古文 高校生 4年弱前 活用の種類見分けが苦手です。ク活用、シク活用よく分かりません。この問題ではEの二重傍線のところです。 曲の間に、その瓜はたらき動きけり。その時、忠明に毒気治すべき由仰 れば、瓜をとりまはしとりまはし見て、二ところに針を立ててけり。そ たらかずなりにけり。 義家に仰せて、瓜を割らせられければ、腰刀を抜 れば、中に小蛇わだかまりてありけり。針は蛇の左右の眼に立ちたり とぐろを巻いて が、なにとなく中を割ると見えつれども、蛇の頭を切りたりけり。名を 優れた評判 とくに意識しないで 々の振る舞ひかくのごとし。 ゆゆしかりけることなり。このこと、 に見えたりといふことを知らねども、あまねく申し伝へて侍り。 広く世間に) 脱寺僧正観修・・・解脱寺は現在の京都市左京区にあった寺。僧正は僧官の最高位。 たんばのただあき みなもとのよしいえ 師忠明・・・医者であった丹波忠明。 *武士義家朝臣・・・ 源義家のこと。武勇で有名。 かじきとう 奈良のこと。 *加持・・・ 災いを除くため、仏に祈ること。加持祈禱。 都 刀…腰にさす、つばのない短い刀。 Bun まなこ イ 未解決 回答数: 1
歴史 中学生 約4年前 武士が、領地を皇族や貴族、寺社に寄進していたのは何故ですか??🙇♀️ 成長した武士団の中でも、天皇の子孫である 源氏と平氏が有力でした。 11世紀後半には, とうぼく ぜん く 5 東北地方の武士どうしの争いをきっかけにした大きな戦乱 (前九 しょうえん 武士団と荘園 ねんかっせん こ さんねん 年合戦 後三年合戦)が起こりました。 この争いをしずめた源氏 . みなもとのよしいえ いわて の源義家が東日本に勢力を広げ, 東北地方では平泉(岩手県)を きょてん おうしゅうふじわらし 3 拠点に成長した奥州藤原氏が力を持ちました。 12世紀前半には、 かいぞく 瀬戸内海の海賊をしずめた平氏が西日本に勢力をのばしました。 10 地方の武士は、地位や武力を利用して土地の開発を進め、領地」 き しん を都の皇族や貴族, 寺社(寺や神社)に寄進しました。 こうした 1070 園では, 武士が年貢を農民から集めて納めるかわりにその土地を ➡p.45 5⑤ 支配する権利を保護してもらい、 力をのばしました。 一方, 荘園 こくし こうりょう 以外の国司が支配する土地(公領) でも、武士が犯罪の取りしまり ➡p.43 や年貢の取り立てを任されるようになりました。 やかた こうして11世紀の後半には, 武士は荘園や公領に館を築いて 地方の社会の中心になっていきました。 解決済み 回答数: 1
古文 高校生 約4年前 回答配られず復習ができないので下の方、どなたか正しい答えを教えて頂きたいです🙇♀️ 値古今著聞集|源義家、衣川にて安 倍貞任と連歌のこと 三 傍線部分の助動詞について、その終止形 を答えよ。また、その意味と活用形を、そ (文新-) - 次の語句の読みをすべてひらがな(現代一 仮名遣い)で記せ。 の古今著聞集一 安倍貞任一 S 。 れぞれ後のア~カから選び、記号で答えよ。 こもんちもんび くs (完答2点×5) 0川ありげれば) 貞任ら堪へずして 逃れ落ちけるを 言はれたりければ一 [ASS と言へりけり S今S-) 4 陸奥 鎮守府 軍の男ども の衣川の館一 八幡太郎義家 ヘS 終止形動 意味一 活用形 3まんたう2上し S5] )O こゴ]の ヘ へ 線部分の語句の意味として最も適当な一 ものを、後のア~エから選び、記号で答え一 [意味) す。 雪、はだれに降りて一 (EX) ア 推量 H - 誕当 4 カ尊敬 ェ 完了 どっさりと さかんに (活用形] 貞任響をやすら アおさめて一 ウ下に向けて一 はげたる矢をさし外して一 ア 表面がばさばさになった」 ィ色の落ちた一 ウ鳥の羽根の部分が落ちた」 ェ弓につがえた Oやさしかりけることかな」 ア 未然形 イ 連用形 オ 巳然形 ウ終止形 ェ 連体形 休憩して、 命令形 「衣のたてはほころびにけり」と「年を 経し糸の乱れのくるしさに」の連歌の掛詞 を指摘し、何と何を掛けているのか、漢字 で答えよ。また、運歌に使われている縁語 を三つ答えよ。 掛詞 【衣のた】 まと 縁語 【 本 .ほこう、 簡単である (完答3点×2) ィ きまりが悪い 風流である 耐えがたい ア みぞれ混じりに ィゆるめて イ はらはらと 組 Iエイオイ イイエイオ 回答募集中 回答数: 0
歴史 中学生 4年以上前 東北地方の争乱を抑えた源義家がなぜ関東地方(東国)に勢力を広げることができたのですか? た。また, 現れました。成長した武士の中でも,天皇の子孫である源氏と平 氏は有力で,武士の棟梁として武士団を率いるようになりました。 げん じ へい とうりょう 6 とうほく 1世紀後半に,東北地方で有力者の勢力争いから2度の戦乱 せんらん みなもとのよしいえ が起こりました。源義家らがこの戦乱をしずめて,源氏が関東 とうごく おうしゅう 地方(東国)に勢力を広げ,東北地方では奥州藤原氏が平泉(岩手 ひらいずみ いわ て 仲ば 5 た。 ま) たいらのただもり 立 田日 と1 活 ーも 12 世コ)-) せとない 未解決 回答数: 1
歴史 中学生 4年以上前 適切なのはどれですか? マ 源義朝は,保元の乱で敗れ, 義朝の子である頼朝は隠岐に流された。 ィ 源義家は, 保元の乱で敗れ, 義家の子である頼家は伊豆に流された。 ウ源義朝は, 平治の乱で敗れ, 義朝の子である頼朝は伊豆に流された。 ェ 源義家は, 平治の乱で敗れ, 義家の子である頼家は隠岐に流された。 解決済み 回答数: 1
歴史 中学生 4年以上前 答えなんですか? ア~エから1つ選んで, その符号を書きなさい。 |で独部のについて, 保元の乱と平治の乱における源氏について述べた文のうち適切なものを, 次の ァ源義朝は,保元の乱で敗れ, 義朝の子である頼朝は隠岐に流された。 ィ 源義家は,保元の乱で敗れ, 義家の子である頼家は伊豆に流された。 ゥ源義朝は,平治の乱で敗れ, 義朝の子である頼朝は伊豆に流された。 ェ 源義家は,平治の乱で敗れ,義家の子である頼家は隠岐に流された。 解決済み 回答数: 1
古文 高校生 約5年前 源義家、衣川にて安部貞任と連歌のこと について なぜ義家は貞任を殺さなかったのか、という問いを出されました。これはどうしてでしょうか。 趣のある歌を読んだから? 未解決 回答数: 1