ふじょうちゅっぽん 寛政期 美人画 〈23 喜多川歌麿) 「婦女人相十品」など とうしゅうしゃちく えびぞう 役者絵・相撲絵 (24東洲斎写楽 「市川蝦蔵」など 大首絵の手法 ②写生画 (25円山等) 「雪松図屏風」 など 遠近法の手法 円山派 立画(画) 26

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世界史 高校生

ヨーロッパの総務的契約や不輸不入権があっだのって何世紀くらいなんですか? また、どこの国の話か教えていただきたいです🙏💦

ctrl 封建社会の成立 なものだろうか。 会は農業と土地に大きく頼るようになった。また、 たびかさなる外 ほうけんて! 力の侵入から生命・財産を守るため、弱者は身近な強者に保護を求め ここから生まれた西ヨーロッパ中世世界に特有の仕組みが、封建的主催 関係と荘園であり、この2つの仕組みのうえに成り立つ社会を封建社会 という。 manor しょうえん しょこう knight せいしょくしゃ feudal soc 皇帝・国王・語侯(大貴族)・騎士 (小貴族)や聖職者などの有力者たち は、自分の安全を守るため、たがいに政治的な結びつきを求めるように ほうと かしん しゅくん なった。そこで、主君が家臣に封土(領地)を与えて保護するかわりに、 家臣は主君に忠誠を誓って軍事的奉仕の義務を負うという、人と人との 結びつきが生まれた。これを封建的主従関係という。この関係は主君と 家臣の個別の契約によって結ばれたが、やがて世襲化した。 西ヨーロッ パの封建的主従関係は、主君と家臣の双方に契約を守る義務がある(双 te そうほう せ しゅうか ふくじゅう 5 務的契約) のが特徴で、主君が契約に違反すれば家臣には服従を拒否す る権利があった。また、1人で複数の主君をもつこともできた。 ●土地所有者が自分の土地を 有力者に献上してその保護下 けんしょう に入った後、改めて有力者か らその土地を恩貸地として貸 与してもらう制度。 おんたい ち 封建的主従関係は、ローマやゲルマンの社会にみられた恩貸地制度 じゅうしせい と従士制に起源があり、ノルマン人など外部勢力の侵入から地域社会 を守るための仕組みとして、とくにフランク王国の分裂以後、 本格的に してい 貴族や自由民の子弟が、 ほ かの有力者に忠誠を誓ってそ ちゅうしゃ |春耕地 の従者になる慣習。 園の構造(概念図) 中世の荘 さんぽせい では三圃制が広くおこなわれ いた。 重い犂を引く牛馬を用 作したため(→p.118)、 各 は細長い地条にわかれ、 農 ちょう 秋耕地 領主のやかた 「粉ひき場 休耕地 かじ屋 共同放牧地 パン焼き場 牧草地 さんざい じょんしき 耕地に散在する地条を保 騎士の叙任式 国王 (主君、 中央左) から剣を授け o られ、忠誠を誓う騎士。 14世紀の写本よ しゃほん 第5章 イスラーム教の成立とヨーロッパ世界の形成 20

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国語 中学生

右にある黄色蛍光ペンで示した字は何と読みますか

しょうぺん つら 時節であった。然しこうなると四畳半も引き払わなければならん。 生れてから東京 かまくら 以外に踏み出したのは、同級生と一所に鎌倉へ遠足した時ばかりである。今度は鎌 倉どころではない。大変な遠くへ行かねばならぬ。地図で見ると海浜で針の先程小 さく見える。どうせ碌な所ではあるまい。どんな町で、どんな人が住んでるか分ら ん。分らんでも困らない。心配にはならぬ。只行くばかりである。尤も少々面倒臭 い。 じまん ふいちよう * もて しゃべ 家を畳んでからも清の所へは折々行った。清の甥と云うのは存外結構な人であ おれが行くたびに、居りさえすれば、何くれと款待なしてくれた。清はおれを前へ 置いて、色々おれの自慢を甥に聞かせた。今に学校を卒業すると麹町辺へ屋敷を買 って役所へ通うのだなどと吹聴した事もある。独りで極めて一人で喋舌るから、こ つちは困まって顔を赤くした。 それも一度や二度ではない。折々おれが小さい時寐 小便をした事まで持ち出すには閉口した。甥は何と思って清の自慢を聞いていた か分らぬ。只清は昔風の女だから、自分とおれの関係を封建時代の主従の様に考え ていた。自分の主人なら甥の為にも主人に相違ないと合点したものらしい。甥こそ いい面の皮だ。 がてん しゆうじゆう ね

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倫理 高校生

2と3、答えが入れ替わっていませんか?

98 第 4 章 国際化と日本人としての自覚 3 日本における儒学の展開 1603年 徳川家康 江戸幕府を開く (265年間) ・・・戦乱の終結による世の中の安定 世の中に対し超然とした態度をとる仏教に代わり, 現実社会の人倫に主眼を置く儒教が定着 (1) 朱子学派 5代将軍綱吉 (元禄期) 文治主義により朱子学を官学とし儒学を奨励 →朱子学の考え方が、江戸幕府が統治体制を維持していく上で、都合が良いものであった。 いんげんじゅ 桂庵玄樹 室町時代の禅僧(臨済宗) 明で朱子学を学ぶ わい (1427~1508) 菊池・ 隈府 (熊本) で朱子学を講義→薩摩へ (薩南学派を形成) げんぞく - X (' ) 近世儒学の祖 禅僧-京都五山で朱子学を学ぶ。 ⇒還俗し儒学者へ はやしざん 林羅山 (2 ] 身分秩序の上下関係は天理にかなった秩序である。 (1583~1657) 日本朱子学 の祖 「天は尊く地は卑し,天は高く地は低し、上下差別あるごとく人にも また君は尊く民は卑しきぞ」 幕藩体制を支える封建的身分秩序の根拠となる。 つつし 『三徳抄』 (3 『春鑑抄』 日常生活の言動を敬んで, 天理 (永遠の秩序) を守り社会の秩序や礼儀 に従うよう修養に心がける。 大名(例 ) 平の神と朱子学の生の一致を配さて我を重んじる。 そんのうじょうい (1618~82) ( 神儒融合 ) →幕末の尊王攘夷に影響を及ぼした。 新井白石 (1657~1725) 幕政に参与 宣教師シドッチを尋問し「西洋紀聞』を著す あめのもりほうじゅう 雨森芳洲 (1668~1755) 対馬藩に仕える 朝鮮外交を担当・・・ 「誠信の交わり」 (友好外交) に尽力 かいばらえきけん 貝原益軒 (1630~1714) 福岡藩に仕える 朱子学の窮理の精神にもとづく博物学的研究書である 『大和本草』 や 『養生訓』・『和俗童子問』 などの教訓書・教育書を著す ・・・朱子学の観点からキリスト教を批判 西洋の科学技術は評価 (2) 陽明学派 なかえとうじゅ 中江藤樹 ・・・すべての人の心に天が与えた道徳の根本 普遍的な真理 すべての人を愛し、 すべての人を敬うこと ( 愛敬) ←時・処 (場所) 位 (身分) に応じた道徳の実践 形式より心の内面のあり方を説く ) (1608~48) 近江聖人 文化と伝 日本陽明学 の祖 『翁問答』 陽明学 晩年に傾倒 ⇒P.39 くまざわばんざん 熊沢蕃山 (1619~91) ⇒宇宙万物を存在させる根源を全孝という。 生まれながらに持っている心の本質・・・ 善悪を判断できる力(良知) それを自覚すること・・・良知を発揮すること ( =致良知) ) 「良知によって知り得たことを実践すること」 中江藤樹の門人師の「時・処位」の思想を継承 状況に応じた礼の実践 聖人の跡ではなく心を学ぶべきであると説く。 岡山藩池田光政に仕える。 治山治水に業績 環境保護の思想

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