数学 高校生 約2年前 自分の答えと正解が違っているのですが、自分の答えは×なのでしょうか? 3 証明する。 1=2のときht1は819で奇数になる。 よって対偶は為 したがってもと命題は為 梼文字を用いて証明 する が奇数のとき、hはある整数を用いてn=2k+1とされる。 このときn'tに2k+1)+(8k24126465+1)+1 (4k3662+3k+1) 413462+3+1は整数であ から31数である。よって対偶は夏である ⑧ [4STEP数学Ⅰ 問題115] したがってもと命題は真である。【8月4日】 が無理数であることを用いて,次の数が無理数であることを証明せよ。 1 (2) 2+√3 2+3 このとき が無理数でないと仮定する。 27万は有理数であるからとを有す数として みと溶せる。 V=2=53 √3 = -V+20) 有理数であるから①の左辺も有利数である。 よって①から有理数となり、3が無理数である ことに矛盾する。 したがっては無理数である。 2 解決済み 回答数: 1
数学 高校生 約2年前 古文の問題なのですが解答には"る"と書いてあり 何故"る"になるのか分かりません 何方か教えて頂けませんでしょうか...? 間三文法空欄にあてはまる過去完了の助動詞を次から選び、適切な形 に活用させて書け。 【きけり つ ぬたりり】 【4点】 解決済み 回答数: 1
古文 高校生 約2年前 空欄に入る断定の助動詞「なり」はどうして「に」に活用させなければならないのですか?連用形に活用させなければならないのはわかるのですが、「なり」も連用形ですよね? ⑥かくこそは[ このように 4 ただ人 [ ふつうの身分の人 〕な。(源氏) は BIEN RE 〕ておはしましける時のことなり。(伊勢) いらっしゃった 解決済み 回答数: 2
古文 高校生 約2年前 下の助動詞が未然形につく助動詞しむ→安しを未然形にする→形容詞だから「安く」だと思ったんですけど、解答は「安から」になってて、形容詞は助動詞がつく場合必ずカリ活用になるというルールがあるんですか? 1燕の巣くふ〕たらは告げよ ②親の心を 〔安し] しめむとて、(とはずがたり) (一) 解決済み 回答数: 1
古文 高校生 約2年前 (5)の助動詞「せ」の意味がしえきになるのはどうしてですか?たまふがあるから尊敬の意だと思ったのですが。どなたか教えてください🙏 どこへ ③ この女、いかにおぼつかなくあやしと思ふらむと、恋し どんなに気がかりで変だと 4「いづかたへいにけむ」と悲しい思ひけり。(大和) 5 題出だして、女房にも歌詠ませたまふ。(枕) 歌の題を出して 解決済み 回答数: 1
国語 中学生 約2年前 中学古文です。 問題の意味、答えどちらも分からないので教えて下さると幸いです 3 次の文の空らんに、適切な助詞を補いなさい。 1年高き尼ひとり住みけり。 ②十九日、日あしければ、船いださず。 今の人口、事足らずとはおぼえぬがごとし。 44 船路なれど馬のはなむけ口す。 ⑤ その家のありさま、よの常にも似ず。 解決済み 回答数: 1
数学 高校生 約2年前 移動した点と移される点は何が違うのですか? 1 12 [ 4STEP数学Ⅰ 問題130] 【月 次の各点を、軸方向に2,y軸方向に-3だけ移動した点の座標を求めよ。 また、この移動によって, 次の点に移される点の座標を求めよ。 (2) (-1, 2) (-1+2,2-3) 解決済み 回答数: 1
古文 高校生 約2年前 助動詞についての質問です。 左ページ最初の「多かりける」の「ける」の文法的意味がよく分かりません。ネットで調べてみたら、「詠嘆」となっていましたが、何故かもよく分かりません。説明をお願いします。 たまかつま 玉勝間 ことば 兼好法師が詞のあげつらひ 兼好法師が徒然草に、「花は盛りに、月はくまなきをのみ見るものかは。」 とか言へるは、いかにぞや。 いにしへの歌どもに、花は盛りなる、月はくまなきを見たるよりも、花の もとには風をかこち、月の夜は雲をいとひ、あるはち惜しむ心づくしをよ めるぞ多くて、心深きもことにさる歌に多かるは、みな花は盛りをのどかに 見まほしく、月はくまなからんことを思ふ心のせちなるからこそ、さもえあ らぬを嘆きたるなれ。いづこの歌にかは、花に風を待ち、月に雲を願ひたる はあらん。 さるを、かの法師が言へるごとくなるは、人の心にさかひたる、 のちの世のさかしら心の、つくりみやびにして、まことのみやび心にはあら ず。かの法師が言へることども、このたぐひ多し。みな同じことなり。 すべて、なべての人の願ふ心に違へるを、みやびとするは、つくりことぞ LO 1兼好法師 1.7 2徒然草 →2.7 3花は盛りに・・・ 『徒然 七段の冒頭。 4つくりみやびわ あ 多かりける。恋に、逢へるを喜ぶ歌は心深からで、逢はぬを嘆く歌 して、心深き 解決済み 回答数: 1
古文 高校生 約2年前 模試とかにでてくる初めてみる古文、漢文の問題だと全く内容が理解できなくて全然答えがあいません、😢 読解するのにポイントとかアドバイスあれば古文、漢文、どちらか片方だけでもいいので教えてくれませんか、?? 聞きたり。 げんろく ばんじゅう あこう あきのたくみのかみながり とか こうずすげよしなが あだう 元禄十四年(一七〇一年)、江戸城内において、播州赤穂藩の藩主浅野内匠頭長矩が吉良上野介義央に斬りつける事件が起 浅野内匠頭は切腹のうえ、赤穂藩は取りつぶしとなったが、吉良上野介には何のお咎めもなかった。この処置に納得で きない浅野家の家臣四十七人は、元禄十五年十二月十四日に吉良邸に討ち入り、上野介を討ち取って主君の仇討ちを果たした。 彼らは死後「赤穂義士」として浅野家の菩提寺である泉岳寺に葬られた。本文に登場する、堀部弥兵衛、 安兵衛もこの赤穂義 士の一員である。これを踏まえて次の文章を読み、後の問いに答えよ。(配点 三〇) ぼだいじ せんがく 堀部弥兵衛が娘を幸といふ。かねて安兵衛を養子として変せんとする折から、国亡び、復讐の挙に及び、父の弥兵衛も夫の 安兵衛も、ともに世に亡き人となりにけり。これより前、かの復仇を思ひ起こしける志願に、母を伴ひ諸国の寺社に詣で、昨年 冬、伊勢の松坂にて、吉良家を襲ひ志を遂げたりといふことを聞き、喜びつつ京師にのぼりしころ、父子とも死を賜ふよしを (注3) ゆあみ (注2) においては、自分の僧江戸にありて一寺の住職たるに尋ね行きて、尼とならんことを願ひけるに、この憎もただ人に はあらで、「明日になりてともかくもせん」とて、その夜死者に沐浴さする所に入れて、ひさしめ試みるに、つゆばかりも恐るる 思なく、 こころよく寝なければ、「さては出家は遂ぐべし」とて、戒を授け法を伝へ、妙海と名付く。 (注5)しば しつつけ (注7) (注4) あうかい この後に芝泉岳寺の義士の墓の傍らに、かたばかりの庵を結び、父夫及び諸士の後を懇ろにとぶらひけるが、なほもと 僕の家の絶えたることを深くきて、官に訴ふることしばしばなければ、後には「なほこのうへ訴へ出でば、遠島の罪にも 打はるべし」とありしに、強ひてまた訴へければ、すでに罪に落ちんとしを、ある方の恵みをもて免れたり。ひたすら訴ふる とおよそ二十度にあまれりとぞ。 (200) arewe B - はな よってせめて志にとて、墓の前に常をかかげしに、 所縁ある諸侯より油の料、及び米・・のたぐひ絶えず与へふに より、乏しきことなし。 折々は盗人に奪はるることありしが、さる けしきを見せず、布施多ければ、貧しき者をして、己は ぬすびと 租服を身にまとひ、常燈をわざとして生涯を送れり。 あんたう (注6) あこうぎしてんいっせきわ 「赤穂義士伝一夕話」による) 解決済み 回答数: 1