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地理 高校生

教えて欲しいです!

第11部 | の地球温暖化の対策と課題 先進国や中国·インド→[ ① ]の排出量が多い *国際的な協力が必要 → 1997年:[ ② ]を採択→各国の[ ① ]の数値削減目標を決定 →[ ]は批准せず,中国を含む発展途上国には削減義務はない *近年:[ ( ]や中国も太陽光発電や[ 1④ ]エネルギーなどの開発に積極的 2015年,初の国際的枠組み「パリ協定」で,[ @ ]などの温室効果ガスの削減 目標に向けて対策を進めることなどが定められた 「作業B 円グラフは世界の二酸化炭素排出量の多い国を表したものである。 ⑤~②にあては まる国名を答えなさい。 題S その他 37.4 15 28.1% 合計 323.2億t 6 16.0 の 20 1.8) 02.2 A4.6 6.2 19 3.7 図2 世界の二酸化炭素排出割合(2014年) 3. 森林破壊 0減少する森林 (1)有用材の切り出し 例の:ロシアの極東地域…亜寒帯林=樹種の少ない[ ]→伐採に好都合→外貨 獲得源 と 用途…建築材や[ 3 ]材など 例②:東南アジア…熱帯林=樹種が雑多で有用材の選別困難→皆伐して利用 用途…合板材用に[ ②], 船舶材用にチークなど (2)農地開発 輸出用の天然ゴムや油やしなとどの[ 5 ]に転換 海岸部の[ ]林→おもに日本向けの[ ② ]の養殖池に転換 の熱帯林保全の工夫 *[ ]…森林の伐採後,植林をして木が育つまでの間に作物を問作→農業+林業 4. 進行する砂漠化 O砂漠化とは何か *気候変動や人間活動など多様な要因→乾燥半乾燥地域の土地と植生の劣化 * 1970年代以降にサハラ砂漠南縁部([ ]地域)で干ばつが深刻化 の砂漠化の要因と対策 (1)人為的要因 -燃料の需要増加→過[ 0 ] 農地に負荷→過[③ ] →砂漠化 過[ @ ]→牧草の減少 過剰な藩概→地下水位の上昇→土壌の塩性化 *人口急増→

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現代文 高校生

問5が難しいです。 どういうふうに考えればいいのか教えてほしいです🙇‍♂️

小池昌代 背·背なか·背後 待ち合わせ場所にすでに相手が到着していて、しかもそのひとが後ろ向きに立っていたような場合、一瞬、どんなふ うに声をかけようかと、迷いながら背後からそのひとに近づいていく。 前からだったら、目と目があえば、それで済む。待った? 久しぶりね、さあ、行こう 会話は船のように自然と ピトの無防備な背中を前にすると、なぜか言葉を失ってしまう。つきあってきたのは、どのひととも、彼らの正面ば かりのような気がして、心もとなく背中をナガめやる。 そのひとがくるっと後ろを振り向けば、ただちにわたしは、そのひとの世界に合流できるのに、後ろ姿は閉ざされた そのままわたしが行きすぎれば、そのひととわたしは永遠に交わらないまま、これを最後に別れてしまうかもしれな 3 待ち合わせの約束東を一方的に破棄するのだから、これは裏切りだが、出会うことは常におそろしい衝突でもあるから 衝突をさけて、ひとの背後を、ひたすら逃げ続けるという生き方もある。例えばハンザイ者か逃亡者のように そういう考えが、ひとの背を見ながら、わたしのなかにひょこっと現れる。そのことはわたしを少し驚かす。わたし は何かを恐れている。 そもそも背中は、そのひとの無意識があふれているように感じられる場所である。だから誰かの後ろ姿を見るとき、 見てはならないものを見たようで後ろめたい感じを覚えることもある。 背中の周りに広がっているのが、そのひとの「背後」と呼ばれる空間だ。自分の視線がまったく届かない、見えない 後ろ半分のこと。わたしはこの空間になぜか惹かれる。見えない、というところに惹かれているのだろうか ひとは自分の背後の世界で、何が起きているのか知り得ない。だから背後は、そのひとの後ろに広がっているのに そのひとだけをユイイツ、排除して広がっている。 背後という空間から、その人自身が排除されているといっても、それはひとと背後が無関係であるということではな い。振り返りさえすれば、いつでもひとは、自分の背後がそこにあることに気づく。もちろん、振り返ったのち一瞬に して、そこは背後ではなくなるわけだが、先ほどまで背後としてあった気配は、すぐには消えないで残っている。 そのとき今度は正面であったところが、自分の背後と化している。しかし意識が及ぶのは、常に眼前の世界で、背後 のことはソクザに忘れられる。視線の行くところが意識の向くところだ。だから目を開けて背後を考えるのは、開いて いる目を、ただの「穴」とすることに他ならない。その穴のなかを虚しい風が通り抜けていく。背後を思うとき、自分 が、がらんどうの頭蓋骨になったような気がする。 ひとと話をしていて話の途中で、そのひとの背後にふと視線が及ぶことがある。 何かとても大切なことを話しているときに、後ろで樹木がはげしく風にユられていたり、夕日がまぶしく差し込んで いたり、鳥が落ちてきたり、滝が流れていたり、不吉な雲が流れていたりするのに目がとまる。 不思議な感じがする。こちら側の世界と触れ合わない、もうひとつの世界が同時進行で存在している。そのことに気 づくとおそろしくなる。背後とはまるで、彼岸のようではないか。 そしてわたしが見ることができるのは、常に、他者の背後ばかりだ。見えるのが、いつも、ひとの死ばかりであると いうことと、これはまったく同じ構造。 自分の死が見えないように、自分の背後は見えないし、そもそもわたしは、自分の後ろ側など、まるで考えもせずに 暮らしている。見ることができないし、見る必要もないのだ ただし、着物を着て、希の具合を見たいときなど、あわせ鏡で確認することはある。このことを考えると、やっぱり 鏡とは、魔境へひとを誘う魔の道具であると思う。しかも、背後へは、この道具をダプルで使用しなければならないの だから、ひとが自分の背後へ到達することの、おそろしさと困難さがわかろうというものだ ともかく、背後は死角である。 死角を衝かれる時、ひとは驚く。わたしが冒頭に、後ろからどう、ひとに声をかけようかと迷ったのも、相手をびっ くりさせないためにはどうするのがいいのか、という思いもあった。 そもそも身体に触れないで、声だけでそのひとを振り向かせることはできるのだろうか。

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