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現代文 高校生

「である」ことと「する」こと この問題も答えを教えてほしいです!!!!!! お願いします!!!!!!

第一部 評論〇五 漢字・語句 1 次の部の漢字の読み仮名を書きなさい。 ( ① 若干 ⑧代物 ④ 浸 ①作 2 次の部の片仮名を漢字に直しなさい。 ① 借金のサインク。 ( ⑥ 極力ショウアク。 ( ⑥ 神のシュクフク。 ( ① 味をギンミする。 ( ⑥ ケイカイする。 ⑩ ギョウセキ不振。 ( 3 次の語句の意味を答えなさい。 「不断」(二七・5) ② 行使 (二八・2) 4「制度の自己目的化」(二一九6) を簡潔に説明しなさい。 読解のポイント 1 「権利の上でねむる者」(二一六6) の「ねむる」とは、債権者の どのような態度を表しているのか。 次の中から一つ選んで丸をつけな さい。 ア 休止 不在 ウ無理解 怠惰 オ寛容 2「自分は債権者であるという位置に安住している」(二七・1) と は、 具体的にどのようにしていることか、説明しなさい。 3 「自由の歴史的プロセスを、いわば将来に向かって投射したも の」 (二一七7) とはどのような意味か 次の中から一つ選んで丸 をつけなさい。 ア 人類は自由を獲得するために長く努力してきたが、将来も自由を 確保するためには、同じ努力を続ける必要があることを示したもの。 イ 人類が真の自由を獲得するためには、さらに今以上の努力をして、 将来いつの日にか獲得する日が来るということを示したもの。 ウ 今ある自由は、先人の長い努力の上に獲得されたものであり、そ のことを忘れては、自由を享受する資格がないことを示したもの。 ( ( ( ( 「である」ことと「する」こと 丸山眞男 要点整理 次の空欄に本文中の語句を補いなさい。 ● 「である」こと・「する」こと、 とは、 「時効」という制 した しないと債権を喪失する。 「権利の上に 債権は することで債権でありうる→一民法の共通のロジック (例)日本国憲法第十二条の保証する、国民の )は、 国民の の努力によって保持される。 によっ 自由は置き物のようにそこにあるのでなく、現実の てだけ守られる。 理 論理 二つの式から、 の実 の と とのギャップなどをする一つの基準が得られる。 また、ある面では近代的でありながら、他の面では である日本の問題を反省する手がかりになる。 をたてまえとする組織の 一化 が必要な学問芸術的な効果と単な実」の している。 現代の日本は する必要がある。 4 「そこ」(二七8) とは何をさしているか。 本文中から抜き出し なさい。 5「基本的に同じ発想」 (二一八.3) とはどのような「発想」か。 次 の中から一つ選んで丸をつけなさい。 ア 自由をするのは困難という発想。 イ 行するということを重んじるという発想。 ウ一民法の法理にとどまらないという発想。 自由と権利は相反するという発想。 6 「生活の慣性を好む者」(二一八8) を、筆者は具体的にどのよう 人物像として挙げているか。 本文中から二つ抜き出しなさい。 7 「自分自身のなかに巣食う偏見」(二一九・1) ののなかに」の傍 点は何を強調しているか。 次の中から一つ選んで丸をつけなさい。 ア なくそうとしても容易にはなくせない偏見の性質。 イ 他人にはわからないように、深く偏見を隠していること。 ウ偏見が当人には自覚されないまま存在していること。 ( ) ( ) ( f ( ⑥ 内奥 ( ( ) ② イカクする。 自由のヨウゴ。 ⑥ ダセイで動く。 ⑥ ベンケンがある。 ( ケンショウ作業。 ( 価値のトゥサク。 ( ( ( ( ( ( ( ( ( ( ●近代社会への移行 r 'a ●日本の ** 価の 筆者の感想 1 「⑥⑨」 価値と [OR ( } 第一部 078 7 「ある」ことと「する」こと

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生物 高校生

この答えを教えて頂けませんでしょうか?

【5】 解答欄(裏面)に授業プリントの図を示した。大問【4】の文中の( 4 )、( 5) の方法について説明せよ。図に書いてある説明 図示 の指示に従って記入するこ と。この問題に限り、色鉛筆や色ペンを使用してもよい。 【6】 免疫の働きについてまとめた、次の文について、設問に解答せよ。 ヒトの体内に侵入した細菌などの病原体は,( ア)や( イ )細胞などによっ て病原体に共通する特徴を幅広く認識され,( ウ)などによって排除される。この しくみを( エ)免疫という。 取り込まれた病原体の情報は(イ)細胞によって(オ)細胞と(カ)細 胞に伝えられ、認識される。リンバ球によって認識される物質を抗原という。 抗原を認 識した(オ)細胞は, 活性化して増殖したのち,感染部位に移動し,感染細胞など を破壊する( キ )や,( ア)の働きを活性化する。また,( オ )細胞は, 同 じ抗原の情報を認識した( ク )細胞も活性化する。活性化された( ク )細胞は, 増殖したのち、抗体を産生する( ケ )細胞に分化する。体液中に放出された抗体は, 抗原と( コ )反応を起こす。これによって生じた(コ)複合体は,( ア ) などによって排除される。一方, 抗原を認識した(カ)細胞は,病原体が感染した 細胞を攻撃して排除する。リンパ球の働きによるこれらのしくみを( サ )免疫とい う。 (1) 文中の()に適する語を入れよ。(イ,オ,カ,ケを解答せよ。) (2) 文中の下線部の内容は,( イ)細胞が細胞表面に病原体の断片を出すことで行 われる。これを何というか。 (3) 自己のタンバク質などに対して(サ)免疫がみられない状態を何というか。 (4)(オ )細胞や( カ) 細胞の中には、侵入した抗原の情報を保持して同じ 抗原が入ってきた時には速やかに反応できるよう準備している。この細胞を何と呼 ぶか。

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現代文 高校生

なぜ写真の答えになるのかがわかりません。

5 10 第三語 社会 六山崎 正和『日本文化と個人主義』 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 明治から大正の前半にかけて、日本の知的社会の構造は単純であって、ひと握りのエリートと 大多数の大衆に二分されるだけであった。もちろん、知的な階層性は経済的な階級性とは異なり、 上下の差は漸層的なものであって、かなりの程度に主観的な要素によって作り出される。経済的 な力とは違って、知的な優越性は個人の努力によって達成されやすいし、実際、日本の近代化の 過程で知的なエリート、あるいはエリートだと自認する人間の数は着実に増えて来た。しかし、 この過程を支配していたのはあくまでも二極対立的な価値観であり、一方に エリート、他方に大 衆、いいかえれば「学界」と草の根層を対置する単純な社会の構図であった。 これにたいして、大正後期に始まった知識社会の急激な膨張、いいかえれば、知的な階層性の こ州。 急速な暖味化は、ム皮肉なことに、知識人のあいだにかえって主観的な階層性の意識を増大した。 本来、エリートとは定義上、選ばれた少数者のことであるから、その数が膨張することは一 そのさい膨張したエリート階層のなかに新たな区別の意識が芽ばえ、純粋なエリートとそれに準 ずる人間を階層化しようとするのは、自然な心理の動きであろう。その結果、昭和初年の日本に 現れたのは、エリートとそれに準ずる知的な中間階層、ならびに旧来の大衆層からなる、いわば 1三層構造を持った知的社会であった。 Mどんな場合にも、社会の階層的な区別は、区別によって下積みに置かれた側によってまず鋭く 5 意識される。新たな階層化の出現を意識したのは、いうまでもなく であり、それとともに 急成長を見せた新聞、出版ジャーナリズムであった。一九一七年、ロシアに起った革命は、その なかで活躍した仮体制説な知識人、いわゆるインテリゲンチャの存在を世界に知らしめた。日本 でもこの言葉が輸入され、やがてその短縮型「インテリ」が流行語になるにつれて、これは新し い知的な中間階層がみずからを同定し、呼びならわすための恰好の用語となった。昭和初期の知 識社会は、主として学界に生きる専門研究者と、主としてジャーナリズムに拠るインテリのあい だで、しだいに目に見えるかたちで分裂を深めて行った。新興のインテリの複雑な『自悔の感情 と学界人への反抗心は、昭和二年(一九二七)七月の日付を持つ、「岩波文庫」の発刊の辞にじつ にみごとに要約されている。 の真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人によって愛されることを自ら望む。 、もる S かつては民を愚味ならしめるために学芸が最も狭き堂宇に閉鎖されたことがあった。今や知識と 美とを特権階級の独占より奪い返すことはつねに進取的なる民衆の切実なる要求である。岩波文一 庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。それは生命ある(フキュウの書を少数者の書斎 と研究室とより解放して街頭にくまなく立たしめ民衆に伍せしめるであろう。 ら流行の社会主義用語をちりばめながら、ここで筆者が直接の敵としているのは、「少数者の書斎8 と研究室」である。はたして、知識と美が特権階級に独占されうるものかどうか疑わしいし、そ れが物質のように奪い返せるかどうかもっと疑わしいが、ともかく、この筆者の眼にある種の知 識人が特権階級のように見えていたことは、確実である。 そして、さらに確実なことは、この将権階級が社会的にどういう地位にあるかは問わず、少な

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現代文 高校生

なぜ、写真の答えになるのかがわかりません!

10 第三調 社会 六山崎 正和『日本文化と個人主義』 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 明治から大正の前半にかけて、日本の知的社会の構造は単純であって、ひと握りのエリートと 大多数の大衆に二分されるだけであった。もちろん、知的な階層性は経済的な階級性とは異なり、 上下の差は漸層的なものであって、かなりの程度に主観的な要素によって作り出される。経済的 な力とは違って、知的な優越性は個人の努力によって達成されやすいし、実際、日本の近代化の 過程で知的なエリート、あるいはエリートだと自認する人間の数は着実に増えて来た。しかし、 この過程を支配していたのはあくまでも二極対立的な価値観であり、一方にエリート、他方に大 衆、いいかえれば「学界」と草の根層を対置する単純な社会の構図であった。 )これにたいして、大正後期に始まった知識社会の急激な膨張、いいかえれば、知的な階層性の 二州。 急速な暖味化は、“皮肉なことに、知識人のあいだにかえって主観的な階層性の意識を増大した。 本来、エリートとは定義上、選ばれた少数者のことであるから、その数が膨張することは一 そのさい膨張したエリート階層のなかに新たな区別の意識が芽ばえ、純粋なエリートとそれに準 ずる人間を階層化しようとするのは、自然な心理の動きであろう。その結果、昭和初年の日本に 現れたのは、エリートとそれに準ずる知的な中間階層、ならびに旧来の大衆層からなる、いわば 三層構造を持った知的社会であった。 Mどんな場合にも、社会の階層的な区別は、区別によって下積みに置かれた側によってまず鋭く6 意識される。新たな階層化の出現を意識したのは、いうまでもなく一 であり、それとともに 急成長を見せた新聞、出版ジャーナリズムであった。一九一七年、ロシアに起った革命は、その なかで活躍した仮体制誘な知識人、いわゆるインテリゲンチャの存在を世界に知らしめた。日本 でもこの言葉が輸入され、やがてその短縮型「インテリ」が流行語になるにつれて、これは新し い知的な中間階層がみずからを同定し、呼びならわすための恰好の用語となった。昭和初期の知 0 識社会は、主として学界に生きる専門研究者と、主としてジャーナリズムに拠るインテリのあい だで、しだいに目に見えるかたちで分裂を深めて行った。新興のインテリの複雑な王自侍の感情 と学界人への反抗心は、昭和二年(一九二七)七月の日付を持つ、「岩波文庫」の発刊の辞にじつ にみごとに要約されている。 I真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人によって愛されることを自ら望む。 S。 かつては民を愚味ならしめるために学芸が最も狭き堂宇に閉鎖されたことがあった。今や知識と 美とを特権階級の独占より奪い返すことはつねに進取的なる民衆の切実なる要求である。岩波文 庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。それは生命ある(フキュウの書を少数者の書斎 と研究室とより解放して街頭にくまなく立たしめ民衆に伍せしめるであろう。 5流行の社会主義用語をちりばめながら、ここで筆者が直接の敵としているのは、「少数者の書斎s と研究室」である。はたして、知識と美が特権階級に独占されうるものかどうか疑わしいし、そ れが物質のように奪い返せるかどうかもっと疑わしいが、ともかく、この筆者の眼にある種の知 識人が特権階級のように見えていたことは、確実である。 宅して、さらに確実なことは、この将権階級が社会的にどういう地位にあるかは問わず、少な

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現代文 高校生

問5,6解答根拠が全くわかりません。 教えてください!

第三講 社会 六山崎正和『日本文化と個人主義』 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 明治から大正の前半にかけて、日本の知的社会の構造は単純であって、ひと握りのエリートと 大多数の大衆に二分されるだけであった。もちろん、知的な階層性は経済的な階級性とは異なり、 上下の差は漸層的なものであって、かなりの程度に主観的な要素によって作り出される。経済的 な力とは違って、知的な優越性は個人の努力によって達成されやすいし、実際、日本の近代化の LG 過程で知的なエリート、あるいはエリートだと自認する人間の数は着実に増えて来た。しかし、 この過程を支配していたのはあくまでも二極対立的な価値観であり、一方に エリート、他方に大 衆、いいかえれば「学界」と草の根層を対置する単純な社会の構図であった。 これにたいして、大正後期に始まった知識社会の急激な膨張、いいかえれば、知的な階層性の 急速な暖味化は、“皮肉なことに、知識人のあいだにかえって主観的な階層性の意識を増大した。 本来、エリートとは定義上、選ばれた少数者のことであるから、その数が膨張することは 1_ そのさい膨張したエリート階層のなかに新たな区別の意識が芽ばえ、純粋なエリートとそれに準 ずる人間を階層化しようとするのは、自然な心理の動きであろう。その結果、昭和初年の日本に 現れたのは、エリートとそれに準ずる知的な中間階層、ならびに旧来の大衆層からなる、いわげば 1三層構造を持った知的社会であった。 mどんな場合にも、社会の階層的な区別は、区別によって下積みに置かれた側によってまず鋭く 5 意識される。新たな階層化の出現を意識したのは、いうまでもなく一 であり、それとともに N 急成長を見せた新聞、出版ジャーナリズムであった。一九一七年、ロシアに起った革命は、その一 なかで活躍した食体制誘な知識人、いわゆるインテリゲンチャの存在を世界に知らしめた。日本 でもこの言葉が輸入され、やがてその短縮型「インテリ」が流行語になるにつれて、これは新し るリの い知的な中間階層がみずからを同定し、呼びならわすための恰好の用語となった。昭和初期の知 識社会は、主として学界に生きる専門研究者と、主としてジャーナリズムに拠るインテリのあい だで、しだいに目に見えるかたちで分裂を深めて行った。新興のインテリの複雑な「自侍 と学界人への反抗心は、昭和二年(一九二七)七月の日付を持つ、「岩波文庫」の発刊の辞にじつ にみごとに要約されている。 I真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人によって愛されることを自ら望む。 S かつては民を愚味ならしめるために学芸が最も狭き堂宇に閉鎖されたことがあった。今や知識と 美とを特権階級の独占より奪い返すことはつねに進取的なる民衆の切実なる要求である。岩波文 庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。それは生命ある。フキュウの書を少数者の書斎 と研究室とより解放して街頭にくまなく立たしめ民衆に伍せしめるであろう。 5 流行の社会主義用語をちりばめながら、ここで筆者が直接の敵としているのは、「少数者の書斎0 と研究室」である。はたして、知識と美が特権階級に独占されうるものかどうか疑わしいし、そ れが物質のように奪い返せるかどうかもっと疑わしいが、ともかく、この筆者の眼にある種の知 職人が特権階級のように見えていたことは、確実である。 Caして、さらに確実なことは、この将権階級が社会的にどういう地位にあるかは問わず、少な

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