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政治・経済 高校生

答え教えてください

WORK 1.次の地図は,冷戦時代の世界地図である。 A, Bに適する語句を、 解答欄に記入しなさ い。 SEATO (東南アジア条約機構) [日米安全保障条約 B 中ソ友好同盟相互援助条約。 ANZUS (太平洋安全保障条約) 朝鮮半島 ドイツ (a 1948 b封鎖 (49) 2. 冷戦下で分断された国々について,次の表のa~e を埋めなさい。 西側 東側 (b 朝鮮民主主義人民共和国 ) ドイツ民主共和国 (c) ) ベトナム共和国 ベトナム民主共和国 3. 戦後国際政治について,次の年表のaに適する語句を、 解答欄に記入しなさい。 1946 チャーチル 「a 演説 1962 e危機 朝鮮半島、南北に分断 MEITO (中東条約機構) A 1949 C結成 ドイツ, 東西に分断 A 1950 朝鮮戦争 (53) 1955 d会議 WTO 結成 1961 第1回非同盟諸国首脳会議 B 1965 米, 北ベトナム爆撃開始 1973 ベトナム和平協定調印 1979 ソ連 f に軍事介入 (~89) 1989 ベルリンの壁解体, 会談 1990 ドイツ統一 1991 WTO 解体, 1993 発足 h 解体 分断の年 1948年 (d 1955年 a b C d e f gh i 年 統一の年 (e 1976年 )年 正誤問題 次の文が正しい場合は○、誤っている場合には×を ( に記入しなさい。 1. アメリカ大統領のトルーマンは、 1946年,西側と東側の間に 「鉄のカーテン」 がひかれていると 演説した。 ( 2. 多極化とは、従来の米ソの2極対立に、 第三世界の発言力の強化中ソ対立 資本主義陣営内に おける西欧の地位向上など、他の要因が力をつけてきたことを意味する。 3. 非同盟とは、南北問題の対立の構図のなかで、 どちらにも加わらない立場をいう。 ( ) 4. 1962年のキューバ危機は、ソ連のミサイル基地建設によってはじまり、 核戦争の淵に立たされる にまでいたったため、 危機の去った後も冷戦対立は激化していった。 5. 冷戦終結が宣言された1989年のマルタ会談は, ゴルバチョフソ連最高会議議長とケネディ米大統 領による首脳会談であった。 ( ) 4 第二次世界大戦後の国際政治 49

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世界史 高校生

世界史の大航海時代で、ポトシ銀山を発見してから価格が大きく変動したグラフなんですが、グラフが読み取れないのでここからどんな事が分かるか解説して欲しいです。 お願いします🙇‍♀️

ペルー・メキシコ産の銀の流入 アメリカ大陸の珍しい物産の流入 (ジャガイモ・トウモロコシ・タバコカカオなど) 商業革命(貿易関係の変化) 新航路発見前 ヨーロッパ <地中海〉 銀 香辛料 絹 (モルッカ 諸島産 オスマン帝国 <<インド洋〉 (南ドイツ産) ムスリム商人の中継貿易 商業活動 中心が地中海から | 大西洋へ移る アジア 新航路発見後 毛織物 (フランドル産) 銀(ペルー・ メキシコ産) アメリカ大陸 三角貿易 北イタリア・南ドイ ツ諸都市の微 〈大西洋〉 物価騰 生活の変化 流入したアメリカ大陸原産の食物は、ヨー ロッパやアジアの食卓を一変させた。 奴隷 ヨーロッパ 西欧 金・象牙 武器・日用品 ヨーロッパを中心と した世界のはじまり アフリカ 香辛料・絹 大西洋 インド洋/ アジア 西ヨーロッパ商業資本の発達 (特に毛織物業) 西欧・東欧の分業体制 P.2035 表 ●経済の中心からはずれる 東欧 穀物 原材料の供給地へ ●グーツヘルシャフトの発達 [100] (g) 150 16c. 物価騰貴 ( 価格革命) 10- 「最高価格 〈南欧 ポーランド」、 17c. 価格停滞 18c.価格の (17世紀の危機)幅が縮まる 小麦価格の変動 ヨーロッパ全域の小麦の 価格帯 (小麦1002あたりの銀の重量) /F= プローデル,F=スプーナによる 資料: 近藤和彦氏) 0 1450 1500 1550 1600 1650 1700 1750 (年) 18 [世紀15] 16 17 ア英仏 アメリカ 大陸到達 「最低価格 英仏と南欧が逆転 → 11 ポトシ銀山 (標高4178m) 1545年に発見されたアメリカ 大陸最大の銀山。 ボリビアの アンデス山中にあり, 16世紀 末には標高4000mの地に人口 16万人という都市ができた。 ← P.139 サルバドル の方にたどり着いた島をサンサルバドル島 (スペイン語で「聖なる救世主の島」)と名付けた。 「世界一 ←解説 小麦価格の 変動に見る価格革命・ 商業革命 スペインが アメリカ大陸からヨー ロッパに持ち込んだ大 量の銀により、銀の流 通量が増えた結果 銀 , の貨幣価値は下がり 物価は騰貴した。

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現代社会 高校生

東京書籍 現代社会ワークノート P42.43.45 の答え持ってたら送ってほしいです 急いでます💦💦

15 16 12 ●最高限度 ⑩タミ ワイマール憲法 110院内閣制 @ the the 統治権 ② 統帥権 ③ 鹿の権利 ③ 基本的人権 ⑩ イギリスで政権交代に備えて野党が定める閣僚候補 (内閣)のことを何と 行政権の長と議員がともに選挙で選出されるアメリカの政治制度は何か、 10 大統制 ●アメリカの銀行が議会や政術に対してもつ。 憲法違反かどうかです。 • ABLCKEN. ✓ ⑩ 中国の最高権力機関は何か。 ARORES • 4226th S ① 国会 △ ② 衆議 Z320 ZONE 2 日本国憲法の基本原理 . ✓ 19 西欧化を否定し, イスラム本来の考え方による政治指導をめざす考え方を向 ① 明治憲法で天皇がもっていた立法・司法 外交などにわたる強大な権限を何と □ ③ 明治憲法において法律の範囲内でしか認められなかった権利は何といわれるが、 □ ② 明治憲法で天皇がもっていた陸海軍を直接指揮する権限を何というか。 ④1945年に日本が受諾した軍国主義の根絶、基本的人権の尊重などを定めた宣 ⑤ 日本国憲法が 「侵すことのできない永久の権利」として保障するものは何か ⑥国の政治のあり方を最終的に決定するのは国民であるとする憲法の原理は何が □ ⑦日本国憲法で天皇の地位は日本国および国民統合の何になったか。 [ ⑧憲法第9条の戦争の放棄, 戦力の不保持、交戦権の否認などの原理を何というか Ⓒ Belk ⑧ 平和主義 9 -2 第2部 第2章 1789年, フランス革命のなかで □81919年、ドイツで制定された社会権の保障を明記した憲法は何か、 イギリスで発達した。 内閣が議会の信任のもとに成立する政治制度を何とい 日本国憲法と民主政治 1951年に 在日米軍 . N N N N N N N N N N 2015年 3 E ⑤ [個 6 { ⑨憲法第14条の人種、信条、性別、社会的身分などによる差別を受けない権利は □ ⑩個人が国家権力による束縛や社会的身分から自由に行動する権利を何という ✓ ⑩ 国家が特定の宗教を擁護することなどを禁じる原則を何というか。 ✓ 12 国家の積極的介入により, 人間らしい生活の実現を保障するための権利を ⑩3 「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する権利は何といわれるか。 ✓ 14 義務教育の無償を定めた権利を何というか。 ✓ 15 労働基本権の一つで労働組合を結成する権利は何というか。 □⑩6国民が積極的に政府に働きかけ, 政治に参加することを保障する権 ✓ ⑦7人権と人権とがぶつかった場合, それを調整する原理を何というか

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現代文 高校生

この問題が見当たらないのですがどこの問題集から出ているかわかる方いますか 勉強内容以外のことですいません

① 「都市へ」 解答・配点 理的文章 (+実用的文章 論理的文章 (+実用的文章 正解 ④ 1① ] ④ 4 8 8 ① (ウ) 2 (木) 2 58 D 28 3 設間 配点 (7) 2 44 @ee (2) 0918 計 CE (i) 4 10 ③ | (11) FEHE 23 鈴木博之 「都市へ」 「プロローグ 都市における近代とはなにか」 の一 出典 節。出題に際しやむを得ない事情により、一部省略・変更した箇所がある。 なお、写真については、編集の都合上、類似したものに変更した。(写真提 供: 時事通信フォト) 鈴木博之は、一九四五年、東京生まれ。 建築史家。東京大学工学部教授、 東京大学大学院工学系研究科教授、青山学院大学総合文化政策学部教授、博 物館明治村館長、公益財団法人明治村副理事長などを歴任。 二〇一四年、逝 去。著書に「建築の世紀末」 「建築の七つの力」「夢のすむ家 20世紀をひら いた住宅」「東京の[地霊]」 「見える都市/見えない都市まちづくり・ 建築・モニュメント」「日本の〈地霊)」 「都市の記憶」などがある。 問題文の解説 原典では各部分にこまめに小見出しがつけられており、問題文をそれを利 て分けると次のようになる。第1段落~第団 段落=「都市は単なる 器で 用し の建物やそれによって構成される町についても同じで、 つまり、日本の町や 建築は根本的に、すべては仮のもの、移ろいゆくものと見る精神、すなわち 無常の精神の上に成り立っているようである。 そこからは消えてしまったも のの名残の風情やゆかりをしのぶ精神なども浮かび上がってくる。 (7) これに対し、廃墟は移ろわずそこに厳然とそびえ続けているものである。 こういうものを建造するヨーロッパ精神には、永遠を実体として表現し、 物 理的にとどめようとする意志が感じられる。すなわち、ヨーロッパの建築や 都市は建築材料の特質ゆえに残っているというだけのものではなく、建造さ れたときから水を物理的に保証する存在として、すなわち廃墟や遺跡とし 残るべく造営されたのであり、そこには、無常ではなく、水を志向する 精神がある。 ( Ⅲ「「永遠」と「今」」 ⑨~図> ヨーロッパの都市と建築を支配し、そこにヨーロッパ特有の表情を与えて いるのは「「永遠」に連なってゆく 「時間」に対する意識の存在」である。 そして、それがヨーロッパの都市の美観を形成している。 たとえば、西欧 に比べて日本の都市が美的でなく、混乱と無秩序に満ちていると指摘される ことが多いのは、日本人の日常生活に永遠がなく、「今」しかないからだろ う。つまり、永遠に残そうなどという思いはなく、当面の役に立てばいいく らいの気持ちで、場当たり的に都市や建築を造っているのである。 それに対 して、ヨーロッパの「永遠」を志向する精神は都市建築を永遠の時間に堪 る ゆえんである。 ) えられるものとして建造しようとする。 廃墟遺跡が残る都市が美観を呈す われわれ日本人は、旅行空間を移動することであり、別の空間を味わう ことだと思い込みすぎている。ゆえに旅行先の都市や建築に時間を見出そう とする感覚が稀薄となり、それらに意識を傾注しようとしない。しかし、異 なる場所を訪れるということは、そこに流れる異なる時間の中に身を置くこ とであり、旅行とは本当は時間の体験なのである。 それがわかったとき、そ 遼」と「今」」、第四段落~第四段落=「都市を変えてゆく力/近代化の はない」、第⑤段落~第1段落=「廃墟の概念」 まり」、第2段落第2段落=「近代化と文化的アイデンティティ」。わかり やすいので、この原典の小見出しに従い、それぞれの議論の要点を整理し、 その内容をできるだけ端的に解説していくことにする。 <Ⅰ「都市は単なる器ではない」 ~団〉 いわゆる観光旅行において、実際には都市や町や建築を目にしている時間 が圧倒的に多いはずでありながら、意識はその中にある遺物、そこにまつわ る歴史や由緒あるいはみやげ物や特産品などの商品の方に向きがちであ り、都市のあり方や町並みそのもの、 建築そのものに見入るということが少 ない、そう筆者は指摘する。 それは観光の目的が都市なりなり建築なりの 中身にあると思い込んでいるからであり、都市や町や建築を単なる器にすぎ ないと思う気持ちがあるからだろう。 (12) しかし、たとえばゴシックの大聖堂が単なる入れ物としての建物ではな く、それ自体その精神世界を造形したものであるように、ヨーロッパなら ヨーロッパの都市は、その都市を造った者たちの精神を体現している。つま り、都市そのものに見入れば、そこにその都市固有の精神が現れてくるので ある。したがって、都市や建築は単なる器ではないのである。(M) しかし、それぞれの都市と建築に込められている精神とはどのようなもの か、それはどこを眺めれば解るのかという質問に直ぐに答えが出せるかとい うと、それはそう単純にはいかない。 (①) <I「廃墟の概念」⑤~回> そこで右の質問にひとつの例を以て答えてみる。 ヨーロッパの都市の精神を垣間見るのにはどこを眺めればいいのか。その 答えの一つは廃墟、遺跡である。それでは、そこにはどんな精神が見出せる のか (⑤⑥) たとえば日本の社寺は放っておくと消えて山野に戻ってしまう。それは他 の時間を体現する都市と建築の存在に目が向けられ、そこに込められた精神 に近づくことになるだろう。 (2) 《Ⅴ「都市を変えてゆく力近代化のはじまり」 (1~ 時間のなかに都市を見るとき、十八世紀までの都市のすがたと十九世紀以 後の都市のすがたとのあいだには根本的な差異が存在していることに気づ く。そして、その中でも最も顕著な差異は都市や建築の大規模化である。逆 に言えば、十八世紀までは都市や建築は中世と本質的に変わらないものを用 い続けてきたということになる。 それが十九世紀になってはじめて、都市は 急激な人口増加とそれに伴う都市改造により様相を変えたのである。(図~ この急激な変化の原因の一つは十八世紀末にはじまる産業革命とそれによ る初期の工業化社会の到来である。また、フランス革命がもたらした基本的 人権や土地改造もその後の都市の大変革に影響しなかったはずはない。さら にアメリカの独立宣言もヨーロッパ世界だけが世界の中心だとする観念を相 対化させるものであり、いずれもヨーロッパの都市を中世的なものから近代 的なものへと転換させるべく作用し、近代の土壌を用意するものであった。 《V「近代化と文化的アイデンティティ」 (22) ここでアジア諸国における近代化について考える。 近代化過程の初期においては、 アジア諸国は西欧的近代主義をモデルとし て、それに邁進してきた。 しかし、次第に西欧文明の摂取と自国の文化的ア イデンティティの両立をいかにはかるかが問題となってくる。 そこで考えら れたのが、たとえば日本の「和魂洋才」のように、技術文明と文化の価値尺 度を分離して、文化の価値尺度については自分たちの伝統的なあり方を維持 し、技術だけを西欧から摂取するという理念である。しかし、そんな 実際に可能だったのだろうか。 特に技術と生活 いると言っていい都市

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世界史 高校生

高校 世界史Aです。 カッコの空いているところに何が入るか教えて頂きたいです💦 ご回答よろしくお願いします🙇‍♀️

3.日中戦争/4. 第二次世界大戦の勃発/5. 大戦の終結 O ['日中戦争 ] (1937~45) A.国内の動乱 教科書P.180~185 資料集P.280-281、288-293 ]の対立が継続 ]にて内戦停止と一致抗日を主張するも ]後も[3 ]と[ [S共産党]が [S [階介石]は「社会主義勢力の打倒が最優先事項」としてこれを弾圧 B. [G空専件] (1936.12) [°張学良]が遠征途上の西安で[7 介石]を幽閉,共産党から派遣 された [19周思来] と共に内戦停止と即時抗日を要求 [1第2次国芸合作]が成立し [1?流日民族統一戦線胸 が結成 C. 開戦(1937) [13 ]の拡大を狙う日本軍が中国軍と北京郊外の ['塩温橋]で 衝突,日本政府の制止を現地の軍人が押し切り日中間での戦争が勃発 ② [15等ニ次世界大戦] (1939~45) A. [16:ェンヘ>会談 ] (1938) 独がチェコスロヴァキアに [17 「最後の領土要求」としたため、英·仏も反共政策を条件に割譲を容認 →約束に反し独は領土拡大を継続, [18寄和政第] の失敗が露呈 B. [19 ソ不可優条約]の締結(1939.8) 独の侵略を容認する英·仏をソ連が警戒, 独も仏·ソによる挟み撃ちを 警戒,両国の利害が合致し不可侵条約が締結 一万全を期した独が他国侵攻を開始し [15%ニ>次世界大戦 ] が勃発 C. 戦争の経過 開戦後1年で独は仏を含む西欧諸国を占領, 独の優勢を見て伊が独側で 参戦,[20チャ - チル ] 率いる英が欧州で唯一抵抗を続け独の上陸を阻止 D. [21強 ソ ] (1941.6) 英上陸を諦めた独がソ連へ矛先を転換, 当初は奇襲で優勢を維持するも 英米と提携したソ連に押され、[22 7ルスク ]の割譲を要求,独が ]の戦いで敗北 E. 終戦 太平洋での開戦に伴い米が欧州にも参戦, これで劣勢を強いられた伊では ムッソリーニが失脚し無条件降伏,また英·米が独占領下の北仏に上陸し 反撃を開始,ソ連との挟み撃ちを受け、 ヒトラーが自殺し独が無条件降伏

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現代文 高校生

至急です! お願いします!! この問題が分かる方、分かるものだけで大丈夫なので教えてください!

41 ステップ2 随想 ステップ2 40 17 随想 40 25 速読 目標時間 6分 15分 本文 /50 *要約 /10 40 ステップ2 読解)作家にとっての「故郷」とは 七標 おくや ひかる 己を放り込む虚構 課題)筆者の観点をおさえて読み進める 問解 人が生まれ育った場所を故郷と呼ぶのなら、庄内は必ずしもぼくの故郷とは言えないだろう。生まれたのはた (要旨をつかむために 第理解を深めよう しかに山形県ではあるけれど、一年も経たぬうちに両親ともども東京に移ってしまったからである。とはいえ母 s 要約のための確認 【各1点】 の実家である、広々とした水田に点在する集落の家には、祖母と曾祖母が残って、毎年夏には必ず帰省して庄内一 ○細盟 平野の穏やかな風光のなかに長い時間を過ごした。 庄内…必ずしも故郷とは言えない 子どもにとって夏休みはそれだけでもう心弾む出来事であるが、ぼくにはさらに田舎での数週間という贈り物 5 がきっかけ (地一) があったわけである。すばやく身を翻し水底の泥に隠れるドジョウ、草いきれのなか息を殺して浮標を見つめた S- 用水路での魚釣り、蚊帳に置かれてあわく明滅する蛍、サエギるもののない広い夜空に横たわる銀河、集落のは 庄内…「故郷」として考え始める 0筆者の気づき(認識) がっさん ずれから繰り返し眺めた月山の姿||。これら子ども時分の貴重な記憶の数々は、一昨年に書いた「三つ目の銃」 「故郷」とはひとつの =D選びとられるもの 0筆者の所感·心境 作家である「ぼく」ー という作品となって一部結晶したのであるが、要するに大人になるまでのぼくにとっては、庄内はただ心楽しく エキサイティングな冒険の場所にすぎなかった。 故郷という言葉とともに山形の家のことを考え始めたのは、三十歳に近くなってから、小説を書き始めたころ を虚構に放り のことである。 込む ひとつのきっかけは父の死である。葬式が終わり、田んぼの真ん中の墓地で、白木の箱から父の骨灰を墓の底 →庄内 にばらばらとまいたとき、かつってない不思議に甘美な気分にぽくは捉えられた。それはどうゃら自分もいずれ死 を与え続けてくれる ねばこうなるのだとの思いであるらしく、そう思って周囲を見回してみれば、五月の水田は湖沼のように陽光を 5 ちょうかいさん」 りょうせん ひばり (通2 まとめてみよう 要約に向けて 所感を四十字以内で書こう。【6点] 映して輝き、月山と鳥海山が蒼くくっきりとした稜線を鮮やかにして墓地を遠くから見つめている。雲雀のさえ ずりが空の高いところできこえた。 自分の死に場所にここは悪くない。そのような声が、「故郷」という言葉とともに、初夏の平野をぼんやりと眺 めるぼくの心に、静かに立ちのぼってきたのである。 「故郷」とは言うまでもなく近代に発明されたひとつの虚構である。都会での生活スタイルが確立されるにつれ 2 生じてきた、だれとも連帯せずに浮遊している人の孤独感、あるいは根を断たれているとの不安感が、温かく己 を包み込んでくれる母胎のごときものとして、己の魂が穏やかに回帰すべき場所として、遠い憧れの地境として、 「故郷」のイメージを文学的に創造した。故郷の山河といった場合、山や河自体は当然昔からそこにあったはずだ けれど、それらが懐かしい風景として思い描かれるにいたったのは、明治以降の文学がそのように描いてきたか らである。 (出2) (型の) たとえば柳田国男の「常民」概念をここであげるなら、それが現実に生きてある人々を具体的にさすのではなく、 失われた何かを回復せんとする柳田のロマン派的文学の心情が作り出した虚構であることは、数多くの批評家が 指摘するとおりである。「常民」とは都会にある者の眼に映った、「故郷」に棲む人間の幻像である。 一方では、少なくとも近世以来、西欧的な都市団体をもたなかったわが国では、都会の生活者といえども地縁 血縁のしがらみからは逃れがたく、そうしたしがらみの象徴としての意味をもまた「故郷」は担うことになった。0 (地4) かくして故郷は両義的であり、だからこそ遠くにありて想うものなのである。 おも 虚構である「故郷」はつまり選びとられるものである。選んだおぼえなどないという人にしても、無意識のうち にそうしているのであり、人生の節目のあるとき、ここがやはり私の故郷なのだと、感慨にとらえられつつ風景 に眼をやった記憶がだれにも必ずあるはずである。 (注5)なか 虚構をこととする作家であるなら、当然この選択にはジカク的である。作家は「故郷」を発見する。たとえば中5 く。 上健次にとっての紀州がそうである。むろん作家は故郷にアンジュウしたり、ただ感傷にひたるために故郷を選 ぶのではない。何らかのかたちで「私」を問題にせざるをえない近代小説の伝統のなかで、己自身をひとつの虚構 に放り込むことで、多様な物語を「私」の内部に導き入れようと作家は企むのである。 ひとりの作家であるぼくは、庄内を自分の「故郷」として選んだ。これから小説を書き進めていくなかで、ぼく の「故郷」は途切れることなく、創造の活力を与え続けてくれるだろう。 (注) 1草いきれ- 2柳田国男- 3常民||柳田国男らによる造語で、柳田の民俗学の対象となった、伝統文化を担う人々のこと。 4遠くにありて…|室生犀星(一八八九~一九六二)の詩をふまえた表現 5中上健次||紀州(現在の和歌山県)生まれの小説家。一九四六~一九九二 -夏、生い茂った草が日光に照りつけられて発する熱気。 -日本の民俗学の創始者。一八七五~一九六二 「近代」(明治以降)において、人 は身分制度や家の概念から自由に なり、地方から都市部へと人口が 流出しはじめた。こうした変化を 背景に、本文での「故郷」のほか、 家」から離れた「個人」といった概 念も生み出された。 むろ う さいせい (ガイド- 従来の観点とは異なる、本文における筆者の認識が端的に示されている一文に線を引こう→問三を攻略

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